思考の末⑥

5章・アキラの戦い


 目が覚めるとすでに日は昇り、アキラとティーチが対峙していた。

 オイラの近くにはグリーンとピートの姿もある。という事はグリーンはオイラの伝言をティーチに伝えてくれたのだ。アキラは止められなかったが、これはまだ最悪ではない。それに、そんなオイラにピートが言った。


「やぁ、悩める少年。どうやらなかなか頑張った様だね。100点ではないが、及第点って奴だ。なんといってもアキラの当初の目的だった人質として君を使わなかった事は大きい」


「えっ!?」


 オイラは驚いた。

 アキラがオイラを人質にしてティーチと戦う……ショックというより、そに手があったかという納得が大きい。確かにそれならばあのティーチにも勝算があったかもしれない。


 オイラの驚く様子を見て、やはり気づいていなかったかとでも言う様に苦笑を浮かべたピートが言った。


「アキラは初め、そのつもりだったんだよ。まぁ、それがいつから変わったのかは分からないが、変えたのは君に間違いないだろう。……そして、それが最悪の展開だった。君が人質になればティーチ君は本気で彼を殺したし、私は亡き友の息子を守らなくてはならない立場・・・・・・・帝国との戦争の再来、それだけは避けられたのだからね」


 ピートは落ち着いた顔でそう言った。

 そうか、オイラはこの男の事を本当に分かっていなかった様だ。


 一見ふざけた言動が目立つが、その真意は常に一本の筋道を通している。

 戦友であるブラウンの頼みを自分なりに果たすためにティーチを探り、オイラやアキラを導こうとしていたのだ。最後にアキラに魔法の秘密を教えたのも、きっと、それが彼の為になると思っての事なんだろう。


「畜生。大人はいっつも勝手だ」


 ざりざりとした砂の丘に寝転がり、オイラは心底そう思った。

 今回のピートといい、町長に騙されていた事をオイラに教える時のティーチといい、皆して、見えない努力ばっかりして、子供が気付くのはいつも終わってから……で、こう言うんだ。


