カンザキ
──行ったか……。
泉は聴覚を強化して、道先案内人とヒツジがもうだいぶ遠ざかったことを確認する。それは風紀委員達も聞いているだろう。時間が経てばあちらにまた人が集まる。であるならば、今回は短時間で決着を付け、
「で? お前達はどうする気だ?」
「………」
「もう戦う気満々って面してんなぁ……」
誰も何も言わない。が、それでも彼らがこちらに敵意を向けているのはよくわかる。しかし、それぞれがこちらと戦う気があるにも関わらず、一向に泉と戦闘を開始しようという意思がないようだ。なぜ?疑問に思った泉だったが、その意図にすぐ気が付いた。何者かが、こちらへ向かって来るのを泉は聞いた。風紀委員は、
「我らの作戦を阻害する輩は、放ってはおけんな」
「……おおっと、これは…
そう言った男子生徒は、真っ直ぐ泉に向かって歩く。彼は風紀委員の副委員長を務めているカンザキと呼ばれている生徒だ。おそらく風紀委員達が待っていたのはカンザキだ。
「泉…第7位の
「お? なんだ?
カンザキの泉に対する反応は、よく見るものだ。はぐれ者をただの貧民か何かのように見る目。その目は泉などのはぐれ者からすれば、自分達が努力して築いたものを否定し侮蔑されたのと同じ意味である。それだけで、その1度だけで、泉はカンザキを殺すことにする。
「鶴の旦那には、また叱られるんだろうなぁ……」
ボヤく泉だが、そこに反省の色は一切見られない。
何かのきっかけで人を1人殺してしまうことなんて、この島ではよく起こることだ。それについて泉はどうも思わないし、きっとカンザキも何とも感じていない。確かにそれは罪になる。だが、だからなんだと言うのか。
ひとつ深呼吸をしてみる。いくらか肩の力を抜いた方がいいだろう。これから相手をするのはあの島地高校の最大規模組織だ。
肩に担いだ金属バットを握りしめると、それを感じ取った風紀委員達も拳を構えて開戦を今か今かと待つ。泉は今から何十人もの人間を相手しなければならない。だからこそ、泉も
ザワザワと、耳に風が通って行く音が聞こえる。そこに、1つ、2つ…3つと雑音が多くなってきたのを、風紀委員達は感じた。おかしい。何が、という確信的なことまではわからない。しかし今までの経験が、彼らの勘が、訴えてくるのだ。
──何かが来る!
大きな大きな塊がこちらへやって来る。それを感知した時にはもう遅かった。
「アニキー! 俺達を置いてくなんて、水臭いいっすよー!」
「やぁっと来たか!」
大きな塊、それはこの第6区に住むはぐれ者達だった。その数は風紀委員と比べても見劣りしないほどだ。第6区の路地裏、それをまとめあげていたのは、他ならぬ泉である。第2位であるジョン・ドゥも第6区を中心に活動していたが、彼には泉ほどの人望はなかった。泉だからこそできたのだ。
「さぁて、やるか…なぁ、カンザキ!」
「フンっ、後悔しても知らんぞ、泉…!」
彼らには誇りがある。それを互いに知ってはいるが、理解することは無い。だからこその戦いであると互いに感じている。止める気なんてないし、止まる気もない。
2人の攻防が始まると、その周りでも次々に始まっていく。止められる人間はおそらく限られている。如何せん数が多すぎる。
「全く…お前などに用はない!」
「……道先案内人は利用されねぇよ!」
いつだって、道先案内人は狙われる。異能力のおかげで殺されるようなことはないだろう。しかし、狙われることについて道先案内人はよく愚痴をこぼしている。それをよく知っている。だからカンザキのあの発言に、泉は腹を立てた。
──殺す! 今、ここで確実に仕留める!
カンザキのような輩には良い思い出は持っていない。それとカンザキがかぶって見えているせいか、泉はカンザキに対してそう思うことしかできていない。つまりは泉は冷静さを失っていた。
2人の戦いが、1つの塊の戦いが激化していく。無事で済むものはいないはずだ。それを覚悟で、ぶつかり合う……が、その時、2人は真上から誰かに取り押さえられた。呆然とする泉とカンザキは、すぐに状況を把握しようと目を彷徨わせる。そうして目に映ったのは、第6区のはぐれ者達、風紀委員達が地に伏せている姿だ。
「心配になって来てみれば……」
「な……っ!」
「あ、あなたは……っ」
泉とカンザキは自分達を無力化した人物の声を聞き、上を向く。
「つ、鶴の旦那!?」
「氏郷さん!?」
そこにいたのは、泉とつい先ほど別れたばかりの氏郷だった。泉とカンザキ…そしてその周りのはぐれ者と風紀委員を見て、氏郷は溜息を吐く。
「政宗も見つからないし、そう思っていたらここで何やら不穏な音が聞こえるし……まさか、お前達だったとはな……」
「お、おい、待ってくれ鶴の旦那!」
泉が事の顛末を説明しようと口を開く。が、それを許すつもりのない氏郷は刀を泉の目の前の地面に突き刺した。じわりと、鼻筋が濡れる感覚が泉に、今自分は出血をしたということを伝えた。
「言い訳は要らない。お前達は、島の治安を乱し、そして私に見つかった……ならば、
やばいことになった。泉とカンザキは顔を歪める。警察達に順位は無いが、選りすぐりの人間が所属している。その人物に取り押さえられ、刀を向けられている。いくら知り合いである泉であろうと、氏郷は
氏郷の赤い髪が風で揺れる。青い目が2人の首を捉える。ここまでだ。この男に目をつけられたら、逃げるのは困難だ。その時が来るのを、泉とカンザキは目を瞑り今か今かと待つ。
「氏郷君、そこまでだ」
「……っ!? な、利家…さん!」
振り下ろした氏郷の刀は、何者かによって止められた。声を聞き、後ろを振り向いた氏郷の目は、驚愕で見開かれる。
優しそうな笑みを浮かべるのは、氏郷の元上司であった利家だ。利家は氏郷が刀を振り上げた腕を掴んでいた。
「何故ここに?」
「署長が氏郷君を呼んでいたよ。だから探しに来たんだけど……」
その笑みの理由を氏郷は理解した。状況について説明しろと言われているのだろう。
「……この者達がこの場で治安を乱そうとしていたので、ならばいっそこの場で、と……」
「うん、そうだね。でも、彼達は未来ある若者だ。ここで断罪してしまうのはもったいない」
「………すみません、でした」
氏郷がそう素直に謝ると、利家は手を離して次は気を付けようね、と声を掛ける。
「氏郷は真面目だからね。次から気を付ければいいさ」
「はい」
──しかし…この数をあの短時間で制圧してしまうとは……流石、と言ったほうが良いのだろうか。
倒れていた泉とカンザキを起こす氏郷を見ながら、利家は先程のことを思い出す。
氏郷は、本当に一瞬でこの場を無力化してしまった。利家にもできないかと言われれば、そうではない。警察の中でも何人かはこういったことができる。だが氏郷はこれを奇襲して、やってのけたのだ。
「君達も、早くその殺気を収めなさい。このままでは、本当に捕まりかねないよ?」
利家にそう言われたはぐれ者達と風紀委員達は睨み合いながら、距離を取りそのままこの場を離れた。泉はおそらく、道先案内人を探しに行ったのだろう。
「……さて、俺達も帰ろうか」
「はい。利家さん、すみませんでした」
「大丈夫だよ。長可君よりは、だいぶマシだしね」
「いや、長可と比べられるのは……ちょっと」
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