中心区或いは第6区

「あー、暑い。なんで夏になってんのにこんなに暑いんだろうなー」

「お兄ちゃん、何で昼間から中心区にいるのー? ニート?」

「うるせぇな、いいんだよ。俺は仕事で人待ってるだけなんだからよ」


 中心区でラトウィッジは外に設置されているベンチに腰掛けていると、小学生の少年達に囲まれる。


「ラトウィッジは仕事何してるの?」

「園長先生がラトウィッジは自宅警備員って行ってたよ」

「自宅? 何で家にいないの?」

「さぁ?」

「仕事? 誰待ってるの、ヴァシーリーさんのこと?」

「あー、そうそう。

 つーか、お前らうちのボスが子供に甘いからって言いたい放題言うな」


 中心区では圧倒的にラトウィッジを避けている人々が多いというのに、子供達はラトウィッジの周りにいて話し掛けている。子供のことが好きなヴァシーリーのことを思い出しながら、溜息を吐く。子供が寄ってきてから、煙草の吸殻は飲んでいた空き缶の中に突っ込んだ。そのため、少しニコチンが切れてイライラとしているようだ。それとヴァシーリーが来ないこともあり、いつもに増してイラついているようだ。いつまでもこんな暑い中で待たせているヴァシーリーをラトウィッジは殴る気ではいる。多分殴ったら殴り返されるんだろうが、そんなことはどうでもいい。


「わざわざベンチの場所まで指定してんのに、アイツは……つーか、こんな炎天下のベンチにっ! 鬼かっ」



 しかし、1ヶ月前のあのヒツジの事件が起きた日、ラトウィッジはヴァシーリーにお叱りを受けた。何やらあの日に構成員の1人が何者かによって殺されたらしく、ラトウィッジを島中探し回っていたそうだ。が、ラトウィッジは見つからなかった。なんで見つかる所にいなかったの?と何故かヴァシーリーから責められた。いや、何でそんなこと言われなければならないのかわからない。見つかる所って何処だよ。この島で簡単に見つかる所なんてそうそうねぇよ。言いたいことは全部言った。殴られた。


「本当に何でアイツ順位に参加・・してないんだよ。参加してたら絶対に上位入るだろ」

「お兄ちゃん、顔赤くなってるよー?」

「あー、日焼けしてるなー、ヒリヒリしてるなー。あのバカ本当に早く来ねぇかなー? 1発殴っていいかなー?」


 そう呟いて項垂れていると、ラトウィッジの後ろから影が現れた。よく知る気配だ。そう、よく知っている。10年前のあの日から。ラトウィッジはブリキ人形のように鈍く後ろを振り返る。


「よ、よぉ…ヴァシリョーク……聞いてたか、今の?」

「うん、聞いてた。だから僕が代わりにラトを殴る」

「は? 何で!? ちょ、待っぐはぁ……っ!?」


 ラトウィッジよりも遥かに背の高い骨太の男だが、少し長めのプラチナブロンドと青い目がよく栄える、なんとなくではあるが優しそうな笑顔をしているので、威圧感はそんなに無い……が、それは傍からの意見だ。ラトウィッジにはこれが恐ろしい笑顔にしか見える。彼がヴァシーリー・ボブロスキー。第4区の支配者であり、ラトウィッジがこの世で1番恐れている人間だ。


 殴り飛ばされたラトウィッジは地面に伏せる。


「いってぇな!! 何すんだよ、コラ!」

「えー? でも、ラトが先に手を出してきたんだよ?」

「出してねぇよ!?」

「出したよ。アーネストさんは言葉はナイフだと言ってたけど?」

「まーた余計なことを!!」


 ラトウィッジは薄ら笑みを浮かべてニヤニヤとしながらヴァシーリーに様々なことを教えるアーネストを思い浮かべる。腹が立ってきた。


「つーか、お前のせいで腰が痛てぇんだよ!!」

「えー?」

「何で腰?」

「ほっぺたじゃないの?」

「お前らもう散れ!」


 まだラトウィッジの周りにいる子供達を一喝すると、子供達は首を傾げるだけで一向に退こうとはしなかった。


「ねー、腰ってなにー?」

「ね、お兄ちゃん」

「まさか答えるの? ラトウィッジ」

「答えるか! 昨日のアレは子供に刺激が強い!」

「ただ、僕がラトウィッジに…」

「あ゛ー!!」


 ラトウィッジはこれ以上何も言わせまいと、ヴァシーリーの口を塞ぐ。


「あ、雨くんだ」

「雨って、あの雨か?」


 ヴァシーリーはラトウィッジの手を押し退けて、中心区に新たにやって来た、様々な制服を着る高校生集団の中にいる1人の男子高校生を見つけて、ヴァシーリーが声を掛ける。高校生集団の中で1番背の高い、おそらく190cm以上はあるであろう青年は名前を呼ばれたことに反応して後ろを振り返る。


