私道

【第6区・とある定食屋にて】



 赤黒い液体が、第1区の路地裏を濡らしていた。その現場を調査していた氏郷、政宗は現在、氏郷はとんかつ定食、政宗は秋刀魚定食を食べながら今回の件について話し合う。


「どう思う?」

「エドゥアールの仕業でないことは確かだ」


 政宗が氏郷にした質問は、質問と言うよりは確認と言った方が正しい。現場を調査した結果、死体は島地高校で行われた肉塊と全く同じ、恐らく今頃身元が確認されている事だろう。

 しかし、あんな物を見た後で、よくとんかつ定食なんて食べることができるな、と政宗は半分呆れて秋刀魚の骨を取る。


「しかし、刺し傷無し絞殺跡無しその他外傷無しとは恐れ入ったよ」

「島地高校のとは随分違うな。向こうは刺し傷だらけだってのに」

「あまり良い気分ではないな」


 と言う割には政宗よりも箸がよく進んでいるように見受けられる。政宗は秋刀魚の骨を取るのに苦戦し、秋刀魚定食を頼むんじゃかったと後悔する…が、どっちにしろ食は進まなかっただろう。そんな政宗の様子を見た氏郷は、勝ち誇ったようにニヤリと笑った。


「なんだ、その顔は?」

「いや? 流石良家の坊ちゃんだ、骨のある魚など、食べたことがないのだろうな? と思っていただけだが?」

「うるせぇよ、ただ、料理する時は見える骨は全部取ってるから、気になるっうか…」


 政宗がそう言うと、氏郷は目を瞬かせる。氏郷からすれば、料理をする政宗の姿が想像できない。


「へぇ…美味いのか?」

「ったり前だろ! 警察署の中で1番だという自負はある!」

「なるほど、意外な趣味だな。私は良いと思うぞ」


 おや?コイツにしては珍しく、やけに素直に褒めるな?と政宗が首を傾げると同時に少し照れくさい気持ちになった途端、氏郷はそのまま料理人になれば良かったのに、と呟いたのを、政宗は聞き逃さなかった。


「よっぽど切られてぇみたいだな?」

「落ち着け政宗ここでは人肉は取り扱っていない」


 今にも刀を振り回そうとする政宗を左手で制して、氏郷はまた1口とんかつの味を堪能する。サクッと衣の音が鳴り、すぐに今度はじゅわりと肉汁が溢れてくる。塩胡椒である程度味付けがされているせいで、何もかけないでも充分美味しいが、やはりここはソースだろう。政宗がコチラを睨んでいるのを無視して、氏郷はとんかつをより美味しくするであろう適切な量のソースをかけて食べる。ソースの酸味、甘味を堪能して白いご飯をかきこむ。美味い。これに文句のある人物が、この世にいるのだろうか。


「美味い」

「ちっ 本当になんで俺がこんな奴と……」


 政宗はやっと秋刀魚の骨を取り終えたのだろう、秋刀魚の身をほぐして1口。皮はパリパリ、中は非常に脂がのっていて、今が旬であることを主張してくる。大根おろしと醤油をかければなおその味には楽しさが出るだろう。

 

「ここの定食屋、いい店だな」

「そうだろう? 私に店選びをさせて正解だったな」

「ああ、本当にな。アンタに紹介されなきゃなお良かったのに」


 料理が趣味だと言っていた政宗が「いい店だ」と言うのなら、本当にいい店なのだろう。自分の舌に自信がつくのと同時に、そんな政宗も知らない店を知っていたということに、氏郷は僅かな優越感を覚えるが、それを口に出すとこれからに支障が出てしまうので、ぐっと堪えた。




「さて、これからどうするか……」


 2人が自分の皿のものを全て食べ終えた後、氷の入った水をゆっくり飲みながらこれからのことについて話し合う。


「手掛かりは今のところゼロに等しいからなぁ…」

「誰にも正体がわからないからな。余計にいくら聴き込んでも情報が出んのだろう」


 エドゥアールの件については正直に言ってしまうと、手詰まりだ。それに加え、他の事件も起こってしまっているため、だんだん第1区で動きにくくなってきている。


「絶対に追い詰めてやる」

「アンタいつにも増してやる気だな」

「私はいつだってやる気がある。あまり勘違いしてくれるな」


 ぷいっと政宗から顔を逸らし、氏郷はまた水を飲む。とんかつの濃い味が洗い流されるのがよくわかる。

 しかし、正直なところエドゥアールについてなにも思いつかない。正体を割り出す方法、捕まえる方法も何一つだ。困ったな。政宗もこうやって話し合いには参加してくれているが、お手上げのようだ。犯人の名前がわかっていても、特定できるものがなければ捕まえることができない。


