半壊灯台

「それで、何でこうなるんですか!?」


 半壊した灯台に、灯台守の怒号が響く。この場にはラトウィッジとヤギ、道先案内人それから我関せずのアーネストが揃っていた。ヒツジ達は影との戦闘中にはぐれた様子である。

 灯台守の剣幕に、ラトウィッジとヤギは酷く反省した様子を見せ、道先案内人はすっかり怯え、アーネストはやはり我関せずだ。


 事の発端は、道先案内人が影の本体を見つけたことから始まった。

 道先案内人が東海岸付近で影を見つけると、ラトウィッジとヤギはいつものように応戦し、影を討伐しようとしていた。しかし、最期の最後で影は黒布での反撃を試み、それに気が付いたヤギは先程の戦闘のように、黒布を掴んだ。それから投げ飛ばしたのだが……。


「半壊って! 1階とか、もうほぼ使えないじゃない!」


 運悪く影がぶつかったのは灯台だった。あ、と声を発した時にはもう遅い。ガラガラと崩れる灯台の壁、そこから現れた目を点にさせた灯台守とジョン・ドゥ。状況を理解するためにたっぷり10秒を使った。1階は半壊し、運が悪ければジョン・ドゥは無事だったとしても、灯台守は灯台の瓦礫に潰されていただろう。新しい我が家に潰されるなど、誰が想像できるか。


「どうする? 灯台守、コイツら沈めるか?」

「お願い!」


 物騒なことを言うジョン・ドゥと灯台守を見て、そろそろ頃合かとアーネストは頭を掻きながらジョン・ドゥを止める。ジョン・ドゥは何やらアーネストに文句を言っているが、何故かいつもの勢いは無く、グズグズと言葉を吐いているだけだった。この様子を見た灯台守は、彼もアーネストと何かあったのだろうと察した。


「灯台なら、そこの壊したラトウィッジとヤギ張本人達が直してくれるよ」

「おい、アーニー…俺は何もしてないんだけどよ…」

「連帯責任連帯責任」


 抗議するラトウィッジを適当にあしらい、アーネストは無事だった椅子に腰掛ける。そして、灯台守に落ち着いて椅子に座りなよ、といったふうに向かいの椅子を指差した。灯台守は渋々といったように、椅子に座る……というよりここはアーネストの家でなく灯台守の家なのだが、我が物顔で椅子に座っているアーネストに、灯台守は若干殺意を覚えた。


「さて、灯台守…キミの仕事についてまだキチンと説明していなかったね。この際だから教えておこう」

「…あの時、教えてくれても良かったんじゃないの?」

「あの時の僕の様子を見て、それができると?」

「思わない」

「そうだろうとも」


 あの時、灯台守が島に流れ着いた時のアーネストは、正直ほぼ正気では無かったように思う。灯台守を見つめる瞳も虚ろであった。しかし、今のアーネストはそんなことも無く口調もハッキリとしている。だがあの薄ら笑いはいつものことのようだ。

 アーネストはその薄い服装のどこに仕舞っていたのか、先程食べていたあたりめを取り出し、灯台守に食べる?と袋の口を灯台守に向けたが、灯台守は断固として拒否をした。そんな灯台守に、アーネストは美味しいのに、と言いながらあたりめを1本咥えた。


「灯台守って仕事は、灯台の維持と管理…灯台に光を灯すことが主な役割だ。しかしだ、この灯台にぶつかったコレの処理も一応は灯台守の仕事になってる。ここ近年、灯台守がいなかったから魔女がやっていたけど」

「処理?」

「そう。簡単だよ、影を海に投げ捨てたら良いだけ。なんだっけ? 日本では塩で霊的なものを清めるんだろ? 影はその霊的なものに似通っていてね。なら、海には塩がいっぱいあるからそこに捨てて浄化しようってのが魔女の考えだ」


 効果があるかどうかはわからないけど、と肩を竦めるアーネストはどこか無責任な態度と見て取れる。諦めているといったような雰囲気だ。何に?起きている事実に?そんな様子を見ていると、彼はなんというか、そう、現実味・・・がない。ここ・・にいない。そんな感じだ。何も見聞きしているわけでもないのに、何かをよく見聞きしている。人に興味がないのに、誰よりも人に興味を持っている。それが恐らく彼だ。


「……きみは、そうやって人をよく観察するのが得意なのか」

「え?」

「ああ、いや…それなら今まで生きるのは大変だったろうなって思っただけさ」

「……………とにかく、この影? って言うのを、海に入れたらいいの?」


 頷くアーネストに言われた通り、灯台守は影を両手で掴むと、そのまま引きずって海にできるだけ近寄ろうとする。ラトウィッジやヤギは感心しながら彼女を見ていた。アーネストも、ちょっとは躊躇うかと思っていた、と言葉を発するが灯台守にはそんなこと関係ない。そうしなければいけないのから、そうするのだ。

