第4話 百合道千刃弥《ユリミチ・チハヤ》の学校での生活について

  *


 ――翌日。


 オレは在学している宝玉高校ほうぎょくこうこうの正面玄関に着いた。オレはオレの高校を「世間一般的な高校」であり「ありふれた高校」だと思っている。ちなみに今の時刻は午前十一時なのでオレは遅刻している状態だ。


 オレは正面玄関から、オレのクラスの教室まで移動する。


 ひきこもり期間が長かったオレにとっての高校は、さすがに精神……心に負担をかけてしまう。


 ――オレは今、オレの所属する一年A組の教室の扉の前にいる。久しぶりの教室だからか時間が止まったようにオレは感じた。留年しているので担任の先生に今まで、ひきこもっていた理由を説明する覚悟をし、オレは授業中の声が聞こえる教室の扉を開ける。


「――――! ユリミチ……さんだっけ? あの、有名な」


 授業の時間が止まった――実際に時間が止まったわけではなく空気的なものが止まったという意味である。現在の一年A組の女教師がオレに声をかけた。


(「あの、有名な」って他人事みたいに言わないでよ。担任だろ)


「はい。あの、有名な百合道ゆりみち千刃弥ちはやです」


 他人事みたいに返す。


(だって空気を読まないと精神が死ぬ気がするから。友達いないし。でも、幼馴染の百合ゆりちゃんは友達だと思うけどね……)


 ……なんてオレは脳内でさみしく言葉を発する。


 オレは、黙ってジロジロ見る同級生の視線が気になって、つらくて仕方がない。


(みんな「同級生として接すればいいの? 先輩として接すればいいの?」みたいな顔しているよ。その中のリア充グループっぽい集団の人たちは「ひきこもりがやってきたし、からかってやるか」みたいな雰囲気。もう、耐えられません)


「ユリミチさん。あなたの席は後ろの、あそこです」


 女教師がオレの席を指さす。その指の先は――。


(――うわ。リア充グループの集団の中じゃねえか。やめてくれよ。絶対ひきこもっていたことをからかってくるよ。年下のくせに)


 リア充グループのメンバーは黙っている。が、ニタリとハイエナのような視線を飛ばしている。要するにオレを見てニタニタしているのだ。


(しょうがない。ゆっくりと、心を落ち着けながら移動するんだ。目は絶対に合わせないように……)


 ニタニタしている人たちのエリアにオレは突入する。


 オレは息を殺しながら席に座った。


(ふう)


 オレは心の中でため息をつく。瞬間――。


 ――こん。


 なにかがオレの後頭部に当たった。当たったものを見る――消しゴムだ。


 オレは消しゴムが飛んできた方向を振り向く。


『くっくっくっ』『くすくすくす』


 クラスにいる男女ともどもオレを見て笑う。


(振り向いた顔の動作をしただけで笑われた。オラこんな世界いやだ~! オラこんな世界いやだ~! ……帰りたい)


 と、思ったオレは我慢する。この一年A組の教室から存在しなくなるような思いで、ひたすら我慢する――。


「――今回は、ここまでにします。……起立! 礼! 着席!!」


 授業が終わった。昼休みの時間帯になる。


(なんか、精神的に気持ち悪いので、うつぶせになってようかな)


 ひきこもり生活をしていたのだ。精神的に気持ち悪くなるのは、ひきこもっていた人間にとって当たり前のことだ。


 五分くらいオレがうつぶせになっていると…………。


「…………おい」


「うん? …………えっ、と」


 声の主――おそらく教室内にいる年下の同級生――に、オレは反応しようとするが。


「おまえだよ。お・ま・え」


 オレの前で年下の同級生は生意気な口調で言った。


(……ああ、ついに年下に「おまえ」呼ばわりされた……)


 オレの年上としての尊厳はズタボロだ。ズタボロになったオレに向かって年下の同級生は発言する。


「…………屋上へ来い」


  *


 ――宝玉高校ほうぎょくこうこうの屋上にオレはいる。


 この屋上はオレが幼馴染である百合ゆりちゃんに告白した場所でもある。


 オレは高校の屋上について思うところがある。


(高校の屋上にいることは奇跡なのかもしれない。「世間一般的な高校」とか「ありふれた高校」とかは普通、屋上が使われていないことが多い。そう考えるとオレの高校は「世間一般的な高校」でも「ありふれた高校」でもないのかもしれない)


 そんなことを思うオレは、「三人」の気配を感じ取った。


『ユリミチ・チハヤ……さん、ですかね』


 三人の男の声が同時に聞こえる。三人はオレを逃がさないように取り囲んで間合いを詰める。オレは声に応じる。


 三人の男たちは、それぞれ赤、青、緑の髪色をしている。三人の顔は幼い感じがオレに似ている。だが、いかにも不良っぽい雰囲気がっている。


「彼ら」は順番に名乗っていく。「彼ら」は赤髪、青髪、緑髪の順番に「レッド」「ブルー」「グリーン」と名乗った。こういう場合、本名を名乗るのが礼儀なんじゃないかとオレは思うが、正直「どうでもいい」と思っているので言及はしない。


