第2話 灯台守
ジョン・ドゥ
島の悪鬼、ジョン・ドゥ。
そう呼ばれ始めたのは彼が今から7年前、15歳の頃だった。彼が12歳の頃、突然この島地団地島にやって来た4人によって、その時まで上位に君臨していた絶対者達が次々と倒され、5位までの順位のうち2位と4位、5位が4人のうち3人に取られてしまった。島以外の人間が、である。
それに島民達は焦った。当時では島の外から来た人間は、島の恩恵に肖ることができないと思われていたからだ。そして、順位が大きく影響するこの島で、上位が覆ることは酷く混乱を招く。
まだ子供だった彼は、そんな島の動揺にものともしなかった。むしろ、
彼は親も知らない、名前も知らない。朝から縄張り争いをすることしか知らない子供だった。ボブロフ
まず初めに、いきなり第1位に勝負を挑んだ。負けた。
この人には一生勝てないと感じてしまった彼が次に選んだのは第2位になった男。第1位に初めて勝負を挑んだ彼は感覚が狂っていたのか、この男に勝てると感じた。その第2位と共に島へ来た、自分より少し年が上の青年3人は、初めは彼をからかっていたが1年が経過すると、彼を手伝って戦うことが増えた。その後、第5位になっていた青年は彼の元へ来なくなってしまったが、第4位とは互角に戦える程になっていた。
が、第2位の彼には適わなかった。
そして、遂にアレから3年が経ち、彼は15歳になると第2位の彼がこう言った。
「そんなに第2位が欲しいの? 第4位のあの子より強くなったし…うん、あげるよ」
違う、そうじゃない。俺が欲しいのはそんなのじゃない。
第2位はすぐ彼にその順位を譲ると、自分はその下の
そうじゃない。アンタに勝たないと意味がない。
そしてついでとばかりに自分に名前を寄越してきた。
「ジョン・ドゥ」と。
意味は知らない。学のないジョン・ドゥにはそれにどんな意味が込められているか、知るのはその1年後だった。
ジョン・ドゥは第2位と名前を貰ってから、やり場のない怒りを島中で発散した。ふざけるな、俺はあの人に勝って、本当の意味で第2位にならないといけない。そうでないとあの第1位にリベンジすらできない!
時は流れ現在。
ジョン・ドゥは第2位として島地団地島に君臨していた。が、彼は納得していない。とにかく自分の上にいるあの2人を奴全員ぶっ潰す、としか考えていなかった。
そんなある日、あの4人のうち1人がこう言ってきた。
「お前もういい歳なんだからさ、喧嘩以外に熱中できるもの探したら?」
たとえば?
学もない、子供の頃から喧嘩しか無かった俺に熱中できるものって?
「恋愛、とか?」
よくわからない。
しかし、この男は女々しくてなよなよしているが、アドバイスなんかは的確だったりする。ので、ジョン・ドゥは彼のアドバイスは少しだけ、ほんの少しだけ耳を傾ける。
「恋愛はいいよー! 「俺がお前を守る!」「キャッ!素敵!」みたいな!」
やっぱりわからない。
どこがいいんだそんなもの。
「ま、恋してみればジョン・ドゥもわかるようになるよ。
お前は喧嘩する相手以外の人に、興味無さすぎなんだから」
そう言って、ジョン・ドゥに苦い珈琲を出す。
サービスと言ってウィンする彼に、キモイと文句を垂れながらジョン・ドゥは珈琲を飲む。
──レンアイ、恋愛ねぇ……。
そしてジョン・ドゥは彼女を見つけた。
────────────
「付いて来ないでください!」
「はぁ? お前じゃこの島で迷子になるに決まってんだろ?」
しかし、恋愛とは難しいものだな、とジョン・ドゥは自分を拒否する灯台守に少しイラつきながら考える。
まずフラグなるものを立てなさい、とアドバイスされたが正直どうすればいいのかわからない。どうしたものかとジョン・ドゥは首を捻る。
灯台守はこれから自分の家となる灯台を改築しようと島で買い物をすることにした。幸い、初めて会った彼には鍵と一緒に灯台守として「前払い」のお金を貰っている。
しかし、この後ろから付いてくる男はもうここに居座る気満々なのだ。事あるごとに結婚を申し込んでくるジョン・ドゥに、灯台守はため息を吐く。
──結婚するなら、もっと素敵な出会いがしたい。
「で、何買うわけ?」
「え?」
「俺、生まれも育ちもここだからよ。迷う時は迷うけど、案内くれェならできるぞ」
自信満々でジョン・ドゥはそう言う。
確かに、闇雲に探しても埒が明かない。あの彼から困ったら道先案内人の所へ行けと言われているが……。
「……お願いします」
「よし来た」
灯台守はジョン・ドゥに、とりあえず今必要なものを伝える。
「あー、それなら第6区が一番早いか…」
「第6区?」
「団地があるだろ? 第1棟から第10棟まであるんだ」
灯台守は海岸から見える団地を見る。他の建物よりも大きく、何故か歪な形をしている団地が見え、ジョン・ドゥの言葉に頷いた。
「で、アレを中心にして区域を決めてる。第6区は第6棟が中心になっていて、店が多いな」
「へぇ…他には?」
灯台守はこの島のことを知ろうとジョン・ドゥに質問する。
「あー、第5区は郵便局のお膝下? ってやつだからまあ安全。第10区には病院があるな。第1区はガキが多い。2区と3区は…まあ、いろいろ」
ジョン・ドゥは少し面倒くさそうに団地島について説明する。
他にも警察が暮らす第7区、看守が暮らす第8区、裁判官の暮らす第9区なんかがあるらしい。しかもこの3つは全て自称が付き、本当の警察でも、看守でも、裁判官でもないそうだ。
「第4区は?」
「お前は行かねェ方がいいな。ロシアンマフィアの街だよ。
この島に慣れてる奴なら、普通に行くみてェだけど」
「マ、マフィア…!?」
「そんな驚くことかよ…」
──そういえば、コイツあの平和ボケしてる日本から来たんだっけか?