 重い影を引きずってすぐに、影が軽くなった。灯台守が影を見ると、ジョン・ドゥが影を持っている。


「あの…?」

「重いんだろ? 俺が持つ」


 これだから島の外の奴らは貧弱なんだよなー、と言いながらジョン・ドゥは灯台守を置いて海へスイスイと進んで行く。そんなジョン・ドゥを見て、灯台守は少し顔を赤らめながら彼を追い掛けた。


「なに、あれ?」

「恋しちゃったんじゃない?」

「そんな奴じゃないだろ、ジョン・ドゥは」

「さぁ? どうだろうね、案外…あの2人は上手くいくと思うんだよね」


 ラトウィッジの質問に、アーネストはただ笑うだけである。


「あの、ところで俺…助手が気になるんで帰ってもいいですか?」

「ついでにヒツジを第5棟に案内してやりなよ」




────────────




「ここら辺でいいか」


 ジョン・ドゥは砂浜を少し歩くと持っていた影を、すっかり日が落ちて暗くなった海の中に投げ捨てる。


「………」

「? どうした、灯台守?」

「私、夜の海初めて見る。凄く、怖い」


 灯台守の言葉を聞いて、ジョン・ドゥは海を見つめる。暗くて月明かりだけに照らされた海。何度も見た景色だが、怖いとは感じたことは無かった。


「……そうか? 俺にはよくわからねェけど」

「海ってね、昼間のしか見たことなかったの。海は好き、学校なんかに行くよりずっと楽しい時間」

「ガッコウ……そういえば、何で灯台守はここに来たんだ?」


 灯台守が団地島に来る前のことなど、聞いたことがなかったジョン・ドゥは、興味本位で灯台守に聞いてみた。しかし、灯台守はどこか苦しそうな顔をしている。


「あー…やっぱいい。灯台守が話したくなった時にでも…」

「………ありがとう、ジョン・ドゥ」

「おゥ………それより、今日はどうなるんだか?」

「流石にあそこで寝るのは…危ないよね?」


 半壊した灯台を見て、灯台守とジョン・ドゥは溜息を吐いた。本当にどうしてこうなったのだろうか。あと少しでもぶつかった所が悪ければ、完璧に崩れ去っていただろう。タダでさえ古かった灯台だったのに、その寿命はあの一瞬でほぼ無にされてしまった。


「ラトウィッジとヤギが関わってるなら、直すのに金は掛からねェだろうけど」

「野宿でもする?」

「そうだな、そうする…いや、茶房のところなら部屋幾つか余ってんだろ。茶房のところに行こう」


 茶房のところなら安心だろう。ジョン・ドゥはそう考えた。灯台守は星持ちでも何でもない、この島では珍しい一切力を持っていない人間だ。自分なら護れるだろうけど、万が一が出てはいけないと思ったからだ。

 よく間違われがちだが、ジョン・ドゥは近しい友人などにはめっぽう優しい人間である。確かにいつものジョン・ドゥは戦闘狂で1度暴れると手が付けられなくなるが。今回は灯台守がいるから大人しいようだ。どの程度大人しいかというと、ラトウィッジやヤギを見てもすぐに手を出さず、驚かれる程度には大人しい。


「茶房さんって…確かあの喫茶店の」

「アイツなら信用できるしな。サリョの奴もあそこに住んでるし、灯台守でもいれるだろ」


 灯台守は茶房とサリョのことを思い出す。『Calme』の2人に頼るというのは、何となく気が引ける。しかし、そうでもしなければ今夜は野宿する羽目になってしまう。自分から提案した案だったが、正直それは遠慮したい。


「……お願いできるかな?」

「茶房なら泊める。ッつーか、泊めなかったら暴れる」

「暴れる」

「近所にも聞こえるくらい大声出して暴れる」


 それは…暫く客が来なさそうで大変だ、と考えながら灯台へ帰る。




────────────




【灯台・1階】



「──ところで、アーニーはあの影について知ってたみたいだけど?」

「ん?」


 道先案内人が灯台から出ていった後、寛ぐアーネストを見てヤギが質問する。アーネストは「影のいる場所は東海岸」と道先案内人が言った時に、何か思う節があるような態度を取っていたことを思い出したからだ。

 純粋に疑問を持って質問したヤギに、アーネストは困ったように眉を顰める。言ってもいいのだが、説明が面倒だ。というのがアーネストの本音なのだが、ヤギはアーネストの態度を見て言い難いことなのかもしれないと感じた。


「んー…お盆って、霊が帰ってくる日だろ? だから、海に入れた影も帰ってきたんじゃない?」

「今までそんなこと無かっただろ?」

「そうだね。そこはアレだ灯台守がいない間、代わりに海を管理していた魔女が気を抜いたんだろうね」


 魔女のことを話すとだんだん早口になるアーネストは、本当にその魔女が嫌いなんだろうなと感じることができる。早く魔女の話しを終えたいとばかりの早口を何とか聞き取って、今回の影騒動は魔女のせいかと納得する。


