エピローグ 今から
清掃中
「オーライ、オーラーイ」
外が明るくなった頃。
縄に括りつけられた肉塊の姫を、灯台守の掛け声に合わせて島民達が引きずる。肉塊も、それぞれが手分けをして回収しているところだ。
「やあ、ハリー。おつかれ」
「アーニー! いえ、こちらこそありがとうございます!」
「俺にはなんにも無しかコラ」
「ラトもおつかれ」
カラカラと笑いながら、アーネストがアンリとラトウィッジを労う。
ラトウィッジとアンリは肉塊の姫と戦った功労者として、今行っている肉塊の撤去作業を免除されていた。
「──のに、なーんで免除されてねぇ奴が、ここでのんびりしてんのかなー?」
「僕がいなかったら、まだ戦い続けることになっていたのに?」
そう言われると、何も言い返すことができない。
この時、アーネストが肉塊の討伐数トップだったことは、誰も知らないことだった。アーネスト自身も、それを言いふらすつもりはない。
「さて、アンリはラトから色々と学べたようだね」
「はい。ラトウィッジさん、ありがとうございます」
「別にいいって」
そう言いながら、ラトウィッジは煙草に火をつける。
アンリは煙草が苦手だが、今日くらいはいいかと何も言わない。
「ラト、僕も貰っていいかい?」
「は? アンタが煙草を持ってねぇとか、珍しいな」
「
「へぇ……ほらよ」
「ありがとう」
ラトウィッジはその言葉の意味がどういうものかよく知っていた。アーネストが自身の生命線だと豪語するくらい、毎日いつでも吸っている煙草を誰かに渡すなど……。
──この件について、何か他にもあるってことか?
「うわっ、コレ本土の
「だろ?」
「アンリ、そんな顔しないでよ。大人になったら、これの良さが分かるから」
「すみません、わかりたくないです」
「なんだ、煙草嫌いだったか」
そんなくだらない会話をして、いつの間にか太陽は真上に近づいてきた。
「アーネスト! 仕事しろ!!」
「ヤバい、灯台守だ。ジョン・ドゥもいる」
アーネストは灯台守とジョン・ドゥがこちらに気がついたのを見て、一目散に逃げ出した。それをジョン・ドゥが追いかけていたため、これから島で2人の鬼ごっこが始まるんだろうな。とアンリはその様子を想像して微笑む。
「アーニーは、良い奴だよ」
「え?」
ラトウィッジが、ポツリと話を切り出した。突然のことだったので、アンリは思わず目を丸くする。
「腹立つけど、信用はできる。それは10年以上付き合いのある俺が保証する」
「それは……よくわかります。アーニーはその、頼りになるというか……」
「……そっか、ならいい」
心底安心したように、ラトウィッジは微笑む。が、直ぐに気を引き締める。アンリに伝えておかなければならないことがあることをラトウィッジは理解していたからだ。
「けど、ひとつだけ」
立ち上がり、煙草の煙を深く吐くラトウィッジを、アンリは目で追う。
「アーニーに頼りすぎるなよ」
それだけ言うと、ラトウィッジはその場を去って行った。恐らく、彼の帰りを待つヴァシーリーに、今回のことについて報告をしに行ったのだろう。
アンリはそんなラトウィッジの背中を、黙って見送ることしか出来なかった。
────────────
「あー、めんどくせぇ」
「これも私達の務めだ。文句を言うな」
黙々と作業をしていた氏郷が、政宗の後頭部にチョップする。
「いってぇんだよ! この脳筋!!」
「だぁれが脳筋か! 自分勝手なイメージで人を語るんじゃあない!」
「いや、この状況見たら、そう言わざる負えないんだよ!!」
警察達が処理していた中心区は血みどろと化し、氏郷の白かったはずのシャツと赤毛が更に赤く染っていることを、政宗は指摘する。
「なんだ? 肉塊の討伐で私に呼ばれなかったから拗ねているのか?」
「そのニヤニヤ止めろ! っつーか拗ねてねぇし!」
