第3話 Answer

真実を




   痛い

             暗い

辛い

                        酷い

          苦しい

                  寂しい

      怖い



 あの場所に、いったいどんな希望が持てるのだろうか。

 あの場所に、どうやって逃れようと言うのだろうか。

 自身はそれを知らない。

 苦しくて、苦しくて何度も世界を恨んだことだろう。

 それでも、生きていくしかないと自分に言い聞かせる。


ああ、この世界は真っ暗だ。




────────────




 運び屋はふと考える。自身は本当に悟子等のいろんな人物に迷惑を掛けていると。しかしそんな人々は、運び屋に対して嫌そうな顔はしなかった。思っているかもしれないが、基本的に運び屋に親切だった。

 何故なのだろう、と考えれば考えるほどわからなくなるが、それでも今は彼女達を信じるしかない。


「運び屋? 大丈夫?」


 悟子と声で、運び屋は我に帰る。辺りを見ると、運び屋はもうすでに助手から降ろされており、自由に身体を動かすことができる。


「ありがとう、助手君」

「いえ、運び屋さんはうちの依頼人ですから」


 助手はそう言うと、運び屋に笑い掛ける。

 

「あの、悟子さん」

「ん? どうしたの、運び屋?」

「私、迷惑じゃないですか?」


 運び屋は思い切ってそれを悟子に聞いてみることにした。質問された悟子は、運び屋の言っていることが一瞬わからなかった。しかし、大切な依頼人がこうも不安になっているのは、依頼を受けた自身としては見過ごすことはできない。


「迷惑って言うか、仕事だからね。私は仕事には全力でって決めてるし」


 悟子は何の裏表もない顔で笑う。

 そう、依頼人だから。だから悟子は、助手は自分を守ってくれ、無茶なことだって引き受けてくれるのだ。


「悟子さん……」


 運び屋が悟子の名前を呼ぼうとした時だった。急に助手が運び屋と道先案内人を自分の後ろに隠す。


「よぉ、探偵…俺はその後ろの女に用があるんだが?」


 何事かと運び屋と道先案内人が助手に声を掛けようとすると、知らない男の声が聞こえてきた。しかし、助手の身体から僅かに見える白には見覚えがある。


「ラトウィッジ……」


 そう、その人物は運び屋達が探していたラトウィッジだった。

 悟子はそう言うと、すぐに助手の前に出る。今までの雰囲気とは打って変わったことに気が付いた運び屋は、助手の後ろで小さくなった。


「そいつを引き渡せ」

「嫌よ。運び屋は私の依頼人、キッチリ本土に帰してあげるまでは誰にも指一本触れさせやしないわ」


 悟子は仁王立ちでラトウィッジに宣言する。それを聞いたラトウィッジは、面倒くさそうな顔をして頭をかく。白い髪が手に絡みつくが、ラトウィッジはお構い無しに手を下ろし髪を抜いてしまう。


「じゃあ、そういうことでいいんだな?」

「……っ助手、アンタは運び屋と道先案内人を連れてここから離れて!」

「でも、悟子さん!?」


 悟子はラトウィッジの前に立つ。今のラトウィッジと話し合うことはできない、何故なら彼が酷く気が立っているからだ。悟子はすぐにそう気が付く。そんなラトウィッジと、まともに会話なんてできないと判断した悟子は、助手を逃がすことにした。


「た、探偵さん大丈夫なんですか!?」

「道先案内人も戦力外でしょ!」


 なら自分が残る、と言おうとした助手だったが悟子がそれを許さない。悟子は助手をキッと睨みつける。それを見てすぐに助手は悟子を置いて行くことを決めた。


「運び屋さん、失礼します」

「あ…はい!」


 助手を運び屋と道先案内人を抱えて逃げる。悟子ではラトウィッジとの勝負は目に見えている。それは助手も同じだが、短時間で逃げることができる可能性は、助手の方が高いと悟子は判断した。それを察した助手も、それに従う。


「でも、悟子さんは……」

「今は逃げよう!」


 道先案内人の悲鳴のような叫び声に、助手は頷くと走り出す。それを見たラトウィッジは舌打ちをする。


「探偵…お前、何のつもりだ?」

「何のつもりって…? 順位外の私が、アンタを止めるのが無謀だっていうの?」

「それもあるが……」

「それに、アンタは女にほとんど手は出さない。なら、足止めするのには私が最適じゃない?」


 ラトウィッジは基本的に女性には手を上げることはなく、しかしだからといって優しいわけではない。仕事であればどんな人間にだってその力を奮ってきた。だからといって、女性に手を上げることは躊躇われる。それはラトウィッジの育ち・・に由来しているのか、それとも育て親・・・に由来しているのか……。

 悟子はラトウィッジの事情・・は知らない。それは島の何個かあるタブーの1つだからだ。だが、それを利用しない手はない。ジリと足を動かしたラトウィッジに、悟子は構える。──が、次の瞬間悟子の横を風が通り過ぎる。


「───…え?」


 悟子の横をラトウィッジが走り抜けていた。その時の風圧で悟子はその場に倒れ込み、彼女のストッキングが破れてしまったが、そんなことを気にしている余裕はない。すぐに顔を上げるともう、ラトウィッジが助手に差し迫っている。


「待ちやがれ、助手!」

「道先、盾になれ!」

「無理だから!!」


 助手はこの場から逃げようと走る。そして、道先案内人が助手のポケットから薬瓶を取り出しその中から2粒の錠剤を取り出すと、両手の塞がった助手の口に道先案内人がそれを放り込む。

 飲み込んだ助手は、今まで以上のスピードを見せると一気に路地裏から出ようとするが……。


「逃げんなよ…20位……」

「ラトウィッジ!?」


 目の前に現れたラトウィッジに驚き、助手は急停止する。いったいどこから、と目線だけを一瞬壁に向けるとそこには不自然な窪みがいくつもできていた。


──壁を走って来たのか……!?