 オレ――百合道ゆりみち千刃弥ちはや、レッド、ブルー、グリーンの四人で「どうでもいい」話を長々と広げていくが、ふいにレッドは言った――。


「――ユリミチ・チハヤさんの幼馴染であるセンドウ・ユリさんは、この俺――レッドの彼女になりました! 幼馴染であるユリミチ・チハヤさんに、ご報告しようと思い、屋上に呼び出させていただきました!!」


 オレの思考が止まった。オレは頭の中でグルグルと気持ち悪くなるような思考を巡らせる。思考が止まったのか止まらないのかよくわからない。


 ――オレが今日、高校へ行った理由は……彼女に、百合ゆりちゃんに告白するためだったのに。


 彼女への想いが闇色に染まる。


 ――もう、「この世界」にいる理由がなくなってしまった。


「そっか。わかったよ。じゃあね」


 オレはそう言って屋上を去ろうとする。


 いつの間にか屋上には、十人、二十人……と、人数がワラワラと増えていっている。屋上の人口密度は数では言い表せない。「ギュウギュウ詰め」と表現できるだろう。


 三色の三人は声をそろえてオレに言った。


『おまえの嫌がる顔が見たいからだよ』


 グリーンがオレの腹を殴った。


 抵抗できない。オレが非力であると、弱い人間であると、「現実世界での人間」であるからこそ、オレはオレが無力であると知っている。ただ、一点を除いては――。


「――お、傷が消えていく。気持ち悪いぐらいにみるみると。おまえは本当に人間なのか?」


 グリーンはオレの顔を殴った。


 手、腕、足、脚、股、背中、肩、首、頭……順々に殴り蹴ったりするグリーン。


 実のところ、オレは「痛い」と感じない体だ。どんどん傷が回復していく。オレは「そういう体」なのだ。


「ああ。ああ、楽しいなあ。こんなに楽しいことはない。おれの暴力がなかったことになってしまうなんて。こんなイイ人間ほかにいないぞホント」


 グリーンの暴力がエスカレートしていく。


 体の部位に順々に暴力をすることは変わらない。だが、速度は変わる。テンポよく。小刻みに。


『わああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!』


「彼ら」とオレ以外の「外野」がうるさくなる。


 グリーンがオレに暴力をしている最中、レッドは言った――。


「――どうして俺がセンドウ・ユリと付き合ったと思う? それはって単純だ。さっきも言ったが『おまえの嫌がる顔が見たいからだよ』。残念ながらおまえの期待していることはすべて打ち砕かれた。俺はセンドウ・ユリとキスをした。それ以上のこともした。言ってしまえばABCは全部した。処女は奪った。それはすべておまえの苦しむ顔が見たいからだ。センドウ・ユリはどうして俺が告白してきたのか興味を持っていたが、理由はおまえに話した通りだ。何度でも言おう。『おまえの嫌がる顔が見たいからだよ』」


 オレはグリーンに殴られながらも意識をレッドにける。


 ――本当に生きる理由がなくなってしまった。


 オレにとって百合ゆりちゃんは大切な存在だった。


 周りからいじめられて傷が治っていく気味の悪いオレを幼馴染である百合ゆりちゃんは受け入れてくれた。宝玉高校ほうぎょくこうこうに入学するまではずっとそばに彼女がいた。


『――チハヤ。ごめんなさい。キミと付き合うことはできない。だって――』


 ――オレがこの屋上で彼女に告白して、それはなくなった。彼女はオレのそばからいなくなってしまった。


「ああ、しかし飽きたなあ。同じことをしているんだもの。飽きるよなあ、殴ったり蹴ったりするのも。違った刺激が欲しい」


 グリーンはそう言った。


「そうですね。『外野』は盛り上がっているようですけど、この調子では永遠に続くでしょう。とっとと『目的』を完了させましょう」


 ブルーはそう言った。


「じゃあ、そろそろやるか。ブルー、ユリミチ・チハヤを眠らせろ」


 レッドはそう言った。


「わかりました。グリーン、ユリミチ・チハヤを僕の近くに」


 なにをされても回復していくこの体のせいで、回復するたび疲労が蓄積されていくのだ。


 グリーンはオレをブルーに向かって放り投げた。


「ユリミチ・チハヤ。今から僕の言うことを聞いてください」


 言葉を放つブルーをオレは見てしまう。


 オレの意識は夢の中へと消えていった――。

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