第14話 悲鳴

 私は1人だ。


いつもそう。


 助けて欲しい。


いつもそう。


こんな力、本当は欲しくなかった。

こんな力、大好きな父さんと同じでなければ使わなかった。


どうしていつも私だけがこんなに辛い目に合わないといけないの?


仲良くしたいだけなのに、みんなが私を除け者にする。


力がない奴、星持ちじゃない奴って……。


違う、私はこの力を隠しているだけ。

だって、知られたらもっと仲間外れ。


父さんだけが、私の事を理解してくれた。

辛いね、苦しいねって……それも今だけだから大丈夫だ、と父さんは言ってくれた。


大丈夫、私には父さんがいる。

大丈夫、父さんが助けてくれる。

大丈夫、誰もいなくなっても、父さんさえいてくれれば。


でも、あれ?


「父さん? どこにいったの?」




────────────




 なんというか、不思議な気分である。

 自分は彼女・・を今から殺すというのに、そこに一切の迷いはない。覚悟はしていた。しかし、ここまですんなりと受け入れることができるのだろうか。


「おい、アンリ!」

「はい!」


 短いやり取りで、アンリとラトウィッジは肉塊を叩き潰していく。全身が血塗れになっていても、気にすることはなかった。

 何故なら、ここでそんなことを気にしていても、相手に隙を見せるだけの行為になるからだ。

 戦いで無駄になるものは削ぎ落としていく。


「くそっ! 近付けない!」

「流石に数が多すぎるか……」


 ラトウィッジは持っていた銃をリロードしながら、辺りを見渡す。

 そろそろ増援が来てもいい頃合いだが……しかしその様子はない。それだけ肉塊の量が多いのか?いや、いくら多くても島民を押すだけの量がいれば、島民の失踪事件などはもっと大きな話題となっていたはずだ。


「いや……まてよ?」


──コイツら、分裂してないか?


 先程までは、殺せばそのまま死んでいた肉塊達が、攻撃を受けた部分からパックリと分かれていた。

 倒すどころか、増えている。これでは減らすことができない。


「アンリ、気が付いてるか?」

「はい、これは厄介ですね……」


 いくら体力に自信があったとしても、島民達は人間だ。こんなものを相手にしていれば、いつか絶対に肉塊に負けてしまうだろう。こんな状況になると、誰が予想した?



 そんな状況に陥っているのは、ラトウィッジとアンリだけではない。

 島中で肉塊と戦う者達も、もちろん気が付き始めていた。そして誰もが思い始める。


──コイツ肉塊を自分達の目の前から、世界から排除しなければならない───!!


 島民は縄張り意識が高い者が多い。そこに自分達の日常を脅かすものがいるとなると、それに対する敵意は強くなる。害意があれば尚更だ。







「ま、それがキミららしい・・・のだけれど」


 誰よりも高い場所にいるアーネストが笑みを深くする。


「ヒントをあげてしまうのは、本当に嫌なのだけれど……ま、そうでもしないと被害がとんでもないことになるからね……これはサービスだ」


 本当に不服そうに、彼は呟いた。




────────────




 雨は増える肉塊に翻弄されていた。

 それに加え、自分に向かっていた肉塊が、今度は逃げていくではないか。直感的に嫌な予感がする。肉塊が分散することに気が付いた雨は、なるべく肉塊を分裂させないよう、殺さないように肉塊を倒すことにしていた。

 その時だった。逃げていく肉塊が急に動かなくなった。雨はその理由が見えていた。


「あの人……か?」


 肉塊は撃たれた。その瞬間、鈍く光る弾丸が肉塊の胸あたり(本当に胸かどうかはさて置いて)に吸い込まれたとおもうと、石のような、何かが落ちた。

 それは、雨をサポートしてくれていた彼の仕業なのだろうか。それはわからなかった。肉塊を見ながら、彼を見ることはいくらなんでもできなかったため、正直なところ何が起きているのか、雨はよくわかっていない。

 それでも、肉塊が止まったことは事実である。


「………あの辺か?」


 半信半疑で肉塊に拳を振るう。逃げ惑う肉塊を殴りつけると、硬い感触があった。それには前から気が付いていたが、ただ単純に硬いと感じるだけの場所だったと認識している。

 出てきた。石のような何か。

 コンっといかにも硬いそれが、肉塊の中から出てきたと思うと、そのまま肉塊は動かなくなった。


「なるほど……」


 これが肉塊の核なのだろう。

 それに気が付いた島民は雨だけではない。この島の各地で、雨が経験したことと同じことが起こっていた。




【第6区 大通り】



「灯台守! 頭下げてろよ!!」


 ジョン・ドゥに言われる前から頭を下げていた灯台守は、動かなくなった肉塊を一体見つけた。


──アレは……?


