孤独な旅の末①

ティーチ~孤独の旅の末~

第1話・プロローグ

 彼にとって、差別心のないその少年の笑顔がどれほど価値のあるものだったのか。それは、彼にしか分からないだろう。


 国王の絶対的な支持と魔法の力で栄えた旧王国ホライズン。

 この国が滅ぶ姿を想像した者は当時1人としていなかったという。残された断片的な文献を集め、学者達はその事件の全貌をこう発表した。


 発端は百と数十年前に起きた未曾有の大災害より始まる。

 国の半分が海に沈み、残された大地は腐臭と疫病が溢れた。老若男女を問わず生活の立ち行かない者は日を追う毎に増え、それに比例する様に国への不満は高まっていった結果、国王はとある決断を迫られる・・・・・・。


 誰もが、気付き始めていた。

 この大飢饉を乗り越える為には弱い者を見捨てる『選別』が必要なのだと。


~教育者狩り~

教育者の家系の属す者、その友好関係にある者には大災害の人為的な計画を行った疑いが有り、処罰、処刑の権利を万人に与える。

 

 教育者の家系は当時、王と支持を二分する敬意の対象とされた存在だった。

 ホライズンにて一般に起用される魔法の類は概ね教育者と呼ばれる集団から学ぶ事が常識となっていたからだ。


 それは、魔法と各分野の学問には深い結びつきがあり、社会科学を学べば風を操る魔法、理化学に秀でれば土の魔法を得る事ができる。


 故に当時は各学問に優れた教育者から教えを乞う事は合理的な手段とされ、教育者は魔法を授ける役割を持つ者として国民から大きな支持を寄せられていた。


 しかし、大災害によって国が力を失いつつある中、生活の安定の為により強力な魔法を求める民が増えたことで教育者の支持はかつてない程に力をつける。それはこの混乱を治める事に難航する国王への信頼に勝るものとなり、国と教育者の失われた力の拮抗は更なる悲劇を引き起こす。


 教育者による政治の介入防止と国王の尊厳の維持・・・・・・その様な目論みから国は偽りの情報をホライズン全土に流した。これが教育者狩りの条例である。


 偽りの情報は国王の想定以上の速さで国に浸透した。

 災害後、実質的に支持を集めていた教育者達の状況が説得力を肥大させ、災害による不満の捌け口としての思想が情報の真否を問い、正常な判断を行う余力を奪っていた。災厄より10年の後、教育者は国を追われ、その姿を見る事も無くなる。教育者の名を口にするものはなく、しかし、今尚教育者狩りの条例は撤廃されずにいる。それは報復に恐怖した国民の総意でもあったと考えられている。


 文献を追っての歴史はここから酷く曖昧になる。

 しかし、私が集めた情報から推測するに恐らくホライズンの滅亡は以後数年の出来事であり、原因は以下のものと想像出来る。


原因1.災害による影響

原因2.教育者とともに魔法の力を失った事による生活苦

原因3.人を迫害した事により国民同士に起きた不信感、国政の悪化


「・・・・・・書いていて気味のいい話ではないな。まぁ・・・・・・今でも教育者に関するタブーはいくつも残っているのだから、ただの歴史として片付けられる事でもない・・・・・・か」


 男はペンを置くと自嘲気味に笑った。

 そして、教育者に生き残りがいたらと心境を考え、更に深いため息をついた。


「怨むな・・・・・・という方が不自然だよな・・・・・・」


 教育者の一族に生存者がいる場合、問題はなにも解決してはいないのだ。

 今となっては災害の影響もないとはいえ、差別だけは残っているのだから。


「迫害した者の恐れが新たな悲劇の扉を開いた・・・・・・か。不幸にもその被害者はどちらも彼ら教育者達だったという事だな」


 もっとも、迫害により滅んだ民族やそれらの存在など他にも多くの事例がある。新旧史実の中には更に凄惨な悲談も少なくは無い。男はもう一度笑みを作ろうとしたが、今度は作り笑いにもならなかった。



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