到来

 次の瞬間、ラトウィッジの顔が歪んだ。対してジョン・ドゥは嬉嬉とした笑顔をラトウィッジに見せる。


「ラトウィッジじゃねェ…かっ!!」


 ジョン・ドゥはそう言うと、ラトウィッジに拳を振るう。それをかわしたラトウィッジはジョン・ドゥに対抗するべく、ジョン・ドゥの頭を狙って、先ほどされたように拳を振るった。ジョン・ドゥもラトウィッジと同じようにそれをかわす。


「お前か? それを俺に投げつけてきた奴はよ……?」

「おう、鬱陶しかったんで投げた」

「6区に来て珍しく茶房の所以外にいたかと思えば……」


 その剣幕に、店の中はすぐに客がいなくなった。いや、店員だけが、店の中で身を小さくしながらこれ以上被害が出ませんようにと祈るように手を合わせていた。


「おい、灯台守!」

「は、はい!?」


 いつの間にか腰が抜けた灯台守に、ジョン・ドゥは話し掛ける。灯台守はすぐにハッと正気を取り戻して返事をする。


「お前、ゼッテェそこから動くんじゃねェぞ」

「え、でも…!」

「"でも"じゃねェよ…! 動くな、守れなくなる」


 ジョン・ドゥがそう言うと、灯台守は頷くしかなくなってしまった。というより、灯台守はこの島で頼れるのはジョン・ドゥくらいだと、何となく感じていた。茶房達でも、他の人にも頼ることは無理だろう。そもそも、誰かに頼ることができたのならば、灯台守はこの島にはいないのだから。

 そうこうとしているうちに、ジョン・ドゥは店の中から出て行ったラトウィッジを追いかけて行った。


「……えぇ…!?」


 普通の人間ならば出ないスピードで店を出て行ったジョン・ドゥを見て、灯台守は驚きの声を上げた。

 それでも、自分を守ると宣言してくれた彼は、きっとすぐに迎えにきてくれるだろう。 灯台守には、何故かそんな確信があった。




「ハッ! おいラトウィッジ、テメェ弱くなったんじゃねェの!?」

「舐めんなよジョン・ドゥ! 俺が本気出したら第6区はただじゃ済まないからな! 手加減してんだよ!」


 無理矢理建設された建物の上で、ジョン・ドゥとラトウィッジの殴り合いは更に過激さを増していた。屋根や壁はボロボロになっており、2人の戦いの激しさを物語っている。


──しかし、実際はやばいな…ジョン・ドゥは第2位だ……俺1人じゃ勝つのは難しいぞ…せめてヤギの奴がいてくれれば……。


 自分に襲い掛かってくるジョン・ドゥをギリギリのところで回避しながら、ラトウィッジはこれからどうやってジョン・ドゥから逃げるかを考える。

 そもそも、アレ・・は自分よりも上位の人間の仕業ではないだろうと踏んだからこその行為だった。ラトウィッジが知る限り、自分よりも上位の人間達は第6区には本当に必要な時にしか行かないような連中なのだ。しかも、今まで茶房の喫茶店以外には行かなかったジョン・ドゥがあんな所にいると、誰が予想できるのだろう。


「オラオラ、どうした!? もう終わりか、ラトウィッジ!!」

「しつこいんだよ! ジョン・ドゥ!!」


 自身のボスにこのことがバレれば、また不機嫌になるんだろうな…とジョン・ドゥに殴られた頬を抑えるラトウィッジの顔には、苛立ちが浮かぶ。しかし、あのジョン・ドゥ戦闘狂はもう何を言ったところで止まらないだろう。徹底的に追いかけ回し、戦って、衝突に飽きる。そんな男だ、このジョン・ドゥは。ならば、ラトウィッジはジョン・ドゥが飽きるまで耐えるだけだ。


「チッ…どうすっかな……」


 この戦いはジョン・ドゥが有利の、一方的なものになっていた。しかしラトウィッジにも意地がある。なんとかジョン・ドゥと渡り合うラトウィッジは、自身が不利になっていることを顔には出さないようにしてみるが、それも時間の問題だろう。


「……そういや、あの女見たことないな」

「んァ? 灯台守のことか?」

「灯台守…そういや、さっきもそんなこと言ってたな」


 灯台守という言葉に、ラトウィッジは反応する。この島での灯台守の役割は大きいものだ。灯台守になれば、魔女が決めた通り、この島の港や海岸は全て灯台守の管理下になる。今まで通りに組織ファミリーが港を独占することはできなくなるだろう。それに運が悪ければ、あの自称警察達が灯台守に取り入ろうとする可能性だってある。そうなってしまえば、こちらの稼ぎが幾らか滞ってしまう。


「灯台守ができたなら、すぐにでも情報が出回ってそうだが?」

「………俺が知るかよ。アーネスト辺りが何かしたんじゃねェの?」


 ジョン・ドゥはあまり使わない頭でしばらく考えたが、何も思い浮かばなかった。灯台守が灯台守をやっている、ただそれだけだ。ジョン・ドゥにとって重要なのは、灯台守が自分に無いものを、茶房が言った通り与えてくれるのか、それとも違うのか。それだけだ。それだけでいい。

 

「女には、本当に振り回されてばっかりだ」

「そういや、茶房がラトウィッジは女難の相があるとか何とか言ってやがったな」

「よぅし、よく知らせてくれたなジョン・ドゥ。茶房はあとで本部に呼ぶ」


 しかし、ラトウィッジを1番振り回しているのは、彼のボスだったりする。

 とにかく、今はジョン・ドゥから逃げることが優先だ。ラトウィッジはジョン・ドゥには勝てない。ジョン・ドゥはレインコートのポケットの中から容器を取り出すと、錠剤を2粒取り出してそれを飲む。


