第4話 影

戦闘開始前

 運び屋を改めヒツジと名付けられた彼女は、これからのことについて考える。と言っても、ヒツジはヤギについて行き郵便局で働くことごできるようにしに行くのだが、今はそれよりも助手のことが気になって仕方がなかった。


「そうね、気になるのはわかるけど銃程度で死ぬわけないから安心しなさいよ」

「あの、多分この島以外の人は銃で撃たれると命に関わる重症なんですけど」

「え、そうなの?」


 人より頑丈な島民にとって銃がそんな扱いであることを知ったヒツジは目を丸くした。いや、説明されていた時点では分かっていたが、それを目の前でハッキリと言い切られてしまうと、島民でなかったヒツジはどう言えばいいのかわからない。


「さーて、僕はキミらに見つかってしまったわけだし、そろそろ部屋に帰ろうかね」


 そう言いながら、アーネストはあたりめが入ったら袋をバッグ・クロージャーで閉じると、残っていたカフェオレを飲み干して席を立つ。が、アーネストは服の襟を引っ張れ、その反動でまた席に座らされる。


「おっとぉ…? 森くんさー、僕は今から帰るところなんですけど?」

「全く…厄介事の気配を感じたら、すぐに逃げ出そうとする奴だなお前は」


 アーネストは、襟を引っ張った張本人である後ろに立つ森に物申すが、逃げ出そうとした、と図星をつかれたようでそのまま黙ってしまう。


「? ヤギ、その女性は?」


 森は未だに逃げ出そうと辺りを見渡し、様子を伺っているアーネストを羽交い締めにすると、そこでヒツジに気が付いた。


「ああ、彼女はヒツジです。今日団地島に来て…郵便局で働く予定ですよ」

「そうか、俺は森だ。医者をしている」

「ヒツジです。よろしくお願いします」


 ヒツジが自己紹介を済ませると、ラトウィッジとヤギが暴れるアーネストを森に言われて取り押さえる。それに幾つか文句を垂れるアーネストに、もう一つの危機・・が訪れた。


「あらあら、アーネストさん? そんなに動くと…次の薬の実験体に選んで差し上げますわよ?」

「あ、はいごめんなさい医者先生」

「ふふ、私のことは院長とお呼びなさいと何度も言っているはずですが?」


 現れたのは、マッシュルームヘアに緑の目を持つ女性だった。


「それにしても、残念。貴方、島の中でも頑丈・・な部類なのに……」

「頑丈ってだけで実験体とか、もう懲り懲りだから。頑丈ならラトとかヤギとか……」

「いや、俺らアンタほどじゃないから」

「そうそう」


 全力でアーネストから目を逸らすラトウィッジとヤギを見て、アーネストは盛大にため息を吐いた。そして、何のよう?と森と院長を一瞥する。


が現れた。真っ直ぐこちらに向かっているとのことだ」


 ヒツジは、また聞き慣れない単語が出てきたので首を傾げる。


「ああ、それから探偵のところの助手の手当はしたわ。傷はすぐ治ると思うから、安心して探偵」

「はい…院長にはいつもお世話になっています」

「仕事だもの、気にしないわ」


 悟子は良かった、と胸を撫で下ろす。悟子にとって助手は本当に大切な存在のようだ。顔にはあまり出さなかったが、助手のことをずっと気にしていたのだろう。助手も悟子を慕っているようであったし、この2人の関係は上司と部下という関係としては、とても良好なものではないかとヒツジは感じていた。


「それにしても……ラトウィッジの銃、やっぱり凶悪よね。素晴らしいわ」

「やー、それほどでも」


 院長に自身の武器を褒められたラトウィッジは、照れたように頭を搔いた後、院長に今回使った銃を説明する。それを嫌な顔1つしない、と言うよりも大歓迎だとばかりに頬を赤らめている院長はどうやら武器というものがかなり好きなようである。そんな院長の反応を見て、ラトウィッジの話は銃から他の武器にも移り、その話に院長の話も加わっていく。ラトウィッジも院長も、武器・・というものが好きなようだ。