【まぁいいじゃないか。子供は学び、経験するのが仕事なんだから】


 単純に、悔しい……。

 オイラも早く大人になりたい。こいつらみたいな格好いい大人に……。


 しかし、そんな尊敬も長く続かなかった。

 ピートが全く予想していなかった可能性、ティーチの敗北の可能性が現れたからだ。


「ちょっと、ピートさん!!格好つけてる場合じゃないわよ!?」


 横から青ざめた顔のグリーンが言った。

 そして正面を見てばつが悪そうに笑うピート。


「あっはっは……あー、うちの子?クッソ真面目だからなぁ」


 頭をかいて誤魔化すピート。


「はは・・・・・・これで私の書斎にあった理化学文献が無くなっていた理由が分かったよ」


 笑い事ではない。

 青ざめたグリーンの目先には辺りの岩盤一帯に書き込まれた化学式が連なっている。


「ピート・・・・・・手から砂をサラサラする程度の奴でも、あれだけの博物館に集まった精霊を使って土魔法を唱えたら……凄い事が出来たりするの?」


「うーん……もし、私の文献全て書き写したとしたら……対軍隊殲滅級の地形の土魔法の数発なら……」


「最っ悪だ」


 本当に最悪だ。

 一瞬でも憧れた自分が恥ずかしい。そして、その最悪が現実になる。


「先制は頂きますよ」


 アキラの言葉に連動してティーチの周囲の地面に亀裂が入る。

 これをリーディングで先読みして横に跳んだティーチだったが、そこにはアキラの剣撃、全体重を付加した長剣の一撃が待っている。


 空中でアキラの長剣とティーチの大鎌が激しくぶつかり、衝撃でお互いの身体が後方へと移動する。

 しかし、やはり心の読めるティーチはここまでも計算に入っている様で難なくアキラの先制攻撃を凌いでいる。


 ティーチに勝つという事はつまり、先を読んでも敵わない力を示す事で……やはり、彼が負ける姿というのは想像出来なかった。


「まだですよ」


 しかし、オイラの安心はまたしても浅はかだったと思い知る。

 ティーチを調べていたアキラがその事に気付いていないはずが無いのだ。


 アキラの着地地点の地面は盛り上がり、ティーチより数秒早くに着地する。

 それは更に攻撃権を得たという事だ。対して着地に入ったティーチには無数の流砂が目を覆い、着地を乱していた。


「剣士の発想だな。魔法の派手な効力に魅せられる魔法使いとは違う。地の利や優勢な戦いを熟知した者の魔法、いい着眼点だ」


 この状況で何を言っているのか……呆れた事にピートは運動会の我が子でも見る様に満足気だ。


 そんなピートに気をとられている間にもアキラの攻撃は続く。

 先に着地したアキラがティーチに向かって駆ける。ようやく体勢を整えたティーチだが、その周囲は流砂が覆い瞳を閉じている。


「最後です」


 アキラの渾身の斬撃、その結果も分からぬ内にティーチに降り注ぐ無数の大岩、そして、仕上げと言わんばかりに空高くに持ち上げられたのは先までとは比べ物にならない巨大な岩だった。


「なんて大きさだ」


「アレはぶつけるなんて生易しい物じゃないわ。圧し潰すとか埋めるとか、そう言う規模よ」


 ピートの歓心をグリーンが補足する。

 いや、そんな補足いらない。見れば分かる。あれは心が読めてもどうしようもない。防御も回避も不可能な必殺の一撃だ。


「ティーチ!!!」


 オイラの叫びとアキラの巨岩の落下は同時だった。

 巨大な衝撃音にかき消されながら、声の限り叫ぶ。オイラにはそれしか出来ない。衝撃の余波で身体が吹飛びそうになるし、破片があちこちにぶつかって痛いけど、今はそれどころじゃない。


 やがて、砂埃が止み、ティーチがいた場所がオイラの目に映る……瞬間、安堵した。


「地の魔法を操るならば、着眼すべきはその硬度だ」


 ティーチの声、そして姿。ティーチは半透明に輝く鉱石の壁の後ろから姿を見せていた。


「アキラの勉強不足と、視野の不足だな」


 ピートが言った。

 その表情はさっきと変わらない運動会の我が子を見る顔だ。

 コイツ……全部分かってたんじゃないだろうか?やっぱりオイラは、この男を好きになれない。


「前言通り、土の突出した利点は硬度だ。それを攻撃にしか考えなかった事、物質の変換にまで頭が回らなかった事がアキラの勉強不足。そして」


 ピートはニヤリと笑って言った。


「博物館はみんなの物だ。当然、ティーチ君にも扱える。それがアキラの視野の狭さだ」


 コイツ……本当にいい性格している。

 こんなに子供をからかって楽しいのか?それが大人なのか?おっと……そんな場合では無い。まだ、決着は付いていないのだ。しかし、前を見たオイラには、もう心配の必要が無い事が明らかな光景が浮かんでいた。


「くそ!!」


 フラフラになりながらティーチに切りかかるアキラは簡単に避けられて転倒する。オイラに槍を振るう体力が無かった様に、アキラにとってもブラウンの形見である長剣は何時間も扱える代物ではないらしい。しかし、それでもアキラは繰り返す。