 その一瞬を見逃さなかったラトウィッジは、助手に襲い掛かる。助手は運び屋と道先案内人を降ろして、ラトウィッジの拳を止める。


「道先、早く運び屋さんを連れて逃げろ!」

「助手くん!?」

「は、運び屋さん! こっちだ!」


 道先案内人が運び屋を連れて逃げようとした時、道先案内人と運び屋は足を止めてしまう。ラトウィッジが助手に向けているのは拳銃だった。

 運び屋は知らないが、この島の住民には銃火器等の武器の類はほぼ通用しない…だが、そんなことをよく知っている島民達は、更に強い武器をと編み出してきた。そのため、この島の武器は総じて他の場所の物よりも段違いの強さを誇る。

 それに加え、ラトウィッジの身のこなしがあれば銃の弾など避けるのは容易い。よって、ラトウィッジは拳銃を愛用しているのだ。


「動いたら、コイツを殺す」

「……!」


 2人は動けなくなった。それでも逃げろと言う助手の左足に、ラトウィッジは1発撃ち込む。あまりの痛さに声を上げて叫ぶ助手は、その場に倒れ込む。


「助手! ラトウィッジ…お前!!」

「動くなっってんだろ?」


 今度こそ動いたら、助手はきっと死ぬだろう。運び屋は息を呑む。


──やっぱり…私のせいで、みんなが…!


 運び屋は目を瞑った。ラトウィッジの足音が運び屋の耳元に聞こえてくる。もうダメだ。いったいこれからどうなるのだろう、と運び屋が考えていると。運び屋の耳に何かが壊れる音が聞こえてきた。




────────────




【第10区 平賀病院】



「そういえば、アーネスト…お前は何故、第3棟に住んでいる? 前までは第10棟ここだったじゃないか」

「んー…? そんな事が気になるのかい?」


 森と一緒に病院に来ていたアーネストは、勝手に出した森のスルメを噛みながら医学書を読む。そんなアーネストに、森はそう質問した。アーネストは初めは第10区にある第10棟に住んでいたのだが、いつの間にか第3棟に移り住んだのだ。


「気になる…と言うより、お前が俺がなかなか来れないように第3棟に移り住んだのかと思ってな……」

「全く、森くんってば疑い深いんだから〜」


 意味がある引越しかとそう思っていたが…もしかしからそんなこと無いのかもしれない。いつも通りの気まぐれの可能性も大いにあるわけで…何故こんな質問をしたのだろうと、森は肩を落とした。


「理由ならあるさ」

「あるのか? いつもの無駄追求でなく?」


 当たり前だろ?と最後のスルメを噛むアーネストは、静かに森に告げる。


「あそこに住んでいる住民達が、全員お人好しだからさ」




────────────




「私の依頼人に……手を出すなぁぁあ!!」


 ラトウィッジは運び屋に気を取られていたため、後ろにすぐ反応することができなかった。ラトウィッジの頭に、かなりの大きさのある木片が当たる。その声の持ち主は、悟子だった。悟子は息を切らしながら、ラトウィッジを見据える。


「………」


 粉々に砕けた木片を見て、ラトウィッジは運び屋から視線を逸らし、悟子を睨み付ける。その視線に怯えた悟子は、1歩後ろへ退るがラトウィッジに負けてはいけないと、持ち直す。


──来るなら来い! マフィアだろうが、なんだろうが…私は運び屋を守るんだ!!


 膝が笑う。

それがなんだ。

 手が震える。

それがなんだ。


──私は…運び屋にを気付いて貰うまでは…。


 しかし、前をしっかりと見直した悟子の前に、運び屋が手を広でて立っていた。


「は、運び屋!?」


 悟子が突然の運び屋の行動に目を見開く。


「あ、あなたが用があるのは、私だけなんでしょう?」

「……おう」


 震える声が悟子の耳に届く。よく見ると、手を広げている運び屋のは自分よりも震えていた。


「なら、もう悟子さんや助手くん、道先案内人くんに酷いことしないで!!」


 それを見たラトウィッジは、気まずそうに頭をかく。涙を目に溜めた運び屋を連れて行こうと1歩進み始めたラトウィッジに、悟子は待って欲しい、と言う。


「今度はなんだ、探偵?」

「……本当は、運び屋が気が付かないと意味が無かったんだけど…運び屋が、命の危機に晒されたなら…もうこうするしかない」


 一体なんのことだ?気絶してしまっている助手以外の、ラトウィッジも運び屋も、道先案内人も不思議そうに首を傾げる。


「……ラトウィッジ、アーネストのところまで一緒に来て…お願い!」


 突然の申し出に、ラトウィッジは目を丸くする。


「今回のこと…まさかアーネストも巻き込んでやがったのか?」

「──と言うより、アーネストは真実・・を知っていたってだけ。アンタは、私から真実・・を聞いたって…ただの狂言としか思わないと思うから……」


 悟子は震える運び屋の手を握りしめ、道先案内人は助手の血を止めようとカバンの中に入っていた傷薬を助手にぶっかけている。どう見てもラトウィッジが優勢なこの状況で悟子の言う通りアーネストの所へ行けば、アーネストが悟子に真実を仄めかすほど肩入れしている運び屋をガロットの所へ連れて行こうとすれば……。


──アーネストとは、争いたくないんだが……。


「わかった。その代わり、それでも納得できなかったら…俺はそいつを連れてくぞ」

「絶対に手を引かせてやるわよ」

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