追う

「動くなって言われたけど……」


 灯台守は途方に暮れていた。

 ジョン・ドゥは跡形もなく消えてしまってから、数分経ったが帰ってくる様子が全くない。今あるのは、ジョン・ドゥと一緒にいた少女に向けられる好奇心の目だけだ。


「どうしよ……」


 視線というものに灯台守は酷くしんどさを感じてしまう。昔からそうだったが、こうも目立ってしまうともう自分自身を消したくなってしまう。あの・・教室から逃げたように。


──「命を1度自ら捨てたキミには…その大層な名前は似合わない。」──


 ああ、そうだとも。私はそんな奴なんだ。

 まるで、人を見透かしたかのように肩をすくめて薄く笑うあの男を思い出しながら、灯台守は下を向く。

 自己嫌悪して、自己肯定を低める。そうやって生きて行くしか、できなかった。そんな自分が認められなくて、結局は……。なのに、何故私は今、こんなにも……。


「おい店主、何があったんだ?」

「ヤギ! ラトウィッジはお前の友達なんだろ!? 何とか言ってくれ!」

「これ、ラトがやったのか?」


 灯台守が顔を上げると、男性が店主と話しているのが見えた。ヤギ、そう呼ばれていただろうか。彼はゴーグルを頭の上に上げて、店の中を見渡す。


「あ、あの……」

「ん? どうかしたか?」


 灯台守はヤギに話し掛ける。会話を聞くに、ジョン・ドゥが追いかけた男はヤギの知り合いのようだ。


「あの…私と一緒にいた人が、その人を怒らせたみたいで……」

「ラトを怒らせた? そんな奴まだいたんだな……」


 ヤギは心底驚いたといったように目を見開く。


「その人に、ここから動くなって言われたんですけど……その」

「あー…なるほどな」


 周りを見渡すと灯台守とヤギに先ほどよりも多くの人視線が集まってきている。店の周りにいた島民達が噂を聞きつけてやって来たのだろう。


「なら、俺と探すか?」

「いいんですか?」


 勿論だ、とニカッと笑うヤギは、灯台守の手を引いて店を出る。するとすぐにゴーグルを目に当て、灯台守を姫抱きにして、跳んだ。


「!? !!?」

「舌噛むなよ!」


 灯台守は突然のことに驚き声も出ない。

 こちらを心配する言葉より前にもっと、こう大事なことがあるだろう。いくらこの島の人間がこういった力を持っていると知っていても、急にこんなことをされれば誰だって驚くだろう。え?もしかして自分だけなのか?そうなのか?と自身の常識を疑ってしまつた灯台守は、目をグルグルと回す。


「えーと、ラトは……っと、いないな…うーん」


 ヤギは上から辺りを見るが、ラトウィッジは見当たらないようだ。ならば、追いかけているジョン・ドゥもこの辺りにはいないかもしれない。ヤギは建物の上に降りてから、第6区の街並みを見る。


「あの…見えてるんですか?」

「ん? 君は見えてないのか?」

「えっと……ここには、来て日が浅くて」


 灯台守は役に立たなくてすみません、と小声で呟いた。しかしヤギはそんなこと気にしていないと笑う。


「そっか、新島民か! なら見えねぇわな。俺も初めは見えなかったし」

「え、ここの出身じゃないんですか?」


 ヤギはまぁな、と笑い灯台守の頭をポンポンと撫でる。


「あ、あの!?」

「? あ、悪い! 痛かったか?」

「いや、そうじゃなくて!」


 この男は無意識なのだろう。しかしまるで幼い子供のように扱われた灯台守の顔は、まるで火のように赤く染まっていた。


「……? まぁ、いいか。

 島で生きるなら、遠見くらいはできてたほうがいいぞ」

「は、はい……」


 しかしどうすればいいのやら。灯台守が悩んでいると、ヤギがそんな彼女を察したように肩をポンと軽く叩いた。灯台守がその手の視線を辿ると、ヤギが灯台守を安心させるように微笑んでいた。


「ま、急には無理だよな。えーと…こう…ぐっと目に力込める感じ?」

「目に?」

「そうそう、遠く見えろーって。俺はそれでできたけどな。あとは慣れだ」

「慣れ」


 ざっくりとした説明だが、例えるならこれは自転車と同じなのだ。いちいち乗り方がどうとかいうことは考えない。1度乗れれば、あとは慣れで漕げるものだ。よって他人に説明するのは難しい。今のヤギは、そういった状況に置かれている…はたまた本来のヤギがこういった男なのか……。

 ともかくやって見るしかない。灯台守は目に力を込めて、遠くを見ようとする。


──と、遠く…見えろー!


