中心区
「その前に、ちょっと寄る所があるんだが…」
「寄る所?」
ラトウィッジは、そう言うと気絶している助手を担ぎ上げる。何か言いたそうにしている悟子だったが、今ここで助手を担ぎ上げることができるのはラトウィッジくらいだ。
「まさかとは思うけど、ガロットの所じゃないでしょうね…!」
「ねぇよ! どんだけ疑い深いんだ」
しかし、ラトウィッジが今まで運び屋達と敵対していて、それに加えて助手がこの状態なのだから、そうなるのも仕方ないだろうと運び屋は感じていた。それよりも"ガロット"と聞いて震え上がった道先案内人は、過去にいったい何をしたのだろうか。彼をこんな状態にする、ガロットとは何者なのだろうと運び屋はラトウィッジを警戒する。
「おい、早く着いてこい」
そう言ってラトウィッジは路地裏から出る。顔を見合わせた3人は、その後すぐにラトウィッジの後を追うことにした。
「道先案内人、あんたは元々関係ないんだし無理して来なくて大丈夫よ?」
「いや、そうなんだけどさ……やっぱり助手のこと気になるし、運び屋さんが無事に帰れるかも気になってさ」
「………そう」
悟子が少しもの言いたげな表情をしたが、道先案内人も運び屋もそれに気が付くことはなかった。
そうこうしている合間に、一行は電車の物と思わしき改札口の前にたどり着いた。無人の駅には誰も居ないようで、寂しい雰囲気が漂っていた。
「向かうのって……やっぱり4区!?」
「
ラトウィッジはそう言いながら4人分の切符を買うと、それぞれ3人に配る。それを受け取った道先案内人が、ラトウィッジに何度も切符を受け取っても良いのか、と聞いている。運び屋も同じ気持ちだったが、ラトウィッジは道先案内人の質問に面倒くさそうに答えているところを見ると、今回の切符代はラトウィッジが持ってくれるようだ。
助手を自分から担いだことと言い、今のことと言い…もしかするとラトウィッジは案外いい人なのかもしれない、と運び屋はこの時考え始めていた。そもそも、悟子はラトウィッジ自体は良い奴だと運び屋に伝えていたのだ。それを思い出して、運び屋は少し緊張していた肩を緩めた。
「おっと? なんか珍しい御一行だね」
改札口を通った後、すぐにたった2両しかない電車が駅に停車した。
電車の窓から顔を出したのは、車掌服を着た男だった。
「それと、見たことない人だ」
指を指された運び屋は、ドキリとして彼を見つめる。この島では、運び屋のような外から来た人間はすぐにわかってしまうのだろうか。
「運び屋よ。今日来たんですって」
「へぇ…そりゃあ見たことないはずだ。
えーと、運び屋さん? 僕はカストル。双子の兄さんと一緒に車掌やってるんだ。兄さんは今、2両目にいるから機会があれば会っていきなよ」
「は、はい…」
悟子が運び屋のことを軽く紹介したので、カストルも運び屋に自己紹介をする。人が良さそうな笑顔に、警戒心を少し解いた運び屋は、頷いてカストルに応えた。
「ところで、ラトウィッジさんはその子の分の切符を買ったのかい?」
カストルはラトウィッジに担がれた助手を見る。そいいえば、ラトウィッジは4人分の切符しか買っていなかったことに気が付いた運び屋は焦り、ラトウィッジを横目で盗み見る。しかし、当の本人はどこ吹く風で、汗の1つもかいていない。
「これは荷物だ」
「ちょっと人の助手に……っ!」
「んー…今回は特別だからね。次やったら君んとこのボスに言いつけるから」
そんなやり取りを終え、一行は電車の車両内にはいる。どこにでもあるような電車の内装だが、どこか雰囲気は古臭いように運び屋には感じ取れた。
「あ、あの…中心区って、どんな所なんですか?」
会話の無い5人だけの電車の車内で、運び屋が堪らず3人に話題を振った。助手を荷物扱いされた悟子は少し刺々しい視線をラトウィッジに向けながら運び屋に説明する。
「中心区って言うのは、絶対中立を保っている場所よ。コイツみたいなマフィアでも堂々と行ける場所よ。
ま、区っていっても他の区に比べると規模も本当に小さいし、区って言うよりは広場って感じね」
「円状になっている団地の更に奥にあってですね、団地島の中心なんですよ。
結構屋台とか出ていまして。焼きそばとか、俺はまだ飲めないけどお酒とか!」
悟子と道先案内人から中心区のことを聞いた運び屋は、その場所を思い浮かべる。広場に屋台…日本の縁日のようなものなのだろうか?