周りからは「またか…」という視線を送られていることに気付きもせず、氏郷と政宗は言い争う。
「氏郷に政宗! 袋どこにあるか知ってるか?」
「忠興、先にもう1つ大きめの肉塊が出るから、それまで待て」
「上等だやってみろや!!」
「なんでそうなった……?」
袋を求めて中心区をさ迷っていた、忠興が2人に声を掛ける。
忠興は、氏郷や政宗とは部署は違うが、氏郷とは度々一緒に出かける仲だ。
「そもそも! もう少し綺麗に討伐できただろ!? なーんで血みどろにするかね!?」
「気が付いた時にはこうだった」
「だっからアンタは脳筋なんだよ!」
途中から利家と勝家も参戦していたが、その前からこんな感じだった様に感じる。
だがあれだけの肉塊を討伐していたのだから、こうなるのも当たり前だ。自分を責めるな、とそっぽを向く。
「なぁ、どうでもいいから袋……」
「……ほらよ。1枚でいいか?」
「ああ……って、俺を挟んで睨み合うの止めろよな! 本っ当に仲悪いなお前らは!!」
その数秒後に取っ組み合いの喧嘩を始める氏郷と政宗を見ていた正信は、ため息を吐いた。
「元気だな……アイツら」
「正信さん目の下のクマヤバいですもんね」
「オマエモナー」
クマを擦りながら、正信は何かに気が付くとサッと部下の陰に身を隠した。
「え? 正信さん?」
「静かにしろ」
正信の視線の先を辿ってみると、溌剌とした青年が警察官達を労っている様子があった。
家康だ。
家康は、正信の幼馴染で、つい数年前まで正信は家康の部下だった。昔から家康には少しだけ苦手意識があったため、今の上司である松永に引き抜かれた正信は、家康と会う機会を減らしていた。
「こういう日くらい、顔を合わせたらどうですか?」
「五月蝿い、俺はだな……」
と、家康から目を逸らし部下に反論しようとした正信だったが……。
「あれ? 正信じゃないか、おーい正信ー!」
「あ、逃げた」
家康が正信を呼んだ時には、正信の姿はもう遥か彼方だった。
「ははは……俺、何かしたんだろうか?」
「いやー、アレは多分条件反射じゃないでしょうか?」
「それはそれで傷付くな! ………まぁ、俺が追いかければ問題ないか。おーい! 正信逃げるなー!」
遠くで正信の叫び声を聞いて、部下は「平和だな」と笑った。
────────────
霧は眠りから覚めた。
空はもう随分と明るくなっており、下からは建物を直す音や、掃除をする音が聞こえてくる。
「起きたか?」
「あ、雨兄……怪我、してない? 大丈夫!?」
霧は隣に座っていた雨に気が付いて、直ぐに起き上がる。
服は赤く染っているが、どうやら怪我はないようだ。
よかった、と一息つく霧だが、屋上に残る赤い血痕を見て、顔を顰めた。そうだ、自分はカイくんを……。
「雨兄……僕、助けてって言われたのに、カイくんを……っ!」
霧の目から涙が零れ落ちる。
雨はそんな霧を見て困り果てた。
当たり前かもしれないが、こんな状況は産まれて此方一度もない。それでも雨は必死に霧にかける言葉を見つけようとする。
「霧、その…さ。霧は何にも間違ってないと、思う。
俺も、多分そうしたと思うし……それに、カイくん…すっごく優しそうな顔してた」
「カイくんが?」
雨は静かに頷いた。
「えっと……次があるなら、俺は……霧も霧の大事な物も守れるようになるから! ……ごめん、やっぱり…こんなんじゃ、元気でないよな」
「ううん、雨兄……ありがとう。
カイくんのことやっぱり悲しいけど……僕も次があるなら、もっと強くなりたい」
2人の目から涙が零れ落ちる。
カイくんは短いあの時間の中でも、大切な家族であり、友人だった。
このまま続くんだと、そう思っていたはずだった。
だからこそ、少年達は強くなることをけついしたのである。
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