 そうしているうちに一瞬、ほんの一瞬だけだが…灯台守はジョン・ドゥの顔を見た。ような気がした。


「あれ?」


 灯台守は、ハッと瞬きをすると、すぐにジョン・ドゥの顔が見えなくなってしまった。あともうちょっとだったかもしれないのに…と肩を落とした。


「お? なんでここにジョン・ドゥがいるんだ?」


 ヤギの言葉に、灯台守は声を上げる。




────────────




【第6区・路地裏】



「ジョン・ドゥが……来てる!?」

「ムリムリ! アイツ本当に見境ないのに!」


 悟子達はジョン・ドゥが来るという道先案内人の言葉に戸惑っていた。しかし、その中で置いてけぼりを食らってしまっている運び屋には何が何だか訳がわからない。


「あ、あの…ジョン・ドゥ…って?」


 運び屋はこの島に来てからは、何かと不思議な人達に会う運び屋は、初めて会う人には最大限の警戒心を持って接しようと心に決めていたため、恐る恐る戸惑っている4人に、ジョン・ドゥについて聞くことにした。4人はお互いの顔を見渡すと、泉が口を開く。


「この島の第2位だ。自分よりも下位の奴とも見境なく戦おうとする戦闘狂」


 その声にはジョン・ドゥに対しての呆れや諦め、そして恐怖が入り交じった声であった。他の3人も、泉の言葉に頷く。しかし、泉が言うにはジョン・ドゥは第6区でなく、第2区によく出没するそうで、第6区にはとある喫茶店へ行く時にしか来ないらしい。そんなジョン・ドゥが何の用も無いのにも関わらず、第6区、しかも路地裏に来ることなんて今まで無かった。とのことだ。


「つまり、ジョン・ドゥに何かあった…と考えるのが妥当ね。

 ……私達じゃジョン・ドゥには勝てない。彼に目的があるんなら、何もそれを私達に向けさせる必要なんてない。彼を刺激する前に、逃げるわよ」


 悟子の言葉に全員が同意する。

 泉は悟子達を今根城にしている場所に案内すると言うので、4人はそれについて行こうとした時だった。


「んァ? 道先案内人じゃねェか」


 後ろから道先案内人を呼ぶ声がする。彼の前を歩いていた、運び屋以外の3人が、道先案内人の後ろを見て固まっている。この呼ぶ声…聞き覚えがありすぎるこの声は…と道先案内人が恐る恐る後ろを振り返ると……。


「ちょうどいい。ちょっとついて来い」


 そこに居たのは、とてつもなく恐ろしい笑みを浮かべるジョン・ドゥだった。具体的に言うと、よくある漫画などで見掛ける、不良がカツアゲしている時のような笑みである。


「ギャァアアアア!!!」


 道先案内人は叫ぶとすぐに逃げた。しばらく呆気に取られていた悟子達とジョン・ドゥだったが、すぐに正気に戻り全員が道先案内人を追いかけようとする。


「お前は行かせるかよ!!」


 泉はジョン・ドゥに蹴り掛かる。それを不機嫌そうに受け止めたジョン・ドゥは、足を止める。


「泉!?」

「早く行けっての! ジョン・ドゥと戦うのは不本意だけどよ…でも親友にあんな殺気向けられて黙ってられっかよ」


 助手は足を止めた泉の名前を呼ぶが、泉には道先案内人を追いかけて来いと言われてしまった。悟子や助手は第2位のジョン・ドゥと第7位の泉ではまともな勝負はできるかもしれないが、きっと泉が負けることは、すぐに予想がついた。

 しかし、泉が行けというなら行くしかない。悟子も助手も、泉を援護できるだけの力はないのだ。


「頼んだぞ、泉!」

「おう! 運び屋、帰れたらいいな!」

「あ、ありがとうございます!」


 運び屋は泉に頭を下げると、また助手に抱えられた。悟子と助手が走る度に置いていかれた運び屋は、いつもこうして助手に抱えられる。それにも慣れてしまったが、時々助手に顔を覗かれて体調確認をされるので、少々恥ずかしい。


「酔ったら言ってください」

「わ、わかった」


 そして、残された2人はお互いに向き合った。


「チッ…ンだよ、泉。言っても聞きゃしねェんだろうけどよ、一応言っとく。テメェそこどきやがれ」

「嫌だね」


 ジョン・ドゥは、その一言を聞いた途端に泉に殴り掛かる。




【第6区・とある裏路地の様子が見える建物の上】



「ジョン・ドゥの奴はこれで巻けるか……」


 ラトウィッジは、建物の上からジョン・ドゥと泉を見ていた。先程までは、ラトウィッジの目的である女性の姿もみえたのだが、路地裏の奥へと行ってしまって見失った。


「しかし…なんで探偵があの女と一緒にいるんだ?」


 ラトウィッジはそう言いながら首を傾げ、女性…運び屋を追い掛けた。




 ジョン・ドゥとの戦いは泉にとって不利な戦いである。


「そう言えば、ジョン・ドゥ」

「んァ?」


 泉はジョン・ドゥに話し掛ける。どう見ても時間稼ぎに過ぎないが、こうでもしないと悟子達が逃げる時間を確保できないと、泉は判断した。


「なんでこんな所に? アンタはここにはほとんど来なかったじゃねぇか」

「ああ、そうだ…テメェにも聞いとくか」

「……聞いとく?」


 思ったより落ち着いた様子のジョン・ドゥに、信じられないという目を向ける。その視線に気が付いたジョン・ドゥは少々不機嫌になったが、頭を掻いてから話を続ける。


「ラトウィッジの野郎見てねェか? 俺はアイツ探してんだ」


 泉さはそれを聞いて苦い顔をする。運び屋の目的はラトウィッジであり、そしてジョン・ドゥの目的もラトウィッジ。嫌な予感がする。


「ラトウィッジを、どうする気だ?」

「とりあえず、殴る」


 戦うつもりのようだ。きっと殴るだけじゃ済まなくなるんだろうと、泉は考える。今までジョン・ドゥが絡んだ事件で穏便に済んだことはない。今、そんなことになってしまえば運び屋がラトウィッジに会えなくなってしまう。泉は構えた。


