思考の末③
2話・アキラ
「絶、対、反対よ!!」
説明を半分も終える前にグリーンが言った。
予想通りの反応だ。
「まぁ、そう熱くならないで……女性は怒った顔より笑顔が素敵だ」
おいピートとかいう人……火に脂注いでるって気付いてますか?
「なぜ……私達が敵を匿わなければいけないの?」
「……もっともな考えだと思います。ですが、だからこそ私はこれを取引きとして持ちかける事が出来ます」
そう言ってアキラという少年は袋いっぱいの金貨を見せた。
オイラは町では流通していないから初めて見る金貨に注目した。確か金貨一枚の価値はこの町の家一軒分にもなる。つまりこの袋いっぱいの金貨はこの町の半分以上を買い取れるほどの価値があるという事になる。
「……墓穴ね。それは軍の資金でしょ?つまりは貴方達の機密にはこの町の侵略が確実に入っているわね」
「いや、これは私のポケットマネーさ……ちょうど別荘と書籍が欲しかったのでね、この宿の一室を買い取るというならと彼に渡したものだ」
ピートをグリーンが睨む……そしてため息。
「嘘ではない様ね……」「誓って」
アキラの言葉。
次にグリーンはアキラを見る。そういえばグリーンは相手の心拍数や動作からある程度相手が嘘をついているかどうかが分かると言っていた。
そして暫く考えた後、グリーンが縦に首を振ったという事は彼らの話は嘘ではないのだろう。
「……仇討ちは正当な権利よ……元暗殺者、仇討ちの代行者にそれを咎める資格なんてないわ……」
そう言ったグリーンの顔は今までに見た事どの表情よりも悲し気だった。
「……有難う御座います」
アキラは深く頭を下げ退出すると同時に緊張が解けた。
正直、彼らを連れてきたオイラの判断は甘かった。グリーンが懸念したみたいに町のみんなが危ないかもしれないなんて事は全然考えていなかった。
だから、この日はグリーンという大人に自分の行いが認められた安堵で言葉を失い、それ以上の思考に至る事は無く、そのままオイラ達の共同生活が始まった。
4人になったオイラの家の生活1日目、オイラは早速彼らとの生活を後悔していた。当初の目的であるティーチについての情報は全く入っていないが、それだけなら後悔という言葉は似つかわしくない。つまり現状はそれ以上に悪い。
状況の悪化一つ目。
ピートはグリーンに鼻の下を伸ばしていて鬱陶しい。
昼間はアキラとティーチを追い回して、夜には意気投合したというエリザベスさんの旦那とグリーンの夕食を食べる事と風呂場を覗く事を楽しみに戻ってくる。グリーンは裸を見られる事に抵抗は無いらしいが、現在進行形で敵である彼らに無防備な所を見せるのが嫌だと小型の投げナイフを常備する様になり、その一本は早速ピートの額に傷を付けた。
「……」
額に刺さったナイフを抜き取りながらピートはオイラを睨む。
「いいよな。子供は」「知らないよっ!」
オイラはグリーンと風呂に入りたいと思った事なんて一度も無い。
とばっちり以外の何者でもなかった。
「明日こそは!!」
腕を組み合うピートとエリザベスさんの旦那。
多分……毎日増えていくんだろうな……あの傷。
まぁ、それはそれとして、一番オイラを後悔させているのは状況の悪化その2、アキラの早起きだ。
早朝、日の登る前に必ず起きて稽古を始める。
これに合わせてアキラに興味を持ったクーや町の人たちが毎日俺の家に現れる様になり、煌びやかな装飾の長剣を振りかざすアキラとそれを肴に騒ぐ周囲の声で嫌でも目が覚める。
「よっ!アキラ!いいぞぉー」「バッカ。そこは空中で回転切りだろ?」
「「ガハハハ」」
今日も今日とで暇な大人達がドンチャン騒ぎだ。
「空中……回転切りですか!?それはどんな……」
「アキラさん……真に受けちゃだめよ。あの人たちに付き合ってたら剣士じゃなくて大道芸人にされちゃうわ……」
まじめに聞き返すアキラをクーが半ば呆れた様子で止める。
「おぉ今日もお盛んだねぇ。どうだい?斬鉄剣は出来る様になったかい?」
「斬……鉄!この町にはそんな技法があるんですか!?」
「だ・か・らぁ~皆してアキラさんに変な事吹き込まないでよー」
「……」
あまりの馬鹿騒ぎに目をさましたオイラが顔を出す。
時刻は太陽も半分寝ている様な早朝だ。こいつらは疲れというものを知らないのか。
「あら、今日も頑張ってるわね」
「あっ、グリーンさん。丁度お聞きしたかったんです。私に斬鉄剣を教えてください!!」
「斬!?……あーごめんなさいね。あれは私も出来ないけど……いつもの稽古なら見てあげるわよ。貴方はまだその大剣に振り回されて反動を制御仕切れないところがあるから……まずはそこから修復していきましょ?」
「はい!!」
アキラはグリーンに指導を受けている。
グリーンの指導は素人目にも的確で、かなり効率的だった。ただ、物珍しさはあるとはいえ、我が家はいまアキラを主軸としたこんな珍事に満ちていて面白くない。そこでせめて学問では負けまいとグリーンにお願いしていた勉強の時間にアキラを誘ったのはそれから2日後の事だった。
意外にもアキラは勉強の才能は疎く、特に国語の才能は全くない。
あの偉ぶった喋りは全く適正に関わるものではなかった様だ。
とくいになったオイラが歴史の年号をペラペラと言い連ねると、アキラが怒り、取っ組み合いになる。まぁ、腕力では敵わないオイラは簡単に組み敷かれるのだけど、そんなことを繰り返していたある時ふと思った。
あれ?こいつってこんなに子供っぽい奴だったっけ?
