第13話 もしも
撃つ
肉塊の姫が振り下ろした黒布をラトウィッジは避ける。避けた先は建物の窓。その縁に手と足をかけて、肉塊の姫の様子を見る。
急に影になったと言うことは、彼女は抑制剤を飲まずに力を多用し過ぎたのだろう。ということは、彼女は第1区の学生のはずだ。抑制剤は力を使い過ぎても影になるのを抑制するための薬であり、ほとんどの島民が常備している、この島で生きるためには必需品であるのが抑制剤だ。
しかし、一部例外も存在する。第1区の学生は抑制剤を持っていないことが多い。それが第1区の存在を確立した福沢の方針だからだ。抑制剤を使わない方法は、ただ1つ。それは力を多用したり引き出そうとしないこと。
福沢は第1区の学生には抑制剤を持たせたがらない。何故ならば、抑制剤は力を多用し引き出すことができる口実になるからだ。抑制剤があるから大丈夫、抑制剤があるから喧嘩をする、抑制剤があるから………と、そうなるのは必然だろう。だからこそ、福沢は抑制剤を学生が持つことを、良しとしていないのだ。
第1区が平和なのも、学生が住めるのも、福沢のおかげである。それが今回の事件で崩れた。島1番の平和な区域には、様々なことが起きてしまった。そして、極めつけにはこれだ。
「くそ、面倒だな……」
ここまで大きな影は見たことがない。建物に被害はあまり出したくないが、それを気にしていると上手く動けない。恐らくラトウィッジ1人でも肉塊の姫は倒せる。だが、周りに気を配っていればこの肉塊の姫は倒せないということが事実である。
何人集まっても結局はそこで躓いてしまう。ならば1人、あるいはラトウィッジよりも上の順位の者がいることが望ましいが、今の状況では難しそうだ。ラトウィッジの耳には、島がどんな状況であるか、詳しくはわからなくとも声を拾うことで把握していた。
「島に出た肉塊……コイツの仕業だな。雨の所は大丈夫なのか?」
ラトウィッジは雨が連れていた肉塊を思い出す。アレもきっと肉塊の姫の仕業だろう。カイくんは霧がえらく気に入っていた。ならばずっと一緒にいたのだろう。もしもカイくんが島に現れた肉塊のように人を襲い始めても、
そこまで考えたところで、肉塊の姫の黒布が振り上げられる。咄嗟に回避したラトウィッジだが、ラトウィッジが足場にしていた建物はガラガラと崩れた。
「あっぶねぇな……」
肉塊の姫の叫び声が聞こえる。ラトウィッジは肉塊の姫の黒布をズタズタに撃ち抜いていた。大したダメージにはならないだろうが、それでも何もしないよりはマシだと感じ、回避した寸前に攻撃したのである。
ラトウィッジが持つ銃はサブマシンガンだ。2つのサブマシンガンを片手づつに持っているが、戦闘には何ら支障はないようだ。
「もう少し持ってきたほうが良かったか……?」
肉塊の姫へのダメージにはなっているのだろう。しかし、それでも微々たるものだ。小型で持ち運びをしてもあまり邪魔にならない、という理由から持つようにしているサブマシンガンだが、小型であるぶん威力は低い。
ラトウィッジは新たな弾倉を装填する。残りは僅か。第10区か第4区の屋敷へ戻れば、新たに武器を補充することは可能だ。だが、それが最適解であるとは思えない。
肉塊の姫はこちらから目を離さない。ここから離れようとすれば、きっと肉塊の姫はラトウィッジを追うだろう。そうなればそこへ行くまでに被害が出る。それに、もしも肉塊の姫がラトウィッジを追わなかった場合は、この場を抑える人物がいなくなってしまう。
「ああ、くそっ」
ラトウィッジは頭をガシガシとかく。指に絡まった髪を気にすることなく頭から手を離すと、ブチと髪が抜けた音が聞こえるが、ラトウィッジにはその音は聞こえない。
そんなことよりも目の前の肉塊の姫をどうにかしなければならない。他の人間達は、肉塊の姫が生み出した肉塊を相手にしているようで、なかなか到着できないようだ。
サブマシンガンを肉塊の姫に向けて撃つ。できるだけ建物の被害がないよう、黒布を避ける。ただそれを繰り返すと、終わりが見えない。もう1つ何かキッカケがあれば…とラトウィッジが考えたところで、肉塊の姫が悲鳴をあげた。
「なんだ?」
それはあまりにも突然で、ラトウィッジも肉塊の姫も何が起きたか理解ができなかった。
「あ、あの……加勢します!」
「お前は……?」
見たことの無い少年が、ラトウィッジの隣に降り立つ。どうやら彼が肉塊の姫を持っている杖で攻撃したようだ。
「僕は、アンリって言います」
アンリは緊張したようで、若干声が震えている。
頼りない印象を受ける少年だが、しかしその目は真っ直ぐ肉塊の姫を見つめていた。そして何より……彼の一撃は肉塊の姫には重かったらしく、アンリを警戒している。それを見て、ラトウィッジは深く息を吐くことができた。
「……じゃあ、頼むぜ……アンリ」
「はい!」
だが、この少年…どこかで
────────────
「霧とカイくん、大丈夫かな……?」
雨は走りながら呟いた。服は血塗れになってしまい、もうこれは着れないだろうと、結構気に入ってい服であることもあって肩を落とす。
一瞬の油断が仇となり、雨の後ろから肉塊が飛びかかる。雨はその気配に気が付き、応戦しようとした時、肉塊が短い悲鳴をあげて絶命した。
「え?」
後ろを振り返ると、雨がギリギリ視認できる場所にライフルを構える男性がいた。本当に見えるか見えないかの位置にいる。よくここが狙えたなと感心するレベルだ。
だが、その人物は味方だ。見たことも無い人物だったが、それは理解できた。彼に背中を預けても、雨は安心できるような気がしている。
チラリと後ろを振り返り、男を見る。顔はほとんどわからないが、体格的に男だと判断できる。その男に向かって声には出さず雨は頼む。
"後ろは頼んだ"
それを見たアーネストはいつものように笑う。
「全く、アンリもそうだけど、彼もなかなかに人を信用している……そこがいいところなんだろうけど。
ま、期待には応えるとも。後ろは任せなよ」
アーネストの持つライフルには
「さて、と……
下を見ると肉塊の群れ…と、それに追われる島民。どうやら肉塊は弱い島民を狙って動いているようだ。
アーネストの心中は、やはりこうなったか。という事前から知っていた結果への感想だった。
「僕
アーネストは上から肉塊を狙う。島民を逃がすために撃つ、肉塊を威嚇するために撃つ。雨を援護するために撃つ。しかしアーネストの弾が当たるのは五分五分と言ったところか。肉塊達はアーネストを警戒して、どんどん島の中心へ入っていく。
「うんうん、それでいい……肉塊に深く考える頭がなくて本当に助かったよ」
肉塊の逃げる先を見てアーネストは笑う。嘲笑でもないが、微笑みでもない。仮面のような、どこか人工的に見えるそんな笑みをアーネストは顔に貼り付けていた。
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