思考の末④

第3話・焦り


 グリーンに勉強や武術を習って数日が経った。

 アキラが参加しているのを知って今日からクーも勉強会に参加している。そういう噂を聞きつけるのは母方の血だろうか。


「お前……分かりやすいな。勉強は嫌いじゃなかったのか?」


「……気が変わったの」


 オイラのからかいにクーは無表情に答えた。

 魂の抜けた様な恐ろしい顔だったが、今のオイラはそれ以上に愉悦が勝っていた。だって、一度は断った勉強会に参加すると言い出すなんて、目当ては分かり切っている。


 こんなに揶揄いがいのある話題もない。

 なにより、口論で絶対無敵のクーが四面楚歌の敵地に足を踏み込んだのだからこれを逃す手は無い。


「嘘だね……お前は気が変わる事だけはないだろ?勉強は今も嫌い……そうだろ……」


「そうね……私はそういう人間だものね……」


 面白かった。

 完全な勝ち戦……オイラは勿体ぶるのを辞めて最大の兵力をぶつける。


「だよな……お前の設定はよく分かってるもの……勉強嫌いは直るわけないよな……ただアキラが好……っへい!?」


 今回の勉強会の参加はどう見てもアキラへの好意が勉強嫌いに勝ったとしか見えない。これを知るオイラはこの口論に絶対に勝てると思った・・・・・・のだが、それは彼女の返し手に難なく打ち消され、オイラは今、情けない言葉と共に地に伏せた。


「あっ、私予習して来たのよ?国語って面白いわー!!ゼロ距離なら指一本で誰でも寝かせる事が出来るのよ……不眠症もびっくり!なんて道徳的かしら」


 クーの指は目を凝らすと視認できる程の電気を帯びている。

 甘かった。あの負けず嫌いなクーがオイラのからかいを計算して突破口を用意していないはずがなかったのだ。


「そんな道徳……あってたまる……かっ……」


 オイラはその言葉を最後に気を失った。


 ・・・・・・


 分かってはいたけど、クーは勉強が上手い。

 そしてオイラとクーもアキラに勉強を教えてやったからか、アキラはなんとか理科、つまり土の魔法が生み出せる程度にはなった。かわりにオイラはアキラから武術を、クーは護身術を教わった。


「護身術といっても、クーは電気の魔法が使えるから間合いの詰め方と攻撃の回避が主体かな」「なるほど・・・・・・で、オイラは?」

「風で素早く動けるって言っても、腕力では大人に勝てないし、射程の長い武器・・・・・・槍なんかがいいかな」


 アキラは初め、間合いの取れる長い武器を学ぶべきだと言ったが、槍は重くて大変だった。結局、色々な武器に挫折した後、オイラの手には弾のない銃が握られていた。・・・・・・両親の形見だというあの銃だ。


「なるほど、銃の照準と銃口を使ったのか。そういう魔法の使い方もあるなんて、僕の方が勉強になったよ」


「へへ・・・・・・これなら風の弾を狙い通りに飛ばせるからな」


 風の魔法をただ使うと追い風みたいになる。

 でも銃口に発生させれば圧縮されて風圧はあがるし、風は銃口の向きに飛ぶから狙い通りに風の弾丸が飛ばせる事に気付いたのは良い発見だった。


 その頃にはクーも電気の魔法を纏わせたおっかない拳打を習得していて、オイラとクーの実力は個人戦ならアキラのいた部隊の兵士にも負けないくらいらしい。


 それというのも、大国が魔法使いの兵士と武術の兵士を分けて訓練していてオイラ達みたいな魔法も武術も両方上手く使うという事をしないからなんだけど、それは、魔法の習得は個人差があって伸び悩む人も多いかららしく、アキラがまさにそれだった。


 アキラはまだ、手の平から砂をサラサラさせていて、言うまでもないけどそれは戦いを目的にするにはあまりにも役に立たないものだ。その頃からアキラの顔に陰りと焦りが見え始めていた。そして翌日、アキラはグリーンに言った。


「今すぐに、強力な魔法を使う方法は無いのですか?実戦で活きるくらいの……」


 ・・・・・・ああ、そうだった。

 アキラはティーチと決闘をするんだった……最近、オイラはこの生活に満足して忘れかけていた。アキラは復讐者なのだ。そしてオイラはその中立にいる。オイラはどっちの味方になればいいんだろう。


「んーあるにはあるけど……」


 グリーンは教える事を渋る。

 それは子供には早い。そう言っている様な渋り方だった。


「簡単さ。描けばいいんだよ」


 その横からピートが答える。

 額には7つの刺し傷。あぁ、アキラたちが来てからもう一週間も経つのか……それにしても痛々しい。


「描く?」


「そう。地面でもなんでもいい。魔法ってのは簡単に言えば勉強好きな精霊を掻き集めて自分の願いを叶えるってもんだ。自分の知性で呼べる精霊の数は限られるが、そこが精霊好みの博物館ならば、その魔法は飛躍的に高まるってわけさ」


「ピートさん!?」「まぁ、言って分からん子供は自分で反省するしか無いさ」


 相変わらず、気楽な返事のピートに頭を抱えるグリーン。

 頭が痛いのはむしろピートだろうが……。


 それと、一つ思い出した。

 グリーンも戦いの時、何か地面に書いていた。数字やπとかいう記号があったり、数字の上に小さく数字が書かれてあったり、括弧がいっぱいで訳が分からなかったけど、膨大で整ったそれはまるで絵画の様だった。


 つまりあれで数学好きな水の精霊を集めたという事らしい。

 やっと意味が分かった。だが、それよりも今はアキラが気がかりだ。


 ……ティーチはオイラの仇でもある?だが、殺したいという気持ち、それは何か違う。オイラは多分、アキラほどの恨みはないような、でも許せない様な、言葉にできない気持ちで・・・・・・アキラとはあんなに沢山話をしたのに、その話をすることはお互いに避けていた。


 多分、怖かったんだ。

 お別れになるかもしれない話を切り出すことが怖くて、あんなに悩んでいたのに、アキラと会ってからはそれを考える事も避けていた気がする。


 でも、それはいつまでも忘れていられる事なんかじゃなかったんだ。


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