外伝・休時の末

それからの話し


 悪は去り町は平和になったあの日から……空は晴れ渡り美しい虹が町を取り囲んだあの日から……オイラ達の生活は大きく変わった。


「パウロ!朝ごはん出来たわよ」


 まるで母の様にオイラを起す女性の声はどこか弾んでいて、それを聞いた誰に、彼女が暗殺家業に身を置く、それも名の知れた暗殺者などと思うだろうか。


 あれから2日が経ち、グリーンは今もオイラの家に住み込んでいる。


 オイラはというとそこに異論はない。

 なぜなら元々シルヴァが拘りぬいて作られたこの家は広すぎる。寝室は大人が五人は眠れるし、浴室に至っては一人用の風呂の他に接客用とやらに作られた異様な広さの浴室が別にある。個室は5部屋もあり、以外にも書斎、談話室、応接間、物置などなどオイラでも使った事のない部屋が多々あるほどにこの家は広くて、広すぎて、一人で暮らすには寂し過ぎるのだ。


 その点グリーンは人一倍明るいその性格のおかげか、その寂しさを十分に和らげてくれていて、オイラは彼女に心底感謝している……というのは内緒だ。だって男が寂しいだとか1人が嫌だなんて事は口にするのも格好悪いじゃないか。そして、役得がもう一つ。


「どう?」「ん!今日も美味いよ。本当に、お店が出来そうなくらいに……」


 と、言うのはお世辞だがグリーンの料理は家庭的に見て十分な腕前だ。

 今までオイラは自炊をしていて、その腕にはそこそこの自信があったんだけどグリーンのそれはオイラよりも上手で、手際が良いのは間違いない。


 そしてなにより料理を誉められた時の彼女の楽し気な雰囲気の中で食事を摂るのは悪くない。

 オイラの賛辞に微笑みかける彼女はなんとも幸せそうな顔をしていて、その声を聞いているとなんだかオイラまで楽しい気持ちになってくるのだ。


「パウローいる?」


「その声は玄関から響いた。グリーンより一回り甲高い声をした女性……恐らくは幼馴染のクー。オイラはそれが分かってため息をつき、心の中で思うのだ。なぜ同じ女性の声だというのに彼女の声はこうも気分を気怠くするのだろうか……」


 オイラがそんな事を考えながら玄関の扉を開くとそこにはやはりクーという少女が、快活な性格と違和感のある青いドレス着を着込んだ少女が・・・・・・拳を放っていた。


「ヌグッ」


 拳を顔面に食らい倒れるオイラの耳にクーの声が聞こえた。


「声に……出てたわよ?」「……そっか…それは……し・・・・・・」


 仕方がないな。

 そんな言葉を口にする間もなくオイラは床と同化した。


「で……何の様だよ」

「貴方が呼んだんでしょ?はるばる来た女に言うセリフじゃないわね」


「お前の家隣だろ!?」

「あはははは……犬猿の仲って奴かしら?」

「「あぁ、気にしないで。私/オイラ達はいつもこんな感じなので/んだ」」

「……そ、そう?」


 オイラとクーの関係にまだ馴染めないグリーンを置いてオイラはいつもの様にクーとの無駄話を終え、本題に入る。


「勉強会?」「そ……オイラ一人しか受けないには勿体ないだろう?」


 本題とはこの2日、グリーンとティーチ(1日目のみ参加)にしごかれた勉強会にクーを捲き込む事だ。理由は簡単だ。1人は寂しい、そして、2対1は辛い。ただそれだけの事だった。


「嫌よ」

「そうかっ!じゃあ明日からは一緒……ってえええぇ!?なんで!?どうして!??」


「私、勉強嫌いだもの」「あぁ……それは」


 仕方ない。

 こうしてクーの勧誘は失敗に終わり、代わりにクーの家に遊びに行くという話の流れになった。


「ん?」


 玄関を出るとき、グリーンがオイラの横腹を突いて小声でいう。


「ちょっと、諦めるのが早いんじゃない?」「?……あぁ……」


 暫く考えてそれがクーの勧誘の事と分かって納得する。


「いや、あれでいいんだよ。あいつは自分で決めた事は絶対曲げないんだ。だからいかないって言ったからはもう無理」


「ふーん……彼女の事よく分かっているのね」


 クスクスと笑うグリーンはどうやら恋愛的な意味でオイラをからかっているつもりの様だ。よくよく思うが女性はこういう話が好きだ。残念だけどオイラは顔を赤らめる事もなく素っ気なく言い返した。


「この町でクーは有名人だから……これくらいは常識だよ……それよりもグリーンこそ……」


 ティーチの事をどう思っているのか、少なくても好きなように見えるのだけれどと、言い出す前にはオイラ達はクーの家の前にいて、早速リビングルームへと案内されたのだった。


