第5話 殺人鬼

はじめまして

【第1棟 506号室】


「─というわけだからよろしくね、雨」

「…はぁ…」


 土曜日の朝、養護施設を設立した2人の園長の1人、園長姉ちゃんと呼ばれている女性が雨の部屋を訪れた。


「この子は霧くん。今は小学4年生。霧くん、このお兄ちゃんは雨。高校1年生だよ」


 雨の目の前にいるのはリュックサックを背負った男の子だった。

 この養護施設では、高校生が卒業までの間は担当となる小学生を預かり、面倒を見ることになっている。雨は今年で高校1年生。しかし雨は普段からの行いのせいか、この日まで預けるかどうかを検討されてきていた。


「じゃあ、私はそろそろ行くから。霧くん、何かあったら私か園長兄ちゃんに言うんだよ」

「うん」


 そう言うと、園長姉ちゃんは雨と霧に手を振りながら帰っていった。

 しかし面倒なことになった。正直に言うと、雨は誰かの面倒をみること・・・・が苦手である。どちらかと言うと雨は面倒をみられる・・・・側の人間なのだから。おそらくそんな雨の性格も検討される要因の1つなのだろう。


「えーと…とりあえず、中に入るか?」

「うん」


 雨は霧にそう言うが、霧は雨の顔も見ずに返事をする。

 全く、どうしろと言うのだ。自分はそんなに子供と接したことはない。いつだって周りがどうにかしてくれていたから、自分でどうにかなんてできるはずもない。

 園長姉ちゃん、兄ちゃんよ。俺がそんな人間だということがわかっていながら、この取っ付きにくそうな子供を来させたと言うのなら、貴方達は本当に酷い人だ。


 というのが一昨日の出来事である。



「それで? 雨、その後どうなんだ?」

「どうって……別に、アイツ喋らないし」

「お前なぁ……」


 また晴に呆れられていることを察した雨は、少し不機嫌になる。晴がどうしてこんな顔をしているのかが、雨にはサッパリだ。いや、何度話し掛けても「うん」「いや」としか言わない霧よりは大分マシだと認識した。

 霧がそれしか言わないのは、自分のせいなのか?そんなわけあるもんか。自分は普通に霧に接したのに、無視をしているのは霧なのに。どうして呆れられないといけなんいんだ?

 周りの友人達も何故か呆れ顔だ。


「俺、今日はもう帰る」

「は? 授業は!?」

「適当に誤魔化しといてくれ。ま、どうせ今日も午前授業たけだしな」


 晴の怒鳴り声を聞き流しながら、雨は鞄を持って教室から出た。下駄箱まで行くまで、いろんな人(知っている人から知らない人まで)が帰る雨に挨拶をしてくる。面倒くさく思いながらも挨拶を交わす雨は、やっとの思いで下駄箱前までやってきた。いつもここまで来るのが長く感じる。


「……中心区でも行くか」


 校門を見ると、雨よりも先に学校を出る人物が見えた。ブレザーを着た男女で、確か1人は隣のクラスの……。


「アンリ?」


 そう、隣のクラスのアンリだ。あの優等生のアンリが何故か早退していることに驚いたが、もう1つ気になることがある。アンリの隣にいる女子生徒のことだ。見たこともない生徒だが、何故あのアンリと一緒にいるんだろう。

 しかし自分には関係の無いことだ。そう、関係の無いこと。だから自分は今から中心区で昼飯を買う。




────────────




「お父さんのことは、災難だったね」

「ありがとう、アンリ先輩」


 アンリに相談してきた女子生徒、クロエは俯きながら喋る。

 クロエの父親は、今島を騒がせている殺人鬼の被害にあったという。しかし一命は取り留めており、今では日に日に怪我の具合も良くなっているそうだ。


「私、どうしても殺人鬼が許せなくて」


 クロエは殺人鬼を見つけ、もうこれ以上の事件が起きないようにしたいと願っているようだ。初めは、警察やこの第1区を守っている学校の先生達に任せていた。しかし、一向に捕まる気配のないこの状況を見て、自分で捕まえようとしているのだ。


「でも、やっぱり1人は怖くて……先生に相談なんてしたら、絶対に止められるでしょうから…」

「それ、僕に言ったらバラされないかとか、思わなかったのか?」

「そう、ですね。けど…アンリ先輩なら絶対に協力してくれると、思っていました」


 クロエの笑顔は自信たっぷりだ。本当にアンリが協力する、ということを確信していたのだろう。

 殺人鬼のことを相談された時、本当は先生達に知らせようと思っていた。それがクロエが危険な目に合わない最善だからだ。だが、話を聞いているうちにそれができなくなった。クロエにとって、父親は大切な人だと言う。母親がいないクロエのために、いろんなことをしてくれる良い父親だと。しかし、そんな父親を傷付けた犯人は未だに捕まらない。夏からこの事件は頻発に起きているのに進展がないのだ。


「アンリ先輩は、聞いていた通り優しい人ですね」

「そうかな? でも、そう言ってもらえると嬉しいよ。僕も一応そう思ってもらえるように努力してるし…」


 アンリにとって人の面倒をみるということは、彼の人生にとって大きな意味のある行動だ。自分のためでなく人のために何かをして感謝されると、本当に嬉しかった。褒められると嬉しかった。それだけで、アンリは誰かのために何かをしようと、そういう気持ちになれるのだ。


