核②
「うん、やっぱり良いねぇ……悲鳴という物は」
肉塊の姫を見つめながら、男が呟いた。
色で例えるならば黒。
「そうは思わないか? この状況、本当に最高だ」
誰に語りかけている、というわけでもないその言葉は、島の誰にも届かない。
「なんでこれが最高かって? フフ、だってほら、今いい音がしているじゃないか」
一見、無意味に見える自問自答だが、それは彼にとっては有意義な問答だ。
何故なら誰にも肯定してもらおうなど考えてもいないからだ。自分自身を自分自身で理解できていればそれでいい。自分が大好きでいられたらそれでいい。
「キミの悲鳴は最高だ。しかし……うん、こうなるとつまらなくもなる。
キミが見せた狂気の片鱗は、確かにこの島を大きく飲み込んだわけだけど、俺が見たかったものとは少し違っていたわけで。
うーん、難しいものだ。満足のいく作品は、やっぱりできないか……」
男が暗い空に指をゆっくりとかざした。
男の指に何かがとまった。蝶だ。
青く輝くそれは、この日本に生息する種類ではない。それに続くかのように、だんだんと男の腕に肩に、様々な虫がとまりはじめ……そのまま攫われるかのように消え去った。
────────────
霧はカイくんの腕を掴み、無理矢理引き剥がそうと力を込める。
「カイくん、僕は………っ!」
子供といえど、霧にも力はある。
カイくんの腕が喉から離れるが、霧を絞め殺そうと今でも喉を狙っていることは、その様子からよくわかった。
「カイくん、僕は、カイくんが、大好きなんだ!」
今のカイくんにそんな言葉が通じるかはわからない。それでもカイくんに呼び掛けないといけないと、霧は必死に声を張り上げる。
「カイくん! お願いだから、元のカイくんに戻ってよ!」
短い間だった。
それでも霧はカイくんが大好きだった。
「助けてって言われたから! だから! 僕、カイくんを助けたい! カイくんが、いったいなんなのか、知りたい! カイくんと、友達になりたい!」
カイくん───肉塊には知能はほぼ無い。人間であった頃の記憶もない。
だが、助けて欲しいと、確かに感じていた。誰でもよかった。ただそう感じている間に、同じ存在がいる
自分の姿を見て、何故そう思うのかわからないがいつも絶望していた。自分の姿を見て、殺そうと狂気を振り上げる、あの傷害事件を起こしていた男を見て絶望した。自分はそういう存在になってしまったと、なんの記憶もないのにそれだけが頭に巡っていた。
友達になりたい?
それはこっちのセリフだ。でも身体が言うことを聞かないんだ。
ありがとう。でも、もういいよ。キミは本当に優しい人だ。こんな化け物に、希望を見せてくれた。
キミなら、本気になれば殺せるはずだ。もういいよ。ありがとう、霧。さあ、もう楽にしてくれよ。
「カイくん!」
殺せ。殺さない。殺せ。殺せない。殺せ。殺しなくない。殺せ。
霧は私の友達だ!!
カイくんの姿が変わったように見えた。
綺麗な女の人だ。
彼女は霧に微笑んみ、何かを伝えようと口を開いた。それを見て、霧は目を見開く。
「無理だ。そんなこと、したくない。だってもっと、もっといっぱい一緒にいたい……そ、そうだ! 雨兄と一緒にまたピクニックしよう。お弁当持って、今度はきっと邪魔が入らないよ!」
霧は目に涙を溜める。しかしそうしている間に、カイくんの皮膚から血が吹き出てきた。身体が限界を迎えている。
1人を除き、誰も知らないことだが、肉塊達は無理矢理姿を変えられているため、酷く脆い。時間が経てば自然と死んでしまうのだ。
「カイくん………っ」
どうせ死ぬなら、楽に死にたい。友達に殺されたい。
霧はそんなカイくんの思いを理解してしまった。
「ごめんね、助けてあげられなくて」
震える声で、霧はカイくんの腹を穿く。
コンっと、核が出てくる。
少年は初めて、人を殺した。
────────────
さすがに、そろそろ疲れてきた。
ここまでして終わりの見えない肉塊の姫との戦いに、アンリもラトウィッジも精神的に疲れていた。
そろそろ増援が来てもいい頃だ、と粘っていたが、ここまで音沙汰がないとしんどいものだ。
肉塊の姫は大きさこそあるが、2人にとっては取るに足らない存在だ。にも関わらずここまで時間が掛かるのは、周りの肉塊の妨害、そしてそれらが肉塊の姫の1部になることで傷を直しているからだ。
「核があることに気が付けたのはいいが……」
「このままだと、いつまで経っても決着がつきませんね」
2人とも、息は乱れていない。むしろ余裕を感じることができる。余裕がないのは、肉塊の姫の方だった。
もしも、この場にいたのがこの2人でなければ…肉塊の姫は第1区に大損害を与えていただろう。
しかしそれでも、
その時、銃声が聞こえ、それと同時に肉塊の姫が悲鳴をあげた。
アンリはラトウィッジが発砲したのか、と彼を見たが、ラトウィッジは銃を構えていない。誰がいったいどこから発砲したのかを探していた。
──だれが……?
また聞こえる。しかし、また姿は見えず。
──この近くじゃない……これは、狙撃! ってことは……。
「来てんなら、早く撃てよ……アーニー!!」
ラトウィッジはこの狙撃をしたと思われる人物の名を叫ぶ。
狙撃なら、この肉塊の姫だってとっくに攻撃できていただろうが、それをしなかったということは、恐らく自分達の状況を見てニヤニヤと笑っていたのだろう。
その光景を想像して、ラトウィッジは不機嫌になるが、アンリはアーネストがこの戦場にいることを知り、顔がほころんだ。
「ま、僕としてはこのままキミらのことを見てる方が良かったんだけど……こうも膠着状態が続くとね、僕だって流石に飽きる……」
肉塊の姫から遥か遠く離れた屋上から、ライフルの引き金を引く。たった3発だ。それだけで肉塊の姫の右腕が、その巨大な胴体から剥がれた。
「──っと、いけない。肉塊達にまた傷を直しちゃうね」
アーネストはすぐに肉塊の姫の腕になろうとしていた肉塊を、1つ残らず撃ち殺す。
「なるほど、どの肉塊がどの部位を直すか、あらかじめ決めてあったと……だからこうしてしまえば、その部位の傷を直そうとする肉塊がいなくなる……と」
ならやるべきことは定まった。
「あの影のことは、彼らに任せることにして……僕は周りのアレを、1つ残らず殺す」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます