爆走中


 道先案内人は車の類が嫌いだ。正確にはその類の乗り物が嫌いだった。

 というのも、彼がこの島に来てしまった理由が理由なのだが……とにかくだ、最近までは本当に嫌いだった。特にトラックなんてもってのほか。が、ある時からそれが少し変わってきた。


 そのキッカケが、夏にこの島地団地島にやってきた運び屋…現在名ヒツジである。彼女はこの島では珍しい、オートバイに跨る郵便局の配達員だ。タイムトリップしてしまい、この島に住むことになった彼女のことを、道先案内人は何度も案内してきた。初めは彼女のオートバイの後に乗ることを全力で拒否していた。が、彼女に丸め込まれた道先案内人はとうとうオートバイに乗った。最初こそ、降りる時は足腰が立たなくなってしまっていたのだが……回数を重なるたびに彼女が一緒にいると、不思議とそうでも無くなってきた。

 彼女と一緒にいる時限定で、道先案内人は苦手意識を克服できたのだ……………………が、これは駄目だ。本当に。いや。駄目だ。




「ヒツジさぁぁぁあん!? これは駄目ですってばぁぁあ!!!!」

「道先君、もうちょっと我慢してて!!」


 ヒツジの乗るオートバイは、男女共に持ち上げることが困難な大型のものだ。それと比例するかのようにスピードもかなり出る。それをスタントマンの如く乗りこなすヒツジは、いや、道先案内人は何者かに追われていた。



 時は数分前まで遡る───。

 道先案内人は親友である泉の所へ遊びに行っていた。泉は突然の訪問者を快く迎え入れ、道先案内人の愚痴を聞いていた。今回は主に、事件に巻き込んだアーネストだった。あの竜巻は、犯人に目星が付いたと言うと、道先案内人に報酬を渡してそのまま姿を消した。正直ホットしているところもあるが…もうちょっとこう、なんかあるだろう。

 別に期待なんてものはしていない。自分・・があの人にそれを向けるだけ無駄なのだ。だというのに、あの人に期待してしまうのは、彼という人間を知ってしまっているが故なのだろう。


 とにかく、ただ道先案内人は日常に戻れることに安堵して、親友の元に訪れただけだった。そうやって、日没まで泉と一緒にいた道先案内人は、少し泉と離れた。偶然、本当に偶然、道先案内人は路地裏に見えた人影に気を取られただけだった。その途端、道先案内人は泉と離れ離れになり、不運はさらに重なり、普段は第1区でしか活動していないはずの、島地高校風紀委員達に何故か追われることになってしまったのだった。ちきしょう俺が何をした、道先案内人は逃げながら叫んだ。しかし異能力者・・・・超能力者・・・・の身体能力の差はあまりにも大きい。もうダメだ、道先案内人が諦めかけた時救世主が現れた。それが、ヒツジだ。


 爆音響かせるオートバイは、第6区を爆走する。たまに道を歩くはぐれ者に驚かれるこのもしばしばだが、今の彼らにそれを気にする余裕はない。


「道先君、しっかり掴まっていて!」

「は、はい!」


 前が見えていない道先案内人は、道の前に何があるかわかっていなかった。ヒツジのオートバイはスピードを上げ、ヒツジの前に立ちはだかっていた用水路を飛び越える。それと同時に、またヒツジは路地裏に滑り込むようにして入っていく。


「ヒツジさん? なんか、とんでもなく無茶な運転覚えてません?」

「仕事が仕事だからね……」


 道先案内人が持つ、弱くて儚いイメージのヒツジがだんだん崩れていく。がそんな思いにふけることも、島地高校風紀委員達は許さない。彼らもすぐに用水路を飛び越える。その様子を見た道先案内人は、鞄の中に手を入れて地図本を取り出した。


「ヒツジさん、そこを右だ!」

「うん!」


 オートバイに乗りながら地図本を見るのは少々辛い作業だが、あの風紀委員達から逃れられるのであればどうでもいい。どうせ落としたって誰も読めないし、いつの間にかまた鞄の中に戻って来るのだから。本当に便利で面倒な異能を持ってしまった、と道先案内人は小さく溜息を吐いた。

