2人

「灯台守! 茶房の所行くぞ!」

「え?」


 ジョン・ドゥは玄関の扉を開けて、灯台守に呼びかける。灯台守は飲んでいた紅茶を急いで飲み込んでから、ジョン・ドゥの呼びかけに応えた。応えたといっても、それは衝突なジョン・ドゥの言葉に対する疑問の声ではあるが。しかしそんな返事でもジョン・ドゥは嬉しそうに笑う。


「今日何かあったっけ?」

「さっきヤギが来てな、茶房が新商品の試食会するから来ないかってよ!」

「試食会?」


 嬉しそうに語るジョン・ドゥを見て、茶房の料理がどれほどのものか想像できた灯台守は少し悔しさを覚えた。ジョン・ドゥはいつだって自分の料理を楽しみにしているし、美味いと毎回言う。それが灯台守の料理に対するモチベーションの1つとなっていたのだが…上には上がいることを、改めて実感させられてしまう。


「灯台守?」

「…何でもない。茶房さんの所へ行くんでしょ?」

「あー、確か夕方からって言ってたなァ…」

「そっか。それまでに洗濯物が乾いてくれたらいいんだけど」

「部屋干しは嫌だもんな」


 部屋で生活をすることを覚えたジョン・ドゥは、上手くそれに順応していた。灯台を週に1度ほど掃除している灯台守を見ると、ジョン・ドゥは灯台を汚すことが申し訳なく思ったため今では立派に綺麗好き(灯台限定)となっている。それに灯台守と一緒に掃除をすると、灯台守が掃除できないような場所を頼まれるので、頼りにされていると実感することができ、優越感に浸ることができた。つまりジョン・ドゥにとって灯台の掃除とは、"素晴らしいこと"なのである。


「ッつーか、何やってんだ?」

「え? ああ、来年の夏の計画。ほら、海水浴をしたいって皆言ってたでしょ? アーネストがこういうことは魔女に報告しないといけないって言ってたから…」

「へェー」


 少し不満そうな声を出したジョン・ドゥは、灯台守とは反対側の椅子に座り向き合う。


「灯台守、俺も紅茶ー」

「はいはい。ミルクいる?」

「いや、いらねェ。砂糖多めで」


 このやり取りにも慣れてきた。本当は珈琲の方がジョン・ドゥとしては好みなのだが、灯台守はあまり珈琲をいれたがらない。この間何故かと尋ねた時に、灯台守は島にインスタント珈琲が無く、全て珈琲豆しか売られていないのでいれることができない、と少し不満そう・・・・に。というよりも灯台守は紅茶派らしい。最近、茶房の珈琲のせいで珈琲派に偏っているようではあるので、近々灯台守が珈琲に凝り出すのは何となく予想がつくが。


「茶房さんの所に行くなら、塩漬けしてる魚でも持っていこうかな?」

「この間の大漁だったな」

「捕ればいいってものじゃないの」


 紅茶を飲んで、夕方からのことについて考えていると、灯台守はある1つのことを思いつく。

 魚を捕ってくるととても喜んでくれる灯台守を見て、ついつい調子に乗ったジョン・ドゥはしばらく海に行かなくても良いほどの魚を捕ってきた。しかし、これは灯台守に見せるジョン・ドゥの善意だ、叱るに叱ることができなかった灯台守は少し魚をリリースして食べきれないものは塩漬けにしていた。それからは大漁に捕らなくても良いと伝えたのが功を奏したのか、何かを大量に持ってくることは今は無くなっている。しかしなかなか塩漬けは減ってくれないので、灯台守は塩漬けを茶房に少し・・おすそ分けするつもりだ。


「けど、灯台守の料理美味いしなァ」

「けどじゃない。乱獲なんてそんなこと──」


 絶対に認めない、という灯台守の言葉は爆音によりかき消された。


「──え? は? え?」

「大丈夫か、灯台守!?」


 爆音共に襲ってきた振動のせいで、灯台守は床へ投げ出された。ジョン・ドゥは灯台守を急いで助け起こし、爆音の発生したであろう場所に目を向ける。灯台守とジョン・ドゥの目線の先にはポッカリと開いた穴。そう、灯台がまたもや半壊されたのである。灯台守はそれを理解するとヘナヘナと床へ座り込んだ。


「また、嘘でしょ?」


 涙目になる灯台守を見て、ジョン・ドゥは頭に血が上る。コロコロと転がってきたのはバイク用のヘルメット。瞬間誰かはわからないが、その誰かがどこの所属かを理解する。


「郵便局の奴かァ!?」


 ジョン・ドゥはヘルメットを持つとすぐに灯台を飛び出し、おそらくヘルメットが飛んできたであろう場所へ向かう。このヘルメットをしてバイクに乗っているのが郵便局の配達員だということは、島では有名だ。というよりその人物くらいだ。だからこのヘルメットがその配達員だとわかれば、立ち止まっている時間なんてものはジョン・ドゥにとって煩わしいことだ。

