試食会

「うッまァ!!」


 そう言いながら茶房の料理に、ジョン・ドゥがかぶりつく。その隣では灯台守が少し呆れたように笑っていた。彼女達は今日、やっとのことで直した灯台が散々なことになったことにショックを受けていたが、呼ばれていた茶房の手作り料理の試食会に参加していた。ちなみに、灯台は今、突っ込んできたピエロ・・・を縛って(気休めではあるが)見張りをさせてある。そのピエロも、ジョン・ドゥから逃げればどんな目にあうかわかっているようで、顔を真っ青にさせながら頷いてそれを了承していたので、きっと最後までその役目を全うするだろう。


「茶房さん」

「ん? どうかしたか、灯台守?」


 茶房の知り合いばかりがあつまる試食会に参加させてもらったことを感謝しつつ、灯台守は料理を堪能しているジョン・ドゥに気づかれないように茶房に話し掛ける。


「あの、また今度料理を教えてくれませんか?」

「え? でも、灯台守って料理得意でしょ?」

「そうですけど……ジョン・ドゥを見ていると、私もまだ精進しないとなぁ…って」


 バイキング式で並べられている料理を食べていくジョン・ドゥを見て、そしてこの自分自身で食べてみて、灯台守はもっと料理が得意になりたいと感じた。茶房の料理を食べるジョン・ドゥは、自分が作った時よりも何だか良い顔をしていると思う。そう伝えると、茶房はそれはどうかな?と微笑む。その意味がわからない灯台守は、ただ目をパチクリと瞬くだけだった。恐らくではあるが、ジョン・ドゥは茶房の料理か灯台守の料理かと問われると、即答で灯台守と答えるはずだ。間違いない。ただそれを知らない灯台守は不安になっているのかもしれない。灯台守は無意識にジョン・ドゥを意識しているようだ。お前達早く結婚しろ。というのは茶房・サリョ談である。


「うん、いいよ。時間のある時においで。特にお昼頃! 人手が足りなくてさ、灯台守くらいの腕前の子がいてくれると助かるんだ!」

「茶房さん、それ人手が足りないだけでしょ?」

「でも、ちゃんと教える気ではいるんだよ!」


 カラになった皿を回収するために、茶房の近くを通ったサリョが、茶房を注意する。『Calme』は、お昼頃に客がよく入っているので、料理を作るのが茶房だけだと手が回らないことが多い。事情を知っている第6区の島民が多く来る店で本当に良かった。


「おい、茶房。ちょっといいか?」


 と、そんなことをぼんやり考えていたところで、皿を持ち箸は口に咥えたままのヤギがこちらへやって来た。


「ヤギ、お箸咥えながら歩かないでよ」

「ああ、悪い。いや、それより店の前に誰かいるようなんだが…知り合いか?」

「え?」


 茶房は辺りを見渡してみて、招待した人物達が全員いるかを確認する。ちょうど10分前に全員揃ったと思っていたが……いや、全員ちゃんといる。では、店の前の人物は?『Calme』はこの時間には閉店準備を始めている頃でもある。なので、客は来ないはずなのだが……。


「……店に明かりが付いているから何か勘違いしたのかも。ちょっと行ってくるよ」

「おう、気を付けろよ」


 茶房がその場から離れる。灯台守の相手は今度はヤギに変わった。何度か会っているうちにだいぶ仲良くなっているようだ。その様子に気が付いたジョン・ドゥは、ヤギと灯台守を無理矢理引き離して、ヤギを威嚇し始める。あらあらお熱いことで。

 さて、それよりも先に外の客人だ。外へ行こうと小走りで向かおうとした時、まだ寝ているアーネストに視線を向けた。アーネストがこうも人目を気にせず寝るということは、疲れているのではないか?と感じた。昔から何も言わずに無茶をする人でもあるし、それでもそう感じさせることは無い。皆無と言ってもいいほどだ。理由は知らないが、普段暇そうにしている彼も、何かを隠して生活しているのだろう。


