核③
「まずは、そのからかな…?」
アーネストがそう呟くと、直ぐに正面の建物を撃つ。その建物の向こうでは、マンホールから這い出て肉塊の姫の傷を塞ごうとしていた肉塊が、アーネストの弾丸の餌食となっていた。
「次は…そこか」
次は肉塊の姫の背後にある建物の窓を撃つ。そこには肉塊の姫に飛びつこうとしていた肉塊が。
次々に肉塊を撃ち落とし、肉塊の姫の回復源を絶っていく。
弾丸は一発で肉塊の核を撃ち壊し、肉塊は銃声の度に数を減らしていく。それに危機感を覚えたのか、肉塊の姫はその大きな身体を動かそうとする。
それを狙っていたかのように、アーネストが笑った。
アーネストが狙ったのは肉塊の姫の足元だ。たった一発の弾丸は、肉塊の姫のバランスを崩す。
肉塊の姫が焦っても、もう遅かった。その巨体が第1区の地面に迫り、打ち付けられる。
周りの肉塊を呼ぼうとしても、それら全てはいつの間にかアーネストに全て全滅させられていた。
「さて、ここからはキミらの出番だよ」
アーネストはニッコリと笑いながら、この行く末を見守ることにした。アーネストの声が聞こえたかのように、アンリとラトウィッジが肉塊の姫に最後の一撃を加えようとする。
──そういえば、この影を僕は誰かと重ねていたような気がする。
アンリはアーネストがジェッジマンから奪った杖を、肉塊の姫に目掛けて振り下ろした。
「………■…■■……■」
肉塊の姫の最後の言葉が、アンリに聞こえることはなかった。
────────────
クロエが初めてアンリの存在を知ったのは、中学2年生の頃だった。
友達がえらく騒いで、カッコイイだの優しいだのと持て囃していた先輩がいるのだ、という認識しか無かった。
そんなある日、アンリが先生の手伝いや、クラスメイトの日直の仕事をしているのを見て、なんて損をする生き方なんだろう、とクロエはアンリに対して感じた。
一目見て、この人は他人のためでなく、自分のために良い人を演じているだけだと気が付いたのだ。人間らしい癖に、その面を見せようともしない人。
だから、クロエはアンリがとても苦手だった。
その考えが変わったのは、クロエが図書委員になってからだ。
クロエが図書室の本の整理をしていた時に、アンリを見かけた。図書室に配置されている机に本を何冊か置き、真剣にその本を読んでいた。
しかし、そんなアンリにクロエは注意しなければならなかった。
「あの、他の人も読むかもしれないので、一度に持って行っていい本は3冊までって決まってるんですけど」
「え? そうなんだ。知らなかったよ、ごめんね」
「はあ…」
気の抜けた返事をアンリに返すと、アンリは直ぐに図書室中を歩き回り、本を返していく……が、どうしても3冊に絞ることができず、残りが5冊になったところで、うんうんと唸りながら考えていた。
「先輩、3年生なのに図書室のルール知らなかったんですね」
「実は図書室は初めてで……うーん、どれにするか……」
意外だった。
そんな風には見えなかった。てっきりアンリはよく本を読む人で、多数の本を独占する常習犯だと思っていたからだ。
悩む顔はクロエが今まで見た、アンリの表情の
「君はどれがいいと思う? てアレ? 何で顔を背けるの?」
「ナンデモナイデス」
それに照れて、アンリから顔を逸らすが、逆に不自然になってしまい、今度は恥ずかしさで顔が赤くなってしまう。
「え、えっと……このシリーズ、なんですけど……」
「コレ?」
クロエは何とか、アンリが持つ1冊の本を指差す。
「このシリーズ、結構面白くて……私も続きが気になって、3日で読み終わっちゃって……」
「え? このシリーズ、全10巻って書いてあるよ!? 分厚さも結構あるし……」
驚くアンリの表情を見て、またクロエは顔を赤らめる。
今まで作ったような笑みしか見せてこなかったアンリが、こんな風に色んな顔を、自分にだけ見せてくれていることが、嬉しかった。
「じゃあ……このシリーズをまず読破しようかな?」
「は、はい!」
「ありがとう、図書委員さん」
アンリはクロエが勧めたシリーズを3巻まで机に置くと、黙々と読み始めた。
クロエには図書委員の仕事があったので、それをこなす。
そうすると、自然と2人の会話は無くなった。
図書委員の仕事というのは案外暇なもので、クロエはいつの間にか寝てしまっていた。
クロエが図書委員の当番だったのは放課後だったため、起きた頃には空が赤くなっていた。側にはもうアンリの姿はなく、代わりに図書委員の担当の先生が、クロエに「起きた?」と話し掛けてきた。
「あの、アンリ先輩は!?」
「彼なら、もう本を借りて帰っちゃったわ。
クロエさんを起こすのが申し訳なくて、私を呼びにきたみたいなの。「疲れてたみたいだから、少ししてから起こしてあげてください」って」
借り出しカードには、あのシリーズを3冊が書かれていた。
「……また、会えるかな?」
また、皆に見せないような表情を、自分だけに見せてくれるだろうか。クロエは借り出しカードに書かれたアンリの名前を見て、心を弾ませた。
しかし、その後アンリとクロエは出会うことはなかった。放課後、いつものように図書委員の仕事をしていても。1週間後に来るかもしれない、と思っていたが、いつの間にか本は返されてしまっていた。
クロエはアンリを何度も学校で見かけたが、あれ以来目を合わせることすらなかった。
────────────
──あーあ、私って何だったのかな……? でも、いいや。最期を先輩にやってもらえるなんて、贅沢だ。
あのシリーズ……先輩が本屋さんで全巻買ったの知ってるんですよ。私見てましたから。話し掛けるのは、恥ずかしくてできなかったけど。
──お父さん、ごめんね。私もそっちに行くよ。
ずっと目を背けてたけど、本当はお父さん、もうここにはいないんだよね? 私が、能力であんな風にしちゃったから……ごめんね。どうにか証拠隠滅しないとって思ってたのに、物事が大きくなっちゃった。
──こんなつもりじゃ、無かったのにな……。
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