孤独な旅の末③

第2話・町長の依頼

 時計の針が十一時を過ぎる頃、話し疲れたパウロは樽を背もたれにした姿勢のまま寝入ってしまった。

 そんなパウロにティーチは恐らく自分の為に用意されたのであろう毛布をかけてやった。丁度その時、地下の入り口から扉を叩く音が聞こえた。ノックに応じると小太りな男と丸太の様に太い腕をした大柄な男が部屋へと入ってきた。


「お初にお目にかかります。私はこの町をまとめているシルヴァと申します。こちらは酒場の主人をしている……」

「……ゴンスだ」


 小太りな男に急かされる様にして大柄な男が答える。


「おや?パウロは眠ってしまいましたか・・・・・・どうやらあなたの事を信用しきっている様ですな」


 シルヴァは礼儀正しく頭を下げた後、この顔を見ればあなたの事も信頼できるように思えるとパウロの寝顔を見ながら微笑んだ。


「・・・・・・ティーチだ。倒れているところを助けて頂いた事には感謝している。だが、これ以上俺がここに残れば貴方がたの立場も危なくなる。早朝には町を抜けようと思う・・・・・・」


 ティーチは教育者であり、迫害対象である自分を匿う危険を嫌と言うほどに知っていた。だから、それだけを告げると荷造りを始めた。しかし、その手を町長が止める。


「貴方はこれからも旅を続けるつもりですか?パウロの事もありますし、私は貴方を町のみんなに紹介したいと思っているのです。一つ、私の案に乗ってはいただけませんか?」


 ティーチは暫くの沈黙の後、パウロの顔を見てシルヴァに言った。


「話しを聞こう」


 翌朝、シルヴァの案を受け入れたティーチは町の北にある廃村を目指していた。彼の提案はこうだった。


 今尚、差別として教育者への不信の目はあるが、この町の様な小さな町ならば町長の力添えと何らかの実績があれば町民に受け入れられる事は十分に可能だというのだ。

 そして現在、町は山賊の被害をうけていた。

 ただでさえ実りの少ないこの町にとってこの被害は致命的な問題といえるのだが、小さい町だけに力による対抗には勝算も無く、近隣の大国への要請もたかだか山賊の為に兵士を派遣する事は出来ないと拒否された為八方塞りといって良い状況にあるという。山賊の退治により町に受け入れられるという提案、初めは拒もうとしたティーチだったが、今まで国を転々として来たティーチには自ら手を差し伸べてくれた町に恩義を感じていた事、そして今向かっている廃村を根城とする山賊が自身に対等に話しかけてくれた数パウロ、彼の両親を殺めた仇だと知り、重い腰を上げたのだった。


 廃村に到着したティーチは物陰に潜みながら敵の戦力を把握した。人数は5人と少なく、武器を持っている様子はない。加えてリーダーと思われる人物が見当たらない事を確認するとティーチは敵地に飛び込んだ。不意打ちで距離の近い2人を倒し大鎌を構える。残り三人はそれぞれに身構えるが、手元にあるのは短刀や角材、ティーチの持つ大鎌に対して殺傷力や射程で大きく見劣りすることは彼らを更に及び腰にした。敵地に来てものの数分、大鎌の刃がみるみる赤く染まりすでに5人の山賊が息絶えていた。


 しかし次の瞬間、銃声が鳴り響く。

 咄嗟に体を傾けた事で頬へのかすり傷ですんだティーチが振り返ると10人の山賊と銃を持った親玉と思われる男によってティーチはとり囲まれていた。


「驚いたか?今ではこうも手入れのされた銃はそうそう見られない代物だからな。ま、お披露目はここまでだ。お前に使う弾はもうないぜ」


 鈍く輝く銃をなでながら山賊の親玉と思われる男はニタリ笑った。

 悪趣味に輝く服、左耳には見覚えのある赤い宝石の入ったピアスをしている。小柄な男だが、先程の狙撃を見るに銃の扱いには手慣れているのだろう。親玉が手を挙げると待っていたと言わんばかりにティーチを囲んでいた10人の山賊が刃物を手に襲いかかってきた。


 ティーチはこれを前方に転がる事で意表をついて避けると、目の前にいた山賊の顔を殴り気絶させた。気絶した山賊の刃物を奪うと初めに攻撃を仕掛けた山賊の脚を狙って投げた。足の腱に深々と刺さる刃物に山賊はもんどりうって倒れ、山賊は苦悶の表情を浮かべ嗚咽を漏らした。これを機に数に優れる山賊の余裕が消える。倒れてもがく仲間の姿とティーチの血塗られた大鎌に畏怖の念を抱きはじめた山賊は逃げる事も戦う事も忘れ、その場に呆然と立ち尽くしていた。