「アキラは良くやったわ。でも、子供の力じゃこれが限界だわ」


 それはアキラも十分に理解していたし、オイラでも分かる。

 戦闘中でも、体重移動や加速を味方にする事で、なんとかティーチと張り合うだけの力を出していた。でも、体力、握力はそうはいかない。


「更に言えば、アキラはもう魔法も使えない」


 そう、博物館にやってきた精霊の力は、先までの豪華な魔法のオンパレードで全て使い切ってしまっている。

 今のアキラに使えるのは手から砂を出す程度の魔法だけだ。


 だが、アキラは戦いをやめない。

 オイラにはリーディングなんて出来ないのに、何故かその気持ちが分かる気がした。


 アキラはもう、ブラウンの事だけでティーチへの憎しみだけで戦っているんじゃない。

 それならば彼は再挑戦の為にこの場を退くはずだ。


 それでも敵わない戦いを続ける理由はもし、オイラがアキラの立場ならと思うと分かってしまう。


 アキラの戦う理由。それは……オイラだった。

 オイラを裏切った事が、あいつを戦いの中に閉じ込めているのだ。


「馬鹿野郎だ……」


 あいつは、分かっていないんだ。

 オイラはお前がボロボロになることなんて望んでいないんだ。


「オイラが……終わらせないと」「・・・・・・パウロ?」


 ぼそりとそう言うとオイラはアキラに向かって歩き出した。

 後ろからグリーンの声がしたが、何を言っているのかは聞き取れなかった。


 今は、それよりも大切な事がある。

 早くアキラを止めないといけないんだ。満身創痍とはいえ、ろくに戦いも出来ないオイラが剣を振るう相手に近づくというのに全く危険を感じなかった。


 いや、それさえもどうでも良かったのかもしれない。

 アキラはオイラのせいで戦い続けている。苦しみ続けている。親友の制止を裏切って始めた戦いの責任をとろうとしている。


 ピートが言った。

 責任を取るという言葉。多分それが大人と子供の境界なんだ。


 アキラの戦いを止められなかったこの未来にオイラは胸を張って責任を取れる自信がなかった。怖かったんだ。オイラのしたことで、出来なかった事でアキラやティーチがいなくなるかもしれない。それがどうしようもなく怖かった。


「アキラ・・・・・・・やっぱお前は凄いや・・・・・・」


 心底そう思う。

 あいつはオイラが怖くて仕方なかったあの責任と真っ向から向き合っている。


 アキラはオイラの遠く及ばないところ、大人の世界に踏み入ろうとしているんだ。


「あのバカ。なんでオイラを置いて大人になろうとしてやがんだ!どこまで……オイラを置いていけば気が済むんだ・・・・・・アキラ!!」


 砂埃を吸ったのか、かすれた声で叫びながらアキラへと一歩歩み寄る。

 砂埃に映った人影で確信する。背丈、それ以上に仕草で分かる。あれがアキラだと分かるのにはそれで十分だ。馬鹿みたいに一緒に過ごしたあいつの動きならすぐに分かる・・・・・・が、アキラはそうではなかった。


「お前って本当に頑固だよな・・・・・・・」


 既に、満身創痍なのだろう、アキラの剣が、オイラに向く。


 アキラの視界はぼやけているんだろう。

 オイラが……パウロか、ティーチかも分からない程にだ。そんなに頑張って、背伸びして、大人になろうとしていたんだ。


「アキラ・・・・・・」


オイラは、それをじっと見ていた。

 アキラの剣が、オイラの頭上に……振り上げられる。


 後で思い返せば馬鹿な話だ。

 何もできないオイラが勝手に危ないところに出向いて、何もできずに斬られそうなっているだけ・・・・・・何がしたかったのかは、分からない。ただ、彼をこのままにしておけなかっただけなんだ。


「戻って来いよ!!アキラーー!!」「っ!!・・・・・・パ・・・・・・ウロ!?」


 枯れたはずの喉から叫びが漏れる。

 叫びに気付いてアキラが剣線を変えようとしているが、アキラの手にその力が残っていない様だった。


 アキラの剣が頭上に迫り、オイラは目を瞑る。その時、オイラの肩に手がかけられ、同時に後ろへと引っ張られた。


「えっ?」


 ゴツリと、鈍い音が響く。

 剣の音でも鎌の音でもない。慌てて目を開いたオイラの前には殴られたアキラと、拳を握りしめたピートがいた。オイラは、初めて見たかもしれない。あんなに怒った大人の顔を……。


「バカ野郎!お前がしたかったのはなんだ?」


 あまりの怒声に怯むアキラ。

 だが、その目はさっきよりも光を宿している。どうやらピートに殴られた事か、オイラの声を聞いた時、かすんでいた意識が戻ったのだろう。そして、オイラに刃を向けた事を思い出したところだろう。


「オイラの事は気にするな。あれはお互い様なんだ」


 そう、オイラは危険を知って前に出たし、アキラが思い詰めるまで何もできなかった。あいつはそれで納得はしないだろうけど、これについてはあいつが納得するまで何度だって言えばいい。それよりも、今彼に必要なのはピートの言葉みたいだ。


