犬を飼うため買いに行く
ナガス
犬を飼うため買いに行く
俺の部屋に、彩子が居る。なんだか、変な感じだ。いつもなら、ここに千香が居る筈なのだが。
「殺風景だねぇ相変わらず……色味が無いね。それに寒い。暖房つけてこれ? 酷いね」
彩子はキョロキョロと部屋を見回して、勝手な事を言っている。
勝手に昨日、連絡してきて、勝手に今日、家に上がり込んで、勝手に今、千香とデートをしろと、言って来た。
なんて勝手なんだ……本当に相変わらずだ。
「……そろそろ、千香、来るぞ、多分」
「えっ? まだ朝の九時前だよ! 電車で四十分かかるって言ってたし」
「来るんだよ、アイツは」
彩子は焦った表情を作り、慌てた様子で大きな鞄の中から、クリスマスっぽい飾り付けを取り出した。
なんだか、百均で買ったようなものばかりだ。全て安っぽい。
「これを部屋に飾るの! そして笑顔で迎え入れるの! そんな仏頂面してたら嫌われる!」
「……仏頂面にもなるだろ」
「いーから! 言われた通りにする! 手伝うからさ!」
俺は仕方なく立ち上がり、彩子が持ってきたクリスマスの飾りを手に取り、適当に壁へと貼り付けた。
赤に緑に……交互に貼っていくと、なんだか信号のようだ。
「デートは、雰囲気ある所がいいけど、映画とかでもいいや。近くにスポットなんてどこも無いからね」
「……そうか」
「そんでさ、外食とかは予約で一杯になってるだろうし、待つにしても長くなるから、スーパーで鳥とケーキを買って食べるんだよ。キャンドルは絶対に持ってないとして、ロウソクとかある?」
「……無い」
「そうかー……そうだよなぁ、えいちゃんだもんね」
彩子が久々に、俺の事をえいちゃんと呼んだ。
その事に対して、少し嬉しいと、思ってしまった。やはり、俺はまだ、彩子の事が、好きらしい……。
「よし! ちょっとはクリスマスっぽくなったかな」
彩子は両手を腰に当てて、満足気に微笑んで、俺の部屋を見回した。
飾りが少なすぎて、なんだか逆に滑稽に見えるのは、俺だけだろうか。
「ちっさいツリーもあるよ。ひゃっ……安いやつだから、不格好だけど」
やはり、百均らしい。
彩子はそう言いながら、大きな鞄の中から小さなツリーを取り出し、ちゃぶ台の上へと乗せた。
銀色一色のそのツリーは、なんの飾り付けもされておらず、少し傾いているようにも見える。
「そして、これは私からのクリスマスプレゼント」
彩子はニヤニヤとした表情を浮かべて「ほら、手だして」と言い、俺の手を掴んで、何かを握らせた。
ゆっくりと手を開くと、そこには、単品のコンドーム……。
コンドーム……何故、元彼女に、違う女とエッチをするための道具を、貰わなきゃいけないんだ……。
「……お前」
「どーせ持ってないんでしょっ? あっ、だけど無理矢理は駄目だからね。処女なんだから優しくしないと駄目だよ。拒んでるのに迫ったら、犯罪だからね」
「……お前何考えてんだ」
「普通だよ。クリスマスイブだよ? 皆ズッコンバッコンやってるんだから。一年で一番コンドームの消費が激しい日だよね、絶対」
彩子はにこやかな表情でそう言い、腰を前後に動かしている。
こういった下品な所も、本当に変わらない。
そのくせ、エッチをしようとすると、必ず断ってくる。どういった頭の構造をしているのか、本当に謎だ。
「あとで感想聞かせてね。主におっぱいの」
「……お前の番号、着信拒否にしておくわ」
「またまたそんな事言っちゃってっ。少ない友達を更に少なくしてどうすんの」
彩子はそう言い、俺の背中をパンッと叩いて、いつもの「あはははっ」という笑いを上げる。
そして俺はさり気なく、ポケットにコンドームを突っ込んだ。
なんだかんだ……俺は期待をしているのだろうか……。
「さて、おさらい。この後、千香ちゃんが来たら、笑顔で迎える。デートに誘って、映画を見るかボーリングする。出来れば映画がいいかなー。そんで何か適当に食べて、モール内をプラプラ歩いて、千香ちゃんが、これ欲しいって言ったものを、スッと取って、問答無用でお会計」
彩子は俺の顔に指を向け、目を見つめながら、真剣な表情で、デートのプランを説明している。
……少し、複雑な気分だ。
「……金が」
「働いてるでしょっ。大丈夫、そんな高いもの欲しがらないって、多分」
「多分かよ」
「そんで、家に帰ってきて、晩ごはんを食べて、いい雰囲気になってきたら、性交渉の始まりですよ旦那」
彩子は、とても生き生きとした表情で、俺の腹をポンポンと叩いた。
軌道を見て、股間を叩かれるかと思った俺は、少し身を屈めてしまった……。
「性交渉って……いい雰囲気にも、多分ならねぇぞ」
今までだって、一度もそんな雰囲気になった事が無い。
いつも話して、勉強して、合間に話して、勉強して、トイレ行って、勉強して、冷凍してある作りすぎたカレー食って、勉強して、そして千香が帰る。という事の、ループである。この間は冷凍したカレーを温めるためだけに、電子レンジをホームセンターへ一緒に買いに行ったが、例外はそれだけだ。
このスケジュールのどこに、いい雰囲気になる要素があると言うのだろうか。今日だって千香は、そのつもりでやって来るに違いない。
「……まぁ、うん、それはなんか、想像出来るけど、頑張れ若者」
彩子は難しい表情のまま苦笑して、床に畳んで置いていた自分のコートと大きなバッグを手に取り、玄関のほうへと向かって歩いて行った。
「そんじゃ、私はそろそろ」
彩子がそう言った所で、家のチャイムが鳴り響き、玄関のドアノブがガチャガチャと回りだした。
「松本くーん来たよーっ! 開けて寒い寒いー! ドアノブも冷たいからはやくー!」
ドアノブは、離せよ……と思うが、いつもの事なのであまり気にしない。
しかし彩子の顔が、面白い。目をまん丸く見開き、驚いた表情でドアを見つめていた。
「き……来ちゃった……」
そう言いながら、彩子は俺の顔を見つめている。
「鍵、開けてやれ」
「ええっ……? へ……変な勘ぐり、されないかな」
「……さぁな」
俺はそう言い、耳の後ろをボリボリと掻きむしった。
確かに、お互い、居心地は良くないだろうが……来たものは、仕方ない。
犬を飼うため買いに行く ナガス @nagasu18
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