向かうのは

「生きてますか? 正信さん?」

「死んでる」


 警察署本部にて、正信は書類整理に勤しんでいた。しかし、彼の仕事の量は並ではない。周りの警察達の並のレベルが高いが、正信はその比の仕事量を遥かに上回っていた。

 嫌がらせ、と言うやつなのだろうかと初めは考えたことがある。松永の部下になった頃は、予想以上の仕事量に目眩を覚えたほどだ。が、単純にこの部署が人手不足なんだろう。この部署というか、もう警察署自体が人手不足だ。新しい時代へ移行するたびに、人死は多く出た。このお陰で正信が知る中で、幼い頃から知っている人物は半数よりも少なっくなった。自分はたまたま・・・・運が良くて助かっているのだ。

 だが、それもこれも松永のお陰であることを思い出すと腸が煮えくり返る。自分はボチボチなところで仕事して、ボチボチなポジションについて、ボチボチな死を迎えるはずだった。だったのに!!


「クソがっ」

「正信さん、目の下真っ黒ですよ」

「オマエモナー」


 ちなみに今日で5徹目である。

 正信の所属している部署は、簡単に言ってしまえばこの警察署の情報を処理、整理し、適切な部署に仕事を分配。更に言ってしまえば、事件の下調べetc.....つまり上げるとキリがない。しかしこの部署の長である松永はその倍の仕事をしていると聞く。

 ──が正信はそんなこと知ったこっちゃない。相手が何者であろうが気に食わない相手であることに代わりはない。というかなんで彼に目を付けられたのかがわからない。割と毎日死と隣合わせの生活だ。


「あぁっ! くそっ折れた……」

「俺のボールペン使います?」

「助かる」


 思わず力を入れてしまったため、正信のボールペンは粉々に砕ける。部下から新しいボールペンを受け取ると、正信はまたブツブツと文句を言いながら書類と向き合う。なんだかんだ言いつつ、こうしてやることをしっかりこなす正信は、根がとんでもなく真面目なのだろう。


「まだ、まだいける。この間は11徹したんだ、いけるいける…ふふっなんだ、5徹なんてまだまだ序の口じゃないか。むしろこのテンションでやらないと終わらない気がする。ここで手を止めたらダメだ、ここで手を止めたらダメだ。ここで手を止めたらなんか、こう、取り返しのつかないことが起こる気がする」


 真面目過ぎて自分を追い詰めるタイプではあるが、まあ大丈夫だろう。本当にダメな時は口すら開かなくなるから、ああやって自己暗示を掛けることができるなら、正信にはまだ余裕があるはずだ。


「よーし、これをこうして……よしよし、このペースなら今日で終わる。みんなー頑張れよー」

「やっと、やっと終わりが見えてきた」

「休暇って都市伝説だと思ってたけど、あったんですね」

「都市伝説なのはこの島だよ」

「俺、帰ったら1日ぐっすり寝るんだ」

「ベッドで寝られる」

「机とソファで寝るのはもう嫌…」

「まともなご飯が食べられる」

「10秒メシはもうしばらく見たくないです」


 彼らは戦う、それは島の平和と自分達の休暇日常のために───!!

 

「正信さん! 新たな情報が……って、え?」


 正信達の時は一瞬止まり、悲報を持ってやってきた他部署の新人を囲む。

 こうして始まった"KAGOME_TIME"は、後に伝説になったとか…ならなかったとか。




「えー、今回届いたのは、件の"エドゥアール"の情報です」


 新人を帰らせた正信達は机に突っ伏しそうになりながら報告を聞く。

 帰れる、そう思っていたのに、また面倒な案件が届いた。というかこれはもうこの事件を担当している氏郷・政宗に直接回した方がいいんじゃないだろうか。


「皆さん、自分もそう思うんで、自分を責めるような視線を向けないでください」

「で? 何かあったか?」


 それが……と、何故か言い淀む部下に痺れを切らせた正信は、彼から資料を奪い取る。そこには……。


「…………は?」




────────────




【第6区 『Calme』】



「私のヘルメットぉぉお!!!」


 ヒツジの見事なスライディングにいくら心臓に毛が生えているジョン・ドゥでも若干引いた。


 そろそろ試食会もお開きにしようとなった頃、ジョン・ドゥは片付けには役に立たないと、茶房達の手伝いをする灯台守を待つために『Calme』の玄関の前に座り込んでいた。と、そこに現れたのは、何やら辺りを見渡すヒツジと道先案内人だった。その様子を見て何かを察したジョン・ドゥは、ずっと持っていたヘルメットをヒツジに差し出した。初めは怯えられていたジョン・ドゥだったが、ヘルメットを見た瞬間、ヒツジの目の色が変わった。


