撃つ③

 黒布はまた2人に目掛けて振り下ろされる。

 それを2人は同じ方向に逃げないよう、左右にわかれて跳ぶ。アンリはすぐ近くの屋上、ラトウィッジはそのまま地面に着地する。


「ま、これなら2人で充分だろ……」


 ラトウィッジは抑制剤を飲み込むと、すぐに黒布に近寄り、自身の身長を優に超える横幅の黒布を掴む。


「アンリ!!」

「はいっ!」


 黒布を引っ張り、肉塊の姫を宙に浮かせる。その先にはラトウィッジに呼ばれたアンリだ。

 アンリは肉塊の姫の頭上に跳ぶと、拳を振り下ろし肉塊の姫を地面に叩きつける。


「やるじゃねぇの……」


 肉塊の姫にダメージを与えられるだけの力が、アンリにあることを知り、ラトウィッジは感嘆の口笛を吹いた。これでアンリにその力がなければ、他のことをさせようと思っていたが……。


「次も同じように! できるな!?」

「はい、できます!」


 アンリは2人で戦うということ、それを学んでいた。

 それぞれがやることを把握するのはもちろんだが、それについていけるだけの力がないといけない。どちらが強すぎても、弱すぎてもバランスは崩れてしまう。

 ラトウィッジはどう考えても自分よりも格上の人間だ。ならば、アンリに今できることはラトウィッジの動きに合わせることだ。

 他のことを考えるときっと動きは鈍り、途端にバランスを崩してしまうだろう。

 そんな危うい場所に、アンリはいる。


──それは理解してる。戦うのはこういうことだ……。


 怖いか?


──怖いとも。


 逃げたいか?


──逃げたいとも。

──でも! それでも僕は……!


「僕は……僕が、守ってみせるんだぁ!!」


 アンリはまた肉塊の姫に拳を振り下ろす。

 肉塊の姫が地面にぶつかるのを確認し、これではまだ足りないと直感的に感じたアンリは、抑制剤を取り出すと、すぐに飲み込む。

 頭の中で誰かが嘲笑ったような気がしたが、そんなことはどうでもよかった。そんなことよりも、肉塊の姫を追撃することしか、アンリの頭の中には無い。


「ラトウィッジさん!」


 アンリは肉塊の姫を殴り飛ばすと、その先にいたラトウィッジを呼ぶ。その意図はすぐにラトウィッジに通じ、彼はアンリがしたように肉塊の姫を殴り飛ばす。威力はアンリ以上だ。

 肉塊の姫は1体目ではこの2人には勝てないと判断したようで、ムクリと起き上がると、そのまま2人を警戒して距離を取り始める。2人との距離が充分に取れたところで、肉塊の姫は叫んだ。

 耳が潰れそうだ。耳はよく聞こえる分、こういった攻撃には弱かったりする。島民同士ですると、諸刃の剣となるので、ほとんど取られたことは無い戦法だが。


「くっ!」

「耳が……っ」


 肉塊の姫の叫びは10秒程であった。しかしその10秒がとても長く感じる。

 耳を塞ぐが、視線はしっかりと肉塊の姫を捉える。

 アンリはふと、肉塊の姫が誰かに似ていると気がついた。しかし、はて?誰だろう?と首を傾げる。

 何だか、とても大切なことだったような気がする。この影は……彼女は・・・…いったい何者なんだ?

 アンリがそれを深く考える前に、周りがだんだん騒がしくなってきたことに気が付いた。言葉にならない声で、騒ぎ立てる何かが、ここに集まっている。


「……ちっ、肉塊か……1連の事件はやっぱりコイツの仕業だな…?」

「数で僕達を押す気か……!」


 2人は気を入れ直し、肉塊の姫を睨みつけた。




────────────




 氏郷の足元がまた赤く染まる。

 彼の元に集まった肉塊は、氏郷に切り刻まれてる動かなくなっていった。氏郷を警戒し、彼に攻撃することをやめる肉塊達を見て、氏郷は溜息を吐いた。

 どれだけ距離を取ったかなど関係ない。氏郷が斬ると決めたなら、その相手は斬られるだけだ。実際、氏郷の足は止まらない。とにかく1番近くにいる肉塊を優先して斬る。

 自慢の赤毛が血で汚れたが、気にしない。よく妻に褒められる顔に傷ができたが、気にしない。スーツとワイシャツが破れたが、気にしない。刀が肉塊から抜けなくなった、だからどうした、殴ればいい。