「パウロ、それだけでいいのか?」


「あぁ、アキラは納得しないだろうけど、いまはそれでいいよ。それより、今なんでしょ?」


 オイラの言葉にピートが頷く。

 今度はオイラにも分かる。この時をピートは待っていたんだ。立場が変わると分かるものがある。説得っていうのは難しい。ましてそれが復習なら尚更だ。


「……お前は何のために来た?」


 バツが悪そうに髪をかきあげ、ひと呼吸置いてピートが問う。

 暫くの沈黙……そして、潤んだ瞳のアキラが応えた。


「ブラウン隊長の……仇をとりたかったからです」


 ピートは目を閉じて、深い呼吸をしてから言った。


「誰の為に?」「それは・・・・・・」


 その言葉の意図が分からずアキラはピートを見る。


「それは、ブ……」「ブラウンはそんな事を頼んだか?」「!?」


「あいつは武人だ。そんなことを望まないよ。それに、ブラウンは私に頼んだ。お前を、息子を頼むと……確かに息子と・・・・・・だからわかる。短い間だがブラウンに代わってお前を見ていた私にはわかるよ。息子に、仇討ちを望む親なんて絶対にいないとね……ブラウンの好む強くあれという言葉……今のお前なら分かるだろう?」



【心身ともに強くあれ。身の強さは心の強さから生じるものであれ。心の強さは偽らざる己から生じるものであれ】



 アキラから何度か聞いたことのあるブラウン将軍の愛唱だ。

 アキラは、最後まで迷い、心を偽っていた。


 ピートはそれを嗜めたんだ。

 その為に彼を見守っていた・・・・・・その姿はオイラにいつかのティーチを思い出させるものだった。アキラの頬を涙が伝う。でもそれは暖かい涙で、彼の中の張りつめ、凍てついていた何かが溶ける様な涙だった。ひとしきり涙をぬぐったあと、目を腫らしたアキラがオイラに言った。


「パウロ……ゴメン」「だから、それはもういいんだって・・・・・・」


 多分、この話はこいつとこれからも何度かするんだろうけど、思いの他要領を得ない会話だなんて思って苦笑できるあたり、どうやらオイラにとって本当に過ぎた事にできているみたいだ。


 だから、こいつのクソ真面目が吹き飛ぶくらい強く、オイラは言うんだ。


「そんなことできないよ!!」

「そんなことが出来るんだよ・・・・・・だってさ、オイラとアキラだろ?」

「・・・・・・!!そうか、僕とパウロなら、それが出来るんだね」


 一番最初に笑ったのはオイラだった。次にアキラが笑った。


「いい友達ができたな」「少し羨ましいわね」


 ティーチが微笑み、グリーンが同意する。


「これで解決だ。やっと肩の荷がおりたね実際。私は不真面目なくらいが性に合っているんだよ」


 そして、ピートが地面に座り込んでそう言うが・・・・・・


「え?ピートさんは真面目でいてもらった方が私は嬉しいかな・・・・・・」


「え?・・・・・・ってやだなグリーンさん、そんな本気っぽい声のトーンで言わなくても・・・・・・」


「いや、だってなアキラ?」「うん・・・・・・それは僕もいつも言ってるんだけどね」


「あ、アキラ!?パウロまで・・・・・・それは無いだろう!?これは私のアイデンティティみたいなもんで・・・・・・ティーチ君、君はどう思うんだ!?」


 面白い事にこんな奴だが、ピートを見ていると勉強になることが多い。

 例えば反面教師という言葉とか、今の姿はまさに藁をも掴むという心境なのだろう。ただ、今回は裏目に出そうだ。だってティーチの口角が上がっている。こういう時のティーチは結構辛辣な事を言うんだ。ほら・・・・・・


「・・・・・・すまないが、道徳の授業は専門外なんだ」「四面楚歌かよ・・・・・・」


 でも、それは嫌味なんかじゃない。

 だって彼は人の心が読めるんだ。そしてオイラにも彼らが分かってきた。多分この終わりはピートが望んだもので、ティーチはそれに応えたのだと思う。そして、それも分かったうえで、グリーンはが笑って、釣られる様にオイラやアキラが笑う。


 その様子を見てあのティーチもほほ笑むし、ピートもやっぱり笑っている。

 全員が笑って、それが陰鬱だった雰囲気を全部吹き飛ばしていた。

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