第9話 最強の騎士との戦い

  *


 ――……マリアンはオレを連れて「最強の騎士」と戦う場所へと向かっている。側近であるふたりの女護衛騎士と一緒に。


「いいかしら。あんたが戦うのはエンプレシア……いえ、百合世界リリーワールド最強の騎士よ。それをわかっての発言なのよね」


「ああ。わかっている。そうでもしないと証明できないからな。オレがこの百合世界リリーワールドを救うために召喚されたってわからせるためには、戦うしかないんだよ……この世界の最強の騎士と」


「ふっ、ふっふっふっ。ここまで大バカだとは思わなかった。だったら証明してもらおうじゃない。あんたが百合世界リリーワールドを救うために召喚された、その事実を」


 マリアンはオレに突きつけるように。


「でも、あんたが負けたら、わかっているわよね。強制的に実験場送りよ。あんたが何者であるのか、たっぷりと研究してあげるわ。覚悟しなさい」


 連行された場所は、とてもとても大きな中世ヨーロッパ風の世界に転生する小説に出てきそうな闘技場のようだった。


 ……というか、戦うのだから闘技場だよな。


 どんどん現実味が増していく。


 ここが別の世界の現実であることを。


「着きましたわ。ここがエンプレシアに唯一存在する闘技場――エーテル・アリーナ」


「この闘技場は空素エーテルで作られた――」


「――そう。わたくしたちの先祖が研究を重ね、創造したバトルフィールド。あんたとアスターが戦う場所にピッタリよ。空素エーテルは天体を構成する第五元素。闘技場くらい創造できないわけないわよね」


「はあ、そうだよな……立派だな」


「立派って……まあ、いいわ。さて……闘技場の中へ入りましょう。メロディ、ユーカリ、開門しなさい」


 メロディとユーカリはマリアンの護衛騎士だ。オレを尋問していたときにマリアンのそばにいた護衛騎士とは彼女たちのことだ。


「おおっ」


 オレは驚いて声を出した。いかにも中世ヨーロッパ風の異世界に転生する小説の闘技場のようだったからだ。


「雰囲気が最高だ。盛り上がる。これからオレの最強伝説が始まるわけだ」


「そんな伝説、始まりませんわ。エンプレシア最強の騎士であるアスター・トゥルース・クロスリーが一瞬で終わらせるのだから」


「そのアスターという人物のことを相当買っているんだな」


「ええ。アスターは、この国の最後の砦だから」


 感謝している、と彼女は言った。


「ムダ話をしている間に、来たわよ……というか、最初から闘技場にいたみたいね」


 ――まるで紫苑しおんの花のようだ。紫苑しおんのようでもあり、青のようでもある。その髪は、そんな色なのだ。髪の光沢が美しい。髪だけでなく容姿も美しい人……。


 背丈は三~五センチくらいオレより高い。スラっとした長身。青紫色の簡素な鎧を身にまとっている。


「初めまして。私はアスター・トゥルース・クロスリーと申します。どうか、お手柔らかにお願いします。『オレの最強伝説』さん?」


「そうです。『オレの最強伝説』もとい百合道ゆりみち千刃弥ちはやです。オレの彼女になってくれませんか?」


「なりません。バカですか。重要なのは、『タチ』なのか、『ネコ』なのか、ですよ。というか、これから戦うのですよ。そんなことをしているヒマがあるのなら、とっとと戦い、とっとと倒されてしまいなさいな」


「倒される、かな? こんなかわいい美少女に……むしろ、ご褒美」


「ご褒美って……ご褒美ならば、レベル九十である私と戦ってください。戦わなければ生き残れませんわ」


「アスター、茶番はここまでにして、やっちゃいなさい」


 マリアン、メロディ、ユーカリは闘技場の観客席にいる。


「わたくしたちは一番いい席で楽しませてもらいますわ。では……空想障壁エーテルバリア、展開!!」


 闘技場の観客席を守る空素エーテルで形成された障壁が展開される。お決まりの展開だが、これでマリアンたちに被害はない。


「さて……ペテン勇者モドキとエンプレシア最強の騎士であるアスター・トゥルース・クロスリーの戦いを始めますわ!!」


 オレとアスターはオレの空想の箱エーテルボックスをオープンする。


「――け! 百合ゆりはなよ! 空想の箱エーテルボックス開錠かいじょう! い! 心器しんき――百合の剣リリーソード!!」


「――かせ! 紫苑しおんはなよ! 空想の箱エーテルボックス開錠かいじょう! たれ! 心器しんき――紫苑の剣アスターソード!!」


 オレは左右対称の灰色の西洋剣をフラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》の時のように顕現させる。


