今日


 どんなに長く感じる夜でも、必ず朝がやってくる。

 そんなありきたりな言葉が良く似合う朝だ。


 ラトウィッジは夜が苦手だった。ある日から1人で眠ることが苦手になった。そんな日は朝までずっと起きて、明るくなった頃にやっと安心して寝ていた。しかし、そんな自分が元のように眠れるようになったのは、あの幼馴染達のおかげだ。彼らがいなければ、自分は今頃……。




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「いや、だーかーらー………ちょっと仕事してくるだけだっってんでろ!?」

「そんなこと言って! 本当は出ていくつもりなんでしょ!?」


 仕事と僕どっちが大事なの!?と、デカい図体で子供のようにラトウィッジに抱きつくヴァシーリーを引き離そうと、ラトウィッジは力を込める。が、悲しいかな第5位ではあるが、組織のボスに本気で抵抗することができないラトウィッジは、ヴァシーリーを引き離すことができない。


「ラトー! お願いだから行かないでよー!」

「なんっで、今日に限って、甘えたモードなんだよ、お前はっ!?」


 ズルズルとヴァシーリーを引きずりながら、ラトウィッジは玄関へとゆっくり歩を進める。もう少しで玄関だ、という所でラトウィッジは金髪の青年と目が合った。


「あ、チィーっす」

「"チィーっす"じゃねぇよ。助けろコノヤロウ」


 島でも数台しかないと言われているパーソナルコンピュータ略してパコソンを所持している彼はロビン。

 ロビンは組織のクラッカーだ。元は組織にクラッキングを仕掛けてきた青年だったが、いつも間にか何の前触れもなく組織の目の前に現れたかと思うと、あれよあれよという間に組織の一員となった。ロビン曰く、ラトウィッジに誘われたから、と言われたが当のラトウィッジには何のことだかサッパリである。


「最近ですね、本土にあるパソコンの部品がですね」

「わかったから! 取り寄せてやるから助けろ!」

「やだぁ!! 今日はほんっっとうに行かないでよー!!」

「うるせぇ! 22だろお前、子供ガキか!!」


 何とかロビンの力を借りて、ヴァシーリーを引き離すことに成功したラトウィッジは大きな溜息を吐く。

 昔からこの男はこうなのだ。普段は笑顔が印象的な男だが、時に冷酷になり、時に誰かを求める子供になる。アンバランスだ。それも彼が幼少の頃に経験したことがきっかけなのだが……。


「まだ、俺を信用できねぇのか?」

「………ごめん。だけどね…怖くて、朝起きたら、また君がいなくなってるんじゃないかって……また、あの人・・・に連れて行かれたんじゃないかって……怖くて、怖くて……ラト、お願いだから、1人にしないで……っ!」


 時々こうなる。また悪夢でも見たのか、それとも古株の爺共にまた何か吹き込まれたのか……若くして組織のボスになったヴァシーリーは、情緒が不安定だ。そんな時は、下手に刺激しないほうがいい。ヴァシーリーの流している涙を拭いてやりながら、ラトウィッジはできるだけ優しく声を掛ける。


「俺はここにいる。外へ行っても、帰ってくる」

「でも……ラト…」

「昔とは違うんだ。いざとなったら、お前は組織を動かせる」

「ラト……」

「大丈夫だから。大丈夫だヴァシリョーク、俺がいるから」

「………うん」


 ラトウィッジが抱きしめると安心したのか、ヴァシーリーは素直に返事をする。


「っつーか、なに撮ってんだクソクラッカー」

「いやー、使命感?」


 カメラをこちらに向けて2人を撮るロビンを見たラトウィッジは、ヴァシーリーから離れるとロビンの頭を軽く叩く。(軽くと言ってもなかなかに痛い)その様子を見て、ヴァシーリーはやっと笑った。ラトウィッジとロビンはそんなヴァシーリーをぽかんと見つめる。


「ごめんね、ラト。嫌な夢見ちゃって」

「ったく、お前は本当にいつもわけわかんねぇ……」


 気分の浮き沈みが激しいと言うか。だからこそのヴァシーリーなのだが、些か心臓に悪い。おそらく、ラトウィッジがこの場を無視して仕事へ行っていれば、ロビンはただでは済まなかっただろう。癇癪持ちで、我慢が苦手な我らがボスは、いつどこで人に危害を加えるかわからない。それでもこの男について行きたいと思ってしまうのは……きっとそれが彼の魅力なのだろう。


「ロビンも、ごめんね」

「別にいいっすよー。いつものことですし」




────────────




【第1区 第1棟・ホール前】



「──そんなわけで、行ってきまーす」

「おー!」


 長身の青年、それに比例するかのように小さな少年、そして動く肉塊の3人(?)は非常に目立つ。それでも周りから困惑が起きないのも、今がまだ早朝5時前だからである。今日、この日のために霧は早めに就寝し、雨は家中の目覚ましをかき集め、カイくんは何をしていたか謎だが、カイくんが床を散らかしたおかげで、雨が探していた乾電池が見つかった。そして、準備万端な3人は、いざカイくんの同種探しへと繰り出したのである!


