肉塊の姫

 アーネストからやって"欲しいこと"の内容を聞いた氏郷は目を見開いた。


「何故? それ・・がそこに行く保証は、どこにもない」

「行くさ、僕が保証する。キミはそれの処理を任せたい」


 氏郷は沈黙する。アーネストのことを信用することはできない。何度も彼に利用されてきた氏郷は、アーネストの言葉を拒絶しようとする。しかし、アーネストが嘘をつくなんてことは無い。つまりアーネストの言う厄介事・・・は必ず起きる。


「……チッ」


 氏郷はアーネストとアンリを交互に見てから、刀を鞘に収めた。


「エドゥアールを見逃す気は無い。これからのことは、警察私達と看守、そして裁判官達で決める。それでいいか?」

「うん、充分だよ。ま、僕らもその中に入るんだけど」

「? まさか、そいつの生死に魔女が関わっているのか?」

「いや、ただの私情さ。今回は僕のわがままってやつだ」


 ケラケラと笑うアーネストに氏郷は溜息を吐いて、その場を去る。


──まさか、あの男が私情で動くとは思っていなかった。


 もしかすると私情で動くことは何度かあって、それを自分が知らなかったからかもしれないが。その真実はわからないし、わかりたくもない。氏郷とアーネストとの関係はその程度だ。氏郷は個人的にアーネストに恨みがあるだけで、アーネストは知っていても氏郷ことをどうとも思っていないはずだ。


「あ! 氏郷、こんな所にいやがったか!」

「……なんだ、政宗か」

「なんだって、なんだ! おい! ちょっと待てこら!」


 氏郷を迎えに来たであろう政宗に一言掛けて、アーネストの言う場所・・へ向かう。


「政宗…今日は大仕事だぞ」

「?」




────────────




 時間というものはあっという間に過ぎていく。


「気が付いたらもう夕方かぁ…」

「結局カイくんの仲間見つからなかったね」


 赤く染まる地面を見つめながら雨と霧は溜息を吐く。あれからどんな場所でも探し回った。しかしどこを探しても見つかることはなく、2人は途方に暮れていた。


「うーん、やっぱり宛もなく探すのってムズいなぁ」

「ラトウィッジさんはどうなったかな?」


 霧はカイくんを抱っこして屋上に座っていた。雨はそんな霧を気にかけながら、沈む太陽を見つめる。


「ごめんね、カイくん」

「明日もある、頑張って探そう」

「うん」


 雨は霧の頭を撫でる。カイくんも霧を気遣うような視線を向ける。一日中歩き回って、今になって疲れを自覚する。特に精神的な疲労が酷い。


「帰ろうか」

「うん」


 もうすぐで夜になってしまう、その前にかえろうと雨は霧に声を掛ける。やはり随分と落ち込んでいるようで、声に元気がない。霧が暗い表情をしているのを見て、あの日初めて霧が雨と会った時のことを思い出す。

 あの日、霧は確かこんな顔をしていたはずだ。霧を知らなかった頃の雨は気付くことができなかった。それを自覚して、申し訳なく感じる。霧のことがよくわからない、という理由であまり関わろうとしなかった。なにか声を掛けてやるにしても、雨にとってはどこか、業務的なそれを霧はどんな風に聞いていたのだろう。


「霧」

「なに?」

「あー、いや………明日は見つかるといいな」

「……うん!」


 少しそっぽを向いて雨がそう言うと、霧は少し驚いた顔をしてから嬉しそうに頷いた。手を握る、まだ残暑があるがそんな息苦しい暑さよりも、心地の良い温かさがじんわりと手に滲んだ。


 が、それは悲鳴によりかき消された。


 悲鳴をを聞いた2人は決して遠い場所で起きてはいない音を探ろうと視線を上へ向けた、そこにはまるで女性がドレスを着たかのような巨大な肉がいた。


「なっ!? 影か!」


 その大きさは団地には及ばないが、それ以外の建物と比べるまでもなく巨体だ。


「いったい、何が起きてんだ……?」

 