「なぁ、パウロ」「ん?」
「僕は、ここに来てから毎日が楽しいよ大国の訓練より強くなれているし、戦闘部隊の僕が勉強まで教えてもらえる」
どうやらアキラの国では特化型の訓練施設がある様でアキラは武術しか教えられてはいない様だ。
それに、武術の師範といっても、数日前まで現役だった伝説級の暗殺者に勝る師ではないのだろう。
この町に来てアキラが一番気に入った場所はオイラの家の最寄の空き地だった。そこから見える夕日を眺めるアキラ。
「それに、同い年の仲間は初めてだから」
オイラは驚いた。
その時のアキラの表情は見ているのに作り方も分からない様な、信じられないくらいに綺麗な笑顔だった。
やっぱりアキラは変わった。
言葉遣いとか、力とかじゃなくて……なんか、前までの無理をしている感じが今は無い。
いや、変わったのはオイラも同じだ。
今はもう彼を敵だなんて思っていないし、それどころか町の誰よりも心を開いているかもしれない……そういえばティーチが言っていたっけ。
「人は何歳になっても人との触れ合いの中で変化していけるものだ」
あの時は臭い台詞だと思ったけど、それはオイラが子供だっただけなのかもしれない。
「へっ。お前友達少ないんだぁ」「なっ!?」
照れ隠しに言った言葉にアキラが悔しそうな顔になる。
「まぁ、オイラも、似たようなもんだけど」
「え?はは……」「ははははは……」
オイラ達は笑った。
似た様な者、本当にそうかもしれない。
同い年に恵まれない事も、義理の親を亡くした事も、もしかしたら……ティーチを怨んでいるのも?いや、今はそれを考えるのは止めよう。
とにかくオイラ達はそれを境に友達になった。
そして、一度心を許してしまえば、お互い同性同年の友人に恵まれない2人が親友になる事にそれほどの時間は必要がなかった。
毎日の様に語り明かしても話は尽きない。
アキラがピートの失敗談を話せばオイラはグリーンのそれを話し、故郷の自慢を始めれば、オイラもこの町の良さを自慢したくなって、夕日の綺麗な丘の上や、魚の取れる小川を案内してまわった。
もちろん、恋愛概念の話しもした。
アキラは意外にもエリザベスの娘でありオイラの幼馴染であるクーに関心を持ち、オイラはそれをさも意外だという顔で見ると少しむくれていた。
以前にも話したがオイラは恋愛感情というものがまだまだ子供だ。
自分の女性への理想像もはっきりしないし、友達と恋人の違いも、それを区別する理由もあまり分かっていない。
それを正直に話すと、アキラはキョトンとした顔で答える。
「友達も恋人も区別なんかいらないと僕は思うよ。だって好きで近くにいたい……それでいいんじゃないか?」
なんていうか自然体な答えだった。
だから、今まで気になっていて、子供過ぎるから蓋をしてきた悩みがどんどんと口をついていった。
例えば人の生死。
人はいつ死ぬかわからないから今、本当にすべきことが分からなくなる時があるとか、これから先に身近な人に不幸があった時に自分は毎回ちゃんと涙を流せるのか、流せなかったらオイラは冷たい人間なのかなんていう悩みも打ち明けた。
……それらはつい最近、義理の父を亡くしたオイラが一番気になっている問題で、誰にも口に出せなかった悩みだったりもした。
子供だからこそ許されるだろう未熟と分かっていても拭えない考えをお互いに共感した。そしてそんな共感、共有が、オイラ達を互いに親友と呼ぶに相応しい仲へと変えるのにそんなに時間はかからなかったと思う。
・・・・・・
その日は、珍しくピートが酔い潰れて帰ってきた。
聞けばティーチと話をしていたらしく気にはなったが、まずは介抱が必要だった。本当はアキラに任せたいが、彼は今日は留守にすると言っていた。
「嫌な酒だったよ・・・・・・彼はアキラが挑戦すれば受けるつもりだ」
「え!?それって・・・・・・」
多分、ティーチの事だ。
それを聞いてオイラははっとした。
いつの間にかアキラと仲良くなって続いていた生活だけど、本来これはあり得ない事なんだ。アキラはティーチに復讐に来ているのだ。オイラは、もしその時が来たらどちらの味方をすればいいのだろう。
「ピートは、アキラがティーチと戦うのは反対なの?」
それは、おかしい質問だった。
だって彼らはその為にここにいる。
でも、普段の彼らを見ていて、なぜかそう疑問に思ったんだ。
「あの子の親父に頼まれたんだよ・・・・・・・後は頼むとね」
親父、というのは多分アキラの義父の事だろう。
彼から何度も聞く名前だ。彼が話すブラウンの話はどれも勇ましい英雄譚で、彼がそれを誇らし気に語る姿はオイラが尊敬していた頃に義父の話を聞かせて回っていた頃に重なって思えた。
「戦いは避けられないのかな?」「・・・・・・その答えは私にも難しいよ・・・・・・」
その質問は多分、オイラの本当の願いだったんだと思う。
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