思考の末②

1話・正義とは


正義とは何か?

では悪とはなんだろうか?

正義を決めたのは誰か?

それは誰にとっての正義なのか?



 オイラは最近そんな事ばかりを考えている。

 

 最愛の人の裏切りを知って3日が過ぎた。

 町にやってきたティーチとグリーンによってその企みは退かれ、今や二人は村の英雄扱いを受けている。


 でも、それは万人にとってとは言い切れない。

 初めはオイラもそう思ったし、思おうとしていた。けれど時間と共に疑問が芽生えて、気付けばそれが頭から離れなくなった。


 だって、オイラから見たらティーチは義理の父を手にかけた男。

 ティーチに出会わなければ、例え嘘の関係でも今もあの幸せの中にオイラはいたのだろうと考えてしまう。考えずにはいられない。あぁ、分かっている。あれはオイラを救ってくれたんだ。でもそれを認められるほどオイラは大人になれない。そして、そんな思考の末は決まってこう帰結するんだ。


善悪に過剰は子供か?

大人は揺るがない者を指すのか?

ならオイラは・・・・・・


「早く大人になりたい」


 それこそが一番子供っぽい考え方なのかもしれない。

 それでもオイラは思っていた。いや、信じていた。大人になればこんな事に悩んだりはしないのだと。


 オイラの家から5キロ弱離れにある村のはずれは見渡す限りの荒野が広がっている。砂埃のむせ返りそうな匂いと殺風景な景色は自分の一番の悩みと向き合う時間をオイラに強要してくる。昔、オイラの本当の両親が暮らしていたという廃村を眺めながら、そんな事を考える事があれから日課になっている。


「ばぁ!」「うわぁっ!!」


 冷やりとした手、オイラは考え事の最中だというのに空気も読まずに突然目を覆われた。突然覆われた手と耳元で聞こえた女性の声に驚いたオイラが振り返ると、そこには元暗殺者の女性、グリーンがいた。


「なによ。人をお化けみたいに・・・・・・」


 それ以上だ。

 元暗殺者にしてSS(サイレント・ストーカー)とまで呼ばれた彼女による尾行なんて冗談じゃない。


「で、今日、仕事は?」


 タイミングの悪さもあり、オイラは不機嫌さを隠そうともせずに言った。


「これからよ?貴方も来る?」


 それも冗談じゃない。

 そして、少しは察して欲しい。まぁ、それはそれとして、あれから3日でグリーンほど変化の大きい人間もいない。今や彼女は暗殺業を完全に廃業し、得意の水魔法を使った温泉宿を経営している。


 オイラの町では1つの家に風呂がある事は珍しく、無い家は時々ある家に風呂を借りる生活をしていた。それでも最近は安定してきたのだが、風呂を作るには懐(正確には通貨は無いので依頼した技術者にお礼が出来るだけの余裕)の苦しい町人達にとって突然温泉宿なんてものが出来れば盛況になるのは当然だ。


 因みに、温泉宿の場所はオイラの家だ。


「何黙ってるの?早くしないと仕事に間に合わないわよ」


 そりゃ、オイラの家は広いし一人で住むには寂しいとは言ったよ。

 でも、まさか彼女と同居することになるなんて思っていなかったし、町のみんなが雪崩れ込む温泉宿になるなんて誰が思うんだよ。


 だいたい、オイラは母親と過ごすっていう経験が無いからか、女性と暮らすっていうのはよく分からないのだけど、この3日だけでも、そういう意味で色々大変だったんだ。グリーンに引きずられながら、思い出す。彼女との生活という苦難の連続。歯磨き、それにトイレ・・・・・・無駄と分かっていても今も言わずにはいられない。


「ちゃんと磨けた?ほら『いっ』ってして」

「もぅ子供じゃないってば!!」「『も』じゃなくて『いっ』」

「だから!!いいってばっ!!」「『だ』じゃなくて『いっ』」


 以下略……つまるところオイラは完全に子供扱いをうけている。

 オイラだってもう15歳だ。大人ではないかもしれないが、町の子供では一番の年上だし、男としての自覚もある。だから彼女の態度がどうしても許せない。後、しつこい。


 それにトイレもそうだった。

 オイラが入っていても平然と戸を開けるし、トイレから戸を開けて話しかけてくるのはいただけない。ティーチがいる時はそうでも無いのだが、それも不確かな情報だ。


 何故なら彼が我が家に泊まったのはあの事件の夜の一夜だけだ。

 彼は今や町一番の人気者であり、毎日毎日違う町人の家に招待されて居場所を転々としている。


 そういえば、町の噂ではどの家に行っても木の実のパンしか口にしないらしい。

 栄養管理は大丈夫なのか?それとも木の実のパンには何か強くなる秘密でもあるんだろうか?よし、明日からはグリーンに木の実パンを焼いてもらおう。あぁ言ってるそばからオイラは彼女との暮らしに依存しつつある気もして恐ろしい。


