第9話 貴方に出会えて

誰も知らないお話し①

 それはもしかしたら…少し前の出来事かもしれないし、途方もなく昔にあった出来事なのかもしれない。きっと多くの人々にはこれまでも、そしてこれからも話そうとは思わない思い出だ。それでも、あの時を必死に生きていた少年にとって、あれは大切な出来事だった。


 月が地面を照らし、誰が見ても美しい夜は、少年にとって煩わしいものだった。

     何故なら少年はそう・・でなくてはならないから。


 誰もが心地よいと感じるであろう夏の風は、少年にとって煩わしいものだった。

     何故なら少年はそう・・あるべき存在だから。


 耳に届く生活音、その微笑ましい会話は、少年にとって煩わしいものだった。

     何故なら少年はそう・・することが生きる意味だったから。


「でも、キミ・・・はそうではない」


 その声は突然少年の耳元に届いた。穏やかで興奮していてそよ風のようで竜巻が直撃したみたいだ優しくて力強く。どこまでも慈愛愉悦に満ち溢れた目をしている。


「僕は、キミみたいな子は好きだよ」


 嘘をつけ。それは今まで出会ってきた全ての人間に言っているんだろう?


「そうでもない。僕はね、そこまで心は広くないんだ。

 うん、キミのことが好きな理由はそれ・・なんだろうね。僕はどうしても、狡い生き方しかできないから」


 笑うあの人はどこまでも遠くて、美しかった。

 だからこそ、憧れた。

 あの人のようになれたら、いったいどれだけ嬉しいか……。

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