第3話
「で? 宗次郎さんを探すって、何かあてはあるのか?」
自分が生きていた頃よりも夏が格段に暑くなったとぼやく礼知にガリガリ君を買い与えた俺は、具体的な捜索プランを立てるためにそう尋ねた。
が、
「あてはなさんす」
と礼知が即答。
俺と海未は撃沈。
「あてがなきゃどうやって探すんだよ!? 現代の日本の人口1億3000万人を舐めるなよ!!」
俺たちの住むこの市内だけでも30万人はいるというのに、どうやって宗次郎を探せというんだ。
水色のガリガリ君を美味そうにチロチロと舐めながら、自信たっぷりに礼知が言う。
「心配ござりんせん。宗次郎さまもきっと前世での契りは覚えておいでのはず。この時分にわっちがこの姿になりんしたのは、宗次郎さまのお導きに違いありんせん」
科学的根拠が皆無の自信だが、そもそも礼知の存在自体が科学的領域を越えている。
というわけで、これはもう礼知の勘に頼るしかなさそうだ。
「わかった。じゃ、手始めは宗次郎の生まれ変わりが海未と出会う可能性が最も高いこのキャンバスを歩こう。そこで見つからなければ、駅前の繁華街に足を伸ばす」
「そうだね! 私もそれがいいと思う」
俺に全幅の信頼を置きながら腕を絡ませ微笑む海未。
その光景を見ていた礼知が目を細めた。
「ほほう。ぬしさんも、わっちの生まれ変わりが惚れただけの器量があるお方のようでありんすな。わっちもぬしさんを頼りにさせておくんなんし」
「なあ花魁。その “ぬしさん” っていう呼び方やめてくんないかな?
俺はあんたの客じゃないし、
俺に向けられるたびにむず痒かった呼び方を訂正するよう求めると、礼知は艶やかに微笑んだ。
「さようでござりんすか。なれば、わっちも海未に倣って “よしくん” と呼ばせておくんなんし」
「うん。それでいいよ」
自分の前世と俺がちょっといい雰囲気になったことに焼きもちをやく海未を宥めながら、俺たちは夏休み前のキャンバスを練り歩いた。
実体化すると俺たち以外の人間にも見えているらしい礼知は、その抜群の美貌とプロポーションですれ違う男たちの視線をすべて掠め取っていたけれど、宗次郎の生まれ変わりを名乗り出る奴は現れなかった。
三人でバスに乗り、市の中心部へと繰り出す。
夕方が近づき風が出てきたとはいえ、肌にまとわりつくような湿気は未だに街を占拠している。
実体化するとしっかりと疲労を感じるらしく、慣れない人混みの中で宗次郎アンテナがぽっきり折れそうになっていた礼知をカフェに避難させた。
「お疲れ。アイスコーヒーでも飲むか? あっ、花魁は飲み慣れないだろうから豆乳かジュースの方がいいかな?」
自分だけ子供のような扱いをされたのが気に入らないのか、ソファにぐったりと身を沈めた礼知は頬をぷくっと膨らませ、「よしくんや海未と同じものをおくんなんし」とせがむ。
苦くて飲めなくても知らないぞ、と思いながら三人分のアイスコーヒーを注文しにカウンターに向かった俺は、レジ横のショーケースに並んでいるとあるものに目を留めた。
「お待たせ」
トレイを持って席に戻ると、海未が目ざとくトレイの上を覗き込んだ。
「えっ!? クリームパン?
しかも、ささのベーカリーのやつだぁ!」
嬉しそうに声を上げた海未の横で、礼知も物珍しそうに覗き込んだ。
「よしくん、これは……?」
「アイスコーヒーだけじゃ苦いだろうと思ってさ。ちょうど小腹が空いてたし、甘いものを買ってみた。
ささのベーカリーのクリームパン、この辺じゃ有名なんだよ」
俺の口ぶりにピンときた海未が目を輝かせた。
「そっか! ヨシくん、あのジンクスを試そうと思ったんだね!」
「じんくす……?」
首を傾げる礼知に俺が説明する。
「ささのベーカリーのクリームパンを食べて告白すると恋が叶うっていうジンクスがあるんだ。
告白とはちょっと違うが、花魁が食べれば宗次郎さんとの再会が叶うかもしれないだろ?」
そう言いながら、ほい、と茶色の紙袋に包まれたクリームパンを手渡す。
「よしくん……」
嬉しそうに頬を染めて受け取った礼知は、まずアイスコーヒーのストローをくわえた。
「にが……っ」
顔をしかめながら、パンを頬張る。
桜色の唇についた黄色いカスタードクリームを指でぬぐってペロリと舐めると「甘くておいしゅうおす」と花が綻ぶように笑った。
その色っぽさにドキリとした瞬間──
「礼知……?」
彼女の名を呼ぶ声が、俺の背中越しに聞こえてきた。
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