「良かったぁ…良かったぁ……!」

「ヒツジさん、良かったですね!」

「本当に無くなったらどうしようかと……」


 ヘルメット如きでこんな風になるヒツジに少し呆れるが、もしこれが自分で灯台守に貰ったものを無くして、それが見つかったのだと考えれば……なるほど。


「よっぽど大事みてェだな」

「はい! これは入局した時のお祝いなんです!」


 お祝いヘルメットを大事そうに抱え、ジョン・ドゥに笑いかけるヒツジはそう言うと、急いでヘルメットを頭に装着させる。


「で、なんで灯台に飛んできたんだ?」

「そ、それが私にも……ただ、逃げている時に衝撃が……走ったような走っていないような…」

「曖昧だな」


 というのも、ヒツジが星持ちとしての力を制御できるようになり、そのお陰か痛みにはだいぶ耐性がついた。しかしそれは痛みに鈍感になったと言っていい。


「本当にいつの間に……」




──まずい。


 猿の面を被った少女は建物の影に隠れる。少女の名は言猿イワザル

 まずい、というのもヒツジのヘルメットを盗ったのはこの言猿だったからだ。何故盗ったかと言うと、それこそ偶然だった。彼女は新聞社の社員で、いつものようにスクープを探して島地団地島を跳び回っていた。そんな時、言猿の眼前にピエロのような男が飛んできたのだ。この男、お察しの通りアーネストに打たれたジャッジマンである。避けようと考えた言猿だったが、自分の後に鳥の巣があることに気が付き、咄嗟にすぐ下を通っていたヒツジのヘルメットを盗って思い切りジャッジマンに向かって投げた、というわけである。


──バレたら死んでしまうかもしれないっ!


 あのヘルメットを投げたせいで、ジャッジマンの軌道は変わった。本来ならば灯台のすぐ側にある海に落ちるはずだっただろうジャッジマンは、見事灯台にぶつかった。あ、と言った時にはもう遅かった。とりあえず最近住み始めたという灯台守に謝ろうと、灯台を覗いたのだが……。


──ジョン・ドゥがいるなんて、聞いてない! 聞猿キカザルでもあるまいし……。


 いつも「聞いていない」と言って言い逃れをしようとする(もしくは本当に聞いていなかったのかは定かでない)聞猿を思い出して頭を抱える。


──社長、ごめんなさい。私は恩返しができず、死んでしまうかもしれません。そうなった時は…私のお墓には毎日団子を備えてください!


 と、そこで話し声が聞こえてきたことに言猿は気が付いた。言猿が見たのは……第7区からやって来る男2人の声だった。スクープの香りを感じた言猿は、そろそろとそちらへ移動した。




────────────




【第7区 警察署本部】



「エドゥアールの正体がわかったそうだ」

「はぁ!?」


 自分達が必死になって探していたエドゥアールの正体が、こんなにあっさりと出てくるとは思わなかった政宗は、吃驚してポカンと口を開ける。


「どうした、間抜け顔がいつもよりも間抜けになっているぞ?」

「ほっとけや。

 ──で?」


 政宗は眉間に皺を寄せながら続きを急かす。氏郷は正信から受け取った資料を政宗に突き出す。それを見た政宗の眉間から皺が消え、代わりに目が大きく見開かれる。


「こいつぁ……」

「私も初めは驚いたさ。しかし、やることに変わりはあるまい」

「…………できんのか?」

「やるしかない」


 氏郷の目は本気であることが窺える。だが、この資料に書かれていることが本当ならば、政宗だけでなく氏郷にとっても心苦しい結果になるはずだ。


「……私達の仕事は島の治安を守ることだ。それを忘れるわけにはいかない」

「そうかもしれねぇけどなぁ…」


 政宗は溜息を吐く。

 これはいつものパターンだ。氏郷は真面目な奴だ。与えられた仕事を、誰よりも何よりも優先させるし、それによって人々に認められてきた男だ。そういう考えになるのは仕方が無いのかもしれない。

 そういうところがつくづく気に食わない。昔からそうだ。普段はかなり頭の柔らかい思想を持っているというのに、こういうところで途端に頭が固くなる。規則・規律だのなんだのを、何故過剰にも守ろうとするか、それが政宗にはわからなかった。


 それもそのはずだ。何故ならば氏郷は元々第4区で活動していたはぐれ者…そして第4位だったからだ。警察となった氏郷は、自分の出自を気にするようになった。だからこそ、誰からも馬鹿にされないように、意識をして警察の中でも優等生であろうと努力をしてきた。それのまず初め、基礎となった部分が規則・規律だった。氏郷・・という男は、それによってできている。


「ちなみに動くのは明日の朝から。今日は明日に備え英気を養え、とのことだ」

「わかったよ」


 明日は確か満月だったはすだ。政宗は氏郷の言葉に返しながら、そんなことを考えていた。




 警察署本部から帰宅した政宗は、突然の鮭臭に鼻を抑える。

 そして急いでベランダへ足を踏み入れ、隣のベランダを覗いた。


「やっぱりてめぇか!!?」


 そこに居たのは大量の鮭を七輪で焼く、伯父の義光だった。


「やぁ政宗、元気?」

「お陰様で! ってか、俺の部屋に向かって扇ぐんじゃねえよ!」


 煙が目にしみる政宗は、反射的にそれを避けようとするが、相手は煙、そんなことは不可能に近い。


「政宗もどうだい?」


 義光は政宗の悲鳴を聞いて大笑いすると、焼いていた鮭を皿の上に乗せ、政宗に差し出した。義光が買う鮭は美味い。それをこの第7棟の人々は知っているため、どんなに匂いがしても何も言わないことが常だ。義光が鮭を焼く日は、決まって近隣の部屋に鮭を配って回るので、むしろ義光に焼かせないようにすれば、美味い鮭にはありつけないのだ。

 しぶしぶ美味しそうに焼けた鮭が乗った皿を受け取ると、今度は箸まで渡してきた。つまり、ベランダここで食べろということなのだろう。


「何かあったのかい?」

「別に、仕事にカタが付きそうってだけだよ」


 仕事……あのこと・・・・を思い出した政宗は、顔を少し俯かせる。


「なるほどねぇ……まあ、君が思うようにやればいいんじゃないかな?」

「よく言う……」


 鮭はとても美味しかった。

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