第7話 捜索

最善

「それで、彼は落ち着いたのかな?」

「ええ、だいぶ」


 様々な調査を終えたアーネストは福沢と2人きりで話し合う。煙草の煙を見て、福沢はアーネストに灰皿を差し出す。それに気が付いたアーネストは、福沢に礼を言いながら灰皿を受け取った。理事長室にいる2人は、今回の事件について話し込んでいた。アンリは保健室で安静にさせている。


「うーん…」

「どうしました?」

「もしかしたら、僕は何か見落としているのかもと」


 見落とし?こう言っては悪いが、アーネストは一応天才に入る部類の人間だ。彼の直感と判断能力、そして観察眼は一級品だと福沢は思っている。なお、本人はそう言うと苦虫を噛み潰したような顔をするのだが…。


「エドゥアールについて……もうちょっと探った方が良かったかもしれない」

「アーネスト、貴方は接触したようですが…やはり姿は覚えていませんか?」

「……………」

「アーネスト?」

「そうだね、覚えてはいないけど…知っている・・・・・よ」

「え?」


 アーネストの突然の申告に、福沢の目は点になった。覚えていると知っているは同じことになるのでは?そう尋ねると、アーネストは首を横に振る。


「本の中と一緒さ。姿を見ていないから、どんな奴かはわからない、覚えようがない。それでも本の中で、様々な形で特徴を言及されていたらそれは知っているということになる」


 つまりそうゆうことさ、とアーネストは語る。しかし、エドゥアールの特徴のことを知っているのだとすれば…何故、それを教えてくれなかったのだろう。


「福沢くん、悪いけどアンリくんの所に行っても? 一応顔見知りではあるから心配なんだよね」

「ええ、言いですが…あまり無茶させないでくださいね」

「覚えていたらね」


 アーネストはそう言いながら、理事長室から出て行く。

 福沢は、これでもアーネストとは長い付き合いだ、何を思ってアンリの所へ向かったのかは見当がつく。彼は福沢から逃げたのだ。真実をこれ以上言及されることを嫌がって、アーネストは逃げた。


「ふむ、つまりアーネストは、もうこの事件の真相に辿り着いていた、ということですか」


 エドゥアールについて聞いた時のあの不自然な間は、アーネストがどう答えようか迷ったから生じたものだろう。犯人のことももう既に確信を得ているはずだ。はずだったが、ここで出てきたのが肉塊事件だ。こればかりはアーネストにとって大誤算だったようで、彼も動揺しているようである。それでも、あの肉塊に遭遇して顔色も心臓の鼓動ですら何1つ変わらなかった彼は肉塊事件の犯人については既に知っているようだった。


「いくらなんでもそれは無いですかね?」


 一瞬でもアーネストを疑ってしまうのは、彼がそれだけ頭の回る人間だからか、それとも……。




【島地高校 保健室】



 カーテンがヒラヒラとなびいている。暫く目を閉じていたアンリはそれをぼうっと見ることで、あの光景を忘れようとしていた。何も考えないように。


「やぁ、調子はどうかな?」

「!?」


 いつの間にか、ベッドの隣の丸椅子に誰かがやって来て座っていたようだ。


「あ、貴方は……」

「おはよう…いや、この時間だとこんちにはになるのかな?」


 そこにいたのは、アーネストだった。その長い足を組んで座り、本を読んでいるアーネストはそれだけで絵になっている。たとえその座っている物がただの丸椅子でも、彼にかかれば何か神聖なものと錯覚してしまいそうになる。が、その肝心のアーネストが逆さまにして読んでいた本のタイトルを見て、アンリは現実へと戻り、その本から目を逸らした。


「なんで、ここに?」

「おや、コレにツッコミは無しか…キミが慌てふためいてベッドから落ちることを期待していたんだけれど」

「何考えてやがりますか!?」

「ま、キミが早めに起きてくれて良かったよ。これ、酷い内容でね。僕好みの記事が無かったんだよ。こうして逆さにしてたわけだけど……うん、驚かせることには一応成功しているし、僕は満足することにしよう。僕は満足だ!」


