思考の末①

0話・プロローグ


「それがブラウン隊長の最期か……」


 大国の王は教育者討伐の失敗の報告と名将だったブラウンの戦死を聞き小さく唸った。


 男の部屋は不要に金銀をあしらえた煌びやか作りで、机には書類の山と手にするのも戸惑う様な金の受話器が置かれていた。既に初老を迎える王は口では隊長の死に対する悔やみを出してはいるが、その関心は直ぐに教育者であるティーチの討伐に戻った。


「それで……、作戦の失敗は受理とするが、幾分説明を求めたい」


「現存した教育者について……ですか?」


 初老の男の言葉を遮ったのはアキラの後ろに立っていたピートだった。


「うむ、一件の権威でもある君ならば教育者狩りが旧暦の物と軽視できるもので無い事は分かるだろう?」


 ピートは顔をしかめた。

 ピートはその権威と知性からこの国に招かれた時、一つの条件を出している。それは国に仕える者ではなく、国に滞在する者でありつづけるという不可侵の条約だ。国で唯一の自由意志を持つ軍人である。

 そのような条件を出す事が示す通り、ピートという男は地位や名誉に関心が薄く、己の探究心のみを優先する男だった。


 だからこそ、迫害されてきた教育者の生き残り、それもたった一人に国の軍勢が敗北したという体裁の問題や彼が復讐に来るかもしれないと悩む国民の心配など、全くと言っていいほどに関心が無い。


 むしろティーチと名乗った教育者の誠意的な立ち振る舞いと今や忘れ去られた旧暦の学問を用いた魔法の数々にこそ関心があったが、分かるはずもない。現王にとって教育者を討伐することは害獣駆除と同じ、考えるまでもなく行って当然の行為なのだ。


「話を戻しましょう。彼は自分から教育者の末裔であると公言致しました。加えて、その身体能力はブラウン将軍と互角、人の心を読み取る術を持ち、本国最大勢力に匹敵する炎の魔法を自在に扱う他、その他学問を基礎とした魔法にもかなり深く精通していると思われます」


「……」


 ピートの反応を見て、アキラが変わりに報告を済ます。それを見てピートは思った。


(やはり……まだ、この子には……)


 アキラにとって戦死したブラウンは親代わりであり、師であった。

 それを討ち取ったティーチに対して冷静な判断が出来るほどアキラは大人ではない。だから、ピートが感じたティーチの誠意的な印象は彼の目には別の印象に映る。


「あの教育者には弱点があります」


 その言葉にピートは思わずため息をついて頭をうなだれた。


「ほう……それは?」


「教育者ティーチはあの町を守ることに重きを置いて行動しています」


「つまり?」


 初老の男は満足げにアキラを見て先を促す。


「私にお任せ下さい。単身、彼の者の弱点を捉え、教育者末裔をこの国から遠ざけてみせします」


 復讐に囚われたアキラは善悪の区分なく最善手を告げる。再び、ピートのため息。そして心の中で呟いた。


(ブラウン……お前の生涯最期の頼みはなかなかに厄介だぞ)


・・・・・・。


 ……数分の後、アキラとピートは退出する。そして、それを合図に受話器のはずれていた電話の先から声が聞こえた。


「面白い……お話ですね」


 凍える程に冷たく、それでいて上辺だけは飄々とした不快な声だった。


「聞いたな?」


初老の男の問いかけに、受話器の男は答えない。


「……畏まりました。私にとっても大変興味深い依頼ではありますよ。私以外にもまだいたのですね・・・・・・教育者の生き残りが」


「情が湧くのか?」「いえ・・・・・・・」

「ならば任せた。私が王である内に片付けねばならんのだ。特に教育者にまつわる厄介事はな」「・・・・・・そうですね、それが賢明でしょう」


 受話器の先の男は彼が薄々感じている懸念を知りながら小さく笑いながら言った。



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