思考の末⑤
4話・ピートの忠告
翌日、オイラはグリーンの勉強会を欠席した。
オイラが席を外した理由は、今はアキラと顔を合わせたくないからだ。今は誰とも話したくない気分だった。
でも、1人で考えると同じような事ばかりしか思いつかない。
それこそ正義についてとか、正解は何かとか……人気のない道を選んで歩いているたオイラの前に頭から血を流した男、ピートが現れた。
「なにかお悩みかな?おじさんで良ければ話を聞くよ」「おじさんは嫌だ」
オイラの素っ気ない返事にピートが苦笑し、言った。
「怒っているのかい?私がアキラをけしかけたから」
それは、オイラの不満の核心だった。
「・・・・・・なんで、あんなこと言ったんだよ」
アキラはいつも冷静で堅実な性格だ。
あんな事さえ知らなければティーチとの力の差を分かっていてすぐに戦いを仕掛ける事はなかったはずだ。
「君のお陰だよパウロ。アキラはもう大丈夫だ」
「・・・・・・どういう事?全然分かんないよ」
「それは君が知るべき事じゃない。それより、君はどうするんだ?ティーチ君とアキラは君の友達だ。彼を止めるか?それともどちらかに加勢でもするのか・・・・・・」
「・・・・・・」
一番、聞きたくない話だった。
でも、一番考えなきゃいけない話で、今一番悩んでいる話だ。
オイラはその答えを探していて、でも、どうしても見つからないんだ。だから、それを言われたオイラは彼から目を逸らす事しかできなかった。ピートはそんなオイラを見て言った。
「・・・・・・私は今まで見聞のピートと呼ばれ、多くの事に傍観者だった。しかし、何もしない事は無責任で良い事じゃない。何もしない事で失敗することもあるんだ。もちろん、その逆もある。どちらの敵になっても、成り行きを見守っても責任は等しく降りかかるし・・・・・・少なくても、今回の件、私は君のした事としなかった事に凄く感謝しているよ」
そして、最後にオイラのやりたいようにやれと言い残してピートは去って行った。
呼び止めようかとも思ったが、何を言っていいのかが分からなかった。
「なんだよそれ……お前が原因じゃないか。やりたいようにって……オイラはただ、誰とも争いたくないだけなのに……」
「……あぁ、そっか……」
それが、オイラの本心だった。
誰が正しいとかじゃない。オイラが望んでいる事は……
「戦いが……起きなければいい?」
なんて、簡単な事か。
なんで……気付かなかったのか。これは正解のない問題だった。
読解問題の様に肯定された答えのない問題。
それもオイラが出題している問題。ただ自分の望み通りにすれば良いだけの問題だった。整理してみれば自分の悩んでいたことが途端に簡単に見えてきた。
「やろう。誰も争わないための事を……」
二人を止めるのだ。
まずは、ティーチか?いや、居場所の分からないティーチを探すよりは行動範囲の狭いアキラの方が簡単に見つかるはずだ。
まずは、いつも勉強会をしている我が家、グリーンの温泉宿に向かおう。そして、必ず説得するんだ。
・・・・・・
結論から言うと、息を切らして我が家に到着したオイラはアキラに会う事が出来なかった。
代わりにグリーンに全てを話して、ティーチへの伝言をお願いした。
グリーンは快く味方になってくれた。
今更ながら一人で悩んでいた自分の愚かさに気付く。
だが、それもどうだっていい。
いまは少しでも早くアキラを見つけることだ。
すでに鉛の様に重くなった足に鞭打って走った。
アキラが好んだ公園、剣の修行に使っていた裏山、必死に探している間も時間は過ぎていきとうとう初夏の長い日さえもが傾き、赤みを帯びていく。
くそっ!夕焼けってのはどうしてこうも沈むのが早いんだ。
地平線を赤く染める美しい光景も今は残された時間が無くなっていっている様に見えて不愉快だった。夕日は沈みゆく。その経度に従い、影が伸び、オイラの行く手を先行しながら急かしてくる。
「!!……ここに居たのかよ……」
夕日が沈む間際、ようやくオイラはアキラを見つけた。
辺りはもう暗くなり、山に殆んどが隠れた夕日は線の様に細い赤を輝かせている。夕日を背にしたアキラはオイラを見て微笑む。穏やかな、あまりにも穏やかな表情だ。
「アキラ」「パウロ……よく分かったね」
「お前は単純だからな」「君はその分鈍感じゃないか」
小さく笑いながらアキラは言った。
糞真面目なアキラらしい決闘の場所だ。
そこは、以前、ティーチとブラウンが戦った町のはずれ。
アキラの国でも俺の住む町でもない、その境界に位置する場所だった。
「なぁ……辞めないか?」
一瞬、驚いた様にアキラの顔が曇る。
心のどこかで、オイラが味方になると思っていたのかもしれない。
実際、そんな未来もあったかもしれない。
でも、オイラはその未来を選ばなかった。
ティーチに加勢する事もしない。オイラの戦いはこの争いをさせない為の戦いだ。アキラはオイラに向かって歩み寄りながら言った。
「パウロ……ゴメン、僕が町に来た目的は」
「知ってる。聞いてる。だからなんだ?お前言ったじゃん。今が楽しいって、オイラ達、友達だろ?なんでそれを自分から壊すんだよ!?」
アキラはもう、オイラの目の前にいた。
夕日はもう完全に隠れている。明かりのない荒野は日が陰ると完全な暗闇になる。みうオイラには目の前のアキラの表情も分からない。今あいつが悩んでくれているのかどうかさえ見てとれない。
「すまない……パウロ。私は……」「……そうかよ……」
私か……その言葉だけで分かる。
アキラは止まらない。まるで、初めて会った時のアキラに戻った様だった。どこか無理をしていて、意固地なアキラ……今ならば分かる。
こいつにとっても、それは無理をして作っているアキラだ。
復讐に支配されたアキラの姿なんだ。
そして、それ以上、オイラは話す事が出来なかった。
アキラの拳が鳩尾を打っていたから。
薄れる意識の中で、ピートの言った責任という言葉だけが思い出された。
・・・・・・どうしようもなく……悔しかった。
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