撃つ②

【島地団地島・中心区】



 自身の元に集まってくる肉塊を見て、氏郷は刀を構える。

 肉塊は警察達によって、この中心区へと集められていた。中心区に待ち構える氏郷が、肉塊の一掃をするために。


「さて、やるか」


 氏郷は走る。そして斬る。

 日本刀というものは、2,3人斬れば斬れ味は格段に下がると言われている。しかし、氏郷はそう言われれば首を横に振るだろう。何故ならば彼は、何人斬ろうが斬れ味が落ちたと感じたことが無いからだ。

 一対多、それが彼の本領発揮の場である。いったいどこにいけば効率よく倒せるか、どこを斬れば一撃で倒せるか。それを氏郷は考えずとも直感で感じ取ることができた。

 使うのは刀だけではない。氏郷は肉塊を掴むと、他の肉塊に向かって投げつける。元第4位の腕力で投げられた肉塊は一溜りもない。


──だが…結構多いな……。


 予測できない動きをする肉塊は、徐々に氏郷の動きに対応してきている。後になればなるほど、手強い肉塊が現れるだろう。だからこそ、早く。今よりももっと早く斬る。

 頬を肉塊の腕らしきものが掠める。頬が濡れている感覚があるので、血が出たのだろう。しかし氏郷は一切気にとめない。


「っであぁああっ!!」


 氏郷の威嚇とも、気合を入れたとも取れる叫びに、肉塊はたじろいた。肉塊は元々は生物である。そのため、単純な思考は今も尚残っている。

 肉塊は感じ取る。この男は、やばい。逃げなくてはいけない。

 しかし逃げるところなどすでにない。今、こうしている間にも島の端から追い詰められているからだ。

 ならば、氏郷を倒すしか自分達が生き残る方法はない。本当にできるだろうか?肉塊達は、もう少しすれば氏郷の動きにも慣れただろう。だが、それを許す氏郷ではない。

 彼はこの戦いを、短時間で終わらせるつもりなのだから。


「……なんだ、この程度か? 拍子抜けだなぁ!」




────────────




 その頃、霧とカイくんは屋上で雨の帰りを待っていた。屋上に肉塊達が登ってくる気配はない。このままいけば、この戦いが終わるまで無事でいることができるはずだ。


「カイくん、大丈夫? 僕が一緒にいるからね」


 霧にできることは、先程から震えが止まらないカイくんを抱きしめることだけだ。

 霧は雨がどれほどの強さを持っているか、全く想像できない。それでも霧にとって、雨はこの島で1番頼りになる人物であることには変わりなかった。

 きっと雨が何とかしてくれるはずだ。そう信じて疑わない霧は、雨が行ってしまった先を見る。


「カイくん、僕ね…最初は雨兄が苦手だったんだ」


 ボーッとしていて、あまり話し掛けてこない。話し掛けられても困るのだけど、本当に何のリアクションもなければ、霧もどうしていいのかわからない。

 もしかしたら嫌われたのかもしれない。だから、必要最低限の会話しかないのかもしれない。どうしすればいいんだろう。

 ずっとそんなことを考えていた。

 しかし、雨からの歩み寄りを見てから、霧の考えは変わって行った。

 雨は霧との関わり方がわからなかっただけで、自分のことを嫌っているわけではない。そして自分自身も、雨との関わり方がわからないせいで、避けていた。

 あの時の自分に言いたい。雨は世界で1番カッコイイ人なんだ、と。甘えても怖くない、優しくて、強くて……霧を守ってくれる人だ、と。


「雨兄……」


 ポツリと言葉をこぼす。

 島では悲鳴と怒号、嬉々とした戦う声で満たされている。

 みんな戦うことが好きだからかな?霧はあまり好きではないけれど、と島民の戦闘狂っぷりにため息を吐いた。

 特に大人はそうだ。そうやっているから、霧の両親もいなくなってしまったのだ。何故いなくなってしまったのかは、よく知っている。

 彼らは戦うことが大好きだった。影が現れるとどんな時でも家を出ていってしまうくらい、大好きだった。

 初めはそれでよかったのかもしれない。しかし霧が4歳の頃、両親は出ていったきり帰っては来なかった。