 イタズラが成功したとケラケラ笑うアーネストを睨みつけて、アンリは1発殴ってやろうと拳を振るうが、簡単に避けられてしまう。何度も繰り返してみるが一向に当たる気配がしない。ベッドの上は乱れるが、アーネストは丸椅子から1度だって腰を浮かすことなく、余裕の笑みを浮かべている。


「キミってば、本当に硬いんだなぁ…もっと柔らかくなりなよ」

「く、くそぉ……」

「ははっ! いや、楽しいねぇ」

「僕は楽しくないんですけど!」


 最後にアンリはアーネストのデコピンを受けてベッドの上で崩れ落ちる。ありえないほど痛いソレを受けて、アンリは暫く低く唸っていたが、痛みが引いてきた頃にガバッと頭を勢いよく上げる。アーネストは笑ってみせるが、アンリは何としてもアーネストをギャフンと言わせなくては気が済まない。今すぐにとは言わない、いつか絶対にギャフンと言わせてやるとアンリは心に誓った。


「そう怖い顔しないでくれよ。僕はキミの1番の味方なんだから」

「え?」


 アーネストの突然の言葉にアンリは固まった。福沢に協力しているのだから、味方であることには間違いなどないだろう。しかし、なぜ1番・・という言葉がつくのだろうか。ぐるぐると頭の中で思考が回るのがわかる。


「そう難しく考えなくていい」


 そんなアンリの様子を見て、アーネストはアンリの頭をポンポンと撫でる。その慣れた手つきに安心感を覚えたアンリは、アーネストをようやっとしっかり見ることができた。ジッと見られていることに気が付いたアーネストは、どうしたんだい?とアンリに尋ねる。慌てて首を振ると、アーネストはそっと頭に乗せていた手を離した。


「キミ、何かと厄介事に巻き込まれるからさ、僕が一緒にキミの捜し物・・・を見つけてあげようかな、てね」

「え、それって……」

「クロエって女の子が探している…彼女の父親を襲った犯人を、ね」


 目を細めてアーネストはアンリにそう言い放った。


「そ、それって……」

「といっても、目星はついている。何、少し手伝ってくれればいいさ。その手伝いに絶対キミの力が必要なんだけどさ、協力してくれるよね? 一応、彼女にも言ってあるんだけどさ」


 そんなの勿論と言うしか無い。クロエとはまだ短い付き合いだが、それでも大切な後輩だと思っている。ならばその彼女が追う犯人への手掛かりを、こんなところで失うわけにはいかない。アンリは即答してアーネストに協力することを承諾した。その返事を聞くことができたアーネストは、満足そうに笑いアンリに手を差し伸べる。


「じゃあ、これからよろしくね」

「は、はい!」


 アンリはアーネストに応えてその手を取る。アーネストはアンリの手を握り返し手を離すと、じゃあ早速だけど、と丸椅子から立ち上がる。


「今からキミを家まで送るよ」

「え、でもそれは悪いというか……」

「彼女のついでだよ」


 そう言うと、アーネストは保健室の窓から学校の校門を見る。ちょうど寝ているアンリの後に窓があるので、首だけを少しそちらへ向けると、見慣れた少女・クロエの姿が見え、アンリは首だけでなく身体ごと窓に向く。


「ク、クロエ!? なんでまだ帰ってないの!?」

「大丈夫だよ。一応えーと…なんて言ったかな彼…隻眼の…」

「八雲先生?」

「そう、その人。そのヤクモさんが見てくれてるから何かあれば、文字通り跳んで行ってくれる予定でね。

 彼女、キミのことあそこで待つって聞かなくて。中に入ればいいのに、それは嫌だって。だからせめてここから見える校門で待って貰っているんだ」


 少し困ったように笑いながら語るアーネストにアンリは素早く謝るが、アーネストは自分は何もしていない、礼なら八雲に言ってくれと言い、そばにあった机に無造作に置いてあったカーディガンを羽織る。


「もう歩けるだろう? キミの荷物はそこにあるから」


 保健室の入り口に向かいながら、アーネストはそう言う。つまりそれを持って付いてこいということなのだろう。保健室から出たアーネストは後ろを気にせずスタスタと歩いていく。アンリは慌てて荷物を持つと、小走りでアーネストを追い掛ける。