 

「ははっ! さぁ、もっとだ!! 貴様ら全員、俺が残らず、斬り殺してやるよ!!」


 狂戦士はこの島に5万といる。

 警察にはそういった人間が集まってきた。何故なら、本土では絶対に許されないし、島でもバレればそれなりの刑を受けることとなる殺人が、ほぼ黙認されている組織だからだ。

 一歩間違えればただの殺人鬼。そんな奴らが集まった、碌でもない組織。しかしそれが氏郷の今の居場所であり、守りたいものである。


 はじめは、こんなことを考えたことは無かった。周り全員が自分を馬鹿にしてくる。どんなに力があっても、はぐれ者というだけで、評価は著しく下がってしまう。それに付け加え、順位を奪おうとする輩と毎日神経をすり減らすような日々。

 それが一瞬にして変わった。織田と呼ばれている、警察署長によって。


「この程度か!? 署長が守ってきた島を脅かした貴様らが、この程度なのか!?」


 すると、肉塊の1つが中心区の外へ向かう道へ動き出した。

 すぐそれに気がついた氏郷は、肉塊の頭上を飛んでその肉塊の元へとたどり着き、そのまま頭に刀を突き刺す。

 その隣でまた別の肉塊が出入口から外へ出ようとしていた。


「逃げる気か……!」


 氏郷はまた逃げる肉塊を斬る。それを合図にするかのように、肉塊達が一斉に逃げようと身体を動かしていた。

 中心区は輪になった10の団地の中にある、広場だ。団地と団地の隙間はもちろん空いており、そこから1本の道が隙間の数だけ伸びている。

 隣の道との距離はかなりある。氏郷にとっては取るに足らないような距離だが、距離が長ければその分到着が遅くなるのは言うまでもない。

 たとえ1秒だとしても、それが積み重なれば大きな時間のロスに繋がってくる。

 しかし、幸いなことにまだ肉塊達が逃げようとするスピードは遅い。こちらを警戒し、隙を狙って逃げようとしているからだ。


「もう、ゆっくりしている暇はないな」


 氏郷が刀を構え直した時、耳を塞ぎ蹲りたくなるほどの大きな音が届いた。思わず目を瞑り、耳を塞ぐ。この様子だと、この音は島中に響き渡ったはずだ。


「いったい……何が………」


 目を開け、恐る恐る耳を塞いでいた手を退けると、肉塊達が止まっていることに気が付く。それから第1区の方を全員が見つめ ていた。

 何が起きた?


──いや、今がチャンスだ。全員が止まっているなら、その間だけでもかなり量を減らせるだろう………しかし、今のは……?


 氏郷が思考していると、肉塊達はまた動き出す。今までのように一体ずつ順番にではなく、押し合い圧し合いとなり、こちらのことなど忘れてしまったかのように、分け目も降らずに。


「いったい、なにが起きているんだ……?」


 考えられるのは、さきほどの音。肉塊を外に出さないように斬りながら、上を見上げると肉塊の姫が見えた。


「アレが、何かしたな?」


 その言葉は確信の色が込められていた。

 氏郷は歯を食いしばった。ギリッと不快な歯と歯が擦れる音がする。ここで逃がせば、ここに肉塊を集めた努力が無駄になってしまう。それは駄目だ。そんなことを氏郷が許せるはずが無い。


「絶対に、貴様ら全員ここで、切り刻んでやる!」


斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る


 だがそれは永遠には続かない。いくら氏郷でも体力はある。

 こちらに向かって攻撃してきていた時は良かった。こちらから向かわなくても、肉塊は刀に吸い込まれているかのように斬られていたからだ。氏郷が向かって行って・・・・・・・いる今とは、失う体力の量が違う


「くそっ!」

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