「この武器マニア達、どう思う?」

「え、えぇ?」


 取り押さえられ、逃げることをとっくに諦めたアーネストは、ラトウィッジと院長のやり取りに呆れてヒツジに話を振る。しかし、ヒツジはそんなことを言われてもどう反応をしていいのかわからない。人それぞれに趣味趣向はあるものだし…医者が武器マニア、というものどうかと一瞬思ったが、例えるなら医者が戦闘漫画を好きなようなものだろうか、と考えると納得することができた。

 いや、そんなことよりも……。


「あの、ってなんですか?」

「………アーネスト」

「ほら、みんなすぐに僕を辞書代わりにするんだから……」


 全く、と言いながらアーネストはヤレヤレと首を横に振った後、ヒツジに影について説明を始める。


を持っている人間……ま、自称警察達は『星持ち』と呼んでるね。今からはそう呼ぼうか…で、星持ち達が薬を飲んでいることは知っているよね?」

「はい、助手くんが飲んでいるところを見ました」

「そう、それは抑制剤だよ。星持ちが力を使いすぎると思考が支離滅裂になる。それを抑えるのがこのお薬さ」


 アーネストはヒツジに薬瓶に入った抑制剤を見せる。


「僕達は力を引き出そうとすればするほど、だんだんそうなってくる。だから戦闘前なんかの、全力を出す時にこれを飲んでいる子が多いね。

 そして…まあ、その限度・・を超えた時に星持ちは反転・・する」

「反転?」

「そうすると星持ちは人で無くなる。人の心を持たなくなる。つまり、死んでしまうのさ。

 そんな彼らを、誰が言い出したのかは知らないけどこう呼んだ。と。彼らの目的はただ1つ、破壊すること」


 つまり、彼らはそんな自分が自分で無くなるような危機を持つ力を使っているということになる。いつか、そうなって元は同じ人間を、街を……それを知ったヒツジは身震いをした。


「ま、使う前に飲んでいれば、乱用しない限り万が一は起きないけど……」

「問題は、それを買えないっていう人ね」

「抑制剤が無いと長く生きられない。抑制剤が欲しいけどお金が無い。抑制剤が欲しいから汚職に手を染める。そんな人達はここには大勢いる。でも、それでも影になる人はいなくならないのよ」


 いつか、もしかしたら次は自分達がそうなるかもしれない。

 星は綺麗に光って見えてはいるが、実際は燃えているだけ。そしていつかは、いやもう既に燃え尽き無になっている。だからだろうか、彼らが星持ち等と呼ばれている理由は……だとしたら、なんて残酷なのだろうか。まるでいつか星のように消えてなくなると言っているような……。


「さて、ところでアーネストに影の討伐を頼みたいのだが…」

「やだよ面倒臭い」

「お前な」


 いつの間にか椅子に座り直し頬杖をついたアーネストの目は、実に面倒くさそうで、目に見えてやる気が無い。


「だいたい僕じゃなくても、そこに若くてやる気のある第4位と第5位がいるんだから、僕でなくてもいいだろう?」


 ヒツジはえ?と後ろを振り向く。悟子は初めに自身を順位圏外だと言っていた。つまり、ラトウィッジとヤギ、森、院長の誰かが第4位、第5位になるはずだが、ヒツジには確信めいたものがあった。じっと見つめる先はラトウィッジとヤギだ。


「もしかして……2人が?」


 恐る恐るヒツジが尋ねると、ラトウィッジとヤギは顔を見合わせる。それから、ああ、知らなかったな、と頷き合った。


「ああ、ラトウィッジが5位で俺が4位だ」

「4位はヤギに譲った」

「嘘ばっかり。俺の圧勝だったろ?」


 ラトウィッジが第5位で、ヤギが第4位…ヒツジは順位を持っている星持ちが、順位争いをしているところしか見たことが無かったので、お互いを茶化し合う仲が良さそうな2人を不思議そうに見せいた。