 疑問に思い、ジッと見つめているとその横でもう一体、急に動かなくなってしまった。


「ジョ、ジョン・ドゥ!」

「なんだよ、今いいとこだってェの!」

「楽しまんでいいから! 

 ……アレの弱点、わかったかもしれない!」


 それを聞いたジョン・ドゥは、思わずニヤリと笑う。

 

「灯台守、お前本当に最高だな!」


 月明かりに照らされたジョン・ドゥを見て、灯台守は顔を赤らめる。ジョン・ドゥは世間一般的に言われるイケメンとやらの部類なのだろう。

 不貞腐れた顔や、怒った顔、笑った顔…今まで様々な顔を見てきたが、灯台守はジョン・ドゥの自信に満ち溢れ、まるで無垢な子供のような顔が好きだった。


「弱点は、多分だけど肉塊の胸の辺り! でも、油断はダメだから!」

「お前、それ誰に言ってんだよ……この俺だぞ?」


 ジョン・ドゥが肉塊の胸と思われる場所を殴る。すると、コンっと核が地面に転がったかと思うと、そのまま肉塊は動かなくなった。


「灯台守、ビンゴだ!」




【中心区】



「核を壊せば分裂せずに動かなくなる……か。存外簡単だな……それに気が付かなかったのか、私は……」


 氏郷が肉塊を斬りつけながら、肉塊に腕を突っ込んでそのまま核を砕いていく。そのあまりの速さに、肉塊達は追いつくこともできない。

 そんなことを気にするより、氏郷は肉塊の弱点に気が付かなかった己を恥じていた。


「これでは、斬ることしかできない脳筋とさして変わらんぞ」


 実に悔しそうである。

 それを肉塊にぶつけるように、氏郷は今まで以上に動いた。ここにはせっかく集まった肉塊がいる。逃がしてはいけない。

 砕く、そして砕く、また砕く。今度は斬ることよりもそちらを優先した。


「苦戦……はしていないようだ」

「……!」


 聞き慣れた声に、氏郷は顔を上げる。

 

「利家さん…それに勝家さんまで…っ!」


 肉塊を斬りながら、氏郷の前に利家と、新人時代に氏郷の教育係を努めていた勝家が現れた。


「ははっ! 氏郷、よく持ちこたえたな」

「ほ、他は大丈夫なのですか?」

「ああ、肉塊の弱点がわかったお陰で、こちらにも余裕が出てきてね。これなら大丈夫だろうと、中心区こちらに来たんだ」


 ここには島中で奮闘した警察達が追い込んだ肉塊がいる。ここで肉塊を逃がす訳にはいかない。

 3人は自身を奮い立たせ、肉塊の核を砕いていく。

 警察署のトップに数えられる戦力のうち、ここには3人も揃っている。それはつまり、肉塊を決して残しておかないという彼らの意思だ。だからこそこの人選になり、それを彼らは理解していた。

 彼らは1つの意思の塊である。ひとり1人個性があり、それぞれが歩む道は違う。それでも、到達する場所は同じなのだ。

 ただ1人、イレギュラー光秀を除いて。




────────────




 苦しい、と霧は口を魚のようにハクハクとさせ、空気を吸い込もうとする。だが、僅かな空気しか肺には入ってこず、霧は苦しむばかりだ。


──カイくん……。


 首を絞められながら、霧はカイくんを見つめていた。

 どうして、こんなことをするのだろう。僕のことが嫌いなのか。気に食わないことでもあったのか。元々騙すつもりだったのか。

 霧にはさっぱりわからなかった。


「か、カ……イく………」


 カイくんの名前を呼ぶ。カイくんはそんな霧に何も反応することがない。

 しかし、霧は思う。あの時のカイくんの言葉は本当だと思っているから。「助けて」と訴えてきたカイくんを、霧は信じているから。


「カイっ…くん、ごめ、ね」


──ごめんね。助けてあげられなくて。


 何故そう感じたのか、それは感だった。

 カイくんはきっと何かから逃げてきたんだ。だから本当はカイくんはこんなことしたくないはずなんだ。だってカイくんは、大事な友達なんだ。

 でなければ、カイくんが霧にもわかるくらい、辛そうな顔を見せる理由がかわらない。


──でも、僕も……ここで死んじゃうわけにはいかないからっ。


 霧は首を絞めるカイくんの手(?)を握りしめた。

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