「まずは彼女を家まで送り届けるってことでいいかな?」

「はい…あのクロエの父親を捜してくれるって、本当ですか?」

「勿論。僕は嘘は付かないんだ。本当のことは気分で言わなかったりするけど」


 それは信用できるんだろうか。しかし、子供だけでできることは少なくなっていて、しかも今アンリは動き辛い状況になってしまっている。ならば、事情を知っている大人の力を借りることはアンリとクロエにとっては嬉しい誤算だ。アーネストの実力はわからないが、福沢が調査を頼むほどだから恐らくは犯人を返り討ちにできる程度の力は持っているのだろう。もし、何かあれば自分がどうにかしようと覚悟を固める。



「先輩ー!! 先輩ー!! 無事ですか!? 無事ですね!? 無事で良かったですぅー!!」

「クロエ! 何で帰らなかったんだ!?」


 玄関から出てきたアンリを見て、クロエは全力疾走でアンリに抱きつく。泣いて縋り付いてくるクロエに注意するが、その顔にはクロエが無事でよかったという安堵が混じっていた。


「それはこっちの台詞です! いつまで経ってもアンリ先輩、出てこないし! 心配しました」

「うっ…それは……いや、それでも学校の中で待つとか…」

「や、やんごとなき事情があるんです!」


 クロエはとにかくアンリが無事でアンリ以上の安堵を覚えているようだ。


「おーい、そこの2人…もういいかな?」


 その声にアンリに抱きついていたクロエは我に返り、その場から飛び退いた。アーネストはクロエの慌て様に一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに面白可笑しそうに笑う。


「さて、アンリくんとクロエ…今日からキミらに協力するわけだけど、今日のところは大人しく家に帰ってもらうよ」

「でも……」

「ほら、僕にもやんごとなき事情があるんです」


 アーネストそっと視線をずらすと、そこにいたのはこちらを見ている八雲だった。見張られているのだろう。ここでアーネストが不審な動きでもすればすぐに福沢に連絡が行く手筈になっているそうだ。


「動きというか、この会話も聞こえてるだろうから。もしもここで誤魔化そうとしてもバレるだろうしね」


 アーネストが言うには、今日から島地高校も学校閉鎖だそうで、その間教師達はこの第1区を巡回するそうだ。いつ、どこで鉢合わせるかわからない状況で、生徒を無闇に連れ回すことができないとのことだ。


「連れ回してたら、僕が福沢に怒られる。下手したら地面にめり込むことになるね。あれは痛かった」


──やられたことあるんだ。


「とにかく、彼らとの妥協点を見つけてだ…そこからだね。捜し物は」

「そんなに時間が掛かるものなんですか?」

「うん、まあこういうところは大人の面倒臭いところだね」


 ヤレヤレと首を振るアーネスは、校舎から目を逸らすと2人に手招きしてから歩きだす。それについて行くアンリは今日あった事件のことをクロエに質問されたため、それを話すとクロエは青ざめた顔をした。


「まあ、安心しろとは言わないけどさ。近々この事件は解決するだろうから、そんなに気を張らなくてもいいよ」


 アーネストはクロエを安心させるように語り掛ける。アンリにはクロエの表情はわからなかったが、それでもクロエの様子は落ち着いたものに変わったような気がした。

 なんというか、アンリにしてくれた事といい、アーネストは妙な安心感を持てる人物である。本人の性格もあり胡散臭さは消えないが、それでもという大人と一緒にいることが自分達に安心させているのかもしれない。そう考えると、まだまだ自分達は子供であり大人に頼らなくてはならない存在なのだと嫌でも実感させられてしまう。