 しかし今だ8人の部下を残す親玉はその畏怖を感じる事もなく、部下達に激を飛ばした。


「てめぇら何してやがる?俺の的になりたいのか?」


 山賊の親玉の言葉で山賊達は震えながらもティーチに戦意を向けた。


「く……くそぉぉ!」


 自らを奮い立たせる様に大声をあげ、4人の山賊が同時にティーチを襲う。

 それに便乗し、2人の山賊が背後からも奇襲をかけた。しかし、ティーチはまるで背中にも目があるかの様に背後からの攻撃を避ける。すると的を失った山賊は仲間同士でぶつかり一瞬の隙が生じた。ティーチはすかさずこの6人の山賊達を大鎌でなぎ払った。その大量の血によって廃村の荒れ果てた大地は赤く染まり、その恐ろしい光景にいよいよ腰が抜けた残りの山賊はティーチに背を向けてその場から逃げだしていくが、親玉はこれを止める事が出来なかった。親玉の脳裏に過った敗北の文字が部下を留める力を失わせたのだ。


 ・・・・・・しかし、部下が家の角を曲がった所で彼らの悲鳴と鈍器の音、そして、人の倒れる音が響いた。恐らく山賊の物であろう血のついた角材を持って現れたのは町で出会った少年、パウロだった。


「分かるよ……お前がオイラの仇だ」


 パウロは瞳を涙に滲ませ、震えながらも毅然とした声でそう言った。

 無理もないだろう。まだ少年である彼にとって人と戦う事も、聞かされた真実もその全てが酷なものである。だが、戦いは終わってはいなかった。


 親玉は考えていた。

 この場をどうすれば逃げきる事ができるのか・・・・・・残された武器は2つの弾が入った拳銃のみである。彼にとってパウロの出現でティーチの注意がそれている今は唯一のチャンスと見えた。意を決してティーチに向けて玉を放つ。しかし、ティーチはこれを簡単に避けてしまう。


「そ……そんな馬鹿な……」


タイミング、距離、常人の反射速度の間に合う弾ではなかった。


「糞が!」


 咄嗟に親玉は狙いをパウロに変え、最後の銃弾を発射した。

 ティーチに勝てないと悟った親玉はパウロを傷つけた隙に逃げる事を考えたのだ。パウロの頭部に目がけて銃弾が迫る。震えるパウロはなす術も無くただただ瞳を大きく見開き、自らに迫る弾を見つめて立ち尽くした。親玉は少年の死を確信し、ティーチの出方を探ろうと向きを変える。


 しかし、そこにはすでにティーチの姿はなかった。

 ティーチは銃弾がパウロに向けられるより早く彼に向かって駆けだしていた。ティーチは銃弾がパウロの頭を貫く寸前の所で体を自分に引き寄せ、弾は彼らの背後にあったかけ看板に当たり、これをキィキィと揺らしただけだった。パウロを助けたティーチが親玉を睨む。


「何故だ?何故お前がそこにいるんだ!!」


 明らかに間に合わないはずだった。

 ティーチの距離から考えても、パウロに向けられた銃口をみて助けるのは不可能な距離があった。しかし、彼には分っていたのだ。親玉思考が……次の動作が予測出来ていたのだ。そして、ティーチは言った。


「教印……この印は王国時代の教育者が考案した異能を人に与える印だ。俺の家系が願った事は決して争いや復讐の為の力ではない。求めたのは迫害され続けた生活で失った人を信頼する自信、その為に得た読心【リーディング】の力だ。撃つ場所が分かれば周り込む事など容易い」


 ティーチは続けた。


「お前の銃とピアス……10年前にこの村を襲った時の物だな?パウロ……こいつがお前の本物の仇だ……どうする?」


 ティーチはパウロを試すようにそう言うと彼の顔を眺めた。

 パウロは親玉を睨む。完全に戦意を折られた親玉は少年にさえ脅え、声の一つもでない様子だった。


「オイラ・・・・・・もうわかんないよ。だってこいつらは許せない!だけど、さっきはじめて人を殴った。全然いいもんじゃなかった。こんな奴の為にもう……嫌な気持ちになんかなりたくも……ないよ……」


パウロはそういうとまた、潤んだ目を強く擦った。


「いい答えだ」


 ティーチは短く、それでいて優しくそう言うとパウロの頭をなぜて後は任せろと呟いた。そして親玉に向けて言った。


「お前はその銃の力で周りを黙らせただけ・・・・・・その銃とピアスをパウロに返せ。そして……二度と顔を見せるな!」


 ティーチが威圧的にそう言い放つと親玉は言われたとおり、その場に銃とピアスを投げ置き、情けない悲鳴をあげながら逃げて行った。


「もう、奴に悪事を行う余裕は残っていないだろう……お前がいつまでも心を痛める必要はない」


 パウロの瞳からは止めどなく涙があふれていたが、それでもティーチの言葉に小さく頷いて返した。ティーチは彼が泣き終えるのを待った。そして待ちながら、目前に迫る彼にとって本当の苦悩を見据え、必死に涙を堪えようとするパウロを静かに見守った。

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