 クーの家はオイラの家の半分にも満たない敷地だが、それでもこの町では2番目に大きな豪邸だ。通貨の存在しないこの町では家の大きさは町での威厳の大きさに直結する。つまり慕われる者の家ほど手伝いを多く頼める……そういう事なんだが、クーの場合はその母、エリザベスの多才がその要因だった。


 身長145センチ体重不明。小柄痩せ型の蟒蛇でその豪放磊落な性格は元より、町の催しでの料理人兼、薬師兼、栄養管理士兼、情報屋兼、ご意見番というその小さな身体から想像にも難しい重圧を背負った彼女を老若男女この町に住むものなら誰もが敬意を込めてこう呼ぶのだ。


【エリザベスさん】


「よく来たわね……SSのグリーンさん」「えっ!?」


「ごめんなさい……ちょっと意地悪だったわ。今はただのグリーンさんだものね……暗殺ギルドはひと月も前に壊滅しているもの……」

「え……えぇ……」


 グリーンは誰も知らないはずの情報を当たり前の様に話すエリザベスさんに心底驚いた顔を向ける。まぁ当然だ。だけどこの町では常識でもある。エリザベスさんの知らない事はこの町にないとさえ言われている。その情報網が一体何なのかは定かではないが、彼女の情報力は遅くても2日とかからずに町民の夕食から裏社会の秘匿情報までのありとあらゆる情報に精通する。


「で……この町に入った自由業のグリーンさんの目的は何かしら?」


 その時、グリーンの温和な仮面が剥がれ、無表情に立ち戻った彼女が言う。


「……別に……ただ、自由になりたかった……それだけです」

「心拍数に変化なし、嘘はついていない様ね……いいわ、うふふ、素直な人って好きよ」


 そう言ってグリーンを見上げるエリザベスには不思議なほどに余裕がある。

 しかし、その余裕の正体はすぐに明らかになる。


「彼に救われたのは命だけど、ハートも掬われるなんて・・・・・・素敵ねぇ」

「なっ!?」「へ!?」「ななななな……な!?ぬ?ね??」


 エリザベスさんの呟きにグリーンは破顔してな行の言葉を乱立する。


「心拍数急上昇、やっぱりこっちの情報網は信頼できるわね……」


 エリザベスさんは至極満足気にそう言った。

 あれ?さっきまでの殺伐とした雰囲気はどこに行ったんだろう。


「……母さん……」


 娘であるクーは展開が読めた安堵と同時に母の新人歓迎の儀に頭を抱えた。


「でぇ!決め手はやっぱりあの言葉?」「そ……そそそそそそんなとこまで!?」


 もはや終始エリザベスさんのペースだった。


「母は強しっていうか……」「情報侮るべからずってとこでしょうね……」


 オイラとクーは所詮は他人事と決め込み、その戦いを見届けるとエリザベスさんの夕食をご馳走になる事になった。とは言っても何もしない訳にもいかず、グリーンは炊飯、オイラは野菜の皮むきを任された。


 そして、オイラが皮むきを終えて台所に行くとそこには信じられない光景が広がっていた。


「~♪~~~♪」


 鼻歌混じりにフライパンを揺らすクー。

 しかし、明らかにおかしいのはその左手だ。


「~♪~~~♪」「お……おいクー!?クーさん!??」「あら?パウロ?」


 なぁに?と言いた気に首をかしげるクーだが、彼女の手、右手にフライパンを持った彼女の左手に持たれた鋭利なそれは明らかな不協和音を奏でている。


「なぁ……お前って料理は……」


 恐る恐る、そんな質問を投げかけるが、クーはこれに笑顔で答える。


「初めてよ?」

「なんっでそんな自信満々なんだよ!?満面の笑みなんだ!?おかしいと思ったよ!!右手にフライパン、左手に包丁持ってる時点ですぐ分かったよ!!どの国に行ってもその構えから作る料理無いからな!?」


 オイラがあらかた突っ込みをいれた所で野暮用とやらで席を立っていたエリザベスさんが戻ってきて状況を掌握する。


「あら、クー見てるだけでいいって言ったのに……珍しいわね」

「暇だったから……」「あぁそう言う事!」

「うん。料理じゃなくてパウロをからかってみただけ……」


 よく見るとクーの揺らしていたフライパンには火が付いていない……つまり彼女は料理で遊んだんじゃない。オイラで遊んでいたのだ。


「ちなみに私、簡単な料理くらいは出来るわよ?」

「もういいよ……オイラの負けだ」


 オイラは強い脱力感を覚えて肩を落とした。

 それでもエリザベスさんの家の料理は美味しかった。食卓よりも、グリーンが作ってくれる二人の食卓よりもそれは美味しくて、町の皆で囲む宴の食事とはまた違うほっとした暖かさのある時間だった。