「雨兄」


 雨はそんなことないに決まっている。

 そうだとも、何を不安に思うことがある。

 大丈夫だ。

 きっと大丈夫。

 帰ってきてくれる。


 俯く霧の頬に、カイくんの手(?)が伸びる。励ましてくれている、と感じた霧は、ギュッとカイくんを抱きしめた。


「ありがとう、カイくん……」


 霧は安心する。1人に怯える霧なは、どんな形であれ勇気付ける存在が必要だ。




「ぐぇ……っ……?……??」


 その時理解ができなかった。何が起きたのだろう?何故、自分はこんなにも苦しんだろう?

 どうしてカイくんが、自分の首をしめているんだろう?

 

──カイ……くん?




────────────




 肉塊の姫を見上げて、アンリはどうやってラトウィッジと連携を取るかを考える。誰かと一緒に戦うことなど、アンリはしたことがないからだ。

 それをラトウィッジは何となくわかっていたし、アンリが自分と同等に戦えるはずがないと思っていた。だが、案外アンリはラトウィッジと近くもないが、遠くもない力を持っていると、戦っているうちに気が付いた。

 だからこそ、ラトウィッジはアンリがもったいないと感じてならない。

 素材は良い。だがそけだけである。

 それはもったいない。ならどうするべきであるか……そう考えれば結論は1つしかない。かつて自分がしてもらったように、そうしてもらったことで、自分のやるべきことを見出したように。ラトウィッジはアンリにするべきことを思い付いた。


「お前、戦おうとする割に慣れてねぇんだな」

「うっ……確かに戦うなんて、そんなにしたことないですけど……」

「正直いなくてもいいってレベルだ」


 酷い言われようだ。

 しかしそれは事実である。ラトウィッジに任せれば、きっとすぐに肉塊の姫は倒されるだろう。しかしそれではダメなのだ。何故なら、アンリはアーネストに肉塊の姫を倒すためにここに行くと言ってしまったから。躊躇しないために、肉塊の姫のことを詳しく知ろうとしなかったから。

 だからアンリは肉塊の姫を倒さなくてはいけない。アーネストの期待を裏切りたくない。自分のこれからに躊躇したくない。


「僕は……それでも、戦う……アーニーが、僕の背中を押してくれたから……っ!」

「アーニー……? アイツの知り合いか?」

「え? アーニーは、僕の先生っていうか、なんと言うか……」


──つまり、俺の後輩か。


 ラトウィッジにとってムカつく存在であるが、アーネストは先生だ。ヤギと茶房もアーネストは生き方を教えてくれた先生だと答えるだろう。

 アンリもそのうちの1人だ。なら、先輩として色々と教えることも必要だろう。それぐらいアーネストには恩を感じている。この場にアンリがいるということは、アーネストが彼に教えることの中には、きっとそういうこと戦闘についても含まれているはずだ。


「アーニー、何があっても文句は言うなよ……?」

「え、あの?」


 困惑するアンリだが、振り下ろされた黒布を見てすぐに思考を切り替える。

 今回洗われた影・肉塊の姫は巨大だ。ここまでのものをアンリは見たことがない。もし以前にも現れていたのなら、噂になっていただろう。だが、そうはならなかった。

 それに、島民達の様子もいつもとは違う。島民達は初めて見る大きさの影に困惑しているようだ。そのせいか、いつもの影を倒す体制を取れないでいるため、影討伐に時間が掛かっている。


「あの影、もう時間をかけて倒してられねぇ……わかってるな?」

「はい……ここで終わらせないと、島の被害が大きくなってしまう」

「そうだな。島がなくなると、俺達が困る」


 島地団地島…それは捨てられた物が集まる島……そこに例外はなく人すら流れ着く。

 島に住めなくなることは、島民にとっての絶望だ。

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