第1話
「あっ……」
露天風呂で火照った体が冷めやらぬうちに、俺は海未の浴衣をはだけさせ、キスの雨を浴びせて海未の体の芯へと火を灯した。
今回の旅行の(俺の)目的は、海未と心ゆくまで繋がることだ。
夕飯を食べ終えるまでなんて待てない。
外はまだ夕焼け色に染まり始めたばかりの時間。十分に明るさの残る和室の座布団に海未を押し倒し、俺は彼女を求め始めた。
明るいうちからの行為を恥じらい、僅かな抵抗を見せていた海未も、体の芯に点いた小さな炎があっという間に体じゅうに燃え広がると、小さく嬌声を上げながら俺の指や唇にすべてを委ねてきた。
馴染みの手順を踏んでいるが、シチュエーションが変わるとやっぱり興奮度が上がるな──
そんなことを考えながら、海未の好きな場所に指を這わせたとき……
「はぁ……ん」
聞いたことのないような艶っぽい喘ぎ声を上げた海未が、俺の体に手足を絡めてきた。
なんだ──?
海未もいつも以上に興奮しているのかな……
もっと鳴かせてやろうと指を動かすと、身を捩りながらますます深く手足を絡ませてくる。
ふと海未の顔を見ると、彼女もまた俺の顔を熱で潤んだ瞳でじっと見つめていた。
が──
海未じゃない!?
見たこともない目つきになっている海未に驚き、反射的に体を離そうと腕をついた。
だが、俺の四肢に絡んだ海未の細い手足は触手のようにしなやかに俺を捕らえたままで、重なり合った体に僅かの隙間も生まれない。
イソギンチャクに捕食される魚の気分に襲われたとき──
「せっかく好いところまで来んしたのに、ここで止めるんでありんすか?」
声の出し方も、話し方も、いつもと全く違う海未の一言に、俺の頭はパニックになった!
「う、ああぁぁぁあーっっ!!」
叫びながら触手を振りほどこうと無我夢中で暴れたところで、俺の意識はぷつりと切れた。
☕
「驚かしてごめんなんし」
意識が回復し、敷かれた布団に追いやられた部屋の隅に座る俺。
目の前には、食べ損ねて冷めてしまった夕食の品々、そして豪華絢爛な衣装を身にまとった花魁の姿があった。
「えーと。この状況がまっったく理解できないんだが」
無我夢中で暴れた時に痛めた俺の手足には、海未がフロントから貰ってきたサロンパスがそこらじゅうに貼ってある。
謝罪を述べながらもキセルを吹かし、全く申し訳なさそうではない態度の花魁にジト目を向けつつ腕組みをすると、つうんとサロンパスの臭いが鼻腔を刺激した。
「わっちのことは、海未に聞いておくんなんし」
花魁の流し目の視線を追い、不安気に俺を見つめる海未に説明を促す。
すっかりいつもの様子に戻った海未は、俺が気絶している間にこの花魁に聞いた話だとして、にわかには信じ難い話を始めた。
それによると──
この目の前の花魁の名前は
彼女の正体は江戸時代の花魁らしい。
そして、彼女は海未の潜在意識に存在していた前世の人格が海未から一時的に分離して実体化した、いわば幽霊のような存在らしい。
昼間に海未が引き寄せられていった墓は、礼知の出自である田中家(すでに途絶えて久しいそうだが)の墓なんだそうだ。
礼知自身は吉原の遊郭で病に倒れて死に、遊女の投げ込み寺と呼ばれる吉原近くの浄閑寺に埋葬された。だが、心ある遊女仲間が彼女の遺髪を故郷であったこの地に住む両親の元へ送ってくれたため、ここの墓にそれが埋められているんだとか。
海未の潜在意識の中に眠っていた前世の記憶が海未をその墓に導き、よくわからんがスピリチュアルなパワーによって礼知としての人格が呼び覚まされたらしい。
さっきは俺との情事で海未の意識が飛びかけた隙に礼知の人格が海未の体を支配した。だから、俺が海未とはまるで別人のように感じて驚いたのは至極当然のことだ、とのことだった。
「……まあ、その話を信じる信じないは別として。あんたは一体何のために海未の潜在意識から独立して現れたんだ?」
俺の問いに答えるべく、礼知はひっくり返したキセルをとん、と叩いて灰を落とすと(霊的なアレなので実際には灰は落ちないが)、きっと鋭い視線で俺を見据えた。
「わっちが約束したのは、ぬしさんではござりんせん」
「へっ?」
「わっちには、二十一で死ぬ前に好いたお人がおりんした。そのお方と、来世では必ずや
「えーと。礼知さん? それってどういう……」
口を挟んだ海未にまで鋭い視線を投げた礼知は、凛とした口調でこう言った。
「わっちは宗次郎さまの生まれ変わりのお人を探さねばなりんせん。
前世の契りを果たすために、海未とぬしさんはわっちの手助けをしておくんなんし」
それって、海未の彼氏が俺じゃダメってことなのか!?
俺は目の前の料理に手をつけるのを忘れ、呆然として花魁を見つめた。
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