一歩進むこと
「なんでこうなった!!!」
道先案内人は叫ぶ。
「文句言わないでよ。僕だって嫌なんだから」
中心区でアーネストと共にいるのは、道先案内人だった。
今回の殺人事件での犯人探しを頼まれてしまったアーネストは、道先案内人に協力を要請した。もちろん報酬は払うつもりだ。が思った以上に道先案内人が嫌そうだ。だが、自分だって嫌だ。面倒事はあの魔女絡みだけで結構。それ以外は自分が興味あることだけに絡みたい。何が楽しくてこんな面倒なことを……。
「福沢くんの奴は本当に…僕をどっかの探偵と勘違いしているんじゃないか?」
「アンタは探偵さん達を便利屋か何かと勘違いしてませんか?」
アーネストは砂肝を食べながらブツブツと呟く。本来なら1人でするべきなのだろうが、今回は事件が起きた場所が悪い。何せ、アーネストでも道に迷う、入り組んだ路地裏だ。それに、犯人をすぐに特定するには、道先案内人の異能が1番役に立つ。そう考えたアーネストは道先案内人を無理矢理引っ張ってきたのだ。
「見回りした結果どうだったんですか?」
「…一応、目星は付けたよ。けどまぁ…アレは駄目だ。罪の意識はまるで無い」
「厄介ですね。影になりかけってやつですか?」
「恐らくね。影になったのなら、魔女の奴が島中に報せるし……」
アーネストは容疑者全員と会った。10人いる容疑者と出会って、一応こいつが犯人だろうな、と魔女から聞いていた
「なんか問題でもあったのか?」
「容疑者は2人までに絞ったよ。でも、そのどちらも……いや、まだ言うべきことじゃないか」
「……アンタいっつも肝心なこと言わないよな」
「こういうことは、魔女に会った子にしか言えないからね。キミも魔女と会ってみるかい?」
「遠慮しときます」
魔女に会うなんてとんでもない。この島地団地島を管理している張本人とはいえ、積極的に関わろうなんて思わない。すぐに鬱々としてしまう道先案内人は、魔女が絡むと高確率で機嫌の悪くなるアーネストを見て、きっと自分はもっと酷いことになると、日々感じていた。普段から人を小馬鹿にしたような人だが、それでも何だかんだ言って、生きているものがアーネストは好きなのだ。しかし魔女相手にはとんでもなく辛辣になるのだから、よっぽど魔女はアーネストにとって気に食わない相手、もしくは面倒くさい人なのだろう。そんな人にどうして会いたいと思うだろうか。
「ま、それが1番だ。随分前に魔女に会った奴がいてね。気に食わなかったんだろう、そいつは魔女によって幼児の姿に変えられてしまったよ」
「ナニソレマジョコワイ」
いったいその彼はどうなったのだろう。恐ろしくて聞く気にもなれない。
「キミってば、僕の前だと借りてきた猫のように大人しいね。ほら、もっと助手や泉と遊んでいる時のように自信過剰に騒ぎなよ」
「無理です死んでしまいます!」
「……二言目にはそれか、本当に変わらないね。だからキミのことを好きになれないのだけど」
それは出会った当初から言われていることだ。アーネストと出会ったのは海に身を投げてこの島に流れ着いた日だ。その時は何故かとても生きたいとは思えなくて、感情のままに死にたいと連呼していた。そしてアーネストにキレられて思っいっきり殴られ気絶した。次にアーネストに出会ったのは、病院で目が覚めた時。頬に大きな湿布を貼られていた。それからは、あれよあれよという間に"道先案内人"として生きていた。
「さて、そろそろ子供の下校が終わっただろう。僕は見回りでもしてくるよ。道先案内人、頼むよ」
「は、はい…」
アーネストは死にたがりが大嫌いな人間だ。死のうとする人間や、生きることを諦めた人間にはとことん嫌悪するし、生きる理由を無理にでも作るような人だ。自分もそうやって道先案内人になった、助手や泉と出会った。だから死にたくなったら、
「複雑だな〜」
苦手であり、しかし恩人のアーネストに、道先案内人は複雑な感情を抱きながら、アーネストに言われた通り本を開けてアーネストが出会った人間の名前と時間をノートに書き込む。
────────────
【第1区 路地裏】
さて、とアンリは路地裏の中に入る。薄暗い路地裏には、僅かに陽の光が差し込む。路地裏の奥に入りすぎると迷ってしまうので、よく知る場所にしか行くことはできないが、今までの殺人鬼の行動を考えると、殺人事件の現場は路地裏であることが多い。
しかし本当に暗い場所だ。まだ太陽が高い所にあるからこの明るさだ。何時間もいることはできない。暗くなればこちらが不利になる。相手の順位はわからないが、100位圏内の人間が病院送りにされたと噂で聞いている。きっとそれ以上に強いのだろう。気を引き締めなければ。
「あれ?」
アンリは足を止める。人の気配がしたからだ。しかしそこは知らない道である、そんな場所に入ることは躊躇われるが……。
「……行くか」
気は進まない。しかし、クロエに頼まれてしまったことなので、進むしかない。とアンリの真面目な性格が彼の歩を進めさせる。
カラカラ…
カラカラ…
カラカラ…
金属を引きずる音が聞こえる。いったい何の音だ?アンリは足を止めた。アンリは今度はゆっくり歩を進める。息を潜める。音のする方向へアンリが足を運んだその時、アンリの意識は消えた。
カランッ
カランッ
今度は金属を落とす音。アンリは目を覚ます。アンリは頭を振って意識をハッキリさせようとすると…目に赤が飛び込んでくる。ポタポタと何かが滴る音が聞こえ、ゆっくりその音がする方を見ると……人が
「───…は?」
『島地新聞:殺人鬼からの予告か!?
