女探し

 島地団地島。

 日本のどこかにある人工島。

 

 島地構造と名乗った男が作った島は、何10年も前に廃れていった。そして、そこに住み着いた魔女により、島地団地島はまた人が住む島へとなったのである。

 しかし、この島には異常なものしか流れ着いてこなかった。物も…勿論人間も……。


 きっと、不本意でここに流れ着いたに違いない。その中には、自分の存在を隠したい、消したい人間が多くいた。前の名前を名乗る資格が無いと言われた…だから、前の名前を捨ててこの島での自分の呼び名を、自分を象徴する呼び名を決めた。

 名前ではない名前を、彼らは持っている。


「俺は、逃げたんですよ。現実から。だから、俺は…そんな時に助けてくれた、悟子さんの"助手・・"になったんです」


 そう言って笑うこの青年にも、見たくない過去があるのだろう。

 私はただ、そんな青年の微笑みを見ていた。


それが今の呼び名であるかぎり、彼らはその様・・・に演じるのだ。




────────────




 それは彼にとって大きな変化になる。


 今朝方、やっと慣れた日本の夏の暑さに耐え、彼は今日やって来るとある荷物を待っていた。西側にある港でその船を待っていた。

 しかし暑い。

 空は青く、雲は真白であるが、太陽のギラギラとした日差しがそんな気持ちの良い天気を台無しにしてしまっている。


「暑い…!」


 彼はもともと日差しにはめっぽう弱い。

 雲のように真白なその肌と髪。そして儚い印象を抱かせる紫の瞳。まるでおとぎ話に出てくる精霊をも思わせる彼の名は、ラトウィッジ。この島地団地島で数ある勢力の内一つであるロシアンマフィア、ボブロフ組織ファミリーの懐刀と呼ばれている男だ。

 そんなラトウィッジは、今日届く荷物をこの港で待っていた。しかし、まだ予定までにはまだ時間に余裕がある。


「夏に長袖は、流石に暑い…」


 日光に当たるとすぐに肌を火傷してしまうラトウィッジは、基本いつも長袖を着用している。夏にも長袖を着用しているラトウィッジは傍から見れば暑くないのかと疑問に思うだろう。いや、暑いのだ。これ以上無いくらいに暑い。まだ朝であり、大量にあるコンテナの影に入り暑さをしのいでいてもだ。


「そんなに暑いんなら、まだ部屋にいれば良かったんじゃないか?」

「取り引きの時間に遅れたら嫌だ」

「ラトはそういうとこ真面目だよな」


 隣にいるのは郵便屋の制服の上にミリタリージャケットを着ているにも関わらず、汗一つかいていない青年、ヤギだ。


「つーか、仕事はお前いいのか?」

「局長が働きすぎだって言ってな。強制的に休みなんだよ」

「なら制服着てんなよ」


 暑さのせいでイライラしているラトウィッジは煙草に火をつける。


「俺、煙草嫌いなんだけどな…」

「うっせ。どうせアーニーのところで散々煙吸ってんだろ?」

「アーニーで思い出した」


 ぽんと手のひらを打ったヤギはラトウィッジに昨日あったことを伝えようとする。ラトウィッジは何だ?とヤギを見る。ヤギは思い出し笑いをしながらその当時のことを話し始める。


「いや、アーニーの部屋ってめちゃくちゃ汚いだろ?」

「汚いな。よくアレで生きていけるよな」

「でな、昨日会いに行こうと思ったら森先生に説教されながら部屋の片付けしてるアーニーがいてさ」

「その光景が目に見えるぜ」


 ヤギと一緒になってラトウィッジはゲラゲラと笑う。


「でもしばらくしたら、森先生が全部掃除してたよ」

「森先生もアーニーに甘いな! つーか、結局森先生が諦めたのか」


 さぁ?と言い、ヤギは水筒を取り出して一口飲む。


「いいの持ってんじゃねぇか。くれ」

「自分で持ってこいよ。まぁ、いいけどさ」


 そう言ってヤギはラトウィッジに水筒と鞄に入っていた紙コップを渡す。ラトウィッジは紙コップに水筒の中身を注ぐと、そのままぐいと飲む。


「何だ、烏龍茶か?」

「烏龍茶だな。悪いな、麦茶切らしてんだわ」

「いや、別にいい。お前が麦茶以外ってのが珍しくてよ」


 そのまま何分か2人は話し込む。しかし、荷物が来る時間が近づいてくるとラトウィッジはヤギにここから離れるように伝える。

 今からはラトウィッジの仕事であり、ヤギが干渉してはいけない。ラトウィッジにとってヤギは数少ない友人だ。こんなところで失いたくはない。


「荷物の確認を」

「おう、ご苦労」


 ラトウィッジは荷物を運んできた男と話し合う。船から組織が注文していた品が運び出される。その品を確認して、ラトウィッジはふと顔を上げる。船から、彼らの仲間とは思えない女が出てきてコソコソと港に降りようとしている。


「……おい、乗組員に女がいたのか?」

「え? いえ、そんなはずは……」


 男は目を見開いて後ろを振り返る。丁度女が港へ降り、こちらが彼女に気が付いていると知ればすぐさま逃げ出した。

 一瞬、動きが遅れてしまった船の乗組員達が追いかけるも、女の足の速さは予想以上のようでそのまま見失ってしまった。


──島民じゃないならな、仕方が無い。


 島民ならば追いつけただろうとため息を吐くがラトウィッジは女を追いかけるつもりはない。それよりも、彼女がどうしてこの船に乗っていたのか、それが気になっていた。どうせ島から出るのは容易ではないのだから、焦る必要はない。彼自身のボスに知られなければ。