「ねぇ、あなた……水の魔法が得意だったわよね?一日に扱える水量はどれくらいなの?」


 それは食卓の団欒での有体な会話ともとれたが、エリザベスさんの目には何か意味深な光が宿っていた。因みに水の魔法の水量、それは数学の学力に比例する。


「そうですね……家屋の数軒を押しつぶすて程度の水量なら……」

「十分ね……一つ、お願いがあるのだけど……」


 町の相談役としての顔を持つエリザベスさんは言う。

 現在この町にもっとも足りないものは風呂だという。それを聞いてオイラもあぁと頷く。この町に限らないが、勉学が家庭に任された現在では強い魔法を扱える人物は少なく、それらを体現出来るものの多くは軍人など戦闘職に優先されてしまう。


 しかし、魔法以外の資源が少ないのも事実だ。

 当然風呂湯を張れる程度の魔法でも民間に扱える者は限られる為、この町では特に3人から5人の大人が力を合わせて一家分の湯船を張り共有している。当然湯量は足りているとは言い難い。


「貴方なら一人で数軒、いえ……数十軒の湯船を満たせるわ。もっと言えばパウロの家にある来客用の浴室を使えば町の半数以上の人が湯船に困る事が無くなるの」

「いいアイディアね!」


 その言葉にクーが頷く。

 魔法はある程度の睡眠を契機に回復する無限の資源だ。絶対量が桁外れたグリーンの水魔法なら温泉宿の経営にはこの上なく向いている。だけど……


「悪くないけど……パウロ?」


 グリーンがオイラの顔を見る。

 言いたいことは分かる。あそこはオイラの家なのだ。


 ・・・・・・といっても、この状況で断れるわけもない。


「……いいんじゃないかな?」


 だから、オイラはそう言って無理に笑顔を作った。


 翌日には使われることなく錆びついていた来客用の風呂が町の温泉として機能する為の大掃除が始まった。


 掃除は町の男衆が行う。

 繰り返しになるが、通貨の無いこの町では町を良くする為、一人一人を不幸にしない為の行動には何でも町ぐるみで行う風習がある。


「みんな~あと一息よっ!」

「気合入れろ!!終わったら町始まって以来の風呂屋開店祝いの飲み会が待ってるぞ!」


「その前にひとっ風呂浴びたいねぇ」「がははは。たまらねぇなぁ」


 賑やかな声が家の外まで響いていた。

 オイラは子供だから大人達ほどの力もないので家の外に出た。


 オイラの家の裏地には小さな手作りの墓標がある。当然遺骨も埋っていないし、誰も知らない小さな石の墓標だ。


「町長……」


 ティーチやグリーンが来た日から、楽しい日々の傍らでオイラはなんて馬鹿なんだろうと思う時間がある。一人になると思い返してしまうこの時間だ。


「義父さん……」


 この墓標は誰にも知られない家の裏地にある。

 でも、ここが賑わうならそれだっていつかは気付かれてしまうだろう。


 ・・・・・・あの日を境に町の人々は手のひらを返した様に義父さんの悪口を言った。


 オイラの前では口にしないけど、そういう噂はエリザベスさんじゃなくても聞こえてくるものだ。


 いっそ彼らの様に義父さんを憎むことが出来たならばこんな事に悩まなかったかもしれない。


 いっそ真っ向から義父さんの悪口を聞けたなら気持ちをもっと早くに切り替えられたのかもしれない。


 でもオイラにはそのどちらもが出来なかった。

 あれほど長く共に暮らしたけど今は義父さんの笑顔が思い出せない。数日を共にしただけのグリーンの笑顔はこんなに簡単に思い出せるのに、忙しいといってはオイラを避けていた義父さんとの思い出は今をして想えば驚くほど少ない。


「それでも……オイラが思い出せる『親』の顔は義父さんだけなんだ……」


 それは圧倒的に間違いと分かっていながら、否定できない気持ちだった。オイラは義父さんの墓を崩しながら思った。


「もし、ティーチ達が来なかったら……義父さんは生きていたのかな?」

「もしも……義父さんが生きていたら、いつかオイラに微笑んでくれたのかなぁ……」


 それはもしもの話・・・・・・絶対に叶わない話だってことはオイラだって分かっている。


 ・・・・・・そんな時だった。


 接客用の風呂場の方から歓声が聞こえた。

 どうやら、無事に完了したらしい。グリーンの魔法で湯を張った熱気を帯びた風が、裏地にも吹き抜き込んだ。そして、それと同時にオイラの耳に届いた声があった。


『そうだパウロ。ティーチは・・・・・・・奴は貴様の仇だ……』


「えっ!?」


 暖かな風が吹き終えた後には肌寒さだけが残った。


 夕暮れ時にも関わらず夕陽が雲に隠れた仄暗い景色の中、オイラ確かに亡き恩人の声を聴いた。

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