第12話 Stick
その時まで
クロエの父は、この島の農家である。特に牛を育てることに秀でていた。彼は異能力者であり、クロエ自身もその異能力を受け継いでいた。その能力を悪用し始めたのは、殺人鬼が島に現れた頃だ。理由は、ただ大好きだった父から受け継いだこの力は、いったいどこまでこの島に通用するのか、それを知りたかっただけだった。
「くっそぉ…あいつぅ……」
クロエはガジガジと爪を噛んで、呟く。クロエが思い浮かべていたのはアーネストだった。そもそもクロエはアーネストには細心の注意を払って接していたつもりだった。彼の噂はよく聞いていた。この島地団地島の顔役でもあり、相談役でもあるアーネストは、この島の悪意を持つ人間からすれば脅威であった。
──どうすればいい? どうすれば、あの脅威から逃げられる?
いくら打開策を考えつこうとも、それは本当に良い策なのかどうか自信が無い。
自分は少し楽しみすぎたのかもしれない。しかし、仕方がないだろう。自分自身の力を好きなだけ使える状況を、どんな異能力者だって欲しがっている。超能力者だけが自分の力を好きなだけ使っていることが、クロエは気に食わない。
「絶対に逃げ切ってやる! 絶対、絶対に!」
────────────
【第1区 島地高校近く】
「さて、と。具体的にハリーはどうするつもりなんだい?」
「え? 具体的に?」
アーネストはアンリに尋ねる。正直深くは考えていなかった。アンリは尋ねられて初めて、この第1区の事件の解決法をもさくする。
「と、とりあえずは、犯人が動くのを待つとか……」
「わかった。今回はキミが好きなように指示を出してくれ」
待ちに徹するのは、あまり良い手ではないだろう。しかしアーネストはそれを肯定した。
「僕も待っている
「待っているもの?」
「まあ、あと少しってところかな?」
アーネストが待っているものというのはわからないが、その笑顔は絶対にろくなことを考えてはいないだろうと、アンリはすぐに気が付いた。この時、すぐにでもそれを指摘すればあるいは…もしくはアーネストが
音がした。何の音だ。それは確認しなくてもわかる音だ。誰かが
「おや、意外と見つかるのが早かったね」
「…え?」
アーネストとアンリが後ろを振り向くと、赤い髪の男…氏郷がそこに立っていた。その目にあるのは明らかにこちらへ向ける殺意。まだ鞘に収まる刀を、いつでも抜けるような状態で構える氏郷を見て、アンリは戸惑った。何故、彼は自分にこんなにも殺意を向けているのだろう、と。
「……アーネスト、か。なるほど、お前がこの件に加わっていたのか」
「キミが来ることは知っていたけど……相方はどこだい? 単独行動…なわけないだろう?」
「答えてやる義理はない。それよりも……そいつだ」
「おや、意外と見つかるのが早かったね」
「…え?」
アーネストとアンリが後ろを振り向くと、赤い髪の男…氏郷がそこに立っていた。その目にあるのは明らかにこちらへ向ける殺意。まだ鞘に収まる刀を、いつでも抜けるような状態で構える氏郷を見て、アンリは戸惑った。何故、彼は自分にこんなにも殺意を向けているのだろう、と。
「……アーネスト、か。なるほど、お前がこの件に加わっていたのか」
「キミが来ることは知っていたけど……相方はどこだい? 単独行動…なわけないだろう?」
「答えてやる義理はない。それよりも……そいつだ」
氏郷の目が、アンリに向けられた。視線はアンリに向けられたが、それでも意識はどらにも向けられている。その気になれば、アンリのことなどすぐに切り伏せられるであろう。それなのに氏郷はただ静かに、刀を構えるだけだった。
「連続傷害事件の犯人、エドゥアール……例え貴様が
「ど、どうしてそれを……!?」
氏郷は政宗の元へ向かう前に、
「私はお前を捕まえる……!」
それが自分が選んだ正義なのだから。
「……ハリー、ジャッジマンの杖はまだ持ってるよね?」