 いや、物事は考えようだパウロ。

 家に招いたまではオイラが言った事だしよしとして、勝手に改築され、商売を始められたんだ。飯の世話くらいやってもらっても依存にはならないだろう。うん、当然の報酬だ。


「やっと着いたわね!」


 そんな事を考えている間にどうやらオイラは温泉宿、もといオイラの家まで彼女に引きずられていたらしい。それにしても子供とはいえ5キロ近くはある距離を引きずる彼女の腕力は凄い。


「ふぅ、時間がかかりすぎね。たった3日でも体は鈍るわねぇ」


 3日前はどんな化け物だったのだろう。

 まぁ、聞いても教えてはくれないのだろうけど……。

 そして、話を戻すが、彼女の最大の問題が今まさに目の前に迫っている風呂の問題だ。今までの件が示す通り、彼女にはオイラに対する家庭的な面でのマナーが欠けているのだ。


「外で遊んだなら、体くらい流してきなさい」


 そういって脱衣所に放り込まれる。

 この扱いに至っては性別以前に猫か何かといった愛玩動物に対する扱いだ。


 脱衣所は一般家庭を改築した物とは思えないほどに広い。

 元々が土地の有り余った町であった事に加え、シルヴァの拘りによって作られた家は一人で住むには寂しすぎるほどに広い。20人、頑張れば30人は同時に使える脱衣所と浴槽は果たして人口50人に満たない町にとって本当に必要だったのだろうか。


 渋々と服を脱いだオイラは衣服の泥を見て呟く。


「あー、ナルホド、確かに風呂は必要だ」


 もっとも、服に泥が付いた主な原因は彼女の行為なのだが、今はそこについて考えるより先にすまさないといけない事がある。


「パウロ。汚れは落ちた?」


 ……あぁ……遅かった様だ。

 オイラが身体を洗い始めたところにガラリと戸を開ける音。金色の長い髪を一纏めにしたグリーンが顔を覗かせた。


「なっ!!だからここは男ゆ……」


 オイラの言葉も虚しく、彼女はすでに衣服を脱ぎ、大きめのタオルを体に巻きつけてオイラの体を洗う準備を始めている。


「固いこと言わないの。貴方の裸なんて気にしないわ。ほら、裸の死体とかも見馴れているし」


 平然とそう言うグリーン。

 暗殺者として鍛えられたスタイルの良さのせいか、その発言の嫌さが増している気がする。


 それにしても、グリーンの体はキレイだ。

 以前、ティーチと風呂に入った時、その体は傷だらけだった。切り傷や銃創。中には何かを投げつけられたかのような傷跡もあったが……とにかく、いくら相手の心が読めるティーチでも、攻撃を全て避けられる訳ではないのか、何かを庇った結果なのか……いずれにせよ本来、戦いを日常とする彼らの体が傷一つ無いなんて事は有り得ない。


 それはオイラにも想像出来る事なのだが、彼女の体にはそれらしい傷跡は一つとして無い。


 暗殺者という一方的殺人を生業としていたとはいえ、彼女がいかに優れた実力の持ち主だったかが分かる。


 因みに、本人が言うには腹筋が割れている事が女性としてはコンプレックスらしい。


 あぁ、誤解が無いように言っておくが、この説明は覗きが趣味の常連客が言っていた受け売りだ。

 オイラは残念ながら女性の魅力を感じるという点に関しては子供だという自覚がある。


 まぁ……この状況を打壊するまでは子供であった方が良い気もするのだが、そんな話をすると町の男達は決まって血走った眼でオイラを睨むので、最近はあまり口外しなくなった。


 諦めたオイラは無抵抗に体を洗われ、グリーンと湯船に浸かる。そして、ふと頭を過るのはティーチの事だ。


 初めの勉強でオイラには社会科、風の魔法の適正がある事が分かった時は凄く嬉しかった。


 この町では魔法が使えるほど正確な勉強を教えられる大人は限られていたからオイラは今まで魔法が使えるようになる機会なんてなかったし、これからも無いとおもっていた。

 しかも、風の魔法は戦いでは目に見えない攻撃ができるという強みがあるし、日常でも物を運んだり浮かせたりという用途に長けていて、追い風を呼べばもともと早かったオイラの足をより素早くする事にも活きた。


 ただ、当時それ以上に嬉しかったのは風、つまり酸素が炎の燃料であると分かった事だ。

 以来オイラはティーチに疑念を抱くまでの数日を風により多くの酸素濃度を加える練習に明け暮れ、ティーチと共に悪者を倒す姿を夢見たものだった。


 それが……今はどうだろう?