「さて、学校を出たのはいいけど…これからどうするかは決めているの?」

「殺人鬼は昼夜問わず、1人でいる時に現れるって言われてるから、ここからは2手に別れましょう。あ、でも日が落ちて来たら人も減ると思うので、絶対帰ってください」

「つまり、2人の無事が確認できるのは明日の学校で…ってこと?」


 クロエは頷くが、アンリは正直に言うと心配だった。クロエの力はどれほどかは知らないが、それにしたってもう何人もの人々を殺し傷付けた殺人鬼に対してそれは少し不用心だ。


「危険だって思ったらすぐに逃げるんだよ?」

「わかりました! 先輩、また明日!」

「うん、明日」


 クロエはアンリと挨拶を交わすとすぐに消えてしまった。全速力で走っているようだ。あれならばきっと殺人鬼から逃げることができるだろう。


「……よし」


 アンリは少し気合を入れてから第1区を散策しようとして、足を止めた。

 人の気配がするからだ。まだ入り組んでいない路地裏だが、一応確認しておくことにして、そっと路地裏を覗き込む。高い建物のせいで、昼間だというのにとても暗い。アンリがもっとよく路地裏を見ようとした時、アンリの肩に手が置かれた。


「何してるんだい?」

「な!?」


 気配も何もしなかった。アンリは慌てて後ろを振り返ると、全身黒が印象に残る男が立っていた。いや、全身と言うには語弊がある。そのクリーム色の髪と、白いカーディガン以外は真っ黒い格好だ。


「い、いえ…その」

「キミ、学生かい? まだ学校の時間だろう? やめておくれよ。僕の仕事が増えるじゃないか」


 仕事?この人はいったい何者なんだ?とアンリが彼に目を向けると、それに気が付いた彼は少し困ったように薄く笑った。


「いやね、福沢くんに第1区の見回りを今日から頼まれていてね。全く、重労働にも程があるよ」

「福沢って、理事長のことですか?」

「そうだよ。僕は彼とは古い友人でね」


 彼はおもむろに煙草に火をつけると、それを咥える。


「あの、煙草…やめてもらえませんか?」

「なんで?」

「僕、あまり好きじゃなくて」

「………喫煙者には厳しい世の中になったね」


 アンリに指摘された彼はすぐに煙草を灰皿ケースに入れると、溜息を吐いた。


「キミの他にもいるのかい?」

「え?」

「早退している子のことだよ」


 近くの壁にもたれかかった彼は目線だけをアンリに寄越し、そう尋ねてきた。煙草の代わりに棒付き飴を取り出しながらそう聞かれたアンリは、クロエのことを言うか迷う。

 アンリはクロエが心配だ。彼女が殺人鬼を深追いしたらと思うと、この男にどうにかクロエのことを見てもらったほうがいいかもしれないと感じている。

 そう考えていると、彼がアンリをさっきのよりも近い場所で観ていたことに、アンリは気が付く。


「キミは…………ああ、なるほどね」

「今度は何ですか?」


 アンリが彼に尋ねると、すぐに薄ら笑いを浮かべながら、アンリから視線を外した。


「いや、そうだね…キミが気にしている子、僕が家に帰してもいいよ?」

「なんで、クロエのことを!?」

「クロエちゃんね。キミ、ちょっと素直過ぎやしないかい?」


 クロエのことを言い当てられたアンリは、驚き目を見開いた。そんなアンリのことを見ながら、彼はまるでイタズラに成功したかのように、ニヤリと笑った。


「さて、僕はそろそろ行くよ。このまま学校に帰る気がないのなら、真っ直ぐ家に帰りな。それじゃあね、ヘンリー・・・・くん」


 彼はそう言ってアンリに手を振りながら去っていった。


「いや、僕…アンリ・・・………あれ? 僕の名前、教えたっけ?」




────────────




『島地新聞:またも現れた殺人鬼!

 また子供達の多く集まる第1区で、殺人鬼が現れた。今月で10件以上の死傷者が出ているが、一向に事件解明への進展がない。警察によると、この事件は複数人で行われている可能性もあるほか、そうとう人を殺めることに慣れているため、10位以内に入る順位持ちが犯人の候補になっている。とのことだ。〜(中略)〜犯人は昼夜問わず、1人でいる人間を襲っており、主に使っている凶器は刃物だと、被害者の証言からわかった。一刻も早い解決が望まれている。』




【島地高校 職員室】



「物騒だね」

「そうですな。しかし、このままでは学校を一時的に休校にするしか無くなってくる」

「それもそうか。福沢くん、それで僕に何をしろと?」


 職員室の椅子に座り、足を組むアーネストは目の前の緑色の目の男、福沢と今回の連続殺人事件のことを話し合う。わざわざ呼ばれたアーネストは、もう何かを察しているようで、表情がいつもの5倍程死んでいる。


「是非、第1区の見回りを…」

「やだ」

「してもらいたい…………やや、本当ですかな? いや、アーネストにはいつも助けられる…」

「『YES』なんて一言も言ってないんだけど? 何? 『YESorNO』じゃないの? 『YESorはい』なの?」


 アーネストの意見を無視して強行突破しようとする福沢を、アーネストは止める。福沢に呼ばれた時点で来るべきではなかったと、そうかんじながらアーネストは煙草を吸う。


「……目星は?」

「何人かは。しかし絞りきれなくて…ここに10人、第1区にいる容疑者候補をあげてみました」


 福沢はアーネストに10枚の紙束を渡す。それを受け取ったアーネストは、一瞬でその全てを見終えた。


「…どうですかな?」

「まだわからないね。全員見てみないと」

「なるほど、ではそれもお願いします」

「キミ、僕のこといいように使いすぎじゃないかな?」

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