昨日の昼頃、帰宅途中に不審な人物を見かけた16歳の男子学生が殺人鬼に襲われ、次に殺害するとの予告をされた。警察は男子学生の近辺をパトロールすることとなった。
殺人鬼の予告は今回が初めてであった。男子学生が襲われた時一緒に襲われたと思われる男は辛うじて生きており、その男の血液で予告は壁に書かれていたということだ。
男は島地病院に搬送され、治療中。身元の確認を急いでいる。傷はナイフのような刃物によって傷付けられたと思われ、刺し傷と切り傷が全身にあった。男は捨てられていたと思われるバールで反撃したようで、傍には金属のバールが転がっていたそうだ。
この痛ましい事件はいつまで続くのだろう。第1区は子供を持つ家庭が多く集まっている区域だ。子供に被害がこれ以上広がることを食い止めるには、一刻も早く犯人を捕まえるしかないだろう。』
【島地高校 職員室:職員会議中】
「被害は一向に治まりませんな」
「理事長、ここは我々も犯人探しをするべきでは……」
「いえ、その必要はありません」
笑みを浮かべた福沢は、普段から職員達に言われていた犯人捜査の件について尋ねられていた。学校の職員は、皆順位が30位以内の者達ばかり。そのため、この第1区では大きな事件はほとんどないが、もしものために教師達は日々鍛錬を欠かさない。だから福沢から、捜査は不要だと言われ職員室はどよめいた。
「寧ろ、それでは彼の邪魔になってしまう」
「彼、とは?」
「私の友人ですよ。少し変わっていますが、とても有能です。あれは、ある意味天才というやつですな」
福沢はそういうと、用意されていた緑茶をひと口飲む。しかし、それでは教師達は納得しないだろう。そんなことは重々承知だが、本当のことだ。変にはぐらかすよりも、真実をそのまま言った方が教師達の身のためでもある。この事件の調査を依頼したアーネストはきっとこれ以上被害が出ないように努めてくれるだろう。初めは全力で回避しようとするが、やることはきちんとやる男だ。親友の福沢から言われたのならなおのこと最後までこの事件を解決しようとしてくれるはずだ。
「しかし、そうですね…生徒達の見送り位はしましょうか」
福沢は柔和に笑うと、そう締めくくる。生徒達が好奇心で殺人鬼を探しに…なんてこともあるかもしれない。昼間も出歩く人が少なくなっている今、それは非常に危険なことになってしまうだろう。
「あの、理事長…お客様がお見えになっていますけれど…?」
「客?」
そんな約束はしていなかったはずだと首を傾げる福沢だが、顔を出した彼に、福沢の疑問はすぐに吹き飛んだ。
「ちょっと今回の調査に進展があったから、顔出しだよ」
「アーネスト!」
────────────
【職員会議より少し前 島地高校校門前】
「いったいどうしてこんな目に……」
「先輩、そのすみません…私のせいで」
「ううん、大丈夫だよ。僕の過失でこうなったんだから……。
クロエは無事で良かった。あれから何か、進展はあった?」
校門の前で、アンリはクロエと共に話しをしてていた。
「いいえ、私の方は何も……」
「そっか……殺人鬼は、いったい何が目的なんだろう?」
「目的? 人を殺すことでは?」
クロエはアンリの言葉に首を傾げた。アンリは考える。殺人鬼は人を殺すことが目的だというのなら、昨日でアンリは死んでいた。しかも、あんな予告までして…今までの殺人鬼とは様子がおかしい。
「殺人鬼には…何か、もっと違う目的があるのかもしれない」
アンリは考える。そもそも、これまで殺された人間と殺されなかった人間の違いとは?何故、自分は死んではおろか、怪我すらしていなかったのか……それを調べれば、殺人鬼の本当の目的と正体がわかるかもしれない。
「……クロエ、今日は家にいたほうが良いかもしれない」
「え? でも……」
「僕と一緒に嗅ぎ回っていることを知られたら、君も狙われてしまうかもしれない」
そこが1番心配なことだ。クロエがどれだけの力量を持っているかはわからないが、それでも何も無いことに越したことは無い。その願いが通じたのか、思案したクロエはアンリの言うことに頷いて、暫くは第1区をうろつかないようにすると決めた。
