戦闘開始

「さてと、影は何体いる?」

「あー、2…3体か。あのどれかが本体だろうな」


 ラトウィッジ、ヤギが病院から出ると、すぐ目の前に黒いミイラのようなものが3体徘徊していた。それらは影だ。影の持つ大きな刃物には赤黒い液体がべっとりと塗りたくられていた。その場に転がっている液体が出たを見てヤギは眉を顰める。


「………トマトジュース」

「おう、現実逃避やめようぜ」


 影はラトウィッジとヤギに気が付くと3体が同時にこちらへ向かってきた。ラトウィッジはすぐにどこからか・・・・・機関銃マシンガンを取り出すと、それを影3体に向かって発砲する。しかし、それは数発掠めただけで尽く影は避けてしまう。


「ほらー、だから機関銃はラトに合わないってこの間も言ったんだ!」

「俺が何使おうが勝手だろ!? いいんだよ、好きなの使わせろ!」

「ラトはほら、やっぱり機関銃は機関銃でも短機関銃サブマシンガン突撃銃アサルトライフルの方が合ってるから!」


 ヤギはそう言うと、やはりどこからか短機関銃を2丁取り出してきた。


「くそ、やっぱり近距離戦になるのか」


 短機関銃をヤギから受け取ったラトウィッジはそれをすぐに影に向けて発砲する。今度は機関銃のように遠距離からの攻撃ではなく影に限界まで近づいた距離での発砲だった。影はそれに足を止めるが、しばらく耐えた後に自身の腕の部分に張り付いていた蛇のような黒い物体、黒布コクフが4枚ラトウィッジを襲う。


「ヤギ!」

「黒布を使うのが早くないか? っそらぁ!」


 ヤギはラトウィッジと影の間に入り、ラトウィッジに向かってくる黒布を4枚同時に掴む。こちらに向かって刃物を振りかざす影に気が付いたヤギは、黒布を思い切り引っ張り影をぶつけて回避する。しかし、すぐにカタカタと頭を鳴らしながら影は起き上がる。

 ラトウィッジは口を開けて勢いよく襲い掛かってきた3体目の口の中に短機関銃を突っ込むと、引き金を引き影の頭を半分消し飛ばす。弾丸を直撃受けた影は灰になって消えていった。


「ヤギ、こっちは違ったみたいだ!」

「じゃあこの2体のどっちかだな?」


 ヤギが一歩前進すると、2体の影はヤギが近づいて来ないよう黒布を伸ばし応戦するが、ヤギはそれを跳んだり横に避けたりして交わしていく。


「お前マジでウサギに改名しろ」

「いや、ヤギもかなり跳ねるぞ?」

「体格的にカンガルーでもいい」

「いや、ヤギのほうがかなり凄いからな」


 ラトウィッジはヤギの様子を見てキリがないと黒布を短機関銃で撃ち落としていく。その黒布の速さは常人では捉えることができないだろう、しかしラトウィッジとヤギはそれを捉えて引きちぎり、撃ち落とす。しかもその合間に軽口を叩い合うという余裕っぷりである。

 それを見ていたヒツジは何これ、とポツリと呟いた。


「ま、そんな反応になるのは当たり前よね。私達から見ても、あの人達って別次元の人間だもの」


 悟子が言う通り、2人の戦い方は常人ではできないだろう。それは、彼らが星持ちだからか。その中でも別格なのだということは悟子の言葉で良くわかるが、それでもヒツジは目の前で起きていることに思考が付いてこない。そもそも日本には銃撃の音は鳴らない。そんな平和な場所で生きてきたからなのか、ヒツジにはこのできごとがまるで作り物フィクションのように思えて仕方がない。そして、自分はこの世界にこれから何年…もしかしたら一生いるのだと考えた。


「これで、最後!」


 ラトウィッジが撃つ短機関銃を受けた、先に消えた2体と同様にサラサラと灰になって消えてなくなる。これで終わりかと思ったヒツジだが、周りの人達の顔を見てそうでないということがすぐにわかった。彼らはどこか、焦ったような考え込んだような表情をしている。影を倒したラトウィッジとヤギも同様だ。


「あの…これは、どういう?

「影はさっき使ってた黒布みたいに、幾つか普通の人間にできないことができるようになるの。でも、本体は決して灰にならない。ここにいたのは3体、その3体を倒したのに全てが灰になって消えた」

「ここに本体はいなかった…ということはっ!」


 まだ、どこかに影が潜んでいるかもしれない。ラトウィッジとヤギがいる限り、ヒツジ達は大事には至らないだろう。しかし問題は、その他の島民達だ。ラトウィッジとヤギのようにとはいかずとも、それなりに立ち回ることのできる島民ならばそのように立ち回るだろう。しかしここは第10区、この島地団地島の中でも病院が多くの怪我人病人が集まる区域だ。つまり、この区域には戦える島民が他区域に比べてダントツでいないのだ。


「ええ、ラトウィッジとヤギなら問題は無いのでしょうけど、戦うべき本体がここにいないとなると……」

「あ! ねぇ院長先生! 道先案内人は!? うちの助手と一緒にいたはずでしょう!?」


 悟子の言葉に院長と森は顔を見合わせた。


「そうか、その手があったか!」

「あの子なら、きっと見つかってない影を見通すことができるでしょうね」


 そう言うや否や、院長は森に道先案内人を連れてくるように言う。その言葉に頷いた森はすぐに病院内に入って行く。


「あの、悟子さん…?」

「どうしたの? ヒツジ」

「今まで聞きそびれていたんですけど、どうして道先案内人くんは人のいる場所がわかるんですか?」


 道先案内人、というからにはこの島のガイドなのだろうと考えていたヒツジだったが、建物ならばまだしも何故人の居場所まで案内することができるのかを疑問に思っていた。ラトウィッジの居場所も、第6区でジョン・ドゥが来た時も、道先案内人はそのことを尽く的中させていた。


