孤独な旅の末④

第3話・町

 町はいつになく賑わっていた。

 すでにティーチ達が山賊を退治したという噂が広がり、町長を中心に祭りの準備が始められていたのだ。


「遅いなぁ……グリーンさん。本当に彼らはあの山賊達を懲らしめてくれたのかい?」


 グリーンと呼ばれた女性が答える。


「間違いないわ。彼とはちょっとした顔見知りなの……あの程度では怪我ひとつする様な男じゃないわよ。パウロ君も必ず無事に帰ってくるから心配せずに待ちましょう」


 そういうと大きな伸びをしながら北の方角を眺めた。

 金色の長髪と明るい性格。華奢な姿を見て彼女を暗殺者と疑う人間はまずいないだろう。


 だが彼女は素性を知る人間からはSS【サイレント・ストーカー】の名で恐れられる暗殺、尾行の達人であるというもう一つの顔があった。そんな姿を一切匂わせず町民にすっかり溶け込んだグリーンもまたティーチ達の帰りを待っていた。


 日が赤く染まり祭りの準備が終わった頃、彼達は町へと戻ってきた。目を真っ赤にはらして眠るパウロを担いだティーチは町の入り口が見える場所に来て立ち止まった。同時に甲高い大きな声がした。


「この馬鹿!!」


 グリーンだった。

 あまりの大声にパウロは飛び起き、危うくティーチの背中から落ちそうになった……が次の瞬間、本当に振り落とされる事になる。グリーンがティーチの胸倉を掴んで揺すりながら言ったからだ。


「アンタね!そんな物騒な鎌に返り血ベッタリ……それでどの面さげて町の人に挨拶する気よ!こいつは私が隠しとくからアンタはその子おぶって町に帰りなさい」


 言い終わらない内にグリーンはティーチから鎌を取り上げて町の裏門へと走って行ってしまった。職務の遂行を第一とするグリーンは必ずしもティーチの味方と言える存在ではなかった。しかし、人との接触を極力避けてきた彼の非常識な部分を補う意味では、彼女の社交性と世話焼きな性格は理想的ともいえた。

 もっとも、グリーンのせいで地面に叩きつけられたパウロは悶絶しがらティーチに文句を洩らした。


「アレ……なんなの?」


 ティーチは無言のまま小さく溜息を溢した。

 ティーチが町に着くとすぐに町民が彼らを囲んだ。それぞれが感謝の言葉を口にする中


「パウロ!あんたその無鉄砲な性格どうにかならないの!?」


 一人の少女がパウロの耳をひっつかみながら容赦のない小言を放っている。

 

 彼女の名前はクー。

 12歳という若さだが、そのしっかり者と評判な性格故に年上のパウロよりも随分と大人びた印象をうける。一見お淑やかな装いの青いドレス着と快活な性格が不釣り合いなせいか妙に印象的な少女だ。


(なぁ、ティーチ……女は二人でも、こういう時は姦しいっていうのか?)