 だからこそ見落としてしまったが、そのヘルメットが落ちていた場所より上の丁度屋根になっている部分に人がめり込んでいた。


「これ、私にどうかしろってこと……?」




────────────




「さてと、行くかな」

「どこに!?」


 クロエを家まで送り届けたアーネストは、アンリを連れて駅前まで来ていた。


「どこって…第6区の喫茶店さ。なんかタダ飯を食べさせてくれると聞いてね」

「なんで僕まで?」

「茶房の料理は美味しいよ」

「あの、そういうことじゃなくて!」


 アーネストは有無を言わさず、アンリの腕を掴んでスタスタと歩く。


「ま、夕方からなんだけどさ。ちょっと早めに行ってもいいかな」

「もう好きにしてください」


 アンリは何度か抵抗してみるが一向に手を離す気配、というか無理矢理剥がそうとしてもアーネストの手はアンリを掴んだままで自分の力では無理だと感じた。


「………」

「今度はなんですか?」


 アーネストは大人しくなったアンリの顔をジッと見る。あまりにも食い入るように見るものだから、アンリはたまらずアーネストに何用か尋ねてみるが、アーネストは気になっただけだ、とアンリの質問をひらりと躱した。そこからしばらく会話は無く、アンリは自分の前を歩くアーネストについて行く。

 その何分、何秒がアンリにとっては何時間に感じられた。アーネストの顔は見えなくて、いったい何を考えているか読むことができない状態だ。中心区に向かって歩いている様子を見ると、そこを通って近道をして、第6区へ行くつもりであることはわかった。あと少しで第1区を抜ける、という所でアーネストとアンリは遠くで聞こえた何かの音に気が付いて足を止めた。


「何の音…?」

「あー、第6区からだね。泉辺りがやらかしたかな?」


 アーネストは楽しそうに笑っている。やらかした、ということはきっと面倒なことが第6区で起きているはずだ。今から行く第6区でそんなことが起きている、それにも関わらずアーネストはスキップしそうなくらい楽しそうで足並みは軽やかだ。


「い、行くんですか?」

「行くとも。大丈夫さ、何かあれば僕が守ってあげるから」


 アーネストのその言いように、アンリはムッとする。アンリは星持ちとしてはまだ力を上手く扱えている方だ。誰かに守ってもらうなんてことは、覚えている限り無かった。それはアンリのプライドでもある。この力は誰かのためにあるのだと、そう思って止まないからこそ、アーネストへの対抗心が湧き上がるのだ。


「別に守ってもらわなくて大丈夫です!」

「おや、やる気だね?」


 ずいっと自分の前を先行してきたアンリを見て、アーネストは愉快そうに笑う。アーネストから見れば、アンリのこんな行動は子供が意地を張っているようにしか見えない。別にアーネストはアンリを煽ったりからかう気などさらさらない。純粋にアンリを気遣った結果だったのだが……。


──ふむ、この年頃は難しいなぁ…ラトウィッジ・ヤギ・茶房あの3人は割と素直に僕の言うことを聞いてたから、そう感じるんだろうけど……。


 昔からよく面倒を見ていた3人のことを思い出し、アーネストはアンリに気付かれない程度に呆気に取られながら溜息を吐いた。


「別にキミが先に行くことは構わないのだけれども、第6区の路地裏なんてよくわかってないだろ?」

「うっ」


 図星のようだ。アーネストは再びアンリの前に出て第6区へ向かう。第1区と第6区は意外と距離があるため、この騒動に追いつくには今までのようにちんたらとしている余裕はない。2人は1番近くにそびえ立つ建物の屋上に跳び乗る。そこからはいつものように屋上を跳び越えながら進む。



「ああ、そう言えば」

「?」

「キミ、意外と目付きが悪いね。"後をつけられている"」


 アーネストは何気ない言葉の後に、声を出さないようにして唇を動かしアンリにそう伝える。後をつけられている?アンリは後ろを思わず振り向こうとするが、アーネストに頭を抑えられて止められる。


「そう不機嫌になるなよ。僕も、目付きは悪い方なんだよ。"後ろを向くな、気付かれる"」

「………コンプレックスなもので。"どういうことですか?"」

「それは悪かった。"そのままの意味さ"」

「貴方も目付きが悪い人の気持ちがわかるなら、そんなこと言わないでください。"どこに?"」

「残念ながら、あまりその点で苦労したことがなくてね"後方右斜めの赤い屋根"」


 アーネストとアンリはその相手に気取られないように、自然に振る舞いながらも警戒をする。アンリは少し後方に意識を向けると、すぐにその人物の気配を見つけた。それをわかったのか、アーネストはアンリの肩を叩くと、唇を動かす「"安心しなよ"」


「そんなことより、泉の所へ急ごう。泉は『僕の知り合いだ』から『おそらく攻撃はしてこない』。でも、あまり『深入りはしない』とこだ。けど、悪い奴ではない『はずだ』よ。ああ、それと『ちょっと面倒臭い奴』だね」


 アーネストは言葉の所々で右手を動かしながらアンリにそう伝えた。これらを繋げると…『僕の知り合いだ。おそらく攻撃はしてこない、深入りはしてこないはずだ。ちょっと面倒臭い奴』となっている。つまりは、今はそこまで気にしなくても良いが気には掛けておくように、とそういうことだろうか。アーネストはそうやって相手に気取られないように気を付けてあるようだ。しかし、それでも妙に浮かない顔をしている。アンリの不安が伝わったのか、アーネストはアンリに向かい不安を和らげるように、ニコリと笑う。


「少しスピードを上げるよ。付いてこれる?」

「無理そうなら言います」

「そう。なら……行こうか!」

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