教え
警察署に戻る利家の背中を見送りながら、氏郷は俯く。自分が使用としていたことについて、何も間違ったことはしていない。そう考えていることは、おかしいのだろうかと。しかし、彼らが
島地団地島の島民は
だからと言って、容赦するつもりは一切無いのだが。自分自身の正義、それに反するものは彼にとっての敵なのである。
「ああ、そうだ氏郷君」
「はい、何でしょう……」
反省する気など全く無い氏郷に気が付いたのだろうか。しかし、利家が氏郷に向ける顔は笑顔だ。
「政宗君が探していたよ、署長もね。君には、皆期待してる」
「………! あ、ありがとうございます!」
期待されている。
それだけで、氏郷のやる気は天井知らずとなる。昔からそうだ。短いやり取りではあったが、利家がそう言ってくれるのだから、氏郷は余計に心が踊った。
「さて、署に戻る間に少し話をしておこう」
「何かあったのですか?」
「……署にある届け物がきたんだ」
────────────
「さて、これからキミは僕の生徒になるわけなんだけど」
第6区を歩くアーネストは、後ろを付いてくるアンリに声をかける。というのも、流石に今からゆっくり話をする…ということが少し無茶な状況になってきているからだ。その状況を作ってしまったのは自分だが、しかしそれはこの少年の成長に必要なことである。心を鬼にしなければ、という心持ちはアーネストには一切ない。ただ、アーネストがアンリに提供したい
──
アーネストはヒツジに頼んでいた届け物について思い出す。知っていたからこそ出すことができた届け物は、すぐに警察署を動かすだろう。まぁ、その届け物は普通の紙でできたただの手紙なのだが、大事なのはその中身だ。あの手紙には爆弾を仕掛けてある。といっても、その被害者となるのは恐らく自分達だけだが……。
「あの、僕は何をすればいいんですか?」
「そだねー。とりあえず、クロエを呼ぼうか」
「クロエを、ですか?」
「約束事があるんだろ?」
アンリはアーネストが本当に何でも知っていることをまざまざと実感させられた。そう、この状況になっても1番気に掛かっていたことはクロエのことだ。殺人鬼は捕まった。しかし、クロエのことは1人にしておけない、そう感じている。
「残念だけど、クロエの父親は殺人鬼の被害者ではない」
「え?」
アンリの心の中を読んだかのか、アーネストがそう言った。
「……………え、まさか…
「それはない」
たっぷり時間を掛けたあと、アンリは嫌な予想を立てる。が、それはすぐに否定される。あまりの即答ぶりに目が点になる、それと同時にアンリは安堵した。アーネストは狼狽えたアンリを見て、いつもようにカラカラと笑う。
「まぁ、そう思うのも仕方がない。
この事件、実は2つの事件が重なってできたわけじゃあないんだ……第1区では犯人が全く違う事件が、
4つの事件が同時期に起き、その1つひとつがバラバラの事件内容であるにも関わず、どれも同一犯の仕業だと勘違いされていた。その結果、事件解決までに時間が掛かり今に至るそうだ。
「第1区で初めに起きたのは…誘拐事件だね」
「誘拐事件?」
「ハリーは初耳だったかい?」
いくら治安の悪い島だからといって、比較的平和である第1区でそんな事件が起きていただなんて。全く知らなかったアンリは、そのことについてアーネストに尋ねる。何故、そのことを多くの島民が知らないのかを。
「うーん……そうだね。まず、被害者はマフィア達や、はぐれ者が多かったってことかな? 彼らが失踪してしまうことなんて、よくあることだし。もし新聞に載っていたとしても、誰も気にもとめないさ」
確かに。アンリもきっと気にも止めないだろう。それだけ当たり障りのない内容だった。しかし、その関係者の間ではそうでは無かったようだが……。
「詳しいんですね」
「みんなが皆して僕に情報を求めてくるんだよ。全く、僕は情報屋でも探偵でもないってのにさ」