 道先案内人の案内通りに進むヒツジだが、それでも風紀委員の何人かは振り切れていないと気が付く。やはりオートバイでは星持ちを振り切ることは容易ではないようだ。燃料も心配になってきた。もうダメかもしれない。後から聞こえる、風紀委員でなくどう考えても不良かなにかの怒鳴り声を聞きながら、ヒツジは諦めかける。道先案内人も同じ考えのようで、先程からヒツジを気遣う言葉が聞こえる。しかし、こんな少年を、あのよくわからない集団に引き渡して良いものか。道先案内人の話では風紀委員らしいが、そんな感じは一切していないし……。

 とにかく、ヒツジは諦めかけていたが諦めてはいない。まだ、まだ何か打開策があるはずだ、と…第6区の路地裏を掌握している泉をこうして探していた。もしこれで見つからなかったら諦めよう。道先案内人と一緒に捕まろう。もしかするとまたそこで何かしらの打開策を思いつくかもしれない。


 そこまで考えた時だった。上から何かが降ってきた・・・・・


「い!?」


 驚いたヒツジが思い切り横に避けると、その正体を見ることができた。


「道先、大丈夫か!?」

「泉君!?」

「お、お前のせいで大丈夫じゃ無くなりそうだったわ!!」


 島の大半が化け物じみた力を持っているというのに、それに激突でもされればこちらは一溜りもない。道先案内人は涙目になりながら訴えるが、泉は笑うだけだった。

 しかし、それでも泉は真剣だ。第1区の風紀委員といえば、島地高校の風紀委員を真っ先に思い浮かべる。そのくらい有名なのである。だが、泉はこれでも第7位だ。そう易々と負けはしない。それであるのに何故そんなにも警戒をしているかと言うと、風紀委員の特徴は数だからだ。圧倒的な数を誇る島地高校の風紀委員は、その数の暴力で生徒会を打倒したこともあると聞く。ならばこそ、こちらもそれなりの対抗・・をしなければならないだろう。


「道先、ヒツジさん、早く逃げろ。風紀委員の目的は知らねぇけど、きっとろくなことじゃない」


 その言葉に、道先案内人は戸惑い、ヒツジは頷いた。泉の言葉に従ってオートバイを走らせるヒツジと道先案内人の後ろを見て、泉はホッと息を吐いた。そして前を向く。


「よう、風紀委員。第1区の警察気取りが、第6区の路地裏に何のようだ?」

「それをお前に言うつもりは毛頭ない」

「そうかよ。なら、俺は今から警告するぜ。お前達は、負ける・・・ってな」


 泉がそう言っている間にも、風紀委員達の数は増えている。それを見ても、泉は余裕そうに笑い、金属バットを肩に担ぐようにして持つ。何を馬鹿なことを、風紀委員達は泉の余裕を見て嘲笑する。


「お前のようなはぐれ者、我々の手に掛かれば負けるはずがないだろう?」

「この数の差を見たらそう思うよな。

 まぁ、来いよ。のしてやるからよぉ!!」


 その様子を振り返りながら見ていた道先案内人は、風紀委員の数を見て不安になる。


「ヒツジさん! 泉が!」

「道先君、私達がいたところで、ただの足でまといだよ……」


 でも、と言葉を続けようとするが、しかしヒツジの言う通りだ。道先案内人は口を閉ざした。悔しい、と何度も思ってきたことだった。いつだって道先案内人は泉や助手に守られてばかりいる。仕方がない、と言われてしまえばそれまでなのだが、どこかで諦められない自分がいる。


「ヒツジさん…俺、泉や助手のために、何かできないかな……?」

「…道先君……大丈夫、君には君にできないことがあるはずだから……今は泉君を信じよう」

「………うん」


 悔しいからこそ、泉を信じるべきである。自分にしかできないことを探すべきである。道先案内人は涙をぐっと堪えて、前を向いた。

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