孤独な旅の末②
第1話・教育者
被災より百と数十年、春を知らせる木々もない殺風景な荒野の片隅にある田舎町での暮らしは決して楽なものではなかった。
他国との関わりは殆ど見られず、町で採れる作物は町民が餓えないまでも備蓄できるほどではない。
代わってこの町には通貨が流通していなかった。
小さな町一つで全員が貧困と戦う為には物価の様な価値の固定はむしろ不都合であり、物々交換や気遣いによる譲渡を中心にした共生の生活こそが彼らの暮らしを守っていた。
町は平和だった。
分け与える思想故に突出した資産家は現れず、現状を改善する見込みもない事に代わり、誰もが必要以上の不幸に直面せずに暮らせていた。
その日までは・・・・・・
その日、この町に気を失った一人の男が連れ込まれた。
すらりとした長身を黒衣に包み、身の丈程の大鎌を背負ったこの男こそ、教育者一族の生存者ティーチである。
次に彼が目覚めた時、彼のいた場所は仄暗く窓一つ無い建物の中だった。
微かに香る葡萄とアルコールの香りからして恐らく酒場の地下といった所だろう。そこまでの考察をすると同時に立てかけてある自分の鎌に手を伸ばした。
その時―
「そんな物騒なもんで何をする気だよ?」
方言か滑舌か、やや風変わりなイントネーションの声の方向へ振り向くとそこには15、16歳だろう幼さを残した顔立ちの男子が大ダルに腰を掛けていた。
少年は活発な印象を与える逆立った髪に対して右耳に見える青い宝石の入ったピアスの造形が妙に大人びている事が印象的だった。
「オイラの名前はパウロ。慌てなくてもアンタの事を知っているのはこの町じゃああんたを運んだ酒場の主人と町長だけだ。それよりアンタ、その右腕の紋って教印か?」
パウロの声はどこか喧嘩腰で言葉一つとっても尋常でない警戒心が伝わってくる。しかし、不思議と敵意は感じない。
「……そうだ。この紋は教育者一族に代々受け継がれてきた紋。忌み嫌われる家系の証明だ」
少し考えてからティーチは正直に答えた。
彼は嘘を吐く事に不慣れだった事もあるが、それ以上に彼は先ほどまで気を失ったままこの町に運び込まれていた。教育者の証明でもある教印についてはパウロの言う町長、酒場の主人も既に気付いていると考えるのが自然であり、その彼を態々招き入れたという事は、彼の立場について二人は少なくても問題にしていないのだと考えたからだ。
「じゃ……じゃあアンタが【十字架の死神】なのか?」
パウロは怖る怖る聞いたが、ティーチははっきりと首を横に振った。
「な、ならいいんだ。この辺りじゃ今、教育者の呪いの噂があってみんな敏感になってんだ。なんでも十字架の死神とか呼ばれてるソイツに関わった奴はみんな背中に十字の傷を負って殺されているそうだ。その時に生き残った奴も、十字の傷は交差部位の縫合が出来ずに、背中から腐って死ぬ。しかも、背後から襲われて正体も不明。呪いの噂もあって死神の正体は教育者の家系の者じゃないかって話しをどこへ行っても聞くよ。まぁ……」
パウロが言う噂はティーチの知るものではなかった。
内容は一見恐ろし気な通り魔の様に聞かれるが、聞きようでは危険な町の外に子供を出さない為の躾話にも聞こえる。もっとも彼は躾話を受ける年齢でもない様に見える。そう思いながらティーチがパウロを見ると何か考え込んでいたパウロがティーチを見て悪戯っぽく笑った。
「その大きな鎌をみていると死神ってのはアンタのがお似合いかもしんねえけどな」
どうやら、不安の解けた途端に元気が出てきた様で、パウロは冗談を口にする。
それを機に今度はティーチが彼に聞いた。
「教育者の・・・・・・迫害された家系であることは同じだ。お前は……俺を怖くないのか?」
それを聞くと、パウロは今までで一番の笑みを見せ勢いよく立ち上がる。
その衝撃で足場になった酒樽が小太鼓の様な軽快な音を鳴らした。そしてパウロは元気に、誇らしげに答えた。
「町長の口癖なんだ。先代の罪で人を裁くのは可笑しいってさ。それは教育者だって変わんないよ。オイラは町長に拾われたから今生きてられる。だから町長の言う事は何でも守るし、尊敬してるんだ」
それを機にパウロの誇らしげな町長の話は次々に続き、それは夜遅くにまでおよんだがティーチはその無邪気な語りを最後まで聞いていた。
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