アーネストはオーバー気味にやれやれと首を振ると、第6区を抜けることを示す看板下で止まる。この先は第5区だ。郵便局のお膝下で、島の主な連絡手段である手紙を運ぶ、島で1番信頼されている区域。
「僕は、ほら…知っているだけであって、誰かに手を貸さないとだとか、そういった感情はほぼ無いんだよね」
「でも…僕には手を差し伸べてくれたじゃないですか」
「それはキミが僕の生徒であり、生きる選択だったからだ」
近くで虫の声が聞こえてくる。今日は随分と静かな夜だ。アーネストの言葉に何と答えればいいのかアンリは戸惑い沈黙した、その静けさを更に増すことになったが、それを壊したのはやはりアーネストだ。
「僕がその
アーネストの声は、まるで包み込むような錯覚に陥る。なるほど、父親とはこんな風なのだろう。この人なら、この人だからこそ何とかなるのだと、アンリはそう感じた。だからアーネストの言葉に通りに、安心することができた。
「その、僕もこの選択が最良かどうかなんてわからない。でも、絶対に後悔はしないと思うんです。貴方だからこそ、僕は……!」
「まぁ、そんなに興奮しなくてもいいんじゃないかな?
つまりは、
自分の存在を確かにする?それはいったいどういうことだろう。自分の存在は確かだ。そうだとアンリは言える。しかし、アーネストはそうではないと言っている。
「簡単に言うと、だ。キミのもう1つの人格、エドゥアール……エディはちょっと特殊でね」
「特殊?」
「
だからエドゥアールは破壊を好むし、そこに罪悪感はない。アーネストは影付きについてこう言った。影付きは、影の部分に人間として必要な人格を、
「エディは人格のうち、道徳性が少し欠けている。元々影は破壊行動を取るから、それで良かったのかもしれないけれど」
「駄目ですよ! そんなこと……僕は…」
「わかってるよ。キミは許すことなんてできないだろう。しかも、それはキミが起こしているようなものだしね」
アーネストはやはり笑う。何がそんなに面白いのだろうか。しかし彼ならば仕方がないと、そういう気分になってしまうのは、もうこの男のことを信頼しきってるからなのだろうか。
──…………ん? ちょっと待てよ?
「アーニー、あんたいつの間にエドゥアールのこと愛称で呼ぶようになったんですか?」
「えー? 春先辺りじゃなかったけ?」
アンリはただただ驚いて口をぽかんと開けることしかできなかった。その開いた口からは声すら出ない。
春先…まさかそんな前からアーネストとエドゥアールが出会っていただなんて。エドゥアールに嫉妬すればいいのか、わかっているなら、あんなにまどろっこしいことをしなくても良かったのにという、アーネストに対する怒りで頭がごちゃごちゃになってくる。
「さて、話が逸れてしまったけれど、戻そうか。
僕は嘘をつかない、絶対にね。それは他の人にも強要してしまう。特に自分の生徒にはね。約束事を守らないのも、僕にとっては嘘だ。だから、キミにはキチンとクロエにことを説明して、クロエの父親の件について真実を解明して欲しいと考えている」
それが、約束をしたクロエに対してできる最後の行動である。
アンリは深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。クロエは大切な後輩だ。知り合ってまだ間もないが、こんな自分のことを慕ってくれる存在がいることが、クロエへの気持ちになっていく。
「………やります。僕は、クロエや、第1区の事件を解明してみせます。きっと、それが僕の
アンリは堂々と応えた。きっと、そうすることがアーネストへの恩返しとなると信じて。
しかし、そのアーネストはアンリに向ける視線が、慈愛のようなものから…だんだんと変わってきている。何かはきっとアーネスト自身にしかわからないだろう。だが、もしアーネストとの付き合いが長い人物が見ればこう言うはずだ。──「あれは人を憐れんでいる時の目である」と……。
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