第1話 運び屋

探偵



 日本、のどこかにある人工島。島地団地島には今日も色んなものが流れ着く。



ワトソン・・・・くん、最近事件が少ないと思わないか?」

助手・・です。

 いいじゃないですか、平和で」


 団地島の第3棟105号室にて、スーツを着た女性はつなぎ服を着た青年に話し掛ける。

 大きな椅子にもたれ掛かった彼女はつまらなそうに天井を見上げる。


「ほら、私達って探偵でしょ? なのにこう依頼がないとね…」

「そう言われても、俺らは依頼がないと活動できないんですから。悟子さん、そこ掃除するんでどいてもらえます?」


 悟子は助手にそう言われるとノロノロと立ち上がり椅子からソファの上に座った。掃除機の音を聴きながら、また天井を見上げた。


 ここは島地団地島。いつだって犯罪まみれの無法地帯。現実世界に耐えきれなかった人間達の溜まり場で、その中で独自の生活を営み、子を残してきた。自分はそんな子の1人で、またそんな子を残す1人。愉快な生活をしているが、それでもふとした瞬間に不安を覚える。


「悟子さん」

「どうしたの?」

「インターホン鳴ってます。お客さんですよ」


 それでも、自分は生きているのだからと思考を完結させて、探偵・悟子は玄関へ向かうのである。




────────────




 運び屋は激怒した。

 日本のどこにでもある運送会社で荷物を運ぶ仕事をしていた運び屋は、目が覚めると拉致されており、しかも目覚めた場所が船の中であった。初めは怯えることしかできなかった運び屋は、それでもなんとか恐怖を抑え込み、連れて来られるままにこの島へやって来た。

 島で待っていた日本人とは到底思えない白髪に紫の目をした色白の男と、自分を拉致した男が話し合っている間に、運び屋は持ち前の身軽さで逃走した。

 何故、何故自分がこんな目に合わなくてはならないのだろう。自分は今までずっと真面目に働いてきた、ただの一般市民だ。それがいったいどうしてこんな目に合うのだろう。

 ふと顔を上げると、そこにあったのは団地の窓。そこには『探偵事務所105号室』という張り紙が見えた。




「──と言うわけで、ここまで来たのですが……」

「なーるほどね」


 悟子は助手が用意したお茶を啜りながら、彼女の話を聞く。

 運び屋の彼女は、この場所から一刻も離れ元の生活に戻りたい。しかし自分が何故拉致されたかを知り、場合によっては解決したいと考えているようだった。


「白髪紫目といったら、俺はラトウィッジくらいしか思いつきませんね」

「しかも色白なんでしょ?そんな目立つ容姿の男、この島じゃアイツくらいじゃない?」

「ラトウィッジ……?」


 運び屋は、その2人が出した名前を聞いたが、やはり海外の人間のようで、その名前の発音は運び屋には馴染みが薄い。

 

「あの…2人のお友達か何か、ですか?」


 運び屋が彼女達に尋ねると、2人は全力で首を横に振った。

 ラトウィッジと呼ばれた彼は、やはり自分が予想していた通り、そういった・・・・職業をしているようだ。

 しかし、この2人の全力の拒否っぷりは、彼がそれだけで恐れられているとはなんとなく思えなかった。


「ラトウィッジ自体はいい奴だよ。けどね、問題はアイツのボス」


 悟子が言うことにゃ、ラトウィッジはロシアンマフィアのボスのお気に入り側近らしい。

 しかしこのボスは癇癪持ちで、何かあるとすぐに周りに当たり散らすような人間なのだそうだ。そのせいか、彼を怒らせたくないと必然的に周りの人間達は彼の機嫌を取ろうと腰がいつも低い。

 だが、そんな彼と友人・・関係でもあるラトウィッジは特別らしく、ラトウィッジが彼に乱暴な口を聞いたとしたも彼は笑っているか、頬を抓る等の軽い暴力しか奮わないそうだ。

 1人でいることが多かったせいで、唯一の友人の彼が他の人達と親しくしていると、露骨に機嫌が悪くなり周りに当たり散らすので、ラトウィッジはいい奴だとわかっていても、どうしても親しい関係にはなりたくないそうだ。