「悪ぃなジョン・ドゥ、アンタをこっから先には通せねぇ」

「ハッ! ンなこと知ってんだよ」




────────────




「おい、大丈夫か?」

「はい、大丈夫、です」


 灯台守はヤギに連れられて第6区の路地裏に入っていた。

 ここに来るまで、ヤギが灯台守を抱えていたのだが、それに酔ってしまった灯台守はフラフラと路地裏を歩く。


「しかし、ジョン・ドゥと知り合いだったんだな」

「成り行きで…」


 灯台守が探していたのがジョン・ドゥとわかったヤギは、自身が探していたラトウィッジよりもジョン・ドゥを優先した。


「ん? 何でって? ラトウィッジを追い掛けてたのがジョン・ドゥなら、ラトウィッジを助けないとなって」


 カラッと爽やかに笑うヤギにしばし見とれてしまった灯台守は、すぐにハッと我に返る。


「入り口から近かったし、そろそろ着く頃……」


 と、ヤギが言おうとすると、2人の目の前を砂埃が舞って視界を一瞬遮る。


「!?」


 ヤギが構えてしばらくすると、砂埃が晴れて倒れている泉と、そして勝ち誇った笑みを浮かべるジョン・ドゥの姿が見えた。


「いってぇ…」

「俺に勝つなんざまだまだ早かったな!」


 そこまで言ったところで、ジョン・ドゥは灯台守とヤギの存在に気が付いた。先程までジョン・ドゥと戦っていた泉もそれに気が付く。


「あ、ヤギか……俺の仇は取ってくれ」

「随分酷くやられたなー…俺じゃジョン・ドゥにやられると思うけど?」

「そうか…なら、最後に……せめて、チョコが食べたかった」

「また奢ってやるよ」

「ヤギ……ガクッ」


 そう言ったが最後、泉は気を失った。そんな呑気なやり取りが聞こえてくるが、ジョン・ドゥにとってそんなこと気にする余裕が無かった。


「テメェ! 灯台守! 何でここにいやがんだよ!?」

「だ、だって…」

「だってじゃねェよ!!」


 ここに灯台守が来てしまったことに、戸惑ったジョン・ドゥだが、次の瞬間出てきたのは灯台守がここへ来たことへの心配だった。


「まぁまぁ、落ち着けよジョン・ドゥ」

「あ゛?」

「仕方なかったんだ。その子、お前のせいで目立っててな」


 ヤギが叱られている灯台守の肩に手を置くと、ジョン・ドゥはサッと灯台守をヤギから引き離す。


──ヤキモチかな?

──ヤキモチだな。


 こちらを威嚇するジョン・ドゥに、ヤギは許してくれよ、と笑い掛ける。


「許して欲しかったら、今度は逃げんじゃねェぞ!」

「あー、うん…そうだな…」


 以前、しつこかったジョン・ドゥから全力で逃げたヤギは、気まずそうに顔を背けた。


「それよりお前、ラトウィッジ探してたんじゃ?」

「あ! くっそ、アイツにも逃げられた!!」

「お前は強いけど単純だからなー…」

「っるせェ!!」


 灯台守はそんな2人やり取りを不思議そうに見ていた。この2人は知り合いのようだ。どんな関係かは知らないが……。


「とりあえず、今日は帰れって。逃げた場所はおそらく第4区だし」

「……チッ…仕方ねェな。

 おい灯台守」

「あ、何?」


 灯台守はジョン・ドゥに返事を返す。


「買い物、続きするぞ」

「……」


──正直もう、あの店そんな雰囲気じゃ無かったと思うけど。


 灯台守は堪らず吹き出して笑った。


「……お前…」

「今度は何ですか?」

「笑ったら可愛いな」

「……え?」


 路地裏から出るジョン・ドゥの突然の発言に、灯台守は固まる。そして顔から火が出るほど戸惑って目を点にさせた。


「あ? 何で顔赤いんだよ? 拾い食いでもしたか?」

「知らない! もう、本当に知らない!!」

「はぁ!?」


 灯台守はジョン・ドゥを追い越し走って行くが、あのスピードならすぐに追いつかれてしまうだろう。ジョン・ドゥも走って灯台守を追い掛けた後、ヤギは泉をつつく。


「ところでお前は何でジョン・ドゥに挑んだんだ?」

「時間稼ぎ?」


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