「え、はい……」
アンリは自分がジャッジマンとの戦いで未だに持っていた杖を握る。昨日、この杖を持ってくるようにと言われ、アーネストの言われるままに持ってきていた杖だ。
「それがあっても、彼に今のキミが勝てるとは思わない。だからた……それで自衛してくれ」
「アーネスト…まさか!」
「これでも、申し訳なく思っているんだ。すまないね、まさか彼が出てくるなんて、知らなかったんだ」
アーネストは拳を構えた。それと同時に、氏郷も刀を鞘から抜いた。
「安心しなよ。すぐに終わるから」
「私を舐めるなよ、アーネスト……」
その動きをアンリは見ることができなかった。いつの間にか氏郷は抜刀し、刀はアーネストの首に届く一歩手前で、アーネストの腕でガードされていた。
「また速くなったんじゃないか?」
「………クソっ」
斬ることができないと察した氏郷は、アーネストを足に力を込めて蹴る。アーネストの身体は宙に舞ったが、ふわりと着地してみせる。彼に大したダメージは通っていないように思える。余裕の表情を見せているため、その考えは合っているようだ。昔から腹が立つ。こういうところは特に。
「じゃあ、次は僕だ」
「……っ!」
アーネストが動く。
一歩。
その一歩を見たところで、氏郷とアンリの視界から完璧にアーネストの姿が消えた。氏郷は警戒心を最大までに上げて辺りの気配を探る。
──右? 左? ……後ろ………いや……。
「上か!」
氏郷が上を向くと、アーネストが壁を使って上から氏郷に蹴りを入れようとする姿が目に映る。咄嗟に刀でガードするがその威力は凄まじく、氏郷は耐えきれず後ろへ飛び退くことでアーネストの攻撃を回避する。威力を殺したはずなのに、地面はひび割れてしまっている。抑制剤を飲まず、少ししか力を出せない状態でこの威力だ。
──……やはり、強いな。
氏郷の額に冷や汗が浮かぶ。深く息を吐いてから、刀をまた構えた。
「キミ、今僕を恐れたね?」
アーネストが氏郷を指差す。本当に聡くて腹が立つ男だ。その通り、氏郷はアーネストを恐れた。その時点でもう勝敗はついてしまっている。だが、それを潔く認める氏郷ではない。元々負けず嫌いな氏郷は、負けるということにおいては敏感になる。
「だとしたら? それで、私の負けを認めてここを去れと? ふざけるな。それでも、私は…戦い続けなければいけない!」
「いや、その生き様は素直に素晴らしいと思うね。
うん、実に生物らしいよ、キミは」
優しく、しかしどこか悲しそうな声は氏郷とアンリには届いてはいなかった。そんなことはアーネストもよく知っていたし、そうなるようにわざと声を抑えた。声に出てしまったのは…
見れば、また氏郷が刀を構えようとしている。
彼は強い。アーネストは軽く受け流すことができているが、アンリであれば手足も出なかったはずだ。エドゥアールなら…どうだろう。意外といい所までいけるかもしれないが、つまりはそれだけの実力があれば、
「まあ、待ちなよ」
「………」
「実はね、エドゥアールよりも厄介なのが今日、現れる」
「何?」
「ソレの討伐には、きっとアンリは役に立つ。だから、連れて行っては欲しくない。それに、アンリとエドゥアールは僕の生徒だ。きっとこの島に貢献できる子になるよ」
聞く耳を持たないつもりでいた。だが、アーネストは嘘をつかない。ならば、その話は本当ではないだろうか。わからない。わからないが……。
「だからといって、私が見逃すことはできない」
「なら、今だけでいい。その後の判断は、キミ達に任せるから」
だからなんだ。断ればいい。そんな義理はない。
「キミには、それよりもやって欲しいことがあるからね。仲良くしたい」
「やって欲しいこと、だと?」
尋ね返した氏郷を見て、アーネストは笑みを深くするのだった。
運命というものは、こうして
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