────なにか、隠し事してないかだって……?


「言うわけないじゃんか、バァカ!」


 薄暗い路地裏に入っていくクロエは、舌打ちをする。


「なんなのアイツ……くそっ私の計画が狂いそう……」


 ブツブツとそう言うクロエは、とても不気味にみえるだろう。路地裏にいるはぐれ者達は、そんなクロエの様子を見て道を開ける。そのタイプは関わらないのが吉だと、本能で感じ取ったからだ。

 だが、自分の強さを確信する者は違う。クロエはどこからどう見ても、ひ弱でまだ子供だ。


「おいおい、嬢ちゃん! ここから先は、通行料を払ってもらうぜぇ!」

「それとも、身体で払うか? 俺達はどっちでもいいんだぜ!?」

「へっ! 怖くて声も出せねぇか?」


 しかしクロエはそれを無視して通り過ぎる。3人のはぐれ者はクロエの態度が気に食わず、追い掛ける。


「おい! 聞いてんのか!?」

「金払えって言ってんだよ!」


 男の1人がクロエの肩を掴んだ。細く力のないクロエの身体はすぐに引き止められる。肩を掴んだ手を見たクロエは、ギロりと男を睨んだ。力の無い女のはずであるクロエに睨まれ、男達は一瞬たじろいた。何故だ。相手は子供の女だ。なのに何故。何故。こんなにも恐怖を体感抱いているのだろう。それも、こんなか細い女に。いや、知っている。これは、そう。かつて第1位の福沢と出会った時のような……………。


「うるさい」


 クロエの一言を聞いて、ハッと気が付くと……クロエの肩には手はもう無かった。それどころか、肩を掴んでいた男すらいなくなっていた。


「は?」

「アイツどこに……?」


 ふと、下を向いた。何か・・がある。赤い赤い何かは、こちらをじっと見ていた。そして次にクロエがそれに一言掛ける。なんと言ったのかはわからない。だが逃げなければ、そう感じた2人の男は逃げようと、し……て?


──なんで、こんなに地面が近いんだ?


 身体が思うように動かない。

 下半身の感覚がない。

 地面が赤く……。


 赤?

 赤だ赤。

 赤い赤い。


 赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤


ぴちゃんっ

 ぴちゃんっ




────────────




「………何か、動いたな」


 第1区を歩いていた氏郷が呟いた。その隣にいた政宗も、その匂い・・を感じ取り、刀に手を添える。その場所まではまだ距離はある。しかし、こちらが下手に動けばあちらにも感ずかれることは目に見えている。


「おい、氏郷」

「わかっている」


 2人は刀を抜刀した。殺気は感じ取れないところをみると、どうやら気付かれてはいないようだ。

 この辺りにいる人間ならば、このことに気が付いているだろう。しかし、いつもの日常で起こる出来事で、誰も気にもとめないはずだ。氏郷と政宗はそれを見逃すわけにはいかない。


「……」

「……」


 アイコンタクトをして、その場所へ2人は向かった。

 その場所へに近づく度に匂いがキツくなる。よく嗅ぎなれた匂いだ。頭にちらつくのは"赤"だ。路地裏へやってきた2人は、思わず息を呑む。

 血と肉。それが路地裏に散乱し、その道にコンクリートの色など残っていない。唯一灰色をむき出しにしているのは、壁のみとなっている。


「……鑑識班と清掃班を呼ぶぞ」

「ああ、行ってくる」


 そう言うと、氏郷は建物に登り本部まで戻って行った。あの様子なら、5分もあれば本部につくはずだ。それにしても…と、政宗は辺りを見渡した。


「これは、エドゥアールの仕業じゃねぇな……あの時・・・と一緒か」


 できるだけこの領域に入らないようにして、この惨状を屋上へ登り観察する。相変わらず凶器はわからず、ただそれはキレイな切断跡だったり、叩き潰されたような跡だったり、ねじ切られたような跡だったりを残している。