「……探偵に頼むにしても、奴は警察私達に無茶な請求をしようとしてくるからな」

「なんか、妙に根に持たれてるんだよなぁ……」

最終手段・・・・は使いたくないし……」

「あるのか、最終手段?」

「使わないと言っているだろう!? ああ、もうその期待に満ちた目で私をみるな! 小学生か!?」


 キラキラと目を輝かせる政宗に、氏郷は怒鳴りつけるが本人はあまり堪えていないよだ。ただ、そういう手段があることを政宗が覚えることができたことのほうが勝っている。


「私はアイツの力は借りない、絶対にだ」

「そんなに嫌いな相手か?」

「当たり前だ。私は……! 私は…」


 あの男の顔がチラつく。腹が立つ顔だ。あの男がいなければ、自分は今こうして大切な人達のために戦うことのできない人間だっただろう。あの男がいなければ……。


「何でもないっ」

「お、おい氏郷?」


 氏郷は自分の頼んだ物のレシートを持って会計まで向かう。その後ろ姿を見て、政宗は溜息を吐いた。

 政宗自身、あまり氏郷のことが好きではない。はっきり言おう大嫌いだ。彼を見かけたら殴り掛かるか斬り掛かるくらいには大嫌いだ。それは、そこまでしなくてはならない人物だという認識があるからだ。自分達と同じ名前を持つ、伊達政宗と蒲生氏郷も仲が悪かったようだし、名は体を表すとでも言うのだろう。だが、1つ彼らと自分達が違うと言える部分はある。と言うより、自分達は昔にいた人物とは、全くの別物だと認識が強いからこそだ。氏郷との出会いは彼らとは全く違っているのも、そう思うことの出来る材料だろう。いや、政宗の方からちょっかいを出したのだから…ある意味で似ているのかもしれない。いや、あれを思い出したくはないな。あれは若かったから…若かったから!


 さて、だいぶ脱線してしまったが…政宗にとって氏郷は邪魔な存在だ。氏郷は政宗よりも5つも年上だが、警察署に関わってきたのは政宗よりも遅かった。本土ではどうかは知らないが、島地団地島の警察署は、見込みのある人物は幼い頃から警察になるために稽古をすることになっている。

 政宗はその中でもとびきり長くいた。親族に警察しかいなかったのもそうかもしれないが。周りに期待はされていたと思う(と言っても、母は何故か自分よりも弟の方に期待を寄せていたが)そのせいで天狗になっていた。そんな時に16歳でその稽古場に現れたのが氏郷だ。だいたいは10より下から入って来るのにも関わらず、氏郷は16だった。

 もちろん、天狗になっていた政宗は氏郷に決闘を持ちかけ…負けた。いや、氏郷の方が年上だし、負けたって何とも思っていないし。なんなら子供相手に本気かよ、と文句を言ってやるつもりだった。しかしこの後、その時はまだ署長では無かったが、政宗の憧れの存在である織田と仲の良い様子を見せつけられることとなり……。


「やめだやめ! ったく、嫌なこと思い出した……」


 兎に角、自分は氏郷が大嫌いのだ。それでいいじゃないか。これ以上氏郷について考えると余計なことまで思い出してしまう。

 政宗は自分も会計を済ませるため、机に置いていたレシートをてに取った。




────────────




「はぁ……何でこうなるかな」


 氏郷はその場にしゃがみ込んだ。

 未だに犯人の影すら掴めていない、その上あまり好きではない人物を思い出した氏郷はつい、政宗に八つ当たりをしてしまった。今はそうだ、自己嫌悪と言うやつだ。一応公私は分けているつもりなのに、1番気を付けなければならないところで、こうなってしまう。