「それじゃぁ先輩、気を付けてください」
「うん、クロエもね」
2人はそのまま校門で別れた。クロエを見送ったアンリも、早く帰ろうとした時、自分の肩を誰かが叩く。
「!?」
「そんなに驚かなくてもいいのに、ヘンリーくん」
それは、いつか見た黒服の男だった。
「……あの、僕はアンリなんですけど?」
「すまないね。でも僕はキミはヘンリーの方が
そう言う男は、わざとらしく吹き出しながら、だってフランス語読みか英語読みってだけの違いだろ?と笑ってみせる。
「あの、なんで僕の名前を知っているんですか?」
「ん? いやね、この間学校に来た時に福沢くんが教えてくれてね」
「理事長に!?」
理事長が一生徒の自分自身のことを覚えてくれていた、ということにアンリは驚いた。しかし、相変わらず煙草をふかしながら話す男は、福沢と交友関係があると言っていたが、前にも学校に来たことがあったことにも、少し心のどこかで引っ掛かりを感じた。
「……どうして学校に?」
「呼ばれたから」
「殺人鬼のこと、があるからですか?」
「……まぁね」
「もしかして、学校に殺人鬼がいるからですか?」
「…この学校にいるうちの6人が容疑者候補だ。それの他に僕なりに新しい容疑者候補も調べたよ」
──学校に容疑者が…?いったい何の冗談だ?
アンリの反応をニヤニヤしながら見ている男は、それじゃぁ、と手を振りながら学校の中に入って行く。しかし、もう少しで校門で姿が見えなくなりそうになった時、何かを思い出したかのようにもう一度アンリの前に顔を出す。
「ああ、そうだ。『ジキルとハイド』っていう物語は知ってるかい?」
「え? 『ジキルとハイド』?」
「
知らなかったら1度読んでみるといい。学校の図書館か…無ければ僕の部屋に来るといい」
そう言い終えて、今度こそ校内に入っていった彼をアンリは慌てて追いかける。
「あの!」
「?」
アンリに呼び止められた男は、まさか追いかけてくるとは思っていなかったらか、今度は男が驚いて目を見開いた。
「あの、名前は……!?」
「え? ……ああ、そうだね。それを言っておかないと、僕の部屋を調べることができないからね。僕の名前はアーネスト。詳しくは福沢くんあたりに聞いてみな」
アーネストと名乗った男は、煙草を消しながら微笑んだ。今までの、人を小馬鹿にしたような笑みではなく、アンリとのやり取りを心の底から楽しんでいるかのような笑顔だった。彼にいつの間にか苦手意識を持っていたアンリは、少しその認識を変える。いつだってあんな顔をしていればいいのにと思ってしまうくらいには。
────────────
【第1棟 506号室】
「あの、これ…」
「なにそれ?」
雨が霧に手渡されたのは、島地小学校の学校閉鎖に関するプリントだった。それを見た雨は小学生を羨ましがる。
「……マジで? 小学校いいなぁ」
「雨…さんは?」
「今んところなんも言われてない。早いとこ高校も学校閉鎖になればいいのになぁ」
雨と霧は、未だにお互いの距離を掴めずにいた。普段から多くを話す方ではないし、何に興味があるなんてことはもちろんわからない。
「……昨日」
「昨日?」
「路地裏、行きませんでしたか?」
「まぁ、路地裏から中心区に行ったけど…」
見られていたなんて考えてもいなかった雨は、霧が次に何を言うかを静かに待つ。霧には言葉を急かすよりも、待っていた方がよく話してくれると雨は雨なりに学習していた。
「あそこ、変なのいませんでした?」
「……いや? 見てない…ってお前路地裏行ったのか?」
「ごめん」
路地裏には、高校生以上の人と一緒に行かなければならない。というのがこの第1区の決まりだ。第1区はまだ犯罪数の少ない区域だが、それでも事件は起きる時は起きてしまう。今回の殺人鬼がそうだ。中学生までの子供は、どんなに強くても"守るべき存在"だ、というのが雨の通っている島地高校を創立した…いや、今の第1区を創り上げた福沢の考え方だ。であるため、高校生になるそれまでは、路地裏に入ったことのある子供は少ない。