「サリョ、薄い毛布があったでしょ? あれ、アーニーに掛けておいてくれないか?」

「はい、わかりました!」


 アーネストにはがある。一生掛けてもきっと返すことのできない恩だ。ヤギも、ラトウィッジは態度にこそ出さないが、アーネストに絶大の信頼を置いているのはそのせいでもある。そんな彼の悩みを解決する術は茶房は持ち合わせてはいないが、何とかしたい気持ちはある。今回のこれは、そんな茶房の気遣いでもあった。


「さて、外のこはいったい何者なのかな?」




────────────




【第1棟・506号室】



「はい、夕飯できたぞ」


 晴の声に、テーブルに座っていた3人が歓声を上げた。自炊をできるようにと園長姉ちゃん、及び兄ちゃんに叩き込まれてはいるが、やはり面倒だと手を抜くことも多い雨と霰は、真面目に自炊に取り組む晴を尊敬の眼差しで見つめていた。


「晴兄さんが担当になってる子は羨ましいなー」

「初空のことか? アイツは俺の料理はあんまり食ったことねぇよ」

「?」

「今は第10区・・・・だ」


 なるほど、と霰は頷いた。初空はつまり、入院しているのだ。病気だろうか、それとも怪我だろうか。どっちにしろ、晴は今1人で暮らしているということだ。


「雨にぃ、お茶お代わり」

「ん」


 霧は喉が渇いていたようだ。すぐに麦茶を飲み干してしまうと、雨にお代わりを要求する。それに応じた雨は、晴の事情を知っていたらしく、特にこの話について追求することはなかった。


「霰はあんまり会ったことなかったか…じゃあ、今度一緒に来てくれないか? 初空も話し相手ができて喜ぶだろうから」

「私が? 晴兄さん、私がそれ出来ると思うー?」

「意外とできてそう」

「俺もそう思う」


 雨と晴は、霰が何を考えて行動しているのかよくわからない時がある。その行動原理は大抵が「面白そうだから」であったりする。だが、そんな霰だからこそきっと初空と気が合う・・・・のではないかと雨と晴は感じた。


「カイくんよく食べるね」


 そしてその横では少年と肉塊の戯れが展開されていた。

 そろそろこの肉塊のカイくんのこれからについても話し合わなければいけないだろう。見た目が見た目のため、目を逸らしていたが…霧が気に入ってしまっているため、この肉塊を邪険に扱うこともできなかったが…はっきりと言わせて欲しい。本当はすごく不気味だと思うから、だから、頼むからあんまり意識させないで欲しい、と。


「ラトウィッジさん、良い情報調べてくれたらいいな」

「そうだな…」


 夕食も終えて、自室へ帰ろうとする頃合で晴は雨にそう言った。悪い情報よりは良い情報を知らせてくれるほうがいいだろうし、きっとそれをラトウィッジもわかっているだろうから、そうある情報を伝えてくれるはずだ。何故だかそんな予感がする。それを晴から伝えられた雨は、嬉しそうに笑みを綻ばせて晴に礼を言う。正直、雨は不安だった。未知の物と遭遇して動揺したのではない。勝てないかもしれない・・・・・・・・・・存在と遭遇したことに、雨は不安を感じたのだ。1度も経験したことのない負けが、すぐそこにあった、ということがどれほど恐ろしかったか……それを、自分のことを気遣ってくれる晴という存在がいることで、幾らか緩和されたのだった。


「明日からどうしようか?」

「ラトウィッジさんだけに頼るってのも、何か申し訳ないし…」

「……そう言えば」


 霰はおもむろに、学校帰りに聞いた噂話の話題を話し始める。

 島地高校の風紀委員達が、今回の事件を受けて捜索活動をするといったことだ。生徒会及び他の委員会は、風紀委員との言い合いの末にこの件から手を引いたとのこと。


「………これ、絶対喧嘩してるよな」

「してますねー」


 喧嘩っ早いのはもう島民性……流石としか言い様がない。しかも風紀委員は島地高校の中でも特に武闘派集団でもある。精鋭でしかも数が多いため、頼みの綱の生徒会は面倒だと放置している状態だ。よく福沢がそれを許したなと思いながら、4人は食事を進めるのであった。

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