 対する彼女の剣は、紫苑しおんはなのように青紫色の左右対称の西洋剣である。星のようにキラキラしている。


「それが紫苑しおんの……心花しんかの剣か」


「ええ。私の心器しんきは『星』の能力を宿す瞬撃瞬殺の剣――紫苑しおんけん。キミには攻撃を見切ることができますかね?」


 その言葉を放った瞬間だった。


 彼女は流星のような速さで、間合いを詰め、剣を振るう。


 それは一秒もかからない速さだった――。


『――心器しんきの破壊は『心が壊れる』ってこと。それだけは覚えておいて――』


 ――そうだった。オレは心器しんきじゃない無銘の剣を空想イメージした。


 瞬間的に呪文短縮化ショートカットで空中に形成した無銘の剣で彼女の攻撃を受け止めた。


「ほう。空想イメージによる剣の形成……なかなかやりますね」


「そういうアスターは、まだまだ余裕って感じだな。空想イメージで形成した無銘の剣は、もう消滅してしまった」


「当たり前です。紫苑しおんけんは星の速さで、星の一撃を放つ……そういう特性を持っています。かぜたみである私との相性も抜群です」


 ――かぜたみ


 オレは、そのワードに興味を持ったが……戦闘中なので考えるのをやめた。


「さてっ、二回目の攻撃をさせて、くださいな!!」


 流星のごとき攻撃がオレを襲う。


「――うっ」


「これで終わりです」


 いつの間にかアスターの剣による攻撃は、オレの胸を貫いたが、アスターはオレの様子を見て異常であることを察し……オレは答える――。


「――よけまくっていても時間がかかると思って。どうせならオレの能力を生かしたほうがいいって思ったんだ」


 胸部から血が流れる。ミチミチと剣と肉がこすれる――。


「――これは『オレにとっての日常』だ。ナイフを持った友達が『いじり』に来たことがあった。でも、オレは……どの部位を刺されても大事には至らなかった」


「は、そんなことありえるわけ――」


「ありえるんだよ。実際、オレは……そういう人間なんだ。現実世界のオレは確かにそんな体質で存在していた。で、問題は……ここからだ。この世界ではオレの特性は発動はつどうするのか……試してみるかい?」


 オレは紫苑しおんけんを胸から引っこ抜く。


空想力エーテルフォース解放かいほう超回復ちょうかいふく


 胸部の穴はふさがった。前の世界と同じように特性が発動はつどうした。


「な、なな、何者なんだ……キミは――」


「オレの名前は百合道ゆりみち千刃弥ちはや百合ゆり世界せかいべる予定よてい後宮王ハーレムキングさ。覚えておけ」


 さてと、と……オレは百合ゆりけんを構える。目線をアスターに。


「ま、待て! 私は、まだ、こんなところで倒されるわけには――」


「これで終わりだ」


「ま――」


 だが、その一太刀は空想イメージである。オレは彼女に肉体的ダメージを与えないように……精神的ダメージを与えるように技を放つ。


空想之一太刀くうそうのひとたち


 アスターはダメージなく倒されることになり、気絶した。


「――あのアスターが……なにかの間違いよね? これは百合世界リリーワールドの終わりよ」


「終わらないさ。百合世界リリーワールドはオレのハーレム世界だ。守ってみせる。唯一の男であるオレが」


「オトコ? どういう意味?」


百合世界リリーワールドの人間と対の存在という意味さ――」


 ――どうせカモフラージュは意味なかったんだ。隠したい事実はどうせバレる。時間の問題なんだ。まずは、これから、なにをするか……だ。


「うそうそうそ。まがいもの! こんな事実ありえるわけない! ふざけないで!!」


「マリアン女王さま!!」


「どうしたの、メロディ? ……ユーカリも、こまった顔をしているわね。なんなの?」


「『神託しんたく』のディスプレイから表示された情報をお伝えします。『それは闇をまとう光である。いずれ百合世界リリーワールドの危機を救う勇者となるであろう。勇者の名はチハヤ・ロード・リリーロード。過去の名はユリミチ・チハヤ。百合世界リリーワールドに召喚されたリリアに代わるロードである』……と」


「……神託しんたくは、未来を示したのね」


 マリアンは決意した顔で。


「ユリミチ・チハヤ!!」


「どうした、女王さま?」


「あなたは百合世界リリーワールドを救う勇者でした。悪いことをしてしまいました」


「わかっていたんだよ! なにもかも! だから……気にしなくていい!!」


 オレは闘技場の戦闘場所から観客席の彼女へ向かってサムズアップした。


「わかったわ! だけど、ひとつだけお願いがあるの!!」


 戦闘を行うだけでも、見るだけでも、へとへとなオレは、つたない言葉で無理やり会話していたのだが……黄金の女王は照れた表情で。


「新たな主よ! わたくしと結婚して!!」


 その言葉にオレは――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る