「…たまに他の星持ちとは違った力を持つ子がいるんだよ」

「違った力?」


 悟子の代わりに答えたのはアーネストだった。悟子は理解はしているが、こういったことはアーネストに任せておけば間違いはないと判断して口は挟まない。


「普通の星持ちは、精々身体能力が向上している程度だ。けど中には異能力を開花させる奴らもいるのさ。

 道先案内人は"見る"異能…いや、"島を見る"異能か。彼の持っている本を見たかい?」

「道先案内人くんが持っていたアレですか?」

「僕らが見ても、あの本はただの白紙だ。けど道先案内人が使うと島の構造や人の居場所を見ることができるようになっている。だから道先案内人は、この島で唯一島の中で迷わない存在なのさ」


 ヒツジは道先案内人の持つ分厚く大きな、普段は鞄の中に入っている本を思い出す。中身は見たことは無かったが、そんな凄い本だったとは。


「でも、その異能力って凄いんですね…もしかして、アニメとかに出てくるみたいなこともできるんですか?」

「凄いねぇ……」


 アニメや漫画にあるような、炎を操ったりといった能力を想像しながらヒツジはアーネストに尋ねるが、彼はとても苦々しい表情となっている。


「異能力者は、普通の星持ち……こっちは超能力者としようか…のような力や身体能力、頑丈な身体を得ることはできない。例え炎を操ったとしても、僕らの中にはその炎すら無視することができる奴がいる。いや、そんな反撃できる奴らの方がまだマシさ。中には、道先案内人のように反撃の手段すらない奴だっているんだから」


 異能力は道先案内人のように、味方に着くと大きな貢献をする物か多くある。しかし反撃の手段がほとんど無く、あっても星持ち特有の頑丈さがあればそれを回避することもできる。

 人と"異なる・・・能力"を持っている星持ち、人を"超えた・・・能力"を持つ星持ち。つまりはそういうことなのだろうか。ヒツジが考えていると、森が道先案内人を連れて帰ってきたようだ。




「つまり、ここら辺にいる影を見つければいいんだよな?」

「頼むぞ道先案内人」

「頑張りますんで睡眠導入剤を……」

「お前はオーバードースをするから却下だ」

「はい」


 道先案内人は、森の返答を聞いて心底悔しそうにしながら本をペラペラと捲る。森だけならばもう少し粘るのだが、今は普段から世話になっている悟子と院長、順位上位のラトウィッジにヤギ。そして世界で1番逆らってはいけないと日々感じているアーネストがいるのだから、グズグズとはしていられない。


「えーと……第10区には…姿なし、です」

「は!?」


 第10区にいるとばかり思っていたラトウィッジとヤギは、道先案内人に見間違いじゃ無いだろうな、と詰め寄る。その剣幕に道先案内人は涙目になって見間違いじゃないです、と答えている。悟子がそれを止めると道先案内人はまた違う場所を探し始めた。


「……東海岸に1体いますね…多分コイツが本体だと思うんですけど」


 東海岸、とアーネストが呟いた。


「なんか、心当たりがあるのか?」

「いや……ああそうか、今日は日本で言うところのお盆だっね」

「?」

「道理で、この影に見覚えがある。魔女の奴、灯台守が来たからって手を抜いた・・・・・な?」


 アーネストは忌々しそうに吐き捨てるようにそう言った。あのアーネストでも、こんな顔ができるのか、というのがヒツジが抱いた感想だった。


「早いところ、東海岸へ行こう。このままだと灯台守が危ない」

「灯台守? 島に灯台守は今いないはず…」

「新しくできたんだよ」


 アーネストの言葉を聞いて、道先案内人が疑問の声を上げるが、すぐにアーネストの回答で疑問は解消する。ヒツジの視界の端ではヤギがあの子か、と手を打っていた。


「あ、でもそれなら灯台守は安全だな」

「なんでよ?」


 ヤギが言い出した言葉に、悟子が反応する。


「灯台守の所に確かジョン・ドゥが……」

「説明してくれてるところ悪いけど、ラトは道先案内人連れてもう行っちゃったよ」

「早いな! ラトは!」


 辺りを見渡すと、もうラトウィッジと道先案内人の姿は小さくなっていた。ラトウィッジに無理矢理肩を組まされた道先案内人が身を小さくしていることが、ここから見てもよくわかる。そんなラトウィッジと道先案内人を見て、ヒツジ達はすぐに彼らを追いかけた。


「……そうか、灯台守はジョン・ドゥと…………そうか。

 なら、安心だ。灯台守ならジョン・ドゥみたいな戦闘狂をどうにかできるかもしれない……なるほど、安心だ」


 ヒツジ達がラトウィッジと道先案内人を追いかけた後も、アーネストはその場に留まった。そして、いつもの薄ら笑いでなく微笑みをここからでは見えない東海岸へ向ける。


「……これでしばらく退屈しなさそうで、安心だ」


 しかし、次の瞬間アーネストは凶悪は笑みを浮かべる。そして、アーネストもラトウィッジと道先案内人を追いかけるために、悠々と歩き出した。

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