 それは時を過ごし遡る──。




────────────




 ラトウィッジは雨に頼まれた通り、カイくんについて情報を集めていた。今日わかったことと言えば、肉塊事件がまた起きた、ということだ。詳しくは警察が現場にいたために確認することはできなかったが、アレがどうもカイくんに重なって仕方がなかった。


「……せめてもう少し情報があればな」


 煙草の煙を目で追いかけながら路地裏を歩く。そんなラトウィッジの目の前から1人の少女が現れた。こちらを認識すると、少し怯えた目を向けられたがラトウィッジにはよく向けられているため、慣れている……いや、慣れているからこそ違和感を感じた。

 この少女、恐怖・・を感じて怯えている訳では無い、何かやましいこと・・・・・・があって怯えている。そう直感的に感じた。


──どんなやんちゃ娘だ? カツアゲか何かか? それにしたって怯えすぎだろ……。


 すれ違う直前でラトウィッジは舌を打つ。この近くでそんな匂い・・をさせている、ということは……。


「おい、血の匂いが消えてねぇぞ?」


 少女は目を見開いた。


「い、いったい……なんのこと、ですか?」

「今日、肉塊事件があったそうだ」

「は、はぁ……」

「やったのは、お前だな」


 確信を得てラトウィッジは少女に直球で聞く。

 少女、クロエの顔はみるみる青ざめていく。ラトウィッジの噂はよく聞いていた。だからここにいる理由がわからなかったし、知りたくもなかった。自分のことなど、ラトウィッジが気に掛けることなどないだろう。そう思ったからクロエはラトウィッジの横を通ろうとした。怖いことなどないのだと、そう自分に言い聞かせながら。だが実際話し掛けられるとクロエは震え上がった。もう逃げ場はない。


 クロエは腕をラトウィッジの方へ伸ばし、異能力を発動しようとした。するとどういうことだ、クロエの腕は破裂した。


「え?」


 次に身体がどんどん膨れ上がってくる。それを見たラトウィッジは、クロエから距離を取ろうと走る。


──なに? 何が起きて……?


 クロエは無意識で助けを求めるために手を伸ばした。目の前のラトウィッジに、ではなくどこにいるかもわからない先輩・・に、クロエは必死で手を伸ばした。しかし、クロエが掴んだのは、ただの空気。


「おいおい、こんなタイミングで影になりやがったのか……っ」


 ラトウィッジは建物の上に避難するが、影となるクロエはどんどん大きくなっていく。まるで風船のようだとラトウィッジが思っていると、クロエの姿は例えて名をつけるのだとすれば、肉塊の姫に変貌していった。きっとそれはラトウィッジ以外の人々の目にも留まったことだろう。あちらこちらから悲鳴が聞こえる。

 肉塊の姫は腕を振り上げると、ラトウィッジへ向かって振り下ろされる。それを避けたラトウィッジだったが、建物は崩れ去る。肉塊の姫の姿をよくよく観察すると、1つ思い当たる節があった。


「なるほどなぁ……あのカイくんは、テメェの異能力か」


 きっと、アレ・・らも人間や他の動物だったはずだ。何を思ってあんな風にしてしまったのかはわからない。しかしどんな理由があろうとも、ソレ・・は到底許されることではない。


「さて、どうするか」


 その巨体を、周りの被害を最小限に抑えて倒してしまうのは難しい。かと言って何も考えずに戦うのも……ラトウィッジが肉塊の姫との戦い方を考えていると、その真下から悲鳴が聞こえる。先程も聞いたが、チラリと視線を向けると男が肉塊に襲われていた・・・・・・・・・


「おいおい、テメェ…めちゃくちゃだな」


 こうして今年で1番の災害である、と言われる肉塊の姫による破壊と殺戮が始まった。

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