 ティーチは正義の味方なのか……それとも仇か……そんな事も分からなくなっている。


 でも、それをそのまま口にする事はダメだ。絶対ダメ。

 だってグリーンは明らかにティーチよりの味方だし、人は見かけによらず恐ろしい生き物だという事はこの前の血走った眼の男達から嫌と言う程に教えられたばかりだ。同じことを繰り返す事はしない。オイラはこの町で一番大人に近い子供だ。大人には大人の聞き方があるのだ。


「ねぇ、グリーン?」「ん?なぁに?」


 湯船に浸かって数分だというのにすでに顔を赤らめたグリーンが聞き返してくる。


「グリーンはティーチの事、どう思うの?」


 遠まわしに聞く、それが大人のやり方だ・・・・・・と思ったのだが、少し、オイラは間違ったのかもしれない。


「ひぇへっ!?」


 ビクッっと驚いた様にグリーンの体が反応する。

 さっきよりも体が赤みがかっているのが透けたタオル越しにも分かる。


「な……なにを急に聞くのよ!?別に彼の事が好きとか……そういう感情は無いわよ。今までは仕事の都合で役に立ったりもしたし、邪魔もされたし……そう!腐れ縁だったけど。今は二人して町の恩人?みたいな扱いになってるし……なんか近所のおばさんとかによくからかわれるけど、そういう気持ちは無いし、確かにこの町には他にいい男なんていないけど……所帯とか……元暗殺者の私には実感わかないし……うぅぅ勘弁してくださいエリザベスさん」


 ……なんかごめんなさい。

 そしてドンマイ、覗き趣味のエリザベスさんの旦那……。


 因みにこの2人、エリザベス夫妻の一人娘があのクーだというのだから彼女の我の強い言動にも実感が湧くというものだ。

 全く興味の無い話しを半ば混乱した様子で喋り続ける彼女を見ていると、どうやら自分は聞き方を間違えたらしい事だけは分かった。


「まぁ、最初から当てにはしてないよ」


 風呂から上がったオイラは自分にだけ聞こえる声でそう言って、番台に置かれたお茶を口にした。

 熱を帯びた体に冷たい飲み物が駆け巡り、何ともいえない清清しさを感じた。


 グリーンは……まだ、風呂の中で何かを言っている。


 しかし、困った。

 当てにはしていないけど他に解決方法があるわけじゃない。聞いて解決するなら相手はグリーンとティーチくらいだし、ティーチに近づいたら、それだけで心を読まれてしまう。さて、どうしたものか……。


 家を出たオイラがそうして途方にくれていると、そこに町では見慣れない二人の男性が歩み寄ってきた。


 それも、かなり異質な風貌だ。


「君は……確かあの時の教育者と一緒にいた少年だね?」


 思わず不快感が顔に出る。

 白昼の町中を金色の鎧姿で歩く少年は歳も変わらないであろうオイラに対して偉ぶった言葉で話しかけてくる。対して横の黒いコートの男はというと……


「よっ!久しぶり!」


 あまりにも馴れ馴れしい。

 確か……彼らは3日前に町を攻めてきた大国の兵士だったはずだ。特にこの少年はティーチを仇として宣戦布告までしたはず。


 つまり敵だ……でも、ふと思う。

 仇というならオイラも似たようなものかもしれない。


 しかし、今はそんな事を考えている場合ではない。

 逃げるなら今だ。自慢じゃないが、オイラは町の子供相手に足の速さで負けたことは無い。グリーンに教わった歴史の適正魔法で追い風を纏えば大人にも負けない自信がある。


「あぁ、すまない。私の名前はアキラ。こちらは魔法の権威でピートと言う」


 名乗りが遅れた事に気付いたのかいまさら自己紹介をする少年。敵意はないのだろうか?


「いやーこの子はまだティーチ君の事を怨んでるみたいだがね、私は個人的に旧暦魔法に興味があるんで、ティーチ君と酒でも飲みたいなぁと……」


 ピートはオイラの警戒を理解してか、そう言った。

 まぁ、オイラが警戒してもどうにもならないし、こいつらのボスはティーチが倒した。何を企もうにも、ティーチは心が読めるんだからそうそう負けるとは思えないのだけど・・・・・・。


「ティーチは酒は飲まないよ。木の実のパンでも持っていけば喜ぶんじゃないかな」


 適当に返事を返しながら、それでもやはり目的が気になったオイラは彼らを詮索の目で見た。


「……ピートさんにも言われたし、隠すつもりもない。確かに私は彼を怨んでいる。でも、実力で敵わない相手に挑むほど愚かではないつもりだ。だからまずは、情報が欲しい。差し当たり彼は私の再戦を受けると言ったので、この町にしばらく滞在する事にした」


「た・・・・・・滞在って、この町に!?」「はは!斬新な作戦だろう?」


 ピートは揶揄う様に笑ったが、アキラという軍人はどうも真剣らしい。

 そしてオイラは、アキラが話した頼んでも無い自らの計画を聞いて……当面の危険がないと知って……彼を自分の疑問の解決に利用できるのではないかと考えてしまった。だから、自分から仕向けた。


「分かった。なら、家に来るといい。この町の宿はオイラの家だけだ」


 これで、オイラの知らない側面からのティーチを見る事が出来ると思ったからの提案だ。それに、どうせ襲ってくるならいつ来るかわからないより同行が分かる方がまだ安心出来る。


「それは助かる」


 少年はこれを素直に受け入れた。

 こうしてオイラとグリーン、アキラとピートの奇妙な生活が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る