「ラトウィッジに直接聞けたらいいけど、何処にいるかわからないし、下手したら私達が目を付けられる」

「じゃあ、その人と仲のいい人はいないんですか? 全く?」


 運び屋はすがる思いで悟子に尋ねる。

 ラトウィッジはいい奴だと言われているのを見て、彼がロシアンマフィアだとしても、自分がなにもしていない一般市民であると、聞いてくれるかもしれない。とそう思った。


「んー、『Calmeカルム』の2人は教えてくれないだろうな。あとは、ヤギくんか…」

「……アーネスト、でしょうね」


 何人か名前を出したあと、助手はそう言って上を見上げた。悟子もそれに釣られて上を見上げ、運び屋も見上げる。


「アーネストかぁ……」


 悟子の顔は大変苦々しいものだった。




【第3棟 309号室】


「アーネスト! いるんなら返事しなさいってば!!」


 悟子は玄関ドアを叩く。

 しかし家主は一向に現れず、ただただ時間が過ぎてゆく。


「あの、出掛けているんじゃ?」

「アーネストは、さっきも言った通り基本家に引き篭もってる40歳なんで、多分いると思いますよ」


 悟子が大声を張り上げているその後で、運び屋は助手と話す。しかしアーネストという人物は話に聞いていた通りの人間のようだ。


「いやいや、僕だって外くらい出るよ。あとまだ30代だからな」


 知らない声が急に運び屋の隣から聞こえてきた。慌てて横を見ると、アンバーの目が印象的な煙草をくわえた男性が、いつの間にかそこに立っているではないか。


「アーネスト!」


 クリーム色の髪が顔の左半分を隠してしまっているが、30代と言われても全くピンと来ない、若々しい美男に、運び屋は顔を赤くする。

 彼がアーネスト、この島一の物知りと言われている男だ。




────────────




「へー、キミ達ラトウィッジに会いたいの」


 アーネストは煙草の煙を吐きながら突然現れた3人を部屋の中へ招き入れる。

 その部屋は、ビニール袋が散乱していて本は山積みになっており、お世辞にも綺麗とは言えない。


「…アーネスト、座れるところはないの?」

「……………ベッドにでも座ってなよ。

 水しか出せないけど?」

「いや、別にいらないから。期待してないし」


 アーネストは、そう、と言いながら適当にゴミをどけてからその場に座る。3人はアーネストに言われた通りに、唯一人間がまともに座れるベッドの上に座った。


「キノコとか生えてないでしょうね?」

「森くんが定期的に掃除しに来てくれてるから、大丈夫だと思うよ」


 しばらく雑談が続いてから、悟子は早速本題に入る。

 先程はラトウィッジに会いたい、としか伝えていなかった。アーネストは煙草を灰皿に押し付けて、新しい煙草に火をつける。悟子はたまらなくなったのか、ベッドの後ろにある窓を開ける。


「別に、ラトウィッジに会わなくても大丈夫だと思うけど」


 そのアーネストの一言に、3人は、は?、と声を上げた。

 拉致された理由を知りたい、と運び屋は言っていることを伝えているはずだが、アーネストはどこか冷めた目で運び屋を見つめている。


「えーと、運び屋さん?」

「は、はい」

「キミ、ココの人?」


 アーネストが突然運び屋にトンチキな質問を始める。この島の住民ではないとも話したはずだ。この人は聾なのかもしれない。


「いえ、日本の明石から来ました」

「明石? いつの?」

「いつの? って……昨日だと思います」

「昨日? 変だね」


 考え込むアーネストだが、運び屋はアーネストのことが異様に心配になってきた。この人に任せてもいいのだろうかと。

 初めは美男なアーネストに胸がドキドキとしていたが、今は違う意味でドキドキしぱなっしである。


「それにしては……キミ…」

「アーネスト! ラトウィッジに会わせてくれるの? くれないの?」


 たまらなくなったのか、悟子はアーネストに尋ねる。

 アーネストはしばらく何かを考え込んだ後に、また口を開いた。


「……キミを、ラトウィッジに会わせるわけにはいかないよ」

「え!?」

「ますます大変なことになるだろうから。ココでゆっくりしてるといいよ」


 そう言うと、アーネストはもう話すことはないといったように、近くにあった栞を挟んだ本を手に取る。アーネストは電子書籍より、紙でできた本の方が好みのようだ。


「そ、そんな! 私は早く帰らないと……!」

「何処に?」

「だから、日本に…!」

「いったいどうやってキミの知る日本に帰るんだい? ココから出る手段も今はないのに、どうやって?」

「それは、来た時と同じように、船で……」

「そんな船、あるのかな?

 いや、あるわけないか。

 だって、キミは……」


 アーネストは本から目を逸らすことなく運び屋に語る。

 冷たく突き放されたような声に、運び屋はそのままアーネストの部屋から飛び出した。


「運び屋さん!」

「アーネスト、アンタなんてこと!」


 運び屋はそのまま走る。




 そのまま走って気がついた時、運び屋は団地の1階までやって来ていた。

 空を見上げるが、周りの建物が大きく、隣との幅もそんなに無いためか、空がとても小さく感じる。あまり見たことのない空だが、真っ青なその空に運び屋はほうっと息を吐いた。


「運び屋さん」

「あ、えっと…助手くん?」


 運び屋の前にはいつの間にか助手が立っていた。助手が前に立ったことで、運び屋に影が作られる。


「大丈夫ですか?」

「うん……」


 助手は、参ったな…と呟くと運び屋の手を引いて第3棟から離れた。




────────────




「それで?」

「……なに?」


 309号室に残された、悟子はその場に座るアーネストの前に立つ。


「アンタのことだから、何か理由があるんだと思う。

 どうして?」

「どうして、彼女の手助けをしないかって?」


 アーネストはしばらく沈黙する。


「アーネストは、嘘は絶対に言わない。だから、あの・・言葉の理由を……」

「それで彼女が納得するとは思わない。

 初めから答えを提示しても、何故そうなっているのか、彼女が考えて調べなくちゃ」


 相変わらず本から目を逸らさないアーネストに、悟子はため息を吐く。


「島地団地島のことも知らないような子よ」

「だから、探偵がなんとかするんだろ? 依頼されたんだしね」


 次にため息を吐いたのは、アーネストだ。

 アーネストはさっきまで読んでいた本を閉じて、レシートの裏にボールペンで掠れた文字を書き出す。


「……道先案内人の所へ行きな」

「道先案内人?」


 アーネストからレシートを受け取った悟子は、それが道先案内人への紹介状であることに気がついた。

 道先案内人、それはこの島地団地島の地形を初め、建物の数やどこにどう行けば目的の場所に着くかを熟知している人間だ。

 その道先案内人へよ招待状を書いたのなら、本当は必要である報酬金は幾らかは免除されるだろう。


「アイツなら、ラトウィッジの居場所なんてすぐわかるでしょ?」

「あ」

「キミって変なところで鈍いよね」


 初めからアーネストにそう言えば良かったと、悟子は肩を落とす。


「まぁ、せいぜい頑張ってくれよ探偵。

 僕だって、あんな子が何も知らずにこの汚い島で野垂れ死ぬのは、見たくないからね」

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