──…平和な日本にはマフィアが居ねェのか……?
灯台守は顔を青ざめさせながら俯いた。ジョン・ドゥはそんな灯台守を見て…。
「あー、あれか」
「なんですか?」
「
「……はぁ?」
灯台守は今度はジョン・ドゥを睨みつけた。教えてもらった言葉を使ってみたが、何か間違えたようだ。
──何がいけなかったんだ?
──あー、なんで俺がこんな女に……。
ジョン・ドゥは灯台守に恋愛感情を抱いてはいない。ただ単に手頃なところに彼女がいたから、手っ取り早く灯台守に決めただけた。この島地団地島の灯台守という職業は、魔女に雇われている人間の1人となるため、給金は安定してしかもかなりの額だ。そこに惹かれたのもあるが。
──もうちょいチョロい女だと思ってたんだけどな…。
しかし、途中で物事を曲げ、投げるのはジョン・ドゥの信条に反する。こういったところが律儀な彼は、灯台守と決めた時点で彼女から選択を変えるつもりはなかった。
「つーか、その服見たことねェな」
「え? セーラー服ですよ?」
「せーらー?」
灯台守は信じられないと言いたげに目を見開く。しかしジョン・ドゥにはこのセーラー服なるものを本当に見たことがないのだ。
「この島、学校とかないの?」
「あるぜ、第1区にある」
「みんな、お揃いの服とか着てないの?」
「あー、どうだったっけか……」
ジョン・ドゥは第1区に行くことはほぼ無い。生まれてこの方勉強をしてこなかったしこれからもすることの無いジョン・ドゥには、あそこは居心地の良い場所ではないからだ。
「……これは、学校に行ってる人の制服」
「せいふく…警察の奴らとかが着てるあれか!」
「うん。ま、学校によって種類は違うけど」
「へぇ、ガキでも揃いの服ってのは…なんか違和感あるな」
ジョン・ドゥは灯台守のセーラー服をジロジロと見る。
「んぁ? ってことは、男もスカートはいてんのか!?」
「いや、男の子は学ランって言って! えーと…ちゃんとズボン履いてるから!」
「がくらん……」
面白い発見をしたと、ジョン・ドゥはセーラー服と学ランを繰り返して呟いた。
「灯台守が着てんのが、セーラー服か……学ラン、見てみてェ」
「……帰ったら、紙に描こうか?」
「いいのか!?」
「ま、まあそれくらいなら……」
ジョン・ドゥに詰め寄られた灯台守はタジタジになって返事をする。しかしジョン・ドゥはいや、そうじゃなくて!と灯台守との距離を更に縮めた。
「あの灯台で暮らしてもいいのか!? つまり、結婚してくれるのか!?」
「あ……いや! 違うから!」
「違うのか……?」
「えーと…とにかく結婚無理!!」
マジかよ…とジョン・ドゥは渋い顔をして見るからに落胆している。「お前、見かけによらずケチだな」言われた時はそれそれは盛大に切れて殴った。が、全然痛そうにするどころか「あ゛? 調子乗んなよ」と睨まれて灯台守は大人しくなる。
「あー、着いたぞ」
ジョン・ドゥがそう言うと、そこは店が沢山並ぶ場所に来たことに灯台守は気が付いた。第6区は島中の住民達がよく集まってくる地区だ、とても賑わいを見せている。
「よし、俺が良く行くとこでアンタの買う物のこと聞こうぜ」
「よく行くところ?」
ジョン・ドゥは第6区をずんずん進んでいく。そしてその道にいる人々はジョン・ドゥを見るとそそくさと道を開ける。
──ジョン・ドゥは…モーセだった?
しばらくしてジョン・ドゥの足が止まり、目的の店の扉を開けた。扉の上にはオシャレな看板があり、『Calme』と書かれていた。
「おい、早く来い」
中に入っていたジョン・ドゥが、いつまで経っても入ってこない灯台守に痺れを切らして(といっても、ジョン・ドゥが入ってから数秒しか経っていない)強引に中へ入れる。
そこはジョン・ドゥには似合わない看板よりもオシャレな空間が広がる喫茶店だった。
「ここは……?」
「あれ? ジョン・ドゥが女の子連れてきてる!?」
カウンターにいた少女が目を真ん丸にさせてジョン・ドゥの隣にいる灯台守を見る。
「うっせェな…」
「茶房さん! ジョン・ドゥが、ジョン・ドゥが女の子を!!」
「だからうっせェって!」
少女は慌ててカウンターの奥にあるスタッフルームに入る。
「サリョ、俺が言ったからって、あのジョン・ドゥがそんな昨日の今日で女の子なん…て……………」
おそらく、この男が茶房という人物なのだろう。少し長めのブロンドの髪を揺らしながら奥からでてきた茶房は、サリョと呼ばれた少女と同じようにジョン・ドゥの隣にいる灯台守を見て目を真ん丸にする。
「嘘でしょ……?」
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