「……もう行くなよ」
「うん……」
一応注意はしてみたものの、霧は納得ができていないようだ。そんな霧を見て、雨は霧を預かる時に言われたことを思い出す。霧はおとなしい子供ではあるが、自分かやりたいと考えたことがあれば、即行動に移すそうだ。そのせいで、学校を抜け出したことも数多く……。
「気になるのか?」
これは気まぐれだ。
「うん」
「…1人で行くなよ。行く時は俺も行く」
霧にもしものことがあれば、雨はきっと罪悪感を覚える。彼は真っ当な善人ではないが、悪人というわけでもない。それくらいの心は持ち合わせているつもりだ。それに、雨はこの第1区の学生の中では上位に入る力を持っていると確信をしている。マフィアのお墨付きだ。だから霧に何かあれば…どうにかできるはずだ。
霧は、こちらを気遣った雨に好感を持つことができた。まだ全然一緒に暮らしてもいないし話もしていないが、雨がそんなことを言ってくれるとは思わなかった。一緒に行く、と言われた時は、とてもホッとした。1人でまたあの正体不明の塊と出会うことが、霧は気になるのと同時に内心では凄く怖く感じていた。年上の、それこそ大人に近い雨がいてくれるなら心強い。
「本当にいいの?」
「お前に何かあったら、園長姉ちゃんと兄ちゃんが悲しむ」
雨の言葉に、霧はこの間まで暮らしていた1階の部屋を思い出す。1階部分は隣接する部屋が全て繋がっている、乳児から小学3年までが園長姉ちゃんと園長兄ちゃんと一緒に暮らしている場所だ。そのため、第1棟の1階はどの部屋も101号室と呼ばれている。そんな場所の暮らしを振り返り、皆がいつもどれだけ自分を心配してくれているかを、改めて頭に叩き入れた。
「…大丈夫」
「大丈夫なわけないから言ってるんだけど?」
「ごめんなさい」
しかし、これであの塊ともう一度会えるかもしれない。
「で? 何で行きたいんだ?」
「あ、えっと……」
霧は雨に事の顛末を全て話す。正体不明の塊の話題になると、信じられないと言ったように眉を顰める。しかし、暫く考えた後に、もしかしたら何かの異能力が原因でそうなったのかもしれない、等幾つか考えられる推理を霧に話す。
「雨さん、いつ行けますか?」
「早い方がいいだろ?」
雨の問いに霧は控えめに頷く。
「なら、明日だ。明日行こう」
「でも、雨さん学校は?」
「休む」
「えぇ!?」
雨はそう言うと、部屋に置いてある黒電話のダイヤルを回す。どこに掛けているのだろう、と霧が疑問に思いながら雨の様子を見ていると、明日休む旨を伝えた途端、電話の相手が大声で怒鳴り始めた。雨は受話器をめいいっぱい耳から話している。つらつらと説教をしている電話の相手の言葉を短くして、大切なところだけ抜き取ると「休むな、テストどうすんだよ馬鹿野郎!」と言っているようだ。
「雨さん、テストあるなら別に僕に付き合わなくても良いのに……」
「俺が休みたい。勉強して無いし、お前は何するかわからないし」
霧が遠慮しようとしたら雨の本音が漏れる。それを聞き漏らさなかった相手はまた雨を怒鳴るが、暫くして荒々しかった声も落ち着いてきた。
「……うん、うん……じゃよろしく、うん。いや、補習受けるから。おう、またなぁ~」
普段よりも間延びしたような話し方をする雨に驚いたが、もしかしたら雨も霧と話す時は緊張していて、実際はこういった話し方なのだろうか、と霧は何となくそう感じた。
ほうけていた間に雨は電話を終え、受話器を元に戻す。
「というわけだ」
「は、はい。雨さん、明日はよろしくお願いします」
「……その、他人行儀みたいにするの、辞めないか?」
「え?」
「なんか、調子狂うから普通でいい」
雨は霧との距離を縮めようとは思っていた。雨も小学4年生から6年生まで預けられていた。それはこの養護施設の子供が全員通る道。3年間このままの生活では気不味いし……。
「あ、うん。よろしくね、雨兄」
「………おう」
少し距離が縮まったような気がした。
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