しばらく運び屋達が話していると、カストルの声がアナウンスで流れるのに運び屋達は反応した。次の駅で中心区に行けるようだ。
『次は中心区駅前ー、中心区駅前ー』
「あ、もう着くわね」
悟子の言った通り、電車はすぐに駅に滑り込んだ。4人は電車から降りて改札口をまた通る。改札口を出た所で、運び屋はそこでもう中央区ね活気ある声が聞こえてきたことに気が付いた。
辺りは日が少し沈んだところ。そんな中心区は、酒盛りをしている男達や恐らく学校帰りに中心区に寄ったのであろう、様々な制服を着た学生が屋台の食べ物を買っていたり、中心区を走り回る子供で賑わっている。
「す、凄い……」
「助手も初めはそんな反応してたわね…」
何か買って行く?と悟子に聞かれた運び屋は、散々歩き回ったせいで空いているお腹が気になった。唐揚げくらいなら、食べられそうだ。
「えっと…唐揚げを……」
そう言いかけた時、運び屋達の前方からラトウィッジを呼ぶ声が聞こえてきた。そちらを見ると、ミリタリージャケットを着た郵便屋と先程別れた泉がこちらへやって来ているところだった。泉は大きめの紙コップに入った唐揚げを食べているようた。
「泉!? 生きてたのか!?」
「勝手に殺すな! これでも生憎第7位でな! ジョン・ドゥに負けるが死にはしねぇよ!」
「ヤギ、もう来てたのか?」
「泉が
再会を喜ぶ道先案内人と泉、奢らされた唐揚げを指差しながら爽やかに笑うヤギに眉を顰めるラトウィッジを見て、運び屋は思わず身を小さくする。そんな運び屋に気が付いた泉は、唐揚げを差し出し運び屋を安心させようとしたので、それに応えるために熱々で噛めば肉汁が溢れそうな唐揚げに運び屋はかぶりついた。
「美味しい…」
「だろ? ここの飯は何でも上手いからな!」
ニカッと笑う泉を見て、運び屋は安心感を覚える。しかし、泉はラトウィッジの抱えている助手を見た瞬間、悲鳴を上げた。
「じょ、助手ー!? 一体全体何があったてんだ!?
旦那! 助手に何やったんだよ!?」
「まぁ………色々あったんだよ」
「俺の親友になんつーことを…! 早く、早く10区へ行こう! そうしよう!!」
泉はラトウィッジから助手を奪い取ると、助手を背負う。どうやらそのまま走って10区へ向かうようだ。
「そいつが貧弱だから悪いんだろ」
「普通、一般人相手に銃持ち出す奴がいるか!?」
「探偵よぉ、この島の順位圏内に入ってる奴が、一般人だと思うのか?」
「思わないけど、それとこれとは別! 私の助手は強いけど、そんなに喧嘩とかしたことないの!」
悟子はラトウィッジの白髪頭にしがみつき、引っ張る。それを引き離そうとするラトウィッジであったが、引っ張れば自然と髪が抜けるからか、ラトウィッジは本気になって悟子を引き離そうとはしていないようだ。
「おーい! 泉、ちょっと待てって!」
ヤギが泉を止めると、泉はヤギに文句を言いながら立ち止まる。
「何でですか、ヤギさん。俺は早いとこコイツを……」
「んー、いやな…探偵の奴になんの宣言も無しに連れていくのは、俺はどうかと思うぞ?」
「いいわよ、どうせ私達も第10区に行ってアーネストに会うつもりだから」
それを聞いたヤギは頭をかしげる。
「ラトウィッジもか? すまん、状況が把握できないんだが」
「この女のことをアーネストに聞きに行く」
「なるほど、簡潔的すぎてわからん」
ラトウィッジと悟子はヤギにこれまでの状況を一から説明する。真剣に頷くヤギは、2人の言葉を遮ることなく全て聞いてから、初めて運び屋のことを見る。
「なるほどな。えーと、運び屋だっけ?」
「は、はい…」
「苦労したんだな。俺もラトウィッジも、あんたがこの島にとって悪いものじゃないってもうわかってるからさ、あんまり緊張しなくていいからな」
「い、いやでも……」
そう言われたが、運び屋はラトウィッジを見てその眼光に怯える。それに気が付いたラトウィッジは、気まづそうにして目をそらすと悟子に話し掛ける。
「それよりも…おい探偵」
「何?」
「お前、さっき10区に行くって言ったよな? アイツは今は3区の団地に住んでるんじゃなかったか?」
そう悟子に言うと、彼女は少し得意気になって胸を張った。
「アーネストは私達にもうこれ以上巻き込まれないよう、森先生の所にいるはずよ! 森先生の住居は第10棟だけれど、この時間なら島地総合病院にきっとアーネストはいる」
「あの人、無駄は好きだけど面倒は嫌いだからなー」
ヤギは悟子の推理を聞くと、少し困ったように笑う。どうやら彼はアーネストの面倒くさがりという性格に苦労させられているようだ。
「アーネストさんとは、知り合いなんですか?」
運び屋はまるで深い馴染みがあるかのように語ったヤギに、ついそう聞いてしまう。
「ん? あの人は…そうだな、俺がこの仕事見つけるまで世話焼いてくれてた人って感じかな? ラトウィッジだってそうなんだ」
「つまり、育ての親みたいな?」
「アイツはそんなんじゃねぇよ! 育ての親なら他にいるし……いや、
運び屋の言葉にいち早く反応したのはラトウィッジだった。本当に育ての親をアーネストと言われることが嫌なようだ。
「あの人はなんつーか…親戚って感じだ」
「親戚…?」
「病院行くなら早く行こう!!」
会話がなかなか終わらないことに痺れを切らした泉の声で、運び屋の疑問はかき消される。
──…………あ。
助手は相変わらず泉に背負われたままピクリとも動いていない。そのことに気が付いた運び屋達は、すぐに第10区に向かうことにした。もちろん、何の力も持っていない運び屋と道先案内人はヤギに抱えられ、建物の屋根を移動しながら。
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