──とりあえず、コイツらをガロットの所へ連れて行って……。

──女はその後でいいか……。


 ラトウィッジはその拷問の腕を見込まれて組織に所属するガロットに乗組員達を引き渡してから女を探すことにした。




【第4区 ガロットの屋敷前】


「おーい、ラト!」

「ん? ヤギ…お前なんでここに?」


 ガロットに乗組員達を引き渡したラトウィッジは上から降りてきた、いや降ってきたヤギを見て目を見開く。先程別れたというのに…いや、これは良かったのかもしれない。女のことは幸い、口の硬いガロットと親友のヤギ、それから船の乗組員しか知らないことだ。さっさと見つけて然るべき対応・・・・・・をしようと、ラトウィッジはヤギに問いかける。


「…ヤギ、これから暇か?」

「まあ、そうだな…後、手紙を2通配達したら……暇だな」

「お前……今日は休暇じゃなかったか?」

「暇すぎたからな、後輩から10通だけ奪……手伝うことにした」


 後でその後輩が郵便局の局長に何と言われるか、察したラトウィッジは心の中で合掌する。しかしそんなことを気にしていないヤギの笑顔は呆れるほどに爽やかだ。健康的に焼けた小麦色の肌を見て、自分はいくら焼いたって赤くなって火傷するだけなのにと思いながらヤギの脇腹を蹴る。


「それで、何か用事か?」


 蹴られたヤギは爽やかな笑顔を崩すことなくラトウィッジに尋ねる。それに若干腹を立てながら、事の顛末をヤギに伝えた。


「あくまでも極秘だからな。うちのボスにも言うんじゃねぇぞ」

「なるほど……特徴もよくわかったけど…極秘ってことは、バレたらやばくないか? 主に俺が」

「大丈夫だろ。あの郵便局局長が身内を見捨てるわけねぇし、そもそもボスが郵便局と敵対するようなことはしねぇよ」


 最後の手紙をポストの中に入れ、ヤギとラトウィッジは第2棟から出る。

 ラトウィッジの言葉に、それもそうか…と納得したヤギは首にかけていたゴーグルを目元に着ける。


「俺は上から探すわ。ラトウィッジは下からな」

「おう、頼んだ」


 ヤギは親指を立てると地面を蹴り、建物の壁を更に蹴って屋根へ登った。


「ほんと、脚力半端ねぇな……」


 手で目に日陰を作り、ラトウィッジはヤギが去っていった方を見上げる。



 暑い夏に良く似合う厚い雲が浮かんでいた。




────────────




【東海岸・灯台】


「なんで、居座ってんのよ!?」

「お前、オレの嫁」

「勝手に決めんな!!」


 灯台で灯台守の怒号が聞こえる。

 セーラー服のスカートをベランダに吊るして乾かしていた灯台守は、灯台の中にあった2つの椅子のうち1つを使って座っているジョン・ドゥを見つけた。


「お前、こんな所で一人暮らしなんだろ?」

「そ、そうですけど…別に1人でも大丈夫ですから!」


 灯台守はダンっと机を叩く。ジョン・ドゥと名乗った青年は、ボサボサ髪にポンチョのレインコートに身を包んでいる。先程海に入ったせいで、そのレインコートからボトボトと海水が流れている。


「あの、せめてレインコート脱いでください。床がビショビショになるので」

「あー、そうか?」


 仕方ねェなとジョン・ドゥは言いながらレインコートを脱ぐ。灯台守はそれをベランダに干すよう促す。


「で? いったい何なんですか?」

「この島のこと、アンタは何にも知らねェんだろ?」

「……まあ、ちょっとは教えてもらいましたけど…」


 ジョン・ドゥは意外そうな顔をするがすぐに、なるほどアイツ・・・か…?とどこか納得したように腕を組む。


「まあ、アイツがどんなつもりでアンタを灯台守に選んだかは知らねェけどよ……この団地島のことを知ってるなら単刀直入に言うぜ」


 ニヤリと笑ったジョン・ドゥを見て、灯台守は警戒する。ジョン・ドゥのその笑みは、こちらにとっていいものではないと感じたからだ。


「団地島ってのは平和な日本とは違う。不法侵入とか、罪の1つにもなりゃしねェ。この灯台だって夜には人が来るしな」

「ひ、人が? それって……?」

「……一応、この島にも警察のような奴らはいる。麻薬の取締もアイツらがしてる。が、この灯台は『灯台守の・・・・所有物・・・』ってことで捜査が出来ないことになってやがる。だから、そういった・・・・・商売を奴らはここでするんだよ」

「え、でも鍵が…」

「そんなの、ピッキングですぐ開くに決まってんだろ」


 ジョン・ドゥの話しを聞いた灯台守は、すぐにこの灯台守の鍵を替えようと決意した。


「で、そんな奴らはこの島の殆どを占めてやがる。何の力もねェアンタが、何の武器も持たずに外に出るのは危険だ」


 そこで、とジョン・ドゥは両腕を広げる。

 ジョン・ドゥは背が高い。それに比例して手足も長い。灯台守がいくら全力で走ってもすぐに捕まえられてしまうだろう。


「あ、あの……?」

「俺がアンタを守る」


 え?と灯台守の口から声にならない疑問の声が出る。いや、と言うより、急に真剣な顔つきになったジョン・ドゥは、よく見るとなかなかの美丈夫であり、身なりさえキチンとすればそれなりに見られるだろう。


「その代わり、ここを俺の寝床として提供してくれよ。灯台守なら、給料もいいだろうしな。俺の嫁って言ってたらゼッテー誰も手出ししてこねェよ!」


 つまり、この男は寝床と金目的……灯台守はそれを理解してから叫んだ。


「ふざけんなぁ!!」

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