 昔の自分は、あまり好きではない。妻である冬は、あの時の自分も好きだ、と言ってはくれるが自分がそう思えなければ意味が無い。そして、そんな自分を氏郷は認めることができずにいる。例え冬にどれだけ褒められたことでもそれは変わらない。


「いい年した男が、いったい何をしているんだか……」


 氏郷は何とか気持ちを立て直してその気持ちと同様に、あるいはそんな気持ちになれるよう、すくっと立ち上がる。


「あれ? 鶴の旦那じゃないか!」

「!?」


 後から聞き覚えのある声とあだ名が聞こえてくる。振り返ると、そこには金属バットを持った泉がいた。


「…泉、もうこのあだ名で呼ぶのはやめてくれないか?」

「え? なんで?」


 とても不思議そうにこちらを見てくる泉を見て、氏郷は頭を抱える。"鶴の旦那"昔は鶴千代だのなんだの呼ばれていたせいで、この青年にとってその呼び方は今の名前よりも、とても呼びやすく親しみのある名前だろう。

 しかし、だ。その名前から改名してからいったい何年経っているのやら、いい加減慣れて欲しいものだ。それに、その名前は正直呼んで欲しくない。けれど大切な名前ではあるということは確かだ。それを否定する気は無い。証拠に氏郷の好きな動物ベスト3には鶴が入っている。だが、その名で呼ばれていたら自分が元第4位の氏郷であることがバレる恐れがある。別に隠しているわけでは無いが、それでもいちいち絡まれるのが嫌だ。あの頃よりも時分の身なりはだいぶマシになっているはずだから、万が一気付かれることはないと思ってはいたが…。


「ってゆうか、なんでお前がここに? ここは路地裏じゃあないぞ?」

「いやぁ、それなんだがよ。旦那、道先案内人を見てないか?」

「見ていないが? 道先案内人がどうした?」


 道先案内人、確かよく警察に協力要請をされたりしている、泉と同じ年の青年だったか…と氏郷は思い出しながら泉に何故道先案内人を探しているのかを尋ねる。


「それが、道先の奴誘拐されちまって」

「笑ってる場合か!?」


 どこか恥ずかしそうに頭を掻きながら答える泉の頬をつねる。それなりに力を込めたつもりもあり、泉の頬にダメージを与えることに成功したようだ。涙目になった泉は、そりゃそうだけどよ、とボヤく。


「手掛かりがないんだよ。今日はいつもより6区に人が多いし」

「……確かに」


 氏郷は暫く耳に力を集中させてみたが、泉の言う通り第6区を行き交う人々の足音、声が多いことに気が付く。今いる場所は人通りの少ない道であったため、あまりわからなかったが。


「……はぁ、仕方がない。私も手伝おう」

「いいのか、旦那?」

「ああ、仕事も行き詰まっていたし。なにより見て見ぬふりはできんしな」


 泉は氏郷に、自分は団地方面を探すから、氏郷には海の方面を探してほしいと頼む。

 泉が道先案内人を探すために姿を消した後、氏郷も海の方へ去ろうとする。しかし、ふと何かを忘れているような気がする、と後ろを振り返る。そう、いつも煩くてかなわない男の声が無い。


「………政宗に言っておいた方がいいか」


 それが政宗であることに気が付いて、氏郷は元来た道を戻る。そう遠くない所にいてくれたら楽なのだが、そうでなければ政宗に自分を探させればいいだろう。別に常に一緒にいなければならないということはないのだから。

 しかし、今日は風が冷たいような気がする。冬にはまだ早いはずだが。そう考えていると、後から誰かにぶつかられた。氏郷は驚いて後ろを振り向く。そこにいたのは泉よりは少し年下の少年がいた。


「あっ! す、すみません…」

「いや、大丈夫だ。前はちゃんと見ろよ」


 氏郷に何度もお辞儀をしながら、少年は前を進む。

 何か悩んでいる様子でいたが……しかし、すぐに氏郷は少年のことを忘れてしまう・・・と、自分が行こうとした方へ歩き出す。


──正直、単独行動の方が動きやすいのだが……。


 氏郷にとって、政宗はどうやっても相容れない存在のようだ。

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