孤独な旅の末ー完
終話・終わりと始まり
ブラウン隊長の最期を看取った面々は戦う事も忘れただただ沈黙した。
そこには悲しみや怒りといった様々な感情が蠢いていた。
「ティーチ」
状況を変えたのはそこに駆けつけた一人の少年だった。
ティーチの安否を心配したパウロだ。これを機会に先程まで様々な感情が蠢きあっていた隊員達の思想がある一点に集約を始める。
(あの少年を人質にすればまだ、我々にもまだ勝機は……)
ティーチはそれを察知し、パウロの横に立ち、残された兵の様子を窺った。
すると、一人の少年が声を上げた。
ブラウンの最期にも名を呼ばれた少年、アキラだった。彼は一歩前に踏み出ると灰となった英像から宝刀を抜き取り、全部隊に命令した。
「全部隊、これより撤退の準備にあたれ。本件における責任は私が預かる・・・・・・これはブラウン隊長の意思だ。・・・・・・しかし、これはあくまで隊としての意向である。僕は……私は、いつか必ず師の仇として教育者ティーチに戦いを挑むだろう」
そういってアキラはティーチを睨み、その後、パウロに目線を落とした。
ティーチはまるでブラウンの様に心言違うことなくぶつけられたアキラの思いを黙って受け止めた。
やがて、隊は見えなくなり、ティーチとパウロは町へと戻る。
帰り道、終始パウロからは戦いについての質問が成されたが、本々口数の少ないティーチはそれについてあまり深くは語らず、この出来事の多くは彼と帝国の人間の胸にのみ秘められる事となった。
町に戻る途中、着替えを終えてパウロを追いかけてきたグリーンが合流した。
グリーンの第一声はまるで先の出来事を忘れさせる程に軽い『おはよう』の一言だった。それが彼女なりの労いの言葉だったのか、ただの能天気な発言だったのかは判断に難しい。
その後すぐに姿を見せたのはクーだった。
頭を抱えてフラフラと歩く彼女を心配したパウロに大声はやめてと涙目になる。どうやら彼女はこの機に、予ねてから狙っていたお酒の味を体験した様だ。
そうこうして、広場に戻ると大人達はもう目を覚ましていた。
・・・・・・そして、恐れていた事態が発生した。
「おい貴様。よくもこの町にこんな危険を……この疫病神が!!」
「町長の件にしたってお前さえ来なければ!!」
「パウロの気持も考えておやりよ」
様々な罵倒がティーチに向けられた。
当然ではある。
一見町の脅威を払ったティーチだが、元は彼が教育者であることが原因であり、教育者の差別が正当かどうか、彼の人柄が善いか悪いかの審議は彼がいると町に被害が出るかどうかとは別の問題なのだ。
こうしてまた、一つの町を去る事が決まる……事の大小はあれ、それは今まで何度も繰り返してきたティーチの日常であった。
しかし、今回は少し違った。
「馬鹿な事言うな!!ティーチはオイラ達を守ったんだ。オイラに両親の形見をくれた。裏切り者……を倒して、その作戦も壊してくれたんだ」
興奮するパウロの肩にティーチが手を置く。
そしてボソリと、もういいと言った。ティーチの目にはうっすらと涙がうかんで見えた。
「良い訳ないだろ!!」
しかし、怒りの矛先をティーチに向けたパウロの後ろから暖かい笑い声が聞こえる。そして、パウロは怪訝な顔で振り返った。
「試すような事して……その、悪かったな。俺達はティーチ、お前さんをもう町の一員だと思っているよ。だが、パウロが嫌がるんじゃしかたねぇと一芝居うってみたんだが……どうやら俺達はちぃとばっかし気が効きすぎているらしいわ」
一斉に笑いが起きる。
それは、町民達なりのパウロへの気遣いだった。悪事を犯したとはいえ義父にあたるシルヴァを失ったパウロの想いに寄り添う為の芝居であり、彼らの想うところは今、パウロが怒鳴った言葉と同じくティーチやグリーンを町の仲間と認めたものだった。
そして、パウロはふと彼の涙の意味に気付いた。
その涙が悲しみではなく嬉し涙だと気付いた時、パウロはティーチの向きを振り返った。
「ティーチ!グリーンも!!オイラの家に来いよ。そんで、オイラにも勉強を教えてくれよ」
彼の周りには沢山の優しい感情が溢れていた。
それを感じる事の出来るティーチがどれ程の幸福を感じていたのかは分からないが、それは身に余るほどの幸福だったのだろう。
グリーンもまた幸せそうな表情を浮かべていた。そして、いつかパウロがした様に心でティーチに話しかけた。ティーチが頷くのを確認し、2人同時にパウロの誘いに答えた。
「勿論!スパルタで教えてやるから覚悟しろ/しなさい」
「うっへぇぇ」
パウロのしかめっ面にグリーンが笑う。
つられるようにパウロも笑い、それを見てティーチも笑った。
時刻は早朝、空には、村を覆う様にして出来た幾重にも重なる虹が浮かんでいた。
1話―完
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