「思ってみれば、ヒツジがここに来たのも魔女の奴が気を抜いたからだろう。あの引き篭もりめ、いつか天井崩れて運悪く病院送りになったらいいのに」

「アーニー、顔、顔が凄いことになってるぞ」

「魔女が嫌いなくせに魔女に雇われてるってどうよ?」

「うるさい、気にしてるんだから言わないでよ」


 アーネストが思うに、事の発端は灯台守が灯台守になったことに関係しているだろう。島の管理に加え、本来魔女の管轄でない海を管理していたものだから、灯台守ができたことに舞い上がったのだろう。島の管理は魔女が好きでやっていることらしいが、海はそういったことではないとのことだ。

 確か、そんなゲームを魔女がやっていたな、と世界が全て四角でできていたゲームを思い出す。

 そういった理由で、魔女は先程も言ったが、思いっきり気を抜いた。その反動で海から・・・未来の世界から運び屋もといヒツジと、過去の残骸である影がこの島にやってきたのだ。


「ま、これからはよっぽどのことが無い限り今回のようなことは起きないだろう。灯台守は無意識にでも海を管理するはずだからね。

 その為にも、キミら2人は迅速にこの灯台を直す手筈を整えてくれよ」

「あー、局長になんて言われるかなー?」

「アーニー、あんたから言ってくれないか?」

「やだよ、ラトとヴァシーリーとの間持ちだなんて」


 ボブロフ組織のボス、ヴァシーリー・ボブロフスキーの名前が出た途端、ラトウィッジは顔を少し青ざめさせる。


「べ、べ別にヴァシリョークが怖いとかじゃなくてだな!?」

「キミってなーんでそう自分の弱点をすぐに話しちゃうかな?」

「いや、拷問なら普通に耐えられるから」

「はいはい、昔よりだいぶ逞しくなったよほんと」


 ラトウィッジの焦りっぷりを見て、子供を見るかのようにクスクスと笑うアーネストは、昔はヴァシーリーを必要以上にちょっかいを出していたとは思えないラトウィッジの頭を撫でる。


「子供扱いすんな!」

「20代なんて、僕から見れば子供だよ」

「俺とアンタは、10しか変わんねーよ!」

「バッカだなぁ、10ってかなりの差だよ?」


 ヤレヤレと首を横に振りながら、アーネストは最後のあたりめを食べる。食べながら袋を三角畳みにすると、ズボンのポケットの中に入れた。


「さて、灯台守とジョン・ドゥにひとこと言ってから帰ろうかな」


 アーネストは立ち上がり、2人にを振ると、崩れ掛けた玄関から外へ出た。

 暫く歩くと、灯台に帰って来る灯台守とジョン・ドゥの姿が見えた。アーネストは2人に声を掛ける。灯台守はアーネストを見ると少し複雑そうな顔をしているので、やはり嫌われているようだ。一方ジョン・ドゥはそんな顔は1つもしてはいないが、灯台守がどうにかして欲しいと頼むときっと彼はアーネストとの戦闘に夢中になるだろう。

 いや、そんなことさせてたまるものか。何せジョン・ドゥと戦うということはとてつもなく面倒なのだ。それにアーネストは1位ではないので、必然的にジョン・ドゥとの戦闘は避けなければならない。


「やぁジョン・ドゥ、灯台守。

 僕はそろそろ他のことをしないといけないから帰るよ」

「あの2人はまだいるの?」

「いるよ。

 ああ、ジョン・ドゥ。灯台守のこと頼んだよ。その子がいなくなったら、また面倒事が起きるからね」


 アーネストは灯台守とジョン・ドゥにひとこと言うと、そのまま東海岸を離れる。すると、道の隅にある随分古く錆び付いた公衆電話が突然鳴り出す。無視してもいいのだが…と横目で公衆電話を見ていたアーネストは、気まぐれでその中へ入る。そして鳴っている電話の受話器を耳に当てると……。


『おっっっそい!!!』


 あまりの大声に、アーネストは受話器を耳から離した。

 受話器から聞こえてきたのは少年の声だ。どこか生意気そうな声の持ち主の顔を思い出し、アーネストは溜息を吐いた。


「リエゾンじゃあないか。そんなにカリカリすんなって、また縮むよ」

『俺の身長を気にするなら、電話が鳴ったら受話器を迅速に取ることだ』

「やだよ、どうせまた魔女がなんかしでかしたんだろ?」

『ご名答だ。今回は…また奴が構ってモードに入って手に負えん』


 リエゾンの後ろから聞こえる猫なで声に、アーネストは思わず受話器を置こうとするが、そうするとまた面倒なことになると考えぐっと堪える。


「あー…僕を巻き込まないで欲しいっていうか、キミもうそこ・・から出たら?」

『出れると思うか?』

「思わない。で? 僕に何して欲しいのさ」

『助けに来い! 今すぐ! 何となく命の危機を感じている!!』

「仕方ないなぁ…」


 島の夜はまだこれからだが、アーネストはこの世の終わりのような顔をしながら受話器置いた。


──さて、今日来たあのこ達は、いったいどんな島民になっていくのだろうか?

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