「カイくんはランドセルの中に入っててねー」


 霧に声を掛けられたカイくんは、スルスルとランドセルの中に入っていった。その姿はパッと見ではタコのように見えるが、間近で見るととんでもなくグロテスクな肉塊だ。しかしそんな肉塊を、雨と霧はまるで犬猫のペットを見るかのような眼差しを向けていた。


「よーし、行くかぁ」

「うん!」


 カイくん入のランドセルを背負い霧は拳を高く突き上げ、雨は霧が突き上げた手とは反対の手を握り、ホールを出た。傍から見ればとても微笑ましい光景ではあるが、騙されるな、ランドセルの中はギチギチになった肉塊だ。


「とりあえず、第1区の路地裏で探すかなぁ」

「雨兄と一緒なら安心だね」


 2人が路地裏へ入ろうとした瞬間、雨と霧は視線を感じた。そちらに目を向けると…子猫の前にミルクの入った皿を置いた青年がいた。


「あ、野分」

「雨……」


 こちらを凝視していたのは、同級生で同じ養護施設に住む野分だった。学校でもよく一緒につるんでいる友人だ。そのため彼が動物好きであることは雨は知っているのだが、野分の表情を見るに、この子猫との戯れを知られたくなかったようだ。


「……お前、なんでこんな時間に?」

「え、あー……散歩?」


 お互いに気まずい空気が流れた。


「雨兄、早く行こう!」

「あー、うんうん。わかってるって」


 霧に急かされ、雨は野分と別れて路地裏へ入ろうとするが、野分は雨を引き止める。


「どうかしたのか?」

「いや……このことは、その」

「あー、うん。言わないよ」


 そもそも友人全員が勘づいていることなのだが、それを言うと面倒くさいことになりそうなので、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。しかし、早く路地裏に入るのはいいのだが、これを野分にはあまり見られたくない。小学生を路地裏に入れるということは、それほど咎められる行為でもある。


「……俺もお前達がしようとしていることは言わん」

「え、本当に?」


 そっぽをむいてそう言う野分は、相変わらず子猫を抱いたままだ。どうやら本気のようである。


「ありがと、またなんか奢るわ」

「……早く行け」


 野分は子猫を地面に降ろし、第1棟へ戻っていった。野分なりに、こちらへ配慮をしてくれているのだろう。そういえば、野分の受け持ちの子供の名前は何だっただろうか……。


「まぁ、いいか」


 今回の件について、野分は全く関係がない。ならば雨は自分のするべきことに集中しなければ。


「雨兄! カイくんがランドセルから出ないように、見ててね!」

「んー、わかった」


 外の様子が気になるのか、カイくんはランドセルの中でゴソゴソと動き回っているようだ。




────────────




「クロエ!」

「先輩、おはようございます!」


 昨日の晩にクロエに連絡をしていたアンリは、アーネストと共にクロエと待ち合わせをしていた。アンリに呼ばれたクロエは、嬉しそうに笑う。


「アーネストさんも、おはようございます」

「うん、おはよ」


 クロエの挨拶にアーネストも答える。

 今日こうやって会っているが、クロエはこの後に用事がある。手短に要件を伝えなくては、とアンリはアーネストに視線を送る。気後れをしてしまったからだろうか、とても不安になる。誰かに何かを伝える時、それが悪いことであれば一層喉から声が出てこない。しかし、アーネストの安心させてくれる微笑みを見て、アンリは決心し頷いた。


「クロエ、実は……」


 全てを話した。自分がエドゥアールであることはどうしても伝えられなかったが、それ以外の、クロエに関係することは全て。それを聞いたクロエは、酷く動揺していたように思える。


「そう、なんですか? でも、じゃあ誰が……?」

「それは……僕にもわからない。でも、安心してほしい、犯人は僕が絶対に見つけてみせるから!」


 無責任なセリフに聞こえるだろう、けれど今アンリが言えることはこのくらいしかない。しかし、クロエはそんなアンリに礼を言う。


「私、先輩にこんなに良くしてもらって……あの、私もお父さんのために頑張ります!」

「クロエ……うん、頑張ろう!」


 2人はお互いに手を取り合う。それを見るアーネストはいつもよりも静かだ。ただ、じっとクロエを見つめているだけだ。


「アーニー?」

「……えーと、クロエ?」

「え? はい、なんですか?」

「キミ……何か隠し事している・・・・・・・だろう」


 ちょっと!とアーネストの口を塞ごとうするアンリだったが、それをサッと避けられる。クロエは戸惑ったような表情を見せる。


「いや……何でもないよ。忘れて」


 溜息を吐くと、アーネストは2人に背を向けて、その場を離れる。


「あ、ちょっとアーニー!? ごめん、クロエ。また後で!」

「先輩!?」


 アンリはアーネストの後ろを追いかけ、名前を呼ぶ。アーネストの口に加えられている煙草の煙が揺れる。それを目で追いながら、アーネストはポツリと呟いた。


「多分、今夜で最後かな?」

「え?」


 それはどういう意味なのか…それを問おうとしたが、すぐにアーネストの笑みがアンリの目に映る。


「大丈夫。ハリーなら、きっとできる・・・

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