「そういえば、アーネストさんに面倒になってたって言ってたから………幼馴染? のようなものですか?」

「そうだな、あとは第6区にいる茶房もだな」


 その茶房という人物も、ラトウィッジとヤギのように強く順位も上位なのだろうか……? そう考えているうちに、ラトウィッジは助手に使った銃と院長に預かったライフルを携えて、ヤギは武器も持たずに病院の外から出ていった。


「だ、大丈夫なんですか……?」

「うん、この島の第4位、第5位だよ? 余裕に決まってるじゃないか」




────────────




【東海岸・灯台】



「はい、お茶です」


 灯台守はジョン・ドゥに、買い物途中に買った2リットルペットボトル入のお茶を、同じように買っておいたコップに入れ、差し出した。


「今日は本当にありがとうございます」

「いや、俺がしたかったからした、てだけだし」


 結局あの後は、玄関の扉の鍵を新しい物にして布団と食器類やある程度の食料を買っただけだった。しかし、その間にもジョン・ドゥが灯台守を守っていたのは、彼女もよくわかっていた。だからこそ、灯台守は少しだけジョン・ドゥに気を許しても良いと感じていた。その灯台守の気持ちがジョン・ドゥにも伝わっているのか、どことなく戸惑っているようにも見える。


「……あの、ジョン・ドゥさんは……」

「ちょっと待て、その"さん"ッてーのはやめろ。気持ち悪ィから」

「えっと…じゃあ、ジョン・ドゥ?」

「なんだ?」


 次に戸惑ったのは灯台守だった。ジョン・ドゥは名前を呼ばれると、まるで少年のように無邪気に笑って灯台守に答えたのだった。


「ジョン・ドゥ……は名前を呼ばれるのが好きなんですか?」

「敬語? も要らねぇからな。

 好き…まァそうだな好きだ。これでも餓鬼の頃は名前なんて無かったからな」


 そう語るジョン・ドゥを見て、灯台守はこの彼がしつこく結婚を申し込んでくるジョン・ドゥだとは思えなかった。そのくらいとても優しい顔をしていた。


「そうですか…あの、灯台の中を確認したら、部屋が幾つか見つかった、から……私の部屋以外なら勝手に使ってもいい・・・・・・、よ?」

「……いいのか?」


 初めは敬語なしで喋ろうとしている灯台守に、もう少し緊張解けよ、とでも言おうとしたジョン・ドゥはその灯台守の言葉に固まった。つまりだ、2人の関係は一歩前進したということだ。その事実にジョン・ドゥは歓喜した。しかしある不安も芽生えてきた。


「灯台守、俺が言うのも何だが……あんまり人を信用し過ぎるのはどうかと思う」

「うるさい! アンタは特別! 特別に! 私の温情で! 貸してあげるってだけ!」


 特別、という言葉にジョン・ドゥは反応する。というのも以前、茶房がエスプレッソと一緒に特別にマフィンを出してきたことを思い出したからだ。

 特別とは、大切な人・・・・にしか向かない感情だと、そう茶房から聞いている。


「へェ、そうか、ふーん…へーェ…」

「何そのニヤケ顔! 腹立つ!」


 ニヤニヤと灯台守を見つめていると、灯台守は顔を真っ赤にさせて机を叩く。


「……明日さ、また茶房の所に行こうぜ」

「あそこの珈琲、美味しかったし…いいよ」


 茶房のことを思い出して、あのエスプレッソのことを思い出した。そういえば、あの時灯台守が飲んでいたのはエスプレッソでは無かったことを思い出した。何となく自分と同じものを共有してもらいたいと感じたジョン・ドゥは灯台守にそう伝えた。断られたら無理矢理連れて行けばいいか、と考えながら言ったのだが、意外にも答えはYESだった。


──やっぱ、灯台守ってチョロいのか…?


 そこまで考えたところで、外から大きな音がする。

 何かが爆発をしたようだ。それと同時に、灯台の壁が壊れた。見えるのは星が浮かぶ空に真っ黒になった海。


「………嘘でしょ?」


 その灯台守の言葉にジョン・ドゥは頷いた。どうしてこうなった。

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