──……わからねぇな…もしも何かしらの方法を使ったとして、こんだけ派手にやったら返り血だってつくはずだ。にも関わらず…後ろも前にも壁、屋上にも足跡無し。オマケに周りの建物の窓は人間が入れないほど小さい。


 いったい何がここで起きたのかはわからない。だがそれが、政宗が思いもしないような、そんなことが起きたのだろう。何故、どうしてこんなことが起こるのだろう。


「やってらんねぇな、本当に」


 そう呟いて、辺りを再度見渡す。この近くに人はいない。ならば今のうちに、とKEEP_OUTのテープを取り出して、事件現場付近にそれを張って一般人が入れないようにする。



 一方、氏郷は本部へ帰ってきた頃だ。鑑識班と清掃班に話をして、さぁ政宗の所へ行こうとしたところで呼び止められる。


「ん? なんだ、忠興か」

「なんだ、じゃないぞ氏郷。最近顔を出さないから心配していたんだぞ」


 氏郷の親友である鑑識班の忠興だ。

 忠興に心配した、と言われ氏郷はそう言われてみればここ最近は、忠興やもう1人の親友高山と会っていなかったと気付く。どんなに忙しくても、毎日様子を見る間柄の3人は署内でも有名なトリオだ。


「すまない。鑑識班まで行ったのだから、忠興にも声を掛ければ良かったな」

「まぁ、氏郷があんまりしない残業をしてるって噂聞いたんだ、忙しいのは知ってたさ。けど、なんか、こう…何日も音沙汰無しだとな……?」

「忠興、お前は本当に気が短いな」


 普段通り、何ら変わらない会話をする氏郷と忠興だが、いくらなんでも長くなってはいけないと、適当なところで会話を辞める。そして氏郷が1歩を踏みだそうとしたところで、また声が掛けられた。


「よぉ、忠三郎! 相変わらず、つまんねぇ面してんなぁ!」

「………」


 忠三郎、それは氏郷のもうひとつの呼び名だ。今はあまり呼ばれることが少なくなったが、未だにこの呼び方で口の悪い人間は奴しかいない。


「な、長可……」

「忠興もいたのかよ……まぁ、いい。それよりも忠三郎だ!」


 長可は氏郷の正面に立つ。


「忠三郎! この間の続きを忘れたわけじゃあないよな!?」

「お、おい…氏郷はまだ仕事が……」

「うるせぇ! 忠興は黙ってろ!」


 氏郷は溜息を吐くのをなんとか堪え、長可の質問に答える。


「……この間の続き、というのはもしかして組み手のことか?」

「覚えてるじゃねぇか……」


 ニヤリと笑う長可は、氏郷に腰の刀ではなく背に背負っていた槍を向ける。


「今回は武器ありでいこうぜ? 何せ、この間はこの愛槍ナシでの戦いだったからなぁ…テンションが上がらなくて……」

「ヤダ」

「………は? え? 今、ヤダって……?」

「ヤダ。

 私にはまだ仕事が残っている。しかも、ついさっきまた死体を発見したところだ。あそこに政宗だけ、というのは心配だから、早く行きたいんだ」


 だいたい、氏郷に決闘を挑めば彼は断ることは無い。何故なら長可は署内でも随一と呼び声の高い槍の担い手であるため、氏郷にとっても損のない戦いとなるからだ。普段ならば断る理由なんてない。が、今回は流石に困る。一方、断られたことのなかった長可は、固まっていた。その隙に、と氏郷は忠興に一言声を掛けると、そのまま足早にその場を去っていった。


「あ!? お前、待ちやがれ! 三郎ー!!」

「……誰が鈍三郎だ…」


 長可の怒鳴り声が聞こえてきたが、忠興が何とかしてくれることを信じ、氏郷は全速力で政宗が待つ路地裏に帰って行った。


「クソがっ!! そういうところが鈍感なんだよ!!」

「長可、流石に今回は間が悪い。息抜きをさせてやるなら、今回の事件が片付いてからにしてやってくれ」

「…………チッ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る