「!」


 パウロはティーチの読心を逆手に心の中でティーチに向けて問いかける。ティーチは一瞬驚き、それからクスリと笑った。


「意味は……それでいいな」


 二人はニヤリと笑みを見合す。

 クーにはそれが何か分かるはずもないが、疎外感に腹を立てたクーの小言がパウロに二人分、追加されたのは言うまでもないだろう。


「さぁ、今日はこの村に来てくれたティーチ君、それにグリーンさんの歓迎を兼ねて祭りの準備をしてきた」


「準備したのは俺達だろー」


「ガハハハッ」


 シルヴァの挨拶に口を挟む町の人々とそのやり取りに景気よく笑う酒場の店主。それを咳払い一つで制すとシルヴァは続ける。


「んん!!とにかく……です。彼は皆知ってのとおりかつて忌み嫌われた教育者の末裔らしい……」


「それがどーしたぁ」


 すでに酒気の入っている若い世代は馬鹿笑いで相槌をいれている。


「こらこら!あまり私の見せ場を取らないでください!!」


 怒ったところでそれも聞こえてはいないだろう。

 頭を抱えるシルヴァはもはやパウロ以外誰も聞いていない挨拶を元気なく続けた。


「……とにかく、この町ではそんな事は関係ない。むしろ彼はあの山賊どもを追い払ってくれた英雄だ。今日の歓迎祭をもって十二分、親睦を深めていただきたい」


 どうやら、風評を気にしない風土はパウロや町長だけでなく、この町全般に言える様で、それはティーチにとってこの上なく有難いものだった。


 祭りはそのままグダグダと始まり、豪華とはいえないまでも大量の食事が目の前に立ち並んだ。大喜びのパウロは恐らくメインであろう大きな鳥料理にかぶりついた。


 対してクーはものほしそうな顔でテーブルのグラスを眺めている。


「おい、あれは酒だぜ?」


 一瞬ビクリと体を正したクーはそれがパウロの声だと気付いて胸を撫で下ろした。そして、パウロに小声で言った。


「しっ。そうよ・・・・・・あれが飲めるのは大人だけなのよ?」


「そりゃそうだろ?大人の飲み物なんだから……」


 クーはため息を一つ。


「だ・か・らぁ~分からない?あれの味を知っている子どもはいないのよ?」


「!確かに……!」


 パウロは頷くとクーと二人、それの置かれているテーブルへと近づく。


「大人の……」「飲み物……」


 しかし、それは目の前まで到着すると同時に、一人の女性の手に取られてしまった。


「あら、これはお酒よ?」


 酒瓶を片手にグリーンが言う。


「分かってゴ!?」


 犯行を認めようとしたパウロの脇腹にクー肘が当たる。


「あ、間違えちゃったみたいです」


「あら、そう?」


「あっ」「ああぁ」


 グリーンは何気ない顔で、その瓶に口を付けると半量程を一気に飲み干してしまった。


「……って、言うか・・・・・・・ウソでしょ?」


 そこで初めてクーが気付き、指をさす。


「!え?あの皿って?」


 パウロの視界にはグリーンの通路と思わしき空皿の山が形勢されている。

 これには流石の町民達も唖然となったが、それに気付いたグリーンはわざとらしく頬を赤らめると初めのテーブルで大人しく食事をしていたティーチを振り向いて言った。


「あー……あの、私達っていつ食べれるか分からない生活だったからこんな御馳走を前にするとつい……ね?」


 とどめにニコリと笑って誤魔化そうとしたグリーンだが、大人しく木の実のパンをかじっていたティーチがそれを拒否した。


「俺を巻き込むな……」


 先に到着し信頼を得ていたグリーンの印象もあり町民達は大いに笑い、ティーチは快く町にむかえ入れられた。


 祭りも静まり夜もふけた頃、ティーチは町の外へグリーンを呼び出していた。


「今日はどうしたの?デートのお誘いって訳でも無いでしょう?」


 からかう様にグリーンは言ったがティーチはこれに取り合わず、本題を切り出した。


「狙いは誰だ?」


 対してティーチの言葉を予想していたかのようにグリーンも答えた。


「あなたなら読めるでしょ?どうやら今回は協力出来そうね」


 グリーンは町民に見せた笑みとは違った、どこか哀しみを帯びた笑顔を彼に向けた。ティーチはしばらく考えた後に付け加えた。


「一つ……頼みがある」


 夜が明け、翌日からティーチは町の若者と交じり力仕事をこなした。

 ティーチの体力は町の若者の数倍はあり、休憩の時間になっても息一つ乱れる事はなかった。相も変わらず無口な彼だったが、その黙々と作業をこなす真面目さの為か町での評判はなかなかのものだった。


 すでに感謝祭からは一週間の月日が流れていた。

 無口でどこか人を寄せ付けない雰囲気を持ったティーチには特別親しい者はパウロをおいていなかったが、それには恐らく彼自身が意図的に避けていた事がたぶんに影響していたのだろう。


 それでも陽気なパウロにつられて、彼の幼馴染みにあたるクーやグリーンを中心に、ティーチの周りにはいつも人が集まっていた。


「なぁティーチ、教育者の迫害ってどういうもんなの?」


「!・・・・・・パウロ、あんたそういうの聞いちゃう?気遣いとかないわけ!?」


 ティーチに向けたパウロの質問にクーが噛みつく。それはいつもの光景だ。


「構わない。簡単に言えば猫と鼠みたいなものだよ・・・・・・」


 ティーチは特別悲し気な様子もなく、いつもの会話の様にそう答えたが、その時のパウロとクーにはその意味が分からなかった。


「この町でも勉強はないのか?」


「あぁ、子どもは親の手伝いでそれどころじゃないし、そもそも教えてくれる人がいないよ」


 ティーチの質問にパウロが答える。


「それにしては、農作なんかもできているのね」


 グリーンは辺りを見渡す。

 町では至る所で植物の栽培が行われていたし、食用ではない町の木々に態々水を撒く人もいた。


「うーん。オイラも理由は分かんないんだけど昔から風習?みたいなんでやった方がいいって事になってるんだ」


「・・・・・・なるほど」


 パウロの答えにティーチが感心した様子で頷いた。

 木の一本から温暖化、というと話しの規模が大きいが例えば遮蔽物、木影の確保などこの一つをとっても利点はある。町の人々はそれらを理解していないが、昔からの風習として行う事で教育の潰えた今も生活を維持している様だった。


 そしてある日、パウロはグリーンに聞いた。


「ねぇ、猫と鼠ってどういう事だと思う?」


「あぁ、この前の?相手が鼠だという事は猫が襲う十分な理由になるって事よ」


「それって・・・・・・」


「猫は人、鼠は教育者と言えば分かりやすいかしら?」


「・・・・・・っ!!」


 パウロは背筋に冷たいものを感じた。

 グリーンはそれを告げた時のティーチと同じく日常的な笑みでそれを言う。日常なのだ。ティーチにとって何もしなくても鼠として扱われる事は日常、故にそれを告げる時に悲壮感が混じる事すらないという事を知り、パウロは息をのんだ。


「そんな顔しないで、彼も望まないわよ」


「そう・・・・・・かな?」


「んー、ごめんやっぱり分からないわ」


「えぇ!?」


 グリーンは苦笑いを浮かべて言う。

 そもそも彼を可哀そうと思う人が今までにいなかったのだ。だから、彼がそう思われる事に怒るのか、喜ぶのか、それは全て前例のない事だという。


「もしかしてティーチがここに来る時に倒れていたのも?」


「あー、多分ね。お節介焼きでしょ?どうせまたどこかの猫を助けて噛まれたのよ・・・・・・彼にとってはいつもの事よ」


「それでいいの?」


「言って聞くと思う?」「・・・・・・無理だと思う」「でしょう?」


 グリーンはそう言って笑い、つられてパウロも苦笑した。

 何も解決はしなかったが、グリーンはそれでいいと言い、パウロもなんとなくその意味が分かる気がした。









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