「アーネストさんは…」

「アーネストでいいよ。なんだい?」

「…本当にこの事件があと少しで解決すると思っているんですか?」

「勿論さ。キミらの協力次第だけどね」


 ニヤリと笑うアーネストに、アンリとクロエは先程の安心感よりも勝る嫌な予感を感じた。




────────────




「死ねぇ! 氏郷ぉ!!」


 青年の鉄拳を、赤毛の男はサッと避ける。そのついでと言わんばかりに、男は青年の足を自身の足で引っ掛けると、青年は勢いよく顔面を地面に打ち付けた。


「全くお前は、懲りんなぁ」

「うるせぇ」


 氏郷と呼ばれた赤毛の男は、自慢の髪を指先で弄りながら青年にざまぁみろといった趣旨の笑顔を見せる。


「なんで、毎回毎回アンタと組まされんだよ!?」

「それは署長に言ってくれ。私だってお前と一緒なのは嫌だ」


 氏郷と政宗の腰には、刀がある。刀を持つ集団、この島でそれは「自分達は警察だ」という証拠である。ある意味身分証明書と言ってもいい。

 因みに、この2人は署長である織田直属の部下である。氏郷は織田に対して忠誠を、政宗は憧れを抱いている。が、そんな2人が仲が良い、なんてことはない。この2人は警察署の中でもとびっきり仲が悪いと本人達は思っている。しかし傍から見れば喧嘩するほど仲がいいというように見られてしまっているため、普段からニコイチ扱いだ。なんでだ。


「お前と組むんなら、忠興と組む」

「署長の命令だ、仕方がないだろう? あと、忠興ってお前と友人だったか?」

「忠興は友達じゃねぇよ?」

「そうか。寂しい奴だ」


 心底不憫そうに政宗を見る氏郷に、ついに刀を抜く。氏郷は慣れた手つきでそれを同じく刀を抜いて受け止める。


「いいんだよ、俺には優秀な部下がいるんだからなぁ」

「あの半チンピラ集団か。お前達刀がなければはぐれ者に見えるぞ?」

「ほっとけや!」


 ギリギリと鍔迫り合いをする2人を、通りがかる人々はてそそくさとその場を離れる。彼らからすれば、どちらも似たようなものだ。周りからの視線に気が付いた2人はすぐに刀を鞘に戻すと、佇まいを正す。


「今日の仕事は"エドゥアール"の捜査だったな」

「第1区の事件での犯人候補だ、恐らく一筋縄ではいかんだろう。足を引っ張るなよ?」

「アンタは一言余計なんだよ」


 何事も無かったかのように、氏郷と政宗は今回の目的を再確認する。この2人の今回の仕事はエドゥアールの捜査だ。そしてできることなら身柄を確保することである。


「情報によると自身の容姿・声なんかを人の記憶から抹消できるそうだ」

「めんどくせぇ異能だな」

「………そうだな」

「なんだよ、今の間は?」

「いや、光秀さんよりはだいぶマシだと思ってな」

「うん、それは…そうだな」


 氏郷は2年前に織田殺害未遂事件の首謀者として捕まった、光秀のことについて語る。だが未だに光秀を首謀者だと受け入れられていない氏郷は、彼の身を案じている。


──光秀さんよりはだいぶマシ…いや、光秀さんは異能力者ではないが。だが、これは異例だな。今回捕まった殺人鬼は、第10位以内に入るほどの実力者を殺している。まるで戦闘に役立たない異能を持つ能力者が、そんな殺人鬼をどうやって倒したんだ?


 おそらくそれがわかれば、このエドゥアールへの対応はもっと綿密に練ることができるはずだ。それについては政宗も同じ考えなようで、エドゥアールへの対策については2人で"まとも"に話し合えているのがその証拠だ。


「……とりあえず、部下達をエドゥアールが現れた場所を中心に巡回させよう」

「それから、できることなら見つけたら1回で捕まえたいな」

「逃せば顔を忘れるだろうし、なにより次にいつ現れるか」

「よし、じゃあ氏郷、署長への報告は今回もアンタ担当で」

「お前いつもそうだな。この事件が終われば署長との酒の席でも設けようと思っていたのだが……」


 痛いところを氏郷に突かれた政宗は顔を背ける。というのもこの男、織田への憧れが強すぎるせいですぐにあがってしまうのだ。政宗をよく知る人ならば、平静を装う彼をすぐ見抜ける。それを政宗は知らないが、しかしこのままいじり倒そうものならば確実に拗ねる。織田と酒を飲むつもりでいることを伝えた途端、もう拗ねたのかもしれないが。そう判断した氏郷は、このまま話を終えるのも自分らしくはないと大きく話題を変える。


といえば…お前の部屋、臭いぞ」

「俺じゃねぇよ!? それ義光だろうが! いや、いくら義光でもそんなに鮭を食わねぇよ!」

「お前、自分の伯父を呼び捨てとは何事か!?」


 そうしてまた、2人の無意味な言い合いが始まった。

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