「あ、ヴァシーリーさんだ」

「久しぶりー。元気してた?」

「あー、はい」


 どこかのっそりとした印象を受ける彼は、第1棟506号室の住人である雨だ。その碧眼がヴァシーリーを映すと、先程とは打って変わったかのように目を輝かせた。

 雨は第1区にある団地第1棟をまるまると使っている、養護施設に住んでいる青年だ。第1区に住む住民のほとんどは子供がいる世帯となっており、学校等もここに集中している。そこに住む子供は順位に参加することは、第1区を取り仕切っている人物により禁止されているが、有力な戦力候補の子供が卒業した後に自分らの組織へ勧誘しようとする動きはある。雨はそんなふうにヴァシーリーに目を付けられているのだ。


「あれ? ラトウィッジさん、腰怪我してません?」


 ラトウィッジが痛んだ腰を少し撫でていると、それに気が付いた雨は疑問を投げかけた。


「昨日、ヴァシリョーク庇って撃たれただけだ。あんまりガキには言うなよ、刺激が強い」

「了解です」


 ラトウィッジは雨に小声でその時のことを簡潔的に話す。雨だけずるいと喚いている子供達を無視することにした。

 しかし、ふと気が付いたことがある。今はまだ昼飯時だ、学生達が学校のある時間に中心区にいるずが無いのだが……。


「やっぱり、殺人事件か?」

「はい、早めに帰れと言われて」

「大変だね。福沢でも殺人鬼を追えていないのかい?」

「そうみたいっすね。風紀委員も動員してるみたいですけど……」


 その1つの事件について、3人は話し合う。第1区は護るべき場所であることはよく知っている。だからこそ、ラトウィッジとヴァシーリーは真剣にこのことについて情報を集めるのだ。




────────────




【東海岸・灯台】



「ジョン・ドゥ、茶房さんの所に行こうと思うんだけど、一緒に行く?」


 もちろん、答えはYESだ。


 あの夏からすっかり灯台は新品同然に修復されていた。錆のせいで赤茶色になっていた屋根には白い瓦を使っており、崩れた外壁は元通り。あの日に買えていなかった、家具までいつの間にか設置されていた。しかもなんと、潮風に強い物質が灯台につかわれているそうな。


「まだ暑いな…」

「そうかァ? お前暑がりなんだな」

「エアコンまで付けててくれて、本当に良かった。あのヴァシーリーって人いったい何者…?」

「マフィアのボス」

「え?」


 灯台守はジョン・ドゥからそれを聞いて足を止めた。しかしジョン・ドゥに置いていかれているのを見た灯台守は、駆け足でジョン・ドゥを追う。

 それにしても、マフィアか…と灯台守は頭を抱えた。こんなことを無償でしてくれるなんて、優しい人なんだな…と思っていたのに、その正体がマフィアのボスだったことに灯台守はショックを受けているようだった。


「見返りとか、求められるのかな?」

「ま、多少はそうなんじゃねェの? 灯台守の仕事は海の管理だからな。少しは融通効かせろってことだろ」

「……海の管理なんて、そんなのできる気しないから…任せるけど…」

「灯台守がそうしてェならそうしろよ。文句ある奴は俺がぶん殴ったからよ!」


 それはジョン・ドゥがただ喧嘩をしたいだけだからでは無いか、と呟くが当の本人はそれが聞こえていないようだ。こういった時、ジョン・ドゥは絶対に呟きには反応しないと、共に暮らして1ヶ月でよくわかった。

 初めは野蛮な人だと邪険にしていたが、次第にそれだけの人ではないと感じた灯台守は幾らかはジョン・ドゥに対する当たりは緩くなっていた。──が結婚するかどうかは話が別だ。

 いっぽうジョン・ドゥは未だに恋をするということがわからなかった。だが灯台守は気に入っている人間ではある。見ていると大切にしなくてはならないと感じるし、だからかいつの間にか目で追っている。ふとした時に居なくなると突然不安になったりするのだ。




「──こんなんになったのは灯台守くれェだわ」

「うん、いや…それが恋ってやつよ、ジョン・ドゥ」


 『Calme』にて、灯台守とサリョがガールズトークに花を咲かせている傍らで、エスプレッソを飲みながら茶房に灯台守に対しての気持ちを打ち明けると、思ってもみなかった答えが返ってきた。