「で? 今回もテメェは薬無し・・・か?」

「生憎、俺はその薬と頗る相性が悪くてな」

「そんなんだからテメェは……いや、いいか」


 ジョン・ドゥはラトウィッジの懐に飛び込むと、そのままラトウィッジの脇腹を殴り、吹き飛ばす。ギリギリ反応し、それを寸のところで大勢をずらしたラトウィッジはすぐに起き上がると、ジョン・ドゥの視界から外れるように、すぐ側にある路地裏に入る。ジョン・ドゥがを飲めば、ラトウィッジには太刀打ちができなくなる。


「ッたく、俺が逃がすとでも思ってんのか!?」


 たとえ、そうでも逃げなければいけない。こうなったジョン・ドゥに勝てる要素は今のラトウィッジにはあるはずもない。どうせ無理だと言うのならば、ジョン・ドゥにとって厄介なことになるように仕向ける他ないのだ。




────────────




 第6区だけでなく、この島には必ずはぐれ者がいる。彼らが求めるものは総じて強さである。何しろ、ジョン・ドゥもそのはぐれ者の1人であった・・・。あったと言うのも、彼らには特定の家はなく、空き家などで気ままに暮らすことを繰り返している。


「泉のアニキ、今日はどうするんです?」

「んー? 今日は探偵とこの助手と遊ぼうかなって思ってんだけど……」


 泉もそのはぐれ者の1人である。いつも何故か自分に付いて来る舎弟から渡されたジャージを羽織ると、路地裏をいつものように歩く。

 泉は第6区の路地裏を中心的に束ねている青年だ。多くの舎弟を抱える彼の順位は第7位。彼はこの順位が気に入っているため、これ以上順位を上げる気もない。というよりも、彼よりも上位の人間に勝てることはないと感じているからである。しかし、泉が支配しているこの第6区路地裏に外敵が入ってくるのであれば、泉は誰でも容赦なく排除するだろう。


「助手の奴には最近会ってなかったな……」


 泉はそう呟くと、第6区路地裏から大通りへ出ようとして……足を止めた。ふと、足元を見ると泉以外の影が1つできていた。しかも、それはどんどん大きくなっていくではないか。それに比例して、女性の悲鳴も聞こえてくる。


「…?」


 泉が上を向くと、何かが落ちてきた。それを見た泉は1歩後ろに後退する。落ちてきたそれは1つの塊になっていただけで、複数の人だとわかった。


「ちょっと! ちゃんと下確認しなさいよ!」

「し、死ぬかと思った……」

「ごめん、ラトウィッジもう他の場所に移動してる」


 落ちてきたのは1人は泉もよく知っている青年の道先案内人、第3区の探偵の悟子、そして泉は全く会ったこともない女性と…その3人を抱える悟子の助手だった。


「すみません、下見えてなくて」


 お姫様抱っこ、と呼ばれる抱き方を女性にしていた助手は彼女を地面に降ろす。助手の背中にくっついていた悟子と肩に担がれていた道先案内人は、自分から降りる。


「お! 助手に道先じゃねぇか!」

「泉?」

「ホントだ、泉だ!」


 助手と道先案内人が泉に気が付くと、泉は嬉しそうにニカッと笑う。


「つーか、なんでここに? お前ら路地裏にはあんまり近寄らねぇだろ?」

「仕事だ」

「俺も」


 仕事?と首を傾げると、泉にとって見知らぬ女性と目が合った。女性はペコリと頭を下げる、それに合わせて泉も軽く頭を下げた。


「依頼人の運び屋さんです。ラトウィッジを探しているみたいで…泉は何かの知らないか?」


 ラトウィッジという名前を聞いて、泉はゲッと眉を顰める。それと同時に運び屋と呼ばれた女性を見る。運び屋は悟子に手を差し伸べてもらい、立ち上がっている。


「何? あの女、ボブロフになんか恨みでもあんのか?」

「恨みっていうか……まあ、そうか」


 あまり歯切れの良い返事ではない助手と、溜め息を吐く道先案内人を見て、泉は更に困惑する。

 実は…、と泉に助手は運び屋のことを説明する。


「なーるほどな…」


 運び屋は泉にジロジロと見られ居心地悪そうに視線を外す。そうなるとなおのこと運び屋と目を合わせようと泉は顔を覗き込むが、悟子に咎められる。


「アンタねぇ…」

「すんませんって…で、道先も巻き込んだと」

「自殺を止めてくれやがった恩を返そうと」

「何で上から目線なんだよお前は」

「というのは嘘で、ほぼアーネストのせい」

「やっぱりな」


 地図本を見ながらラトウィッジのあとを追う道先案内人は、アーネストに対して愚痴を零す。しかしアーネストに逆らえない道先案内人は、どんなに愚痴を零したところでまたアーネストに面倒事という名の沼に突き落とされるのだろう。察した助手と泉は心の中で道先案内人に合掌する。


「アーネストの周りを巻き込んでいくスタイル、どうにかならないかねぇ…」

「無理だろ、あの人竜巻みたいな人だし」

「流石というか、何というか…」


 悟子、助手、泉もアーネストの被害者であることに変わりなく。その3人の会話を不思議そうに聞いている運び屋も、いつかそうなる運命であることは、まだ誰にもわからない。

 しばらくして、道先案内人は本から勢いよく顔を上げて叫ぶ。


「どうした、道先?」

「やばい……」


 顔を青くさせた道先案内人は、その聞きを4人に知らせる。


「………ジョン・ドゥが、こっちに来てる」


 それはある意味、アーネスト竜巻よりも厄介なジョン・ドゥ悪鬼の到来だった。

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