「…マジか!」

「マジだよ。っていうか、いつから?」

「あー、灯台が壊れた日?」

「嘘っ!? 序盤から!?」


 そう、灯台守が壊れた灯台を見て目に涙を貯めていたところを見たジョン・ドゥは、灯台守を護らなくてはと思ったのだ。コイツを護れるのは俺しかいない、と謎の自覚を持っていたジョン・ドゥは、これまで何人もの不埒者達を成敗してきた。ほとんどはジョン・ドゥに挑んできた輩だったが。


「ほほぉ…へぇ…あのジョン・ドゥがね…」

「ニヤニヤすんな、キメェ」

「いやね。あの自分のことしか考えてなかったジョン・ドゥからしたらさ、成長したなーって」

「っるせェ。親父臭ェこと言ってんじゃねェよ」


 ジョン・ドゥの頭を思わず撫で回すと、思いっきり叩かれ茶房は手を摩る。大袈裟ではなく、手加減を知らないジョン・ドゥに叩かれた手は赤くなっていた。

 しかし…そうかこれが恋か、と納得したジョン・ドゥは灯台守をジッと見る。


「……そうだってわかったら…なんか、可愛いな、灯台守」

「うん、そうだね」


 そうか、これが恋というものなのかと納得するジョン・ドゥは、茶房が今まで見てきた中で1番いい笑顔をしていた。大好きなものを見る時、人は瞳孔が開きいつもより見目が良くなると言うが、今のジョン・ドゥはまさにそういうことなのだろう。


「茶房さん! こっちの服とこっちの服、どっちが良いと思いますか!?」

「え?」


 サリョは2枚のチラシを茶房に突き出した。そこにあるのは、白いフリルがふんだんに使われているワンピースと、秋を思わせる色が使われたセーターワンピースだった。


「サリョが着るの?」

「いえ、灯台守さんは私服を持っていないとのことですので、服を買いに行こうかと! チラシは参考程度に!」


 どれどれ、と茶房はチラシをのぞき込む。灯台守のこととあってか、ジョン・ドゥも茶房と同じようにチラシを見た。


「うーん、どっちも似合いそうだけどね…俺だったら、白いワンピースかな?」

「白ですか。ジョン・ドゥはどうです?」

「…………やっぱ、灯台守はセーラー服が1番だ」


 ジョン・ドゥはセーラー服以外の灯台守の姿を想像してみた。しかし、どれもジョン・ドゥにとってはパッとしない。そへだけ、灯台守は本当にセーラー服がよく似合っているのだ。それを聞いた灯台守はキョトンとジョン・ドゥを見つめるだけだ。ジョン・ドゥは灯台守をじっくり見ると、頷いてやっぱ、セーラー服だな、と1人で納得する。


「そんなに、私はセーラー服ってイメージなの?」

「あー、その服着てるところも想像したけどよ……なんか、違うッていうかよ……」


 ジョン・ドゥは照れたように頬を掻く。


「………」

「灯台守? どうかしたか?」


 着ているセーラー服を見つめて微動だにしない灯台守を心配して、ジョン・ドゥは灯台守に話し掛ける。


「そんなこと、言われたの初めて」

「そうなのか?」

「ちょっと、嬉しい…」


 ふわりと笑った灯台守を見て、ジョン・ドゥは目を見開いた。常々、こんなふうに笑えばいいのにと考えていたのだが、思った以上に可愛いと感じた。


「灯台守、ジョン・ドゥ」


 そんな2人の様子を見た茶房は、出口に向かって灯台守とジョン・ドゥの背中を押した。何するんだ、と抗議するジョン・ドゥを、茶房は宥めると優しく2人頭を撫でた。


「2人で、服を買いに行っておいで。ジョン・ドゥなら灯台守に似合う服を見つけられるだろうし」

「お、おう…?」

「でも、サリョちゃんは…」

「私はいいんですよ! 灯台守さん、ジョン・ドゥと仲良く!」


 あれよあれよという間に追い出された2人は、人々が行き交う第6区の道の端で顔を見合わせる。暫くして、ジョン・ドゥが話を切り出した。茶房とサリョが、自分達に気を使ったのだからそれに習ったほうがいいのだろう。灯台守もジョン・ドゥと同じ意見のようで、何かを話そうとして口を閉じるを繰り返していた。


「…………服、買いに行くか?」

「そ、